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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


「あるがままのわれを」讃美歌21 433番


 桜の花も散り終わり、緑色の新緑へと変わる頃。
 セレスティ・カーニンガムはゆっくりと瞳を開けた。
 太陽の位置はもうだいぶ高くまで昇り、「おはようございます」と口にするには少々おこがましいと感じてしまうような時間。
 それでもセレスティは絶え間なく生まれる眠気に、せっかく開いた瞳が負けそうになりながら、ベットの中で上向きだった体を横へと回転させる。
 遠くベットから見える窓の向こうで、流れる水音が木々に当たる音を聞きながら、
(今日は一日中屋敷に居るのでしょうか?)
 と、ふと考える。
 セレスティはゆっくりと上腿を起こし、ランチと言ってしまっても差しさわりのない遅い朝食を取るために、のんびりと身支度整え始めた。
 朝食であろうとも夜着のままというのは行儀が悪い。
 人前に出るときは身支度を整えるのは当たり前の事。それは相手が使用人であろうとも同じだ。
 晴れ渡ったテラスに車椅子を移動させティーテーブルに朝食を運ばせる。
 案の定、セレスティ家庭師のモーリス・ラジアルが、咲き誇る花々に水を撒いている最中だった。
 そんな軽い日差しの中、セレスティはのんびりと朝食に手をつけつつ、はたっと思い立ったように瞳を見開いた。
 そして紅茶を運ぶ手を止めて、その唇の両端を優雅に持ち上げて微笑んだ。


     △▼△▼△


 モーリスの腰辺りで高さが揃えられた花々は、我こそはと言わんばかりに大輪の花を咲かせる。
 ホースを持つモーリスの手が移動するたびに、花びらに水しぶきを受けてキラキラと輝きを増した。
「モーリス」
 ふと名前を呼ばれ、モーリスはホースを動かす手を止めて顔を上げる。
「セレスティ様」
 顔を上げた先、ゆるいカーブを描いている庭の石畳の向こう側で、顔だけが花の向こうから見える位置で微笑む、我が主。
 モーリスは普段は見えないように作られている水撒きようの蛇口を捻り水を止めると、セレスティを迎える。
「書庫の整理をしようと思います」
 にっこりと、そしてはっきりと。
 普通ならば、整理をするので手伝ってくれませんか?等と聞くのだろうが、この手の普通はセレスティには通用しない。
「書庫といいますと?」
 モーリスは顎に手を当てると空を仰ぐようにして、現在の書庫の状態を思い浮かべる。
「読んでいない本と、読んでしまった本を分けようかと」
 ニコニコと満面の笑顔で微笑みながらそう告げる主に、今ここで嫌だと答えたとしても、最終的には結局やるはめになるのだから、ここは素直に、
「分かりました」
 と、答えておくのが賢明だろう。
 そんなモーリスの答えにセレスティはいたく満足し、またその顔に優雅な微笑を湛えたのだった。


 モーリスは庭まで出てきていたセレスティの車椅子を押しながら一緒に書庫へと向かう。
 前に書庫を整理したのはいつだっただろうか?と、思案を巡らせ、誰かがやっていたような記憶に思い当たらない事に口元に苦笑を浮かべつつセレスティを見下ろす。
 我が侭を言われる事は、嫌ではない。だが、時にはた迷惑な事だけはご遠慮願いたいだけで。
 モーリスは程なくしてたどり着いた書庫の扉を開け、扉を大きく開けるとセレスティを招き入れる。
 セレスティは一度ぐるりと視線だけで書庫の本達を見回し、ゆっくりと扉を閉めるモーリスに振り返って、
「読んだ本は上へ、読んでいない本は下へ、移動させてください」
 と、告げる。
「本の入れ替えですね」
 モーリスはそれなりに高い本棚の上の方を見上げ、顎に手を当ててほぉっと感嘆するように息を吐く。
 そうとう積むだけ積んでほっといたらしい。
 これだけ本が増える事が分かっているのだから、大きな図書館のようにスライド式梯子が備えつきの本棚にいっその事改装してはどうだろうか、と思いつつモーリスは古きよき茶色の木の踏み台を持ち出して、足をかける。
「下段に並んでいる本は、読んでしまったと考えてよろしいですか?」
 セレスティが届く範囲内の書庫の下段の本は、たぶんもう殆ど読んでしまったはずだとセレスティは頷く。
「上段に並んでいる本も、読んでしまった本があるかもしれません」
「分かりました」
 片手で持てる範囲の数冊を手に取り、1冊ずつセレスティに手渡す。
「では、下段の本ももう一度読みたい物もあるかもしれませんし、確認しながら入れ替えましょう」
 いい事を思いついたとばかりににっこりと微笑んで、踏み台の上のモーリスに笑いかけるセレスティ。
 モーリスは踏み台の上からセレスティの笑顔を見て、やれやれと肩をすくませるようにして微笑む。
「はい、分かりました」
 モーリスは本棚の本へと視線を戻す。
 あぁ主のこの笑顔には勝てないなぁと思いながら。


     △▼△▼△


 上にある本をセレスティに手渡し、セレスティが一度題名を確認して本当にまだ読んでいない物か、読んでしまった物か、もう一度読みたい物を分けていく。
 とりあえずここ数日の内に読みたくなるだろうと感じない物はモーリスへと手渡し、本棚の上段へと戻してもらう。
 本棚の下段はセレスティでも手が届くので、とりあえず読んでしまった本をモーリスへと手を伸ばして渡す。
 それを何度か繰り返しながら、ゆっくりと本の選別を行っていった。
 とりあえずの選別を追え、後は仕舞うだけの状態で、せっせとそのカッターシャツの袖をまくって本を並べているモーリスをニコニコと眺める。

 ボーンボーンボーン――……

 アンティークの時計の音が屋敷の中に響き渡る。締め切っていた扉の向こうで微かにその音を聞きながら、セレスティはふと顔を上げた。
 お茶の、時間だ。
 自分がまだ読んでいない本や、もう一度読みたい本は一通り分けたつもりだ。
 後はモーリスが綺麗に本棚へと並べてくれるだろう。
「モーリス、書庫の整理が終わりましたら、私の部屋へ来てくださいね」
 後は、お願いします。と、セレスティはゆっくりと書庫を後にした。
 広い廊下を進みながら、見かけたメイドにお茶の用意を頼む。
 それを自室へ運んでもらうよう頼んで、セレスティは厨房へと足を向ける。
 快く迎えてくれたお抱えのコックにデザートを頼んで、ほくほく顔でセレスティは自室へと向かう。
「やはり、疲れた時には甘い物で労うのが一番でしょう」
 今だ本を並べる音が止まない書庫の音を遠く聞きながら、セレスティはモーリスが来るのを待ちつつ、同時に出来上がるであろうデザートに思いをはせ、時間を潰す。
 メイドが用意したティーセットが机に並び、たまにはいいだろうと自分でお茶を入れてみる。
 コンコンと軽くなる扉の音に返事を返すと、
「終わりましたよ。セレスティ様」
 まるで何事も無かったかのような微笑でモーリスが現れた。
「書庫の整理ありがとうございました」
 どうぞ、とソファへと促し、紅茶がなみなみと入ったカップを差し出す。
 またもコンコンとなる扉にセレスティは軽く答えると、
「お持ちいたしました」
 と、コックがこの短時間で作り上げた極上スィーツを机に並べる。
「疲れた時には甘い物が良いと言います」
 そう言って並べられたお菓子たちに、モーリスはきょとんとした表情を隠せないまま立ち尽くす。
「お疲れ様でした」
 にっこりと微笑んで向けられた言葉に、ふっと気が抜けたようにモーリスは微笑んで、
「ありがとうござます」
 と、少し遅いティータイムを楽しんだ。





fin.