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<東京怪談ノベル(シングル)>


『教員慰安旅行の恐怖!?』



 巨大複合教育施設と呼ばれ、一万人近い生徒を抱える神聖都学園の教職員慰安旅行に門屋・将太郎が誘われたのは、春も終わりに近づいた暖かい日の事であった。
 将太郎は都内にカウンセリングの医院を持っており、さらに神聖都学園で非常勤スクールカウンセラーとして勤務していた。
 新年度が始まり、生徒も学生達も新しい生活の忙しさが一段落したとある日。学園の教職員慰安旅行があるんだ、一緒にいかないか、と軽く誘われ、カウンセリングの仕事で忙しくしていた将太郎も、たまにはのんびりするのもいいな、と思ったのがきっかけであった。日頃の疲れを、ここで癒そうと、そう思ったのである。



「泊まる宿ってのは、どんなトコなんだ?」
 都内の駅から特急に乗り、将太郎教員一行は草津へと向かっていた。
 草津と言えば、全国でも指折りの温泉の名所である。将太郎も、草津がどんな場所かは知っていたが、かなりの数の温泉宿があるので、どんなところに宿泊するかは、かなり気になっていたのだ。
「皆でここがいいねって決めた場所なのだけど」
 ボックス席の車内の、将太郎の隣に座っていた学園の教員、響・カスミは、古風な日本家屋の温泉宿のパンフレットを取り出して見せた。
「へえ、なかなか良さそうな場所じゃねえか。料理もうまそうだしな」
 嬉しそうな表情でパンフレットを眺めるカスミに、将太郎も笑顔を見せた。と、同時に、将太郎は四方から何やら得体の知れない威圧感を感じるのであった。
「おい、どうしたんだ、そんな顔して。この旅館じゃ駄目なのかい?」
 将太郎達を囲むようにして座っている男性教師達が、嫉妬のような表情を笑顔で隠しているのが、カウンセラーという仕事に携わってきた将太郎に、すぐに伝わってしまった。だが、今は楽しい旅行のはず、余計な事を言うのはやめようと将太郎は思い、あえて黙っていた。
「門屋先生、反対側の席どうですか?いい景色が見られますよ」
 嫉妬の表情をいまだに隠しきれていない男性教師の一人が、将太郎を別の席へ追いやろうとする。
「いや、こっちの景色もいいぜ?反対側の景色は、帰りにでも見る事にするさ」
 カスミの隣に自分が座っている事が、カスミファンの男性教師達には気に食わないのだろう。そもそも、将太郎がカスミの隣に座っているのに、さほど大きな理由はなかった。
 ホームから車内に入り、空いているボックス席を見つけたのは良かったが、男性教師達の間で、誰がカスミの隣に座るかの無言なる戦いが始まったのだ。いつまでたっても通路に立ち、一向に席に決まらない教師達にあきれた将太郎は、さっさと席に座ればいいだろうと、争いの原因であるカスミの隣に、自ら腰を下ろしたのであった。
 そんなわけで、微妙に一部の男性教師達の恨みを買ってしまった将太郎であったが、子供じゃあるまいし、とほとんど気にしていなかった。
 やがて電車は草津温泉へと到着した。大型連休も終わり、町を歩いているとどの旅館も比較的すいている印象を受けたが、それでも日本の温泉の名所、あちこちで写真撮影をしたり、土産を見ている浴衣を着たの観光客の姿が目に止まった。
「あの旅館ね」
 カスミを先頭に、一行はパンフレットにあった通りの旅館へと辿りついた。入り口の古風な門が何とも印象的で、女性教員の何名かが、携帯のカメラで旅館の入り口を写真に撮っている。
「いらっしゃいませー!」
 将太郎達は威勢のいい女将達に出迎えられた。カウンターの横にボードがあり、そこに「神聖都学園・教員御一行様」と書かれているのを見た時、ここに泊まるんだなと、将太郎は改めて感じた。
「それじゃあ皆さん、着替えが終わったらすぐに宴会場へ集まってくださいね。すぐに夕食になりますから」
 カスミが腕時計に視線を落としながら言った。将太郎は荷物をかかえると、自分の宿泊部屋に行き、そこで温泉の浴衣に着替えた。
 なかなかいい部屋だな、と思いながら貴重品を金庫に入れて、のんびりと宴会場へ入った時には、すでにほとんどの教員達が席についていた。言うまでもなく、カスミのまわりはガッチリと男性教員で包囲されていたが。



「女装どつき漫才、有難うございましたー!」
 宴会を兼ねた夕食、将太郎は他の教員達との会話を楽しみつつ、宴会で行われた様々な宴会芸を見ていたが、中には色々な意味で食事の手が止まる物もあった。筋肉質の体育教師達が金髪のカツラにセーラー服を着た漫才などは、笑いを通り越して恐怖すら感じたのではあるが、教師達による演奏や合唱等、なかなか楽しめるものもあったのも確かであった。
「さてと、そろそろ風呂にでも行くか」
 まだカラオケをしている教師達がいたが、食事を終えた教師達の半分ぐらいは、すでに宴会場から退出しており、将太郎もそろそろ風呂へと行こうかと思った。ここの風呂は露天風呂と聞き、特に女性教師達はかなり楽しみにしているようであった。
「へえ、いいじゃねえか」
 少し高台にあるその露天風呂からは、草津の町並みを見下ろす事が出来、将太郎は風呂に身を沈めつつ、その町並みの景色を楽しんでいた。
 まるで歌でも歌いたくなる程、温泉は心地よく、将太郎はゆっくり、まったりと暖かで気持ちの良い湯を楽しんだ。無理やり時間を作って来たが、来て正解だったなと、将太郎は風呂を出て体の雫をタオルで拭きながら呟いた。
 その時、そばでコーヒー牛乳を、腰に手を当てて飲んでいた体育教師に将太郎は肩を叩かれた。
「門屋先生、これから卓球をやろうと思うんだが、一緒にどうだい?」
 筋肉質の素っ裸に、タオル一枚腰に巻いている姿が、何とも逞しい。
「卓球かい?いいね、しばらくやってなかったが、温泉ときたら卓球だしな」
 皆で楽しむのもいいと、将太郎はすぐに承諾し、風呂場を出た二人は、すぐに卓球台が置いてある旅館の奥へと向かった。
「あら、門屋先生。お風呂どうだった?結構、良かったと思うの」
 数人の女性教師達と一緒に、浴衣姿の響・カスミも足もまた、将太郎達と同じ方向へ向かっていた。湯上りの顔に頬をほんのりと染め、化粧のしてない顔を見るのは、これが始めてかもしれない。
「あぁ、なかなか良かったぜ?ところで、これから卓球でもしようと思ってね。一緒にどうだい?」
 将太郎がそう誘うと、カスミはにこりとして答えた。
「私達も、ちょうど卓球をしにいこうと思ってたの。一緒に行きましょう」
 旅館の奥にある遊戯室に、卓球台が置かれており、すでに他の教師達も集まっているところであった。将太郎は適当にメモ帳を切って作ったくじで、ゲームをやる順番を決めた。
「あら、最初は私と門屋先生ね?お手柔らかに頼むわね」
 公平にとくじで決めたはずなのに、またも将太郎は男性教師達の怒りを買っているような気がした。いや、実際そうであったが。
「じゃ、早速始めようぜ?」
 ラケットを握り、将太郎は目の前にいるカスミの動きをじっと見つめる。カスミ相手に、読心術を使って彼女の心を読み取る事など簡単な事だ。だが、それをやってしまっては、ゲームの楽しみなどまったくない。それに、勝つ事だけがゲームの楽しみではないのだから。
 ゲームがスタートすると同時に、カスミがラケットで、軽快な音を立ててボールを打ち込んでくる。
「おっと!」
 球は将太郎の前に打たれ、その動きを目で追いながら、将太郎は玉を打ち返した。
「それ!」
 それに負けじと、カスミはさらに球を打ち返す。次に球が将太郎の方へ飛んできた時、将太郎は力を腕にこめて球を打ち返した。見事なスマッシュが決まり、カスミは悔しながらも笑顔で捕らえきれなかった球を拾い上げる。
「あら、やられちゃったわね〜」
「まだまだこれからじゃねえか。さ、続きいこうぜ?」
 将太郎は決して、読心術は使っていない。だが、カスミはゲーム中将太郎の玉を捕らえきれず、結果は将太郎のストレート勝ちとなった。
「やるわね、門屋先生。全然勝てなかったけど、楽しかったわよ?」
 負けてしまったにも関わらず、カスミはとても気持ちの良い笑顔を見せてくれた。カスミは。
 少し手加減してあげれば良かったのかもしれない。そもそも、何故将太郎がここに誘われたのか、わかったような気がした。電車の席の事を、まだ気にしていたのかと、将太郎は半ばあきれたのだ。
 行きの電車の中で感じたのとは、比べ物にならないぐらいの、カスミファンの男性教師達の不服なる怒りが、次に将太郎がラケットを握り締めた時に、雨のようになって将太郎へと降り注いだ。
 もはや、読心術な使おうが使うまいが、男性教師達が将太郎へ怒りのエネルギーを発しているのは明らかであった。
「おい、そのスマッシュ、危ないだろうが!」
 デッドボールの如くのスマッシュ、意地悪な方向にばかり打ち込まれるピンポン玉の嵐。しかもあの筋肉男性教師の玉はまるで弾丸のようで、将太郎はそれを追いかけるだけでも精一杯であった。
 カスミ達女性教師達が、もう部屋に帰るからと遊技場から出て行った後もその闘いは終わる事がなく…いや、カスミファンの男性教師達が終わらせてくれなかったと言う方が正しいのだが…、将太郎はボコボコに打ち負かされ、やっとの事抜け出して部屋に帰った頃には、温泉へ入る前の数倍はぐったりと疲れていたのであった。
「嫉妬ってのは怖いな」
 畳の上に寝転がり、ぽつりと呟いた。カウンセリングで、様々な人の心に触れている将太郎は、女の嫉妬も怖いが、男の嫉妬も怖いのだと、今日ほど思った事はなかった。(終)



◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆
 
 こんにちは!新人ライターの朝霧青海です。シチュノベを発注頂き有難うございました!
 どんな展開にしようかと迷いましたが、プレイングにあった男性教諭達の怒りを買う、というのを、冒頭の伏線として使わせて頂きました。やはり、カスミファンを怒らせると怖いんだぞ、というのを強調した方が、流れにメリハリがつくかもと(笑)
 今回はかなりコミカルタッチで書かせて頂きました。露天風呂、のキーワードがございましたので、場所はこちらで草津、と致しました。草津は、私が行った事のある場所なので、そこでの情景を思い浮かべながら執筆しました(笑)
 それでは、今回は本当に有難うございました!