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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

 突然、茂みの中から三人の男が襲いかかってきた。なにも言わず、ただ手にした刀を振り上げて。しかし、刀が振り下ろされるよりも男の長い足が彼らを蹴り飛ばすほうが一瞬早かった。
「あ」
蹴った後で、男はしまったという顔をする。反射的に足が出たのだが、男たちを飛ばした向こうは確か崖ではなかっただろうか。
「死んだか?」
「大丈夫。崖はそんなに深くなかったし、底には水も流れてたわ」
男の右肩の上で、青い小鳥がさえずるように口をきいた。銀色の目をした、可愛らしい鳥である。これが海原みあお、元はとある国の王女、しかし悪い魔女に呪いをかけられてしまった可哀相な少女の姿だった。
 みあおと、みあおを肩に乗せた男がこの小島へ上陸してからもう三日が経つ。島のどこかにみあおを魔女の呪いから解き放つ不思議な泉があるはずなのだけれど、なかなか見つからない。
「目印はまだ見つからないのか?」
泉の秘密が書かれていた古文書に、泉の近くには三角形の形をした輝く石があると記されていた。だが、いくら探してもそんなものは見当たらない。
「お前、ちょっと行って探して来い」
男は肩の上のみあおに話しかける。だが、みあおは翼をたたみうずくまったまま嘴だけを動かして答えた。
「嫌よ。みあお、疲れちゃった。ちょっと休みたいの」
「てめえ・・・・・・」
男の声が震える。そして、いつもの決り文句が飛び出した。
「いい加減にしねえと、売り飛ばすぞ!」
叫ぶのにつられて、男の背負っている荷物と大きな刀が揺れた。

 みあおと男が出会ったのは偶然だった。みあおは運命と呼んでいるのだが、男に言わせれば偶然以外のなにものでもない。
 悪い魔女によって小鳥に姿を変えられた後、国を追われたみあおはさらに魔女の手下によって命を狙われた。翼をはばたかせ、なんとか逃げ延びようと、命からがら飛び込んだのが男の船であった。
「お願い、助けて!」
港に錨を沈め甲板の上で昼寝をしていた男は、突然小鳥から話しかけられ大いに面食らったはずだ。だが、根が真面目らしくつい言われた通りに追いかけてきた男たちを叩きのめし海へ放り込んでやったのである。
 思えばあれが運のつきはじめだ、と男は思い出したように繰り返す。
「あれさえなければ、俺は今ものんきに船旅を楽しんでいたのになあ」
しみじみとした男の口調はしかし、みあおには本心でないように思えてならなかった。出会った頃からケンカばかり繰り返していたが、今では男のどれが本音でどれがうわべか、聞き分けられるようになっていた。
 男は、たった一人で大海原を航海する孤高の海賊だった。口は悪くぶっきらぼうで、金にうるさいところはあったが、頼れる性格をしている。素手でのケンカも強かったが、刀を持たせると右に出るものはない。だから彼自身、よほどのことがない限りは刀を抜かない。無神経なようでいて、情けを知っている男なのだ。
 みあおが男の肩に止まると、男はさりげなくではあるが歩調を緩め静かに歩く。食事のときにはいつだって、みあおが太ってしまうと文句を言うくらい大きなパンを千切ってくれる。ケンカの口癖は決まって
「いい加減にしねえと、売り飛ばすぞ!」
だけれど、男は絶対にそんなことをしない。
 ああ、早く人間に戻りたいとみあおは思った。人間に戻った自分の姿を見て、男はなんと言うだろう。いきなり結婚を申し込んでもいいのよ、とみあおは心の中で笑った。
 そのとき、男の声が静かにみあおを揺り起こした。

「おい、あれ」
見えるか?と男が指さしたのは高い木の上だった。てっぺんのあたりで、なにかが光っていた。太陽の光に反射しているらしい。空を飛べるみあおが、木の上まで上って確かめてみると、まさしく三角形の形をした美しいクリスタルだった。
 クリスタルのある場所から、みあおは辺りをぐるりと見回した。この島のほとんどは深い樹木に覆われているため、みあおの視界は緑でいっぱいなのだが、唯一南東の方角にそれが途切れている場所を発見した。島の中で植物の生えない場所はよほどに水が枯れているか、もしくは水に満たされているかのどちらかである。
「泉だろうな」
空から下りていって南東のことを教えると、まず間違いないだろうというふうに男は頷いた。自分でも恐らく、とは考えていたのだが男に断言してもらえると、みあおの胸は喜びに踊る。やっと、やっと元の姿に戻れる。男の肩につかまり、男が密林をかきわけ南東へ近づいていくその一歩一歩が天国への階段を登るようだった。
 ところが、階段の行き着く先は天国ではなく地獄だった。
 南東、泉のほうへ近づいていくに従って視界の先が明るくなってきた。木が少なくなってきたからだと、男は思っていた。この視界が開けた先に泉があるのだと、みあおにも言い聞かせた。
「ほら、もうすぐだ」
そう言って早足になった男の足が、突然地面に飲み込まれた。
 男もみあおも、声を上げる暇さえなかった。底なし沼だ、と気づいたときには男の膝までが沈んでいた。足を踏ん張り、引き上げようとするのだが抵抗は沈む速度を速めるだけである。どうにもならず、男は泥色をした底なし沼へ引きずり込まれていく。
「そんな娘の味方をするから、悪いのさ」
どこからともなく低い笑い声が聞こえてきた。
「どこだ!」
男は、誰だとは叫ばなかった。みあおも、こんな罠を張るのは一人しかいないとわかっていた。最後の最後まで、この女は邪魔をするのか。
 空中に黒い筆で書いたような染みが、ぽつんと現れた。その染みはどんどん大きくなり、大きくなりながらゆっくりと人の形に変わっていった。膨らみ、広がり、そして、黒い服を着た女が現れた。

 みあおを小鳥の姿に変えた魔女は笑っていた。
「泉を見つけたと思って、さぞ喜んだことだろうね。だけど、世の中はそううまくはできていないんだよ」
みあおに呪いをかけた魔女は当然、自分の呪いがどうやったら解けるかも知っていた。だからこの島に先回りして、自分の魔法で泉を底なしの沼に変えていたのである。そして、ただひたすら待ちつづけていたのだ。みあおを苦しめる、ただそれだけのために。
「お前は永遠に、元の姿へは戻れない。それどころか沼に沈んで、死んでしまうのさ」
道連れもいるし、寂しくないだろうと魔女は既に腰まで沈んでいる男に嘲笑するような眼差しを向けた。しかし男は、魔女の視線に自分の目を合わせることもせず、静かに肩の上のみあおへ語りかけた。
「逃げないのか」
みあおは小鳥の姿をしている。だから、男の肩から飛び立てば底なし沼から逃げられるはずなのだ。しかしみあおは首を振った。
「みあお、人間だもの。人間だったら、飛んでなんて逃げられない」
「そうか」
沼へ沈むことから守ろうと両手を上に突き上げていた男は、その妙な格好のまま静かに微笑んだ。それから小さな声で
「お前と一緒なら、沼の底も悪くないかもなあ」
とつけ加えた。今までずっと一人だった男が、誰かと一緒にいることを望んだのはこれが初めてだった。自分でそれに気づいて、男はまた少し笑った。
 死の覚悟ができると、人というのは信じられないほど強くなる。同時に人は、憎い相手が目の前で死のうとしているその間際こそ、最も油断している。一人きりで数多の航海を潜り抜けてきた男は、二つの真実をよくわかっていた。これまではどちらも、傍観者として認識していたのだが、自分自身に重ねることで、さらに実感できた。
 男とみあおの頭上に浮かんでいる魔女は、すっかり油断しきっていた。みあおが男と命を共にするつもりなので、もうなんの不安もないと思い込んでいるのだ。その不意をついて、男は背中に下げていた刀を抜くと渾身の力を込めて魔女へ投げつけた。
 真っ直ぐに飛んだ刀は、魔女の胸を深々と貫いた。魔女は叫び声を上げようと一瞬顔を引きつらせたが、結局声は出なかった。その体は空中で黒い塵へと変わり、風に吹かれ粉々に散った。
「ざまあみろ」
男がそう口走った直後、二人は沼へ沈んだ。

 覚悟していたよりもずっと沼の中は苦しくない、と思った。みあおは目を閉じたまま、ほんの少しもがいた。と、自分の手を誰かがぎゅっと握ってくれる感触があった。
「手?」
小鳥に手なんて、あるわけがない。ひょっとして、とみあおは空いたほうの手で自分の顔や体に触れてみた。頬の感触、身に纏っているドレスの感触、間違いない。
「呪い、解けたのね」
目を開けると、間近に男の顔が見えた。濁っていたはずの沼の水がなぜか、澄みきっている。魔女が死んだので沼が元の泉に戻ったのだ、と理解するのに数秒かかった。
「泉の力はすげえな」
男の唇が、そんなふうに動いた。水中なので声は聞こえず、ただ泡が漏れるだけだったがみあおには男がなにを言ったか聞こえたのだ。
「違う」
みあおも、唇で答える。
「泉は、ただの泉。みあおを元に戻してくれたのはあなた」
「・・・・・・もう、売れないなあ」
男のつまらない冗談に、みあおはお腹を抱えて笑ってしまった。水中で身動きしたせいで、みあおの体を気泡が包み込む。細かな泡は視界を遮り、なにも見えなくなってしまった。
 近づいてきた男の唇も、見えなかった。

「・・・・・・」

 こうして、みあおの物語は終わった。

■体験レポート 海原みあお
 数々の冒険を乗り越えて生まれるロマンス、い〜な〜。お約束で甘ったるい展開かもしれなかったけど、どうせ現実じゃなくてゲームなんだもん。いいでしょ?

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1415/ 海原みあお/女性/13歳/小学生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
この雑誌は一応大航海時代をイメージしているのですが、
こういうファンタジーの設定も、書いていてとても
楽しかったです。
なんとなく人魚姫のイメージも、あるかなあと思ったりしました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。