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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


思い出屋


 ゴーストネットOFFで『思い出屋』という書き込みがあっていた。
 思い出を売ってくれるらしい、買ってくれるらしい。
 はたまた、実際に行ったという者や何処にあるのかわからないなどの情報が書き込まれていた。
 しかしどれも憶測の域を出ないものばかりであったが、まさに今そこへ誘われた人がいた。


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 考え事に没頭しすぎていたのだと思う。珍しいことに、周りの様子にも気付かぬほど。
「ここはどこだ……?」
 いつ道を外れたのか、全くの見知らぬ場所。こんな場所があったのかと不思議に思うほどのそこには落ち着いた雰囲気が漂う。何処となく懐かしくなるような、悲しくなるような、胸の締め付けられるような。
「いらっしゃいませ」
 不意に後ろから声が聞こえた。内心驚きつつ、巽は振り向いた。そこには少女がいた。
「はじめまして。思い出屋へようこそ」
 にこりと微笑んで少女は言う。
「思い出屋……」
 抑揚のない口調で呟く。視線を少女の奥へ動かして、初めて気が付いた。
 何の看板もなく佇むその店は、日本独特の造りをしていた。瓦屋根の、一昔前なら何処でも見かけることのできたであろうそれ。
 思い出屋だなんて、と思う。思い出でも売っているというのか。まさか、そんな事はないだろう。漫画やファンタジー小説ではあるまいし。
 そんな事を考えながら目の前の少女を見る。微笑んだままの彼女の瞳に、嘘の色はなかった。
「入ってみようかな……」
 呟いた言葉に少女はいらっしゃいませ、ともう一度言った。

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「思い出を、売っているんですよね……?」
 巽は、確認するように少女に聞いた。
「はい、そうです。巽さんは、何か……大切な思い出を失ってしまったのではありませんか? ここは、そういった人達が思い出を求めてやってくるんです」
「大切な、思い出……」
 店主であるという少女の言葉に黙り込む巽。自分の、幼い頃の辛い出来事。忘れる事のできない、忘れられないもの。しかしそれは、大切とはいえない。
 黙りこんでしまった巽を見て、少女は続けて言った。
「たとえ辛い事しかなかったように思えても。本当にそれだけでしたか? もしかしたら忘れてしまっているだけかもしれない。ここは、なくした『想い』を見つける場所です」
「見つける、なんて……。俺にそんな思い出は……」
「巽さん」
 そう言って目を伏せた巽の思考を止めるように少女は呼んだ。
「きっと、絶対にありますから。大丈夫です」
 安心させるようにそう言う少女の声が段々と薄れていった。




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 一瞬何も見えなくなった視界に次の瞬間入ってきたのは、食卓。
 父と母、そして祖母が座っていた。
 まだ幼い自分と、自分の話に相槌を打ちながらも時折行儀を注意する母。
 笑いながら聞いている父と祖母。
 どこか離れたところからそれを見つめているのか、それとも実際に体験しているのか。
 どちらともつかない奇妙な感覚にとらわれながら巽はそれを見ていた。
「あっ」
 話に夢中になって手を動かした拍子にまだ中身の入っていたコップをひっくり返してしまった。
 慌ててコップを拾い上げる母と、布巾を持ってくる祖母。
 突然のことに驚いて、幼い自分はただそれを見つめているだけだった。
 そうして片付けて、気をつけなさいと言ったでしょうと困ったように言う母にごめんなさいと答える。
 悪いことをしてしまったのだと幼いながらに考え、泣きそうになる巽に今度は父がもうしないよなと聞く。
 何処にでもあるような、普通の食事風景だった。

 □

 あのままその光景は流れ続けた。
「お父さん」
 夜中、皆が寝床へ入った後で枕を抱えてやってきた巽に父が驚いたようにどうしたのかと尋ねる。
「こわい夢見たから……」
 そうだ、とそれを見ていた巽は微かな、埋もれていた記憶に思い当たる。
 小さい子供には良くある話だろう。あの頃の自分は、部屋の隅にあったシミが何か恐ろしいものに見えたのだ。昼間なら全くそんなこともないのに。
 そして夜だって、普段なら気にせずに眠ることが出来たのだ。それを、夢で恐怖心が刺激されて気になって眠れなくなってしまうことがあった。
「いっしょに、寝ていい?」
 おそるおそる聞いた自分にしょうがないなと苦笑しながらも布団に入れてくれた父。
 一緒にいると、安心できた。




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 知らぬ間に頬を涙が伝っていた。
 確かに、そんなこともあったのだ。忘れてしまっていたけれど。
 あんな、悲惨な事件が起こる前。まだ、父が優しく皆で穏やかに暮らしていた記憶。
「思い出は見つかりましたか?」
 目の前で少女が微笑んだ。
「はい。……あの、」
 気付くと少女に話していた。
「俺には、幼少時の記憶が無いんです。悲惨な事件に巻き込まれたショックで……。だからここに引き寄せられたのかもしれません。良い思い出でした。ありがとうございました」
 その言葉に少女は、毎度有難うございましたと笑った。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 2793 / 楷・巽 / 男性 / 27歳 / 精神科研修医 】


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■         ライター通信          ■
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楷・巽様

 初めまして、更科一耶です。
 ご発注ありがとうございました。お届けが遅くなりまして申し訳ありません。
 悲劇が起こる前の懐かしい記憶ということで、このようになりました。
 どうだったでしょうか。ご期待に添えることができましたら幸いです。