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<白銀の姫・PCクエストノベル>


Fairy Tales -another- 〜神の下僕〜


【フラグ1:ad astra per aspera】

 彼らが訪れてから妙に静かなアリアが気に掛かった。自分だってショックだっただろうに、それを表面で出せないで居る。
 自分よりも相当疲弊し、ダメージを受けている人達を目の当たりにして、内にある悲しみを飲み込んでしまった。

 もしかしたら、自分達が住む世界はもう二度と元に戻らないかもしれないのに――…

 きゅっきゅと何時ものように壺を磨く手が、時々止まる。
 そして、何かを考え込むように視線を虚空で止め、唇をかみ締めまた壺を磨く。
 今日のアリアは、ずっとそれをくり返していた。
「もういいよアリア。出かけておいで」
 きっと先日訪れた的場・要の事が気になって仕方が無いに違いない。碧摩・蓮はそう予想つけると、ため息を付きながらアリアに声をかける。
「ですが蓮様……」
 ここに置いてい頂く条件としての店の手伝いを満足に出来ていない自分。アリアは追い出されてしまうのだろうか?と、小さな不安に駆られる。
「気になるんだろう?そんな辛気臭い顔してないで、行っていいって言ってるんだよ」
「蓮様……」
 アリアは「ありがとうございます」と、深く頭を下げると、アンティークショップ・レンから街へと駆け出していった。
「あ!」
 蓮はアリアが出て行った扉を、しょうがないと言った微笑みで見送ったが、何かを突然思い出したように声を発した。

 あの娘、神聖都学園大学部の場所知っていただろうか?

「蓮さん?」
 扉から顔を出した蓮の後ろから掛かる声。
「あ…あぁ、あんたか」
 待ってたんだよ。と、蓮は女性を店に案内し、しばし待ってもらうと適当に電話をかけた。





 勤めている図書館の封印図書の関係で手に入れた代休をどう過ごそうかと、とりあえず飽きの来ないレンまで行ってみようと綾和泉・汐耶はハンドバック片手に家を出る。

〜♪〜〜♪〜〜〜♪

 バックの底から小さく響く着信音に、自分の携帯電話の番号を知っているであろう人間は顔見知りばかりな事もあり、汐耶は相手を確認することなく着信ボタンを押した。
「あ、蓮さん。今からそちらに―――え?」
 蓮の電話の内容は、数日前からアンティークショップ・レンで働いているアリアという名前の少女を探して神聖都学園大学電子工学部まで連れて行ってあげて欲しいという事。こっちに現れたのは最近で、周辺地理の知識は皆無。白い肌に白を基調としたモノトーンのワンピース。髪は長く色は白銀。
 特徴を聞くだけでもかなり目立つ子のような気がする。
「セレスティさんも探してくれてるんですか」
 蓮の口ぶりからすると、セレスティは反対方向を車を使って一通り探してくる。との事らしい。
「一度そちらに向かったほうがいいかしら?」
[ いや、早く探してやっておくれ。写真も何もなくてすまないけど ]
 携帯を切って、汐耶はふと考える。
 蓮は、そのアリアという少女の事を、この世界に現れたと口にした。それは、アリアは元々この世界の住人ではないという事?
 疑問を抱えつつ、蓮の頼みであるアリアを探すため、汐耶は踵を返した。
「汐耶さ〜ん!」
 汐耶は名を呼ばれたことにふと足を止める。この声には聞き覚えがある。
「お久しぶりです。汐耶さん」
 『白銀の姫』というゲーム内で知り合い、実際現実世界では会うことはないかもしれないと思っていた人物に会うことが出来て、来栖・琥珀は思わず狼の姿であることも忘れて話しかけていた。
「えっと……?」
 封印図書という特殊な本を扱っている関係上、犬…狼が喋ることに抵抗はないが、誰なのかがわからずに汐耶は首を傾げる。声は、確かに聞いたことがあるのだが。
 困惑する汐耶の顔を見て、琥珀ははっとすると、やっと自分の姿が狼だった事を思い出したように、今更声を潜めて、
「私ですー。来栖・琥珀です」
 と、ニコニコと笑いかける。
「琥珀さんって、本当は狼だったの?」
 ひそひそ声の琥珀につられるように、汐耶も身を屈めひそひそと問いかける。
「いいえ、私は白狼って言って、この姿と人の姿と自由に取れるんです」
「あら、便利ね」
 汐耶は徐に手を伸ばし、琥珀の頭を撫でる。犬好きには絶対たまらないような予想通りの気持ちのいい触り心地が返ってきた。
「どうかしたんですか?」
「蓮さんからアリアっていう女の子を捜して欲しいって頼まれて」
「手伝いましょうか?暇ですし」
「そうね、人手は多いほうがいいわね」
 汐耶は琥珀の前足を握手するように持ち上げると、
「今は狼手かしら?」
 と、くすっと笑った。
 蓮が汐耶に電話をかけてきた時間から計算してもそう時間はたってないと考えられる。だとすれば、アリアはまだこの近くをうろうろとしている可能性はあるだろう。
「何かその、アリアさんの匂いが分かるものがあればよかったんですけど」
 汐耶の隣を歩きながら、琥珀は残念そうに呟く。
「やっぱり一度蓮さんの所へ行ったほうがいいかしら?」
「大丈夫ですよ〜。いざとなったらビルの上からでも探して見ます」
 琥珀はその足を使い辺りを見て周り、汐耶は蓮から聞いた特徴を道行く人に尋ねる。
 白銀の長い髪などかなり特徴としては特異だと思われるのに、あまり尋ねても有力な答えが返ってこないのは、彼女が人目につかないように行動でもしているせいだろうか。
 今まで学園へ行く方向ばかりを探し、聞き込みをしていたが、もしかしたら本当に神聖都学園へ向かう方向には行っていないのかもしれない。
 二人は頷きあい、学園の方向に背を向けて、歩き出した。
「汐耶さん」
 車の音と共に、歩道に横付けされた車から顔を出したのは、セレスティ・カーニンガムその人。
「アリアちゃんは見つかりました?」
 蓮からの電話で汐耶はセレスティも探してくれている事は知っていたが、セレスティの方が先に捜索を開始したため、汐耶もアリアを探している事は知らず、一瞬すっと瞳を伏せるが、すぐさま蓮があの後電話で頼んだのだろうと結論付けると、
「いいえ、そちらは?」
 と、切り替えし問いかけた。
「見当たらなかったわ。目立つ子だと、思うんだけど」
 と、思ったのだが、案外目立たない子なのかもしれないと、車の窓から顔を出すセレスティを見て、汐耶は考え直す。
 男女の違いはあれど、セレスティも綺麗な長い銀の髪だ。
 やっぱり白い肌に長い白銀の髪だけでは、あまり特長にはならないらしい。
「どうします?一度蓮さんの所まで戻りますか?」
 人間の姿で面識があるセレスティも含め、琥珀は汐耶を見上げ尋ねた。
「おや。もしや琥珀さん…ですか?」
 ニコニコとセレスティは微笑み、喋る狼にそっと瞳を細くして問いかける。さすが数々の事件に遭遇し、1つの企業を纏め上げるトップの座についているだけの事はある。まったくの動揺が見られない。
「はい。琥珀ですよ」
 車の扉を開けてそっとセレスティは琥珀の頭を撫でると、
「今度屋敷の方に遊びに来ませんか?」
 きっとセレスティのお抱え庭師である彼が喜ぶようなふかふかの毛並みっぷりに、満足そうに微笑んだ。
「これからあやかし荘の方へと行こうと思ってたのだけど、無駄足にならずにすんでよかったわ」
 時間が経てばたつほど、人探しは難しくなる。
「いえ、私はこれからあやかし荘の方へと向かおうかと」
 てっきり車で現れたセレスティが、一通り探し終わったのだろうと思ったのだが、勘違いだったらしい。
「私達も学園方面には居なくて、これからあやかし荘の方へと行ってみようと思ってたんです」
「そうだったのですか」
 すっとセレスティが目配せすると、運転手は車の扉を開けて、汐耶と琥珀に車に乗るように促す。
「あ…ありがとう」
 あまりに仰々しい光景に、小さくどもりながら汐耶はリムジンに乗り込んだ。
「私は裏道から探してみますね」
 小回りの聞く狼の脚力を利用して、1人走り出す。
「あ、琥珀さん」
 軽く駆け出していた琥珀を足を止め、軽くリムジンを走らせて追いかけてきたセレスティに顔を近づける。
「どうかしましたか?」
「これを」
 セレスティはニコニコ微笑んで、琥珀のスカーフに小さな飾りのように見えるものを取りつける。
「これ、なんですか?」
「GPSです」
 背景に花を飛ばしてしまうくらいに明るく笑ってそう答えられ、琥珀はただ苦笑いでそれに答えたのだった。
 セレスティと汐耶は車から大通りを、琥珀はその身軽さを生かして裏からアリアを探す。
 そしてそろそろあやかし荘が見えてくるだろうかという所で、琥珀につけたGPSがある1つの場所で動きを止めた。
「何か見つけたのかしら?」
 何かあったのだろうかと、汐耶とセレスティは顔を見合わせその位置へと向かう。
 その頃琥珀は目ぼしい人物も見当たらず、都会のオアシス的な公園の入り口で立ち往生していた。
 ふと公園の奥から小さく誰かが歩くような音が響き、耳のいい琥珀はふっと振り返る。
 一握りの希望を抱いて、通常の人間の聴覚では聞き取れない小さな音に、琥珀は走り出す。
 最短距離で公園の緑を突き抜けた琥珀は、上品にベンチに座る、白い肌白銀の髪の少女を見つける。そして、その姿を見て、瞳を大きくした。
「アリアンロッド様!?」
「…!!?」
 琥珀は『白銀の姫』の中で出会った女神にそっくりなアリアに思わず驚きの声をあげ、アリアは一瞬驚いたものの冷えたような視線を琥珀に送る。
「はい…私は、アリアンロッド・コピーですが?」
 琥珀はゆっくりと近づき、その姿をまじまじと見つめた。
「琥珀さん?」
 動きを止めた琥珀を追いかけて、セレスティと汐耶がその場に現れる。
 そして、先ほどの琥珀と同じように『白銀の姫』の女神の1人であるアリアンロッドとそっくりなアリアに驚きを表した。
 アリアは、自分はそのアリアンロッドのコピーである事を二人に告げる。
 これで蓮が言っていた「最近現れた」の謎も解けた。
「神聖都学園大学部に行くのじゃないの?」
 蓮はそう言っていた。その為に、送り出したのだと。
 それがなぜ、こんなあやかし荘に近い公園のベンチで座っているのか。
「何か訳がおありなのですか?」
 セレスティは軽く首を傾げるようにして優しく問いかける。
 そしてアリアは俯かせていた顔をあげ、セレスティ、汐耶、そして琥珀へと視線を移動させた。
 アリアンロッドという自分の本当の名前を知っているこの3人はいったいどういった人物なのか。信用してもいいのか、悪いのか。
 そして、どこまで知っているのか。
 一瞬アリアは何かを口にしようとして、やめる。
「何か悩んでいるんですか?」
 琥珀は首をかしげ、アリアの前で丁寧にお座りをすると、じっと下から覗き込んだ。
「そうね、何か力になれるかもしれないわ」
 アリアンロッドのコピーということは、ゲームの中のアリアンロッドよりも若い。しかも、最近生まれたという事実。見た目は少女でも、中身はまだ子供と同じかもしれない。
「皆さんは……」
 アリアは小さく呟く。
 その声を聞き取ろうと、耳を済ませた。
「死とは何か分かりますか?」
 この言葉を聴いた3人は、瞳を一瞬見開く。
 『白銀の姫』のメインプログラマーだった、浅葱・孝太郎の死から始まる、この怪異。
「私は、創造主様に『白銀の姫』の不正終了を止めて欲しいと直接願いに来たのです」
 だが、肝心の浅葱・孝太郎は死んでいた。
 しかし、アスガルドでシュラインから聞いた話を思い出せば、蓮にお世話になっている彼女が開発チームの面々に会っていないという事は考えられない。
「死という物が、もう永遠に会う事ができないという事は、分かります」
 『死』という概念を理解できない。
 『死』というものが何であるかという“知識”はあるが、それがいったいどういった物であるかという事が理解できないのだ。
「私は元々がAI…人工知能です。それがこうして容を取っている」
 ゲームの中で、『死』という概念と『会えなくなる』という概念はイコールではないのだ。
 会えなくなるのは、ゲームを止めてしまった人。
 死は、ライフゲージが0になりセーブ地点まで戻されてしまった人。
 この世界の全てから居なくなってしまったわけじゃない。
「確かに大きな喪失感はあります。ですが、それだけなのです」
 現実世界へ来る事で、世界が見放されてしまった訳じゃないという事を知る事ができた。そして、主たる創造主がもう居ないという事も知った。
 アリアは俯かせていた顔を、ふっと上げる。
「慟哭した彼の姿が、認識できるのに理解できなかった」
 世界を立ち直らせようとがんばっている人がいる。不正終了という終わりのない世界がいつか訪れる。
「悲しみは、どこからくるのでしょう」
 だから、一度は捨てられたと考えて怒る事は、できない。
 本当の人ではないのだからと口にする事は簡単だ。だが、こうやって悩むアリアの姿を見ていると、本当に生まれたての子供と同じだと思った。
「余談…でしたね」
 アリアは3人に苦笑して、ベンチから立ち上がる。
「全然余談じゃないわ。あなたがこの先生きていくなら、必ず必要になる感情よ」
 ゲームの中から来たという彼女。
 アリアは、『白銀の姫』の怪異が収まったら、アリアンロッドが存在を失ったら、消えてしまうのだろうか。
「大学部の方へ、向かいますか?」
 セレスティの問いかけに、きっと飛び出すように出てきたしまったことで蓮に心配をかけてしまったのだと理解する。
 アリアは軽く顔を伏せると、
「ご迷惑をおかけしました」
 と、頭を下げた。



【フラグ2:De nihilo nihil】

 ちょっと待っててくださいと、一言残して琥珀は茂みに駆け込むと、数秒後謎の擬音を発してがさがさと茂みから出てきた。
 その姿は、アスガルドで見たときと同じ人間の姿。しかし耳と尻尾はないが。
「それでは、向かいましょうか」
 公園の入り口で待たせてあるリムジンへと、セレスティは案内する。
 汐耶はただ無言で着いてくるアリアを少し振り返りながら、思いつめてはいないだろうかと考える。
 車に乗り込み、縮こまるようにして座るアリアを、じっと見つめるセレスティ。
「何か…?」
 ふとその視線に気がついたアリアが怪訝そうに顔を上げた。
「失礼。どうしてキミが『怒のアリアンロッド』なのかと思いまして」
 先日、アスガルドで出会った慎之介が、ネヴァンの事を『哀のネヴァン』と呼んだ事で知った、開発側の裏の…むしろ個人的な情報。
 たしか、名付けたのはセレスティの記憶が正しければ『朝芽』という女性。
「私が、怒…ですか?」
 どこかクールで、むしろ1人で思いつめてしまいそうな彼女のどこに怒りが見えるというのだろう。
 だが、もしかしたら表面上はクールなだけで、内側はとても熱いものを秘めているのかもしれない。
「慎之介さんは他に何か言ってたんですか?」
 琥珀と汐耶が本を持って机に戻ったときには、3人はお茶を飲みに行って知恵の環から居なくなっていた。
 だから、この情報は知らない。
「確か、喜のマッハ。楽のモリガン…でしたか」
「それは何だか合っている気がするわ」
 くすっと小さく微笑みをもらして、汐耶は同意する。
 哀のネヴァンも、あの引っ込み思案な所や少々他の女神達より子供っぽいところが合っていると言えば、もしかしたら合っているのかもしれない。
 リムジンが神聖都学園まであと一直線という距離にさしかかり、セレスティはふと思い出したように車を止め、運転手に二言三言話しかける。
 不思議そうに首を傾げる琥珀や汐耶に、セレスティは微笑み、どこかの店のまん前で車を止めた運転手は、数分して1つの箱をセレスティに手渡した。
「それは?」
 また動き出した車の中で、セレスティが紐解く箱の中身を覗き込む。
「携帯電話です」
 リンスター財閥の系列企業から発売された新型の携帯電話が、セレスティの手の中にある。
「アリアさん、これを」
 今日のようにまた探す事があるかもしれないし、持たせておくに越した事は無い。
「やはり今回は蓮さんも心配していましたし」
 連絡手段なしに出かけれらては心配する旨を伝え、アリアの手に携帯電話を握らせる。
「これは……」
 使い方が分からずに困惑する姿に、電脳空間から来たのに電子機器に弱いアリアに、一同は苦笑した。
 二つ折り型の携帯電話を開き、琥珀は此処のボタンに指をさす。
「これが着信がきたら押すボタンで、これが電話を切るときに押すボタンです」
 うんうんと、懇切丁寧に説明する琥珀の言葉に逐一頷き、アリアの真剣な顔に、汐耶とセレスティは微笑する。
「そろそろ神聖都学園が見えてきたわよ」
 初等部から大学部まで全てそろった一大学術都市に車を乗りつける。
 そして、大学部へと向けて歩き出した。
 さすが大きな学園だけあって、大学部も広く沢山の学部の案内図が目に入った。
 石に彫られるように設置されたどの学部の校舎であるかという文字を読みながら、やっと電子工学部までたどり着く。
 校舎の中へと足を踏み入れ、しばらく進むと、なぜかシュライン・エマが1つの研究室から出てくる姿が見えた。
「シュラインさん」
 研究室から出た、一同の中に居たシュラインに声をかけたのは、アリアをここまで案内したセレスティと汐耶。
 声に振り返れば、琥珀が手を引き、シュラインの前に出たアリアが小さく頭を下げた。
 声に振り返れば、アリアが小さく頭を下げた。
「あの子は…」
 足を止めたシュラインに気がつき的場も振り返ると、セレスティ達の後ろにいるアリアに気がつき、小さく呟く。
「こんにちは」
 シュラインはセレスティ達の元まで歩くと、どうして3人がアリアを連れて電子工学部に現れたのかと問いかけた。
「すいません、私が迷子になりました」
 アリアはシュラインの問いかけによどみもなく真っ直ぐに答える。
「的場くん、パソコンはこれでいいのかな?」
 その後で沙羅双樹・八識が研究チームが誇る高スペックのパソコンを乗せたカートを押して部屋から出てくる。そして、シュライン達が話す向こうのアリアの姿を目に留めて、おや?と首をかしげた。
「そうですか、これから『Tir-na-nog Simulator』という『白銀の姫』を動かしていたスーパーコンピュータがある部屋へと行くのですね」
 シュラインの簡単な説明に、セレスティが頷きながら答える。
「ご一緒してもいいかしら?」
 汐耶の問いかけに、シュラインは振り返ると、的場に問いかける。
「構いませんよ」
 本当ならどうせ動いていないはずのスパコン。正常起動中ならこれ以上人数が増える事は遠慮したいが、今はそんな事関係ない。
「さぁ行きましょうアリアさん」
「これで不正終了がなくなればいいわね」
「そうですね。そう、願いたいです」
 これから『白銀の姫』のプログラムを操作するために、『Tir-na-nog Simulator』がある部屋へと向かう一同の後についていく。
 講義棟、ゼミ棟を抜けた先、教授棟へと足を進める。そして、その一番奥のいかにも近未来的な一見壁に見える扉が瞳に映った。
「一応高価なコンピュータなので、部屋の鍵を閉めますけど、いいですか?」
 この『Tir-na-nog Simulator』があるという部屋の扉の前で、的場が振り返り問いかける。
「だ〜いじょうぶ」
 もし何かあったとしても御守殿・黒酒のデーモンを建物に憑依させて外へ出ればいい。閉じ込められるという心配は皆無だ。
 アクセスコードを聞いてきた黒酒と、作業をする藤堂・愛梨を含め、気がつけば総勢9人の人間がこの場所へと押しかけていた。
「アリアさんは一緒に行きなさいな」
 きっとこの中で一番『白銀の姫』の行く末を案じているのはアリアだ。
 汐耶は軽くアリアの背中を押し、『Tir-na-nog Simulator』の元へと向かうよう語りかける。
 アリアは少し躊躇うように振り返った。
「アリアさんは行くべきですよ」
 汐耶と同じように、今度は琥珀が振り返ったアリアの背中を押す。琥珀はにっこりと微笑んで「大丈夫」と、元気付ける。
 アリアは軽く頷くと、部屋の横についているカードリーダとテンキーの電子ロックを操作している的場まで駆けて行った。
 扉の上の灯りが赤から緑へと換わる。
 的場が扉の前に立つと、微かな冷気を放って鍵を解かれた自動ドアが左右に開いた。
 カートを押した八識がまず最初に開いた扉を通る。そしてその後を黒酒、愛梨が続いた。
 後は一緒に来ないのかな?と振り返った的場に、シュラインは答える。
「ケーブルを繋げる手伝いだけさせてもらうわね」
 作業中は邪魔にならないように、部屋の外で。
「じゃぁ、私も手伝うわ」
 部屋に入るシュラインを追いかけるように汐耶も後に続く。
「では、私はここで待たせてもらいます」
「私も待ってますね」
 机の上などに設置するのならいいが、パソコンを直接床に置いての設置では、車椅子の自分は邪魔にしかならない。
 琥珀も趣味程度でパソコンを弄る程度のため、ぱっと見た目でもう専門ではない自分が触る事で壊してはいけないと遠慮した。
 部屋の中心に鎮座した『Tir-na-nog Simulator』には、本当に何のケーブルも繋がっていない。其れなのに、触れれば暖かく、何か別の力を使って起動しているようにさえ感じる。
 シュラインと汐耶は的場を手伝って『Tir-na-nog Simulator』とパソコンを繋げていく。
「こんなものが一介の大学にあるとは」
 四角い黒い箱に見えるスーパーコンピュータ『Tir-na-nog Simulator』の姿に、八識は感嘆の息を漏らす。
 正直な話、そこまで専門的にパソコンが扱えるというわけではない黒酒は、『Tir-na-nog Simulator』の周りを歩き回り、そして部屋を見回した。
「それじゃ、私達は外で待ってるわ」
 作業を終えたシュラインと汐耶が立ち上がり、扉をくぐる。
 閉まる自動扉の向こうで、アリアが軽く頭を下げた。





 閉まってしまった扉の向こう、何が起こっているのかはまったくわからないが、成功してほしいとだけ思う。
「もしこれで不正終了が起こらなくなったら、『白銀の姫』はどうなるのかしら」
 1つだけ分かる事は、今度の不正終了による撒き戻しで不正分子として消えようとしていた人々は助ける事ができる。
 それもとても重要な事の1つではあるが、解決ではない。
 本当の解決は、人を取りこむことも無く、普通のゲームへと戻ること。
 『白銀の姫』は今後、元に戻れるのだろうか。
「世界の均衡が戻ったとき、女神達はどうするのかしらね」
 自分が楽しめればよいという考えのマッハを除いて、ネヴァンもモリガンも自分の手で世界を変えようとしていた。
 それが無駄になった時、ネヴァンはまだしもモリガンはどうするか。
「やはり、消えてしまうのでしょうか」
 異界かという現象によって生まれた女神は、異界『白銀の姫』という世界が無くなったら、消滅してしまうのか。
 それは、あまりにも哀しい。
「現実世界に居るアリアさんも、どうなるんでしょう」
 琥珀も顔を伏せ、自分の考えを口にする。
 扉の向こうでは、その為にがんばっているはずだ。
 すぐさま事が解決する事はないだろうが、何か起きたときのあの世界の事は考える必要があるだろう。
「やっぱり、蓮さんの所で話を聞いたとき、気丈に振舞っていただけだったのかも」
 大学部を尋ねてきたアリアを見て、シュラインは閉じた扉に視線を投げかけて、小さく口にする。
「気丈というわけではありませんが、ショックを受けていたのは本当のようです」
 迷子のアリアを見つけた公園で聞いた、彼女の独白。
 創造主の死を告げられた場に居たシュライン。
 そして、その死を理解しようとしていた場に居合わせた、セレスティと汐耶と琥珀。
「人の死を理解できないのは、人工知能としては仕方が無い事かもしれません」
 琥珀は以前雑食的に読み漁った本の中にあったAI関連の文章をいくつか思い出す。
「そうね、私もAI関連の本をいくつか読んだことがあるから否定はできないけど、私としては肯定も…したくないわ」
 そこへと話を移動させていくと、人は人の感情を本当に作る事が出来るのかという領域に行ってしまうため、深くは掘り下げる事はしない。むしろ、自分達が研究しているわけではなく、他人の文献の受け売りのようなものなのだから、議論するだけ疑問と否定が生まれてくるかもしれない。正直、それは不毛だ。
「でも、これが解決になればいいと思うわ」
「そうですね」
 シュラインは振り返り、セレスティは見上げるように扉の奥に希望を向ける。
「中が少し騒がしくないですか?」
 人より少しだけ耳がいい琥珀が、眉を寄せて扉に近づく。
「まさか、また都波さんみたいな事が起こったなんて事……」
 『Tir-na-nog Simulator』を弄る事で意識不明者が出ていたら、この先の解決なんて望めない。
 だが、騒がしかったのもその一瞬で、今はまた静寂に包まれる。
 先ほど琥珀が耳にした騒がしさは、喜びから来たものか?
 小さな疑惑を残したまま、それ以上何事も無く時間は過ぎていった。
 そしてシュッとどこか近未来的な音を立てて開いた扉に、外で待っていたシュライン達が一気に振り返る。
「どうだったんですか?」
 瞳をきょとんとさせつつ、琥珀が問いかける。
 愛梨と的場は顔を見合わせ、首を振った。
「面白い事は起きたけどね〜」
 生存者の安否よりもネタの金に興味がある黒酒にとっては、今回のこのクエストは面白いといえば面白い結果であった。
「確かにマザーコンピュータの方が強いのは分かるのだが、流石に端末を侵食してしまうとは予想外だったよ」
 八識は感慨深げに薄らと口元に笑みさえも浮かべて答える。その微笑みは誰にも見える事は無かったが。
「今回の事で、もしかしたら『白銀の姫』の中で何かが起こっているかもしれません」
 外部アクセスの成功によって起こったプログラムの更新。
 それによって世界の不正終了を防ぐまでは行かなくとも、あの世界は少しだけ前進したのだ。
 全てのアクセスコードが失われた今、次の手を考えなくてはいけない。
「アクセスコードは、いわゆるアドミニが設定する個人別パスワード…ですよね?」
 ネット環境でいう所の、アクセス権という事になる。
 セレスティの問いかけに的場は今まで失念していたと言わんばかりに瞳を大きくし、ゆっくりと口元に手を当てて俯く。
「そうか……マスターコード…」
 『白銀の姫』だけを操作できるコードではなく、『Tir-na-nog Simulator』を直接操作する事ができるコード。
 それが――マスターコード。
「あ……」
 解決の光は見えた。だが、
「都波…先輩が」
 そのコードを知る人間が、今は意識不明で話す事など不可能。
「『白銀の姫』に取りこまれてしまった都波さんを、解放できればいいのね?」
 自分達が進むべき道筋に現れる、妖精。
 それは、この世界を救うための手順であると同時に彼女を解放する為の手順でもあるようだ。
「僕も行ければいいんですが……」
「心配だろうけど、大学生は勉強してなさい」
 八識を除いて、ここいる誰もが仕事と休日をほぼ分けて過ごせる社会人だ。大学を無断欠課などをして親に心配をかけるものではないと、汐耶は安心させるように微笑む。それは、慎之介にも言える事なので、今度言っておこうと思いながら。
「お願い…します!」
 そして、的場はこの言葉に、深く頭を下げたのだった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4180/沙羅双樹・八識(さらそうじゅ・はっしき)/男性/18歳/学生/偽造屋/雇われ参謀】
【0596 / 御守殿・黒酒 (ごしゅでん・くろき) / 男性 / 18歳 / デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書】
【3962/来栖・琥珀(くるす・こはく)/女性/21歳/古書店経営者】


【NPC/的場・要(まとば・かなめ)/男性/24歳/大学院生】
【NPC/黛・慎之介(まゆずみ・しんのすけ)/男性/23歳/大学院生】

斎藤晃ライターより
【NPC/藤堂・愛梨(とうどう・あいり)/女性/22歳/司法局特務執行部オペレータ】


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■         ライター通信          ■
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 Fairy Tales -another- 〜神の下僕〜にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧です。延滞というわけではありませんが、かなりお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。今回今までで一番長いかもしれません……
 両Fairy Talesシリーズへのご参加ありがとうございます。〜嘆きの塔〜にて書いてしまった疑問を解消してくれる時間設定の文章、本当にお手数おかけして申し訳ありませんでした。次からは当分アスガルドにとどまる事になると思うので休暇届を……(待)
 それではまた、汐耶様に出会える事を祈って……