コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:子供時代のおわり
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 うっとうしい曇天。
 夏を迎える前に、東京は梅雨を経験しなくてはならない。
「よう」
 戸口にたたずむ人影に、三〇男が声をかけた。
 ナンパでは、むろんない。
 少女買春をしようとしているのでもない。
「あ、こんにちは。草間さん」
 振り向いた少女‥‥鈴木愛が微笑する。
 怪奇探偵が顧問を務めるとあるサークルの構成員で、はっとするほど美しい。
 とある事件いらい、しばらく顔を見ていなかったが、
「元気だったか?」
 訊ねる草間武彦。
 彼自身、つい先日まで入院していたのである。
「ええ、私はまあ‥‥」
 疲れたように笑う愛。
「どうかしたのか‥‥っと、立ち話もなんだな。中で話そう」
 草間興信所。
 それは、愛と友人が懇意にしている場所だった。
 これまでは。


「政略結婚、か」
 溜息を吐く草間。
 話は、彼の友人であり自称一番弟子の芳川絵梨佳のことである。
 なんと絵梨佳に結婚話がもちあがったのだ。
 もちろんまだ中学生だから、いますぐどうこうというものではなく、さしあたり婚約だけという形である。
 いままでの絵梨佳であれば一議に及ばず拒否しただろう。
「あるいは、例の件か?」
「怖い思いをしちゃいましたからね」
「それはお前さんも同じだろ」
「先に落ち込まれてしまうと、あんがい平気なもんらしいです」
「無理しなさんな」
 探偵の手が少女の髪を撫でる。
 くすぐったそうにしていた愛が、ふたたび口を開いた。
「この婚約、なんとか壊せませんか?」
「そいつは絵梨佳の意思によるが‥‥」
「相手が悪いんです。あの子をまた傷つけてしまう相手ですから」
「知人なのか?」
「知りたくないけど知っているというところですね。鈴木義人。私の従兄です」
「なるほど。絵梨佳と親戚になるのは嫌だからなぁ」
 やたらと熱心に頷く怪奇探偵。
「そうじゃなくて」
 愛が困った顔をする。
 もちろん草間は判っている。
 貿易で財をなした鈴木家。鈴木義人はそのなかで最も不出来だと言われている青年だ。
 能力的にだけではなく人格的にも。
 しかも黒い噂もある。
「ドラッグを使ったとか、乱交パーティーをやったとか、な」
「そしてそれは事実です。私も打たれそうになりましたから。注射」
「おいおい‥‥」
 呆れる。
 この国の経済界はどうなっているのだ。
「引き受けて頂けますか?」
「しかたがない。そんなおかしなやつと絵梨佳をくっつけるわけにもいかんだろ。だが」
「だが?」
「まずは情報を集めて、絵梨佳の真意も確かめてからだ」
 煙草の先から紫煙が立ち上る。
 空気清浄機が懸命に煙と戦っていた。







※絵梨佳が政略結婚させられそうです。
※またまた麻薬が絡んでいる予感です。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後9時30分からです。

------------------------------------------------------------
子供時代のおわり

「困ったわね‥‥」
 切れ長の瞳から書類に視線を注いでいた黒髪の美女が嘆息した。
 どこからどう調べても、彼女の小さな友人を託すに足る人物ではないようだ。
 鈴木義人。
 名は体を表すというが、この人物に限ってはその法則は当てはまらない。
 義人(ぎじん)などではまったくなく、黒い噂だらけだ。
 麻薬、乱交パーティー、婦女暴行、飲酒運転、事故のもみ消し。
 叩けばキロ単位で埃が出る。
「やってないのは殺人くらいのもんじゃないか? こいつ」
 守崎啓斗が肩をすくめ、
「それだけでも俺たちよりマシってか」
 同様のポーズを巫灰慈がとった。
 シュライン・エマも守崎北斗も苦笑をたたえている。
 怪奇探偵たちには人道主義を唱える資格はない。
 所長の草間武彦をはじめ、全員が人を殺した経験をもつからだ。
 しばらく前から桐生暁もそれはかわらないし、草間夫婦の義妹である零などはそもそも兵器として作られたのだ。
 ただ、彼らは人殺しではあっても殺人狂ではないので、殺人を楽しんだことなど一度もない。
 一人殺すごとに、人として赦されぬ罪業を背負っているのだということを自覚している。
「殺されても仕方のないヤツってのはいると思うけどね」
 淡々とした桐生の言葉。
 ファウルラインの角度が、他のメンバーとやや違っている。
 ちらりと北斗が視線を動かす。
 やや険のこもった視線だ。
 べつに桐生に恨みがあるわけではないが、怪奇探偵たちは彼を警戒している。一年半ほどまえに起こったヴァンパイアロードとの戦争。その記憶をぬぐい去ることは不可能だから。
 むろん桐生自身は、吸血鬼だなどと名乗ったことは一度もないが、さすがに歴戦の戦士たちの目は誤魔化せない。ただ、個人の閲歴を顧慮しないのが怪奇探偵の流儀だ。過去どういう人間であったとしても、現在協力関係にあるなら信用する。
 それが大前提だ。
 ただ、それでも拭いえぬ不安があったから、歌舞伎町での捜査のとき、北斗は桐生とコンビを組んだのである。
 マンマークというわけだ。
 いずれにしても殺人は最大の禁忌だ。それを怪奇探偵たちは犯している。これは事実である。
 事実ではあるが、
「最大の禁忌を犯していないからといって、鈴木の従兄を尊敬しなきゃならない理由にはならないけどな」
 啓斗が言う。
 彼ら自身の罪は罪として、鈴木義人も充分に罪を犯している。
 そんな人間に、大切な友人を託せるものではない。
 鈴木家と芳川家の間にふってわいた結婚話。
 つまり、鈴木義人と芳川絵梨佳を結婚させるというものだ。もちろん絵梨佳はまだ中学生なので、さしあたりは婚約だけということだが。
「でも唐突だよな」
「鈴木家も芳川家も貿易で財をなしたんだけど、鈴木の方は思わしくないのよ」
 啓斗の疑問に、直接的でない表現でシュラインが応えた。
 中東をメインの活動拠点にしていた鈴木家は、戦争のあおりを受けて業績を落としている。だからイギリスを中心としてヨーロッパにシェアをもつ芳川家と手を結ぼうと考えたのだろう。
「それで政略結婚か」
 腕を組む北斗。
 発想としては判らなくもない。
 しかし‥‥。
「しかし、腑に落ちないところもあるな」
 と、桐生。
「たとえばそれは?」
 巫の問い。
「鈴木と芳川ってのはもともと仲が良かったわけだろ? 娘ふたりがつるんでるくらいなんだから。いまさら結婚してまで繋がりを強化しても意味ないっていうかさ」
「なるほど。言われてみればその通りだ」
 政略結婚というのは、だいたいにおいて仲が悪い、または繋がりのない家同士でするものだ。
 業績に不安があるからという理由では、そもそも芳川家が受ける理由がない。
「裏に、もう一枚か二枚あるってことか‥‥」
「それよりも問題は」
「まだあるのかよ。シュラ姐」
「たぶんこっちの方が問題よ。中島くんにはなんて伝えればいい?」
「俺はパスな」
「俺も」
 すかさず巫と桐生が逃げる。
 チキンというなかれ。誰だって他人の恋愛問題になど首を突っ込みたくない。
「おれさ、芳川は中島さんと結婚するって思ってたんだよな。漠然とだけど」
 大胆な発言をする啓斗。
 男女の機微には疎い彼だが、だからこそ言えることもある。
「そうね。家柄とかいろいろ問題はあるけど」
「うん。そういうのも、あのふたりな笑って乗り越えられそうだって思ってた」
 自称サラリーマンで、本当は何をやっているのかもよく判らない中島。
 財閥の一人娘の絵梨佳。
 障害は多そうだが、充分に応援する価値のあるカップルだ。
 恋人が危地にあるとき、中島は何をおいても駆けつけた。
 ヴァンパイアウォーズのときも、先日の拉致事件の時も。
 それだけ思いが強いということだ。ひるがえって、鈴木義人とかいうやつにはそれができるのか。
 一人の女のためにすべてを賭けて戦うことができるのか。
 絶対にできまい。
 たとえば、巫なら綾のため、シュラインなら草間のため、それこそ世界中の人間すべてを敵に回したって戦う。
 啓斗も北斗も、確信をもって予測している。
 だからこそ彼らを応援するし、尊敬もしているのだ。
 口に出すとつけ上がるので絶対に言えないが。
「ありのままを伝えるしかないか」
 受話器を手に取るシュライン。
 やや重い空気が、事務所に流れた。


 草間興信所を訪れた中島文彦は、感想らしいものを口にせず、すぐに仕事に入った。
 その姿は誰の目から見ても無理をしているようであり、
「今回、おりるか?」
 巫などは気を遣ってそんな言葉をかけたものである。
 それに対して中島は、
「絵梨佳が幸せになれるなら、俺はそれで良いんだ」
 本心か、欺瞞か、仲間たちには忖度するしかない。
 そしてそれを口に出して問いただすような無神経なものは、すくなくとも興信所のなかにはいなかった。
「婚約の話は鈴木家からでてるわね。それも、かなり強力に」
 シュラインが説明を始める。
 芳川家では困惑しているという。
 桐生が指摘したように、鈴木と芳川の仲は問題なく良好だ。
 突然結婚といわれても、戸惑うのが当たり前である。まして、なにかと評判の良くない鈴木義人が相手なのだ。
 芳川氏が絵梨佳の意思を確認しようとしても「どっちでもいいよ」という覇気の欠片すらない返答が返ってくるのみ。
 ようするに、絵梨佳は虚脱状態なのだ。
 楽しいと思っていた怪奇探偵たちとの付き合い。
 どんなピンチだって、いつも都合良く現れてくれたナイト。
 それは、絵梨佳のわがままに大人たちがつき合ってくれていただけ。
 自分自身にはなんの力もない。
 思い知ってしまったのである。
「落ち込んでるのよねぇ。らしくないっていうか」
「けっこう長い付き合いになるけど、あんな芳川は初めて見たな」
 とは、学校帰りの絵梨佳を捕まえていろいろと話を聞いてきたシュラインと啓斗の感想だ。
「なぁる。そういうことか」
「なんか気がついたのか? 巫さん」
「絵梨佳については、俺より中島の方が詳しいさ。俺が気づいたのは別のことだ」
「というと?」
「鈴木義人の裏には暴力団がいる。そんで裏から鈴木義人に働きかけて、絵梨佳を押さえようとしてるんだ」
「なんで絵梨佳だけ?」
「もちろん愛もさ。愛も注射されそうになったんだろ? 武さん」
 巫の問いかけに草間が頷く。
 つまり、センター街の事件の時、最後にしゃしゃり出てきたのが愛と絵梨佳。学生証なりなんなりであのヤンキーたちは確認したのだろう。
 それをドラッグの販売元である暴力団に伝えた。
 さらにそこから、一方は取引相手である鈴木義人の血縁であることを彼らは掴んだ。
 絡め取って、意のままに操ることができれば、芳川家と鈴木家という後ろ盾を暴力団は得ることができる。ついでに金のなる木だ。
 両家が営むのは貿易。海外への太いパイプを持っているから。
 鈴木義人は鈴木家では本流ではないが、絵梨佳と結婚して芳川財閥の次期当主ということになれば、影響力だってずっと増すのである。
「あきれるくらい功利的ね」
 ふん、と、鼻を鳴らすシュライン。
 それだけ巫の説明が理にかなっており、納得せざるを得なかったということだ。
「仁義に生きるのがヤクザってもんじゃないのかねぇ」
 桐生が肩をすくめる。
 もうそんな時代ではない。
 暴力団も生き残りを賭けている。一般市民だろうが何だろうが利用しなくては生きていけないのだ。
「その情熱を真っ当な仕事に傾ければ、意外と成功するんじゃないか?」
 と、啓斗などは言うが、そもそもまともな仕事をまともにやるつもりがないから暴力団なのである。回るのは基本的に悪知恵だけだ。
「どっちにしてもこの結婚話は壊すってこったろ?」
 じつに楽しそうに手を拍つ北斗。
 ややためらったあと、
「ちょっと頼みたいことがあるんだが」
 中島が口を開いた。
 仲間たちが青年を見る。
 彼から頼み事が出るなど、希有なことであった。


 鈴木義人が主催するドラッグパーティーは毎週のようにおこなわれている。
 軽井沢にある別荘。
 数年前から彼が占有している豪壮な邸宅だ。
 もともと軽井沢の別荘地帯は一軒一軒が充分な距離を置いて建てられており、この距離こそかプライバシーを守る最高の壁となっている。
「女を連れ込んでいかがわしいパーティーをやるには最適だな」
 見目麗しい少女が、なぜか男言葉で呟く。
「話し方をなんとかしないと、すぐに男だってばれるぞ」
 たしなめた少女も、やはり男言葉だった。
 啓斗と桐生である。
 探偵たちのなかで、最も女装の似合う二人だ。
 嬉しいかどうかは判らないが。
 この二人とシュラインがドラッグパーティーに潜入する手筈になっている。
 女性ばかりに見せかけるのは、その方が相手が油断するからだ。
 愛を介して招待状を手に入れているとはいえ、やはり男と女では扱いが違うものだ。
 草間、巫、中島、北斗の四人は、潜入組からの合図を待って突入する。
 零は事務所からバックアップだ。
 いつもの布陣。
 違うのは、摘発が目的ではないことだろう。
 普段なら警視庁の稲積警視正と連絡を取り合い、警察が踏み込める状況を作っている。
 だが今回は、
「ま、絵梨佳のためって言われたらしゃーないやんなー」
 北斗がごく軽く言った。
 中島に負担をかけぬ心遣いだ。
 今回の行動計画の根幹を作ったのが中島である。それは、好戦的な彼の性格からは想像もつかないほど繊細で手の込んだものだった。
 ドラッグパーティーに潜入し、鈴木義人の違法行為の証拠を握る。そしてそれをネタに彼を脅迫し絵梨佳との婚約を撤回させる。同時に彼の背後にいる暴力団を聞き出す。そこまでやれば、もう鈴木義人は用無しだ。海外にでも行ってのんびり余生を過ごせばいい。そして怪奇探偵たちは暴力団を壊滅させる。
「いや、繊細じゃないし。おもいっきり暴力的だし」
 巫などは苦笑したが、これはあくまで大筋だ。
 中島が気を遣ったのは、むしろ情報統制である。
 この件を絵梨佳に知られてはならない。
 より正確には、鈴木義人の不正については知られても良いが、背後の暴力団のことは絶対に知られてはならないのだ。
 中島は知っていたから。
 どうして絵梨佳が落ち込んでいるのか。
 どうして草間興信所に姿を見せなかったのか。
「あいつはびびって動けなくなるような娘じゃねえ。そんなに根っこが弱くねぇんだよ」
 かつて、ヴァンパイアロードとの戦いのとき、彼女自身が重傷を負っていたにもかかわらず、中島に絵梨佳は言った。
「戦って。暁文」と。
 それほどの強さをもった少女だ。
 ワクチンを求めて病院に乱入してきた人々の前に立ちふさがり、必死の説得もおこなった。
 滅茶苦茶で、甘えん坊で、糸の切れた凧みたいだが、けっして弱くはない。
 そんな絵梨佳が、あんなことくらいで元気を失うはずがないのだ。
「俺たちに迷惑をかけた、と、思ってやがるんだ」
 むしろ、そのことを思い知った、というべきだろうか。
 絵梨佳はまだ中学生であり、怪奇探偵たちの対等なパートナーとはいえない。未熟だし判断も甘い。それが、自分一人で何でもできるつもりになって皆に迷惑をかけてしまった。草間にもシュラインにも巫にも守崎兄弟にも。
 そして、最も迷惑をかけたくない張暁文にも。
 彼と一緒に歩きたいから、ずっと背伸びしてきたのに。
 いつかは、あなたに似合う女になりたいから。
 それなのに。
 それなのに、彼に手を汚させてしまった。
 自分のために殺人まで犯させてしまった。
 後悔は無限。
 今までだって口に出さないだけで、皆、迷惑だと思っていたに違いない。
 だいたいそのような心理が絵梨佳の中で渦巻いていた。
「俺だって気づいてるんだ。あいつがいつも背伸びしていることくらい。だから、な」
 今回の件で怪奇探偵が動いたと知ったら、絵梨佳はまた負担に感じるだろう。
「べつに良いと思うけどな。俺なんていつでも綾のためにって公言してるぜ」
 おどけたように巫がいう。
「‥‥いやだねぇ。歳をとると羞恥心がなくなって」
 半分以上は礼儀で、中島がつき合った。
 不器用な大人たちだった。
「そろそろ動くぜ」
 真剣な表情で、北斗が注意を喚起する。
 沖天にかかる三日月。
 魔女の笑みのように。


 パーティー会場での混乱はすぐに収拾した。
 なんといっても麻薬中毒患者ばかりである。
 数だけは二〇人ほどいたが、怪奇探偵たちの敵になるはずもない。
 いっそシュラインと女装男二人だけでも制圧できたのではないかと思うほどだ。
「女装男っていうなっ」
「べつに好きでやっているわけじゃない」
 口々に苦情を申し立てる桐生と啓斗。
 一暴れした後なので、ミニスカートは破れているしブラジャーとパッドはどこかに飛んでしまっているし、顔中傷だらけだし、まあとてもではないが女には見えないのでたいして問題にはならない。
「さあ。吐いてもらうぜ。アンタの背後にいるヤツの名前をな」
 床にへたり込んでいる鈴木義人の腹を踏みつけながら中島が言った。
 危険な迫力は、暴力団の構成員などにいささかも劣らない。
「‥‥‥‥」
「報復が怖いか? 一時間後、やつらに制裁を加えられることを怖れるのも良いが、今、俺に殺されることを怖れた方が良いんじゃねぇか?」
 自動拳銃の銃口を押しつける。
「いっとくけどな。楽に死ねると思うなよ?」
 銃声。
 鈴木義人の左腕の肉が、ごくわずかにこそげ取られる。
 いわゆるかすり傷だ。
「うわぁ。痛そう‥‥」
 とは、シュラインの内心の感想である。
 まともに当たるより、じつはこちらのほうがずっと痛い。
「言うっ! 言うからっ!!」
「良い子だ。アンタは長生きできるぜ」
「広神会だっ」
 目配せする怪奇探偵たち。
 べつに意外な結論ではない。新宿を拠点とする暴力団である。その背後には広島県に本拠地を置く広域指定暴力団がいるが、広神会の勢力そのものは構成員四〇名ほどの中堅どころである。
 新宿や渋谷で猛威を振るっていたドラッグ。
 これで繋がった。
「そうか。じゃあちょっとそこの組長に会ってくるか」
 不敵な笑みを浮かべた中島が、銃把で鈴木義人のこめかみを殴る。
 だらしなく昏倒する青年。
 後すら見ずに立ち去る怪奇探偵たち。
 鈴木財閥の不出来ものに対する懲罰は、当の鈴木家に任せよう。
 事態がこう推移した以上、どうせ彼は日本にいられない。鈴木家が勢力を持つ中東にでも逃げ込むか、あるいはアメリカあたりにでも行くか。
 いずれにしても、もう絵梨佳に汚れた手は伸ばせない。
「中東で日本人殺害って結末もありかもな。啓斗」
「それはあんまり洒落になってないぜ。巫さん」
 青年と少年が会話を交わす。
 急転についていけないジャンキーどもが、酔ったような目で見送っていた。


 襲撃は唐突だった。
 暴力団事務所が入っているビルに、いくつもの閃光弾と煙玉が投げ込まれ大混乱を誘発する。
 晴れぬ視界にむせる暴力団員。
 その横を風が通り抜けてゆく。
 何が起こったかも判らぬまま、二人ほどが床に這いつくばった。
「峰打ちだ。安心いたせ」
 黒覆面の男が言った。
 ものすごい勢いで芝居がかっている。
「‥‥貞秀(それ)って最初から刃がねーと思うんだけどな」
 特撮ヒーローの面をかぶった男がツッコミを入れる。声はまだ若く少年のものだ。
 ちなみに巫と北斗である。
 さすがにヤクザに顔を憶えられたくないので、皆、思い思いのアイテムで顔を隠しているのだ。
 啓斗は弟とおなじ特撮のお面。桐生はターバンを顔に巻き、中島とシュラインと草間は中国っぽいお面で、零は魔法少女だ。
 あまり迫力はないが、実力は暴力団員を遙かに凌ぐ。
 啓斗と北斗の小太刀が閃き、桐生の体術が唸り、草間と中島の拳銃が火を噴く。
 さすがに事の程度の相手に特殊能力を使うものはいない。
 みるみるうちに制圧されてゆく暴力団事務所。
「あっけないなぁ」
 ターバンの下でにこにこ笑いながら、下っ端組員の腕をへし折る桐生。
 絶叫がこだまする。
「良い声だねぇ。でも、お前らにひどいことされた子たちは、もっと痛かったんだよ?」
 背後から襲いかかってきた相手の膝を粉砕。
 躊躇いはまったくない。
 彼らが少年少女たちの人生を奪ったように、桐生もまた暴力団員たちのその後の人生を奪ってやるだけだ。
 麻薬取締法違反で捕まったところで、せいぜい刑期は五年か六年。こんな稼業をやっている連中が、その間に更正するはずもない。
 それどころが箔がついたといって自慢すらしかねない。
「ありがとう、は?」
 左腕を七回転ほど回して骨ごと砕いたヤクザに問いかける。
「命だけは助けてあげたんだから、ちゃんと感謝してほしいなぁ」
「あが‥‥うが‥‥」
 もちろんヤクザはのたうち回るだけで、感謝どころか返事すらできない。
「お礼も言えないんだ。これだからヤクザは」
 口を踏み潰す少年。
 折れた歯と噴き出す血が、赤と白のコントラストで床を彩った。
 啓斗や北斗の戦いも苛烈だった。
 命までは奪わない。ただし、その後の人生は奪ってやる。
 小太刀が閃くつど腕や足を失ったヤクザが床に転がる。
 拳銃などを持ち出すものもいたが、狙いは不正確だしモーションは無駄だらけだし、
「少しは鍛えておけよ」
 中島の二丁拳銃が次々と肩口を撃ち抜いてゆく。
 怪奇探偵とヤクザでは戦闘力に差がありすぎる。
 ヤクザにできるのは、しょせん弱いものいじめだけだ。幾度も死線をくぐり抜けてきた怪奇探偵の足元にも及ばない。
 自分より弱い相手と戦ったことなど、護り手たちほとんどないのだ。
「それって、あんまり自慢じゃないわよねぇ」
 嘆息するシュライン。
 視線の先、戦局は掃討戦に移行していた。
 最後に引きずり出されたのは、もちろん組長の肩書きを持つ中年である。
 メインディッシュだ。
 ほとんど目を回している。
「ドラッグはどこだ?」
 カタナを突きつけた巫が尋ねる。
「‥‥‥‥」
「いえよ」
 どすっという鈍い音。千切れ飛ぶ組長の右手の小指。
 貞秀には刃がないので、押しつぶしたような格好だ。
「よかったなぁ。これでカタギになれるぜ」
 組長が落ちたのは、わずかそれから三分後のことだった。
 そしてその一〇分後に稲積警視正が率いた警官隊が突入してくる。
 もちろん怪奇探偵たちは逃げ去った後だったが、大量の麻薬を押収し、組員全員を逮捕することに成功した。
 押収した麻薬は八〇キロ。戦果としては上々だ。
 こうして稲積警視正は、また輝かしい功績を立て警視監への出世も間近だと噂されるようになる。
 が、さしあたりこれは怪奇探偵たちのは関係ない。
「これで終幕かしら」
 シュラインが呟く。
「だといいけどな」
「終わらんさ。この手の話はな」
 啓斗と巫が、それぞれの為人で応える。
「あれ? そういえば中島さんは?」
「あ、さっきシルビアにのってった」
 北斗と桐生の会話。
「うそんっ! 俺のシルビアっ!」
 巫が割り込んだ。
「つーかアンタのじゃないでしょうが」
 シュラインが笑う。
 困ったように。



  エピローグ

 埠頭。
 波と霧笛の音が響く。
 黒いシルビアの車体に寄りかかる男。
 煙草の煙が風に吹き散らされてゆく。
 血の臭いも。
 ‥‥今回は良かった。
 相手が罪を抱いていたから。
 だが、
「本当に誠意のある相手で、あいつがそれを気に入ったら‥‥」
 音波になるには小さすぎる声。
「あいつが幸せであれば‥‥俺はそれで‥‥」
 良いのか?
 耐えられるのか?
 沸きあがる自問。
 答えを、彼はまだ出せずにいる。
 海から吹く風が紫煙をたなびかせ、青年は煙そうに目を細めた。













                         おわり


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
4782/ 桐生・暁     /男  / 17 / 高校生 吸血鬼
  (きりゅう・あき)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0213/ 張・暁文     /男  / 24 / 上海流氓
  (ちゃん・しゃおうぇん)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせいたしました。
「子供時代のおわり」お届けいたします。
東京に蔓延する麻薬に絡んだ話は、これでいったん終了です。
でも、作中でキャラクターが語っているように、この手の事件ってきっとなくならないんでしょうねぇ。
人間の業なのでしょうか。
さて、いかがでしたか?
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。



☆お知らせとコマーシャル☆

5月30日の新作アップは私事都合によりお休みします。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

水上雪乃が主催するPBWサイト「暁の女神亭」がリニューアルしました!
新しい「暁の女神亭」ではPBeMも計画していますよー
もしよろしかったら、覗いてみてください☆