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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


特別恋愛講座 <お誘い編>

1.
「はぁ〜〜〜〜〜……」

 と、長いため息をついて上の空な彼・三下忠雄。
 ここは修羅場中の月刊アトラス編集部である。
 そんな三下の姿を目にした編集長・碇麗香が眉間のしわもチャームポイントとばかりに三下の首根っこを引っつかんだ。
「そんなため息つく暇がどこにあるのかしら? 三下くん」
 だがしかし、三下は再び長いため息をついた。

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」

「…なんなのよ、一体」
 毒気を抜かれる…というよりは、あまりの異様さにさすがの麗香も怯んでしまう。
 と、そこになにやら舌打ちする編集部員A。

「三下さん、どうやら恋しているらしいですよ。しかも相手は女性格闘家だそうで…」


2.
 麗香から草間興信所にかかってきた電話を取ったのは、シュライン・エマだった。
「はい、草間…あら? 麗香さん?」
 馴染みの声にエマは声の緊張を緩めた。
 だが、いつもの麗香のトーンと違うその声に、エマは胸騒ぎを覚えた。
 もしや、何か変な事件にでも巻き込まれたのだろうか? と。
「三下くんが…恋をした? ん〜…、じゃあ調べたらそちらに行きますから、冷静にね。早まっちゃダメよ?」
 そう言って電話を切って、エマはしばし考えた。

  あの動揺っぷり…よっぽど三下くんたら浮かれてるのね…。

 エマはふぅっと一息つくと、麗香に言われた『女性格闘集団・G's』の資料を集めだした。
 しかし、三下とこの女性格闘集団が、どこでどのような関わりを持ったのか…それが不思議だった…。


3.
 手元にあった資料をかき集め、エマは月刊アトラスに急いだ。
 編集部に到着すると、確かに三下の浮かれっぷりはすごかったし、また麗香の嫌がりっぷりもすごかった。
 麗香に資料を渡そうとしたエマに、麗香は応接セットを指差した。
「彼らも手伝ってくれると言うから…悪いけど三下くんを何とか私に近づけないでくれるかしら? 仕事にならないのよ」
「苦労が耐えないわね、麗香さん」
 苦笑いで資料を抱え、応接セットに座る藤井葛(ふじいかずら)と梅海鷹(めいはいいん)、そして三下の元へと移動した。
「わざわざご苦労様です」
 そう労いの言葉を掛けると、海鷹と葛は「いや、お互い様です」と声を揃えた。

 と、そこに着物に白衣という風体の男が顔を出した。
 見覚えのあるその顔に、エマは声を掛けた。
「門屋さん!」
 そう呼ばれ、振り向いたのは門屋将太郎(かどやしょうたろう)だ。
 どうやらこちらはたまたま運悪く月刊アトラスに顔を出しただけらしい。
「どうしたんだ? こりゃ」
「今ちょうど三下くんの話をしていたところなのよ。麗香さんからお呼びがかかってしまって…」
 エマは1つ席を奥に移動して、門屋に座る様に促した。
 門屋はそれに応じてエマの隣に座った。
「三下君は無理せず、真面目だということを相手にわかってもらえればデートくらいは誘えるんじゃないかと思うんだがな」
 海鷹がそう言ってうんうんと頷く。
「…でも、突然デートに誘っても相手引くんじゃないか?」
 どうやら葛と海鷹も今しがた来たばかりのようだ、とエマは思った。
 …当の本人が舞上がり気味で、話を聞いていないような気もするが。
 そんな様子に見かねたのか、門屋は言った。
「しゃーねぇ、俺も恋の手助けしてやっか。悩める人を救うのが俺の仕事なんでね」
 その素直じゃない物言いが、なんとも門屋らしくてエマは笑った。
「ふふ、門屋さんならそういう恋愛の心理に強そうだわ」
「…それは俺が恋愛に強そうって意味? それとも恋愛相談が得意そうって意味?」
 そう訊かれて、エマは少し考えた。

「どちらも…かしらね」

 少し拗ねた様な門屋は、どことなく子供っぽくて少し笑ってしまった…。


4.
「で、相手はどんな子なんだ?」
 浮かれて編集部内をスキップしまくる三下をとっ捕まえて座らせた門屋が、三下にそう聞いた。
「どうやって出会ったのかしら? どんなところが好きなの?」
 エマも門屋に続きそう質問した。
 途端、三下の顔が解けるように伸び始め、不気味な笑顔でへらへらと笑い出した。
「…ふ、ふへへへへ〜…取材でですね、お会いしてとても綺麗な人で…へへへへ…」
 怪しく笑う三下に、エマを始め葛も門屋も微妙に引いた。
 と。
「そこから先は三下君の替わりに私が答えよう。相手は八橋美琴(やつはしみこと)23歳、女性格闘家でG'sという格闘家団体を主宰している。付き合っている男はいないようだが、男自体に興味がないようにも感じる。あとは…」

「ちょ、ちょっと待って下さい。海鷹さん、どうしてそんなコトまで知ってるんですか?」

 海鷹が語るのを止めたエマは、至極当然の疑問を口にした。
「あぁ、たまたまツテがあったんでな。相手のことがわかれば少しでも良い方向に行くだろうと思って、調べておいたんだ」

  海鷹さん、根回しがいいわね。
  もしかして探偵にとっても向いてるんじゃないかしら?

 持って来た資料は、どうやら海鷹の話の資料になりそうだ。
 海鷹は、さらに言葉を続けた。
「で、ここからが問題だが」
「問題とは?」
 真剣に聞き入っていた葛が怪訝な顔で海鷹の言葉を促した。
 海鷹は、少し考えるとこう言った。

「ペ・ピョンジュンのポスターが事務所内にまんべんなく貼ってあった…らしい」

 ペ・ピョンジュンとは、ここ最近の韓流ブームというやつにのって彗星のごとく現れた韓国スターである。
「冬そな…か」
 韓流ブームの火付けとなった『冬のそなたたち』という韓国ドラマは、女性全般に大ブレイクした。
 韓国王朝を舞台とした歴史物でありながら、恋愛の駆け引きを巧妙に描いた大作である。
「意外と…優男が趣味なのか?」
 葛がうーんと考え込んだ。
「ドラマ内の役柄かもしれないわ。明るい社交的なタイプが好きなのかも…」
「シュラインさんは見てたのかい? 『冬そな』」
 海鷹が意外そうにエマにそう聞いたので、エマは思わず苦笑いした。
「零ちゃんがね、ハマってて付きあわされたのよ」
「面白いのですか? どうもその手の話は敬遠しがちなんだが…」
 葛が訊くと、「面白いよ」と海鷹が答えた。

 雑談が始まりそうな雰囲気に門屋がコホンと咳払いをした。
「とにかく、そのあたりから糸口を見つけようじゃねぇか」
「共通の趣味を持つ…つまり、『冬そな』を見てみるってのはどうかね?」
 葛が真剣なまなざしで三下に助言した。
「そうね。藤井さんの考え、とてもいいと思うわ。三下くん」
「共通の趣味があるってのは強みだと思う。だけど…」
 再び門屋は咳払いをした。

「その『冬そな』と三下のこの格好は、かなりかけ離れてると思うんだけどな」


4.
 ボサボサの髪に薄曇の眼鏡、なんとなく背広に着られている感の強い風体。
 女性のみならず、これでは同姓からも近寄られないであろう。
 すわ、ペ・ピョンジュンには程遠い。

「服装をもう少し、こざっぱりさせるといいかもしれないわね」
 エマがそう言って、へんにねじれたワイシャツの襟を正す。
「そのスーツでもいいとは思うが、もう少し清潔感が欲しいな。身だしなみは普段の生活が現れるものだからな」
 三下の歪んだネクタイをきゅっと締めなおし、海鷹が言った。
「せめて、スーツにアイロンぐらいは掛けろ。そんなよれよれなカッコじゃ一発で相手に振られちまうだろ!」
 厳しくそう言い切った門屋は、三下の背中をバンッと叩いた。
 その反動で、三下の背筋はピンと伸びた。
 痛がる三下を見てうんうんと頷きつつ、葛が口を開いた。
「そうそう。背筋伸ばして、相手の目をしっかり見る。…それと、その眼鏡外しちゃダメかね?」
 葛はそう言うと、三下の眼鏡を奪い取った。
「そ、それ取られると、何も見えないんです〜!!」
 ワタワタと手探りで取り返そうとするも、虚しく三下の手は空を切る。
「藤井さん、眼鏡はやっぱり付けておきましょう。いざという時に言う相手を間違えても困るから」
 苦笑してエマがそう進言したので、三下の手に眼鏡は戻ってきた。
「眼鏡はずした方がいいと思うんだがなぁ…」
 葛は非常に残念そうだが、どうやらそれ以上眼鏡を取るつもりはないらしい。

 あれやこれやと手を出される三下は、まるでマネキンのように動けないでいた…。


5.
「…服装は、とりあえずこんなもんか」
 一通り、あれやこれやといじり倒した後、門屋は仕切りなおした。
「次、喋り方! 引っ込み思案な、どもった口調は駄目だ! 言いたいことはスバっと言え!」
「は、はいぃぃ!!」
 ビクッと肩を震わせて、門屋の声におどおどとした声をあげた三下。
 それに対し、門屋が眉を吊り上げる。
「そんなんで、相手に自分の気持ちが伝わると思うのか!?」
 バンッッと再び三下の背中を叩くと、知らぬ間に猫背に戻っていた三下がピシッと背筋を戻した。
「人と話す時は相手の話をじっくり聞いて、好みを把握すること。これは女性だけではなく、人付き合い全般で大切なことだよ。三下君」
 軽い笑顔で門屋と三下のスパルタ訓練を見ていた海鷹が、そう言った。
 どうやら大人の余裕というヤツらしい。
「その前に、三下くん上手に誘えなさそうだから手紙でも書いてみない? あ、ノートもあるんだけど、どっちがいいかしら?」
「シュラインさん、ノートって…なんか違わないですかね?」

 葛がそう言うとエマは「なんとなくデートより交換日記とかから始めた方が似合いそうかなって…」と誤魔化した。

「とにかくストレート! 熱血ストレートで男を見せろ! でもやりすぎはダメだ。相手に合わせるんだ!」
「あんまり無理をしないで、誠実かつ真剣な態度でな」
「断られても正面から何度でもお誘いしてみては? 三下くんのそういうところは、とてもいいと思うから」
「取材を兼ねて〜とか言って、軽ーく食事に誘ってみたらどうかね? そのぐらいなら断られることも少ないと思うのだが?」

「あうあう〜…」
 次々と矢継ぎ早にアドバイスを受ける三下の眼鏡の奥の瞳は、ぐるぐる回って既に虚ろだ。
 アトラス編集部の一角の応接セットは、もはや三下に与えられた恋の試験場と化していた。

「あれで本当に大丈夫なのかしら…?」
 それを横目で見ていた麗香が、そう呟いた…。


6.
 キッチリと着込んだスーツは余分なシワひとつもなく、真っ白に洗い上げられたワイシャツとともに清潔感に溢れている。
 頭のボサボサは多少ながら櫛で梳かされて、爽やかなコロンの香りとともに軽く風になびいている。
 眼鏡も手垢1つ残さぬように綺麗に拭かれて、いつも半開きの口すらきゅっと締まって男らしさを醸し出す。
 なんだかんだで既にお相手・八橋美琴のいる事務所前で、5人は佇んでいた。

「こ、これでよかったんでしょうか?」

 そう不安げに声を出した三下に、門屋の鋭い叱責が飛ぶ。
「バカやろう! そのドモリがダメだって言ってんだろうが!」
「は、はいぃぃ!!」
 瞬時に背筋を正し、三下は再びピシッと男らしくした。

「素直に自分の気持ちを言ってらっしゃい。頑張ってね」

 エマはそう言って優しく微笑んだ。
 その笑顔に三下は「はい!」と大きく返事をした。
 その返事には三下の感謝の気持ちが充分にこもっていたように感じた。
 門屋や海鷹、葛もそれぞれ三下にエールを贈ると三下は深々とお辞儀をした。
「では、言って来ます!」
 手には上手く言えなかった時用のラブレターを持ち、右手と右足を同時に出しながらも迷うことなく進む三下。
 その背中には、いつものおどおどした三下を感じさせるものは…まぁ、ちょっとはあるけど、だいぶマシな感じである。
 手紙の内容は念のため、控えておいた。
 デートの日時なんかを忘れたら洒落にならないからである。

  きっと大丈夫よね。

 危なげな姿ではあったが、少しだけ成長したその背中をエマは見守る。
 そうして、三下の背中は事務所の中へと吸い込まれていった…。

  三下くんはきっといい返事を貰ってくる。
  そうエマの女の勘が告げていた。

  そして数分の後、笑顔で現れたのは ―――…。


−−−−−−

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

1522 / 門屋・将太郎 / 男 / 28 / 臨床心理士

3935 / 梅・海鷹 / 男 / 44 / 獣医

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1312 / 藤井・葛 / 女 / 22 / 学生


■□     ライター通信      □■
シュライン・エマ 様

 この度は『特別恋愛講座 <お誘い編>』へのご参加ありがとうございました。
 大変遅くなりまして、申し訳ありません。
 オープニングの方にも書きましたが、今回のお話は参加者様のプレイングによって続編を書くか否かを決めさせていただこうと考えておりました。
 エマ様は余すことなくフォローしていただき、三下くんもさぞ心置きなく告白できたことと思います。
 その気配りは毎回さすがだと思います。
 続編の受注開始はOMC本館のクリエイターショップにて告知させていただきます。
 もし興味とご都合が付けばご覧ください。
 それでは、またお会いできることを楽しみにしております。
 とーいでした。