コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


◆◇晩ご飯は美味しい血◇◆

 男はやや心配げであった。この男にしては珍しいぐらい、困惑している様子が見て取れる。
「‥‥お嬢ちゃん、マジ?」
「しつこいなぁ。もう3回目だよ、その台詞。いい? ボクがやるって言ったらやるんだよ。それで決まりなの。おじさん、わかった?」
 ロルフィーネは口を少しだけとがらせ、『拗ねてます』という表情を作る。流れる黒髪、色素の薄い瞳、白磁の肌。そして高価そうな服を着ているロルフィーネがするとこういう態度はなんとも様になる。
「おじさんだなんて‥‥おじさん、へこんじゃうよ〜」
「自分でも言ってる癖に‥‥変なの」
「自分はいいんだよ。でもね、他人に言われるとキツいの」
「ふ〜ん。でもそんなことどうでもいいの。コレ、ボクがやるね」
 男のデリケートな問題を『どうでもいいこと』と一蹴し、ロルフィーネは1枚の写真を男の手から抜き取った。まだ幼さの残る制服姿の少女が写っている。
「それは‥‥変死だね。まだ時間も経ってないし、気持ちが落ち着いてないかもだよ。いきなりコレじゃなくてさ、もっと簡単なのから‥‥」
「あ、気持ちとか興奮してるとか、そういうの気にしないよ、ボク。怖くないし。この子、可愛いし好みのタイプ♪」
 写真は生前のものだった。健康そうな肌の色、肩のあたりで切りそろえられた髪も艶やかだ。こういうのはきっと『ご馳走』だった筈だと鑑定する。どうせ担当するのなら、美味しそうな子の方がやる気が出るというものだ。
「じゃ〜ね」
 ロルフィーネは立ち上がる。なんとなくワクワクと楽しい気分になってきていた。

 その場所はロルフィーネもよく通る場所だった。深夜なので、今は人っ子1人いないが、朝や昼間なら大勢が行き交う住宅街から駅へと向かう小道だ。
「近場でよかった〜。飛行機や新幹線を使え、なんて言われたら面倒くさいもんね」
 その点、今回はいい。ほとんどお散歩気分で現地に到着出来てしまった。
「あ〜いるいる。こんにちわ」
 ロルフィーネは屈託無くその場にたたずむ少女に言った。頼りない陽炎の様な身体は仄かに紅く染まっている。けれど、反応は‥‥ない。
「ねぇ‥‥聞こえない?」
 恐れる様子もなくロルフィーネは紅い陽炎に近寄る。それも仕方がない、ロルフィーネはこれまでに何かを『怖い』と思ったことはない。いや、深くじっくりと考えれば1度や2度『恐怖』を感じた事はあるかもしれないが、それは多分遥か昔の事だ。少なくても、人間相手に怖がる事はない。それが生きていても、死んでいたとしても‥‥だ。晩ご飯や朝ご飯を怖いと思う人間はいないだろう。同じように、ロルフィーネも人間は怖くない。

 何気ない足取りで近寄る。すると、陽炎は急に巨大になりそしてロルフィーネに向かって形を変えて突進してくる。微風ほどの感覚もなかった。ただ素通りしただけだ。
「どうしたの? 何をそんなに怒ってるわけ?」
 ロルフィーネが首を傾げるとはらりと黒髪が肩からこぼれた。陽炎はゆるゆると人の形に戻ってゆく。けれど、紅い色は更に濃くなった様だ。

−−−帰って!!!−−−

 言葉にならない思念が陽炎から立ち上る。拒絶の強い意志だった。恐怖、苦痛、慟哭、呪詛。様々な負の感情が拒絶の意志に絡まっている。
「なんで? ボクはキミのためにこうして来てあげたんだよ? それなのにどうしてそうもカタクナな態度を取るかな?」
 少し面倒くさくなってきた。ご飯の分際で‥‥そりゃあ美味しいご飯かもしれないけど、せっかくの好意を無にするなんてヒドイと思う。なんか、相手は怒りまくりで会話にもならないし‥‥。
「あのね。ボクはキミを別の世界に導く‥‥」

−−−殺した癖に!!!
 私を!! 殺した癖に‥‥
  首を刺して!!  痛かった!
   血を啜った癖に!!
    せっかく 告白もして‥‥ 
     けれど、みんな  お前が壊した!!!
      帰れ 帰れ  帰れ!!!−−−

「え? 何のこと? もしかしてボクが食べちゃったコの誰か?」
 怒りに震える紅い陽炎から、思いが絶叫の様にほとばしる。それによれば、どうやら少女を殺したのはロルフィーネらしい。けれど、当人はさっぱり覚えていない。
「ごめんね。記憶にないんだ。だって、ご飯なんて毎日食べるでしょ? 一々覚えてられないんだよね。‥‥う〜ん、キミは美味しそうだからボクが食べちゃった可能性も‥‥って、もー、だからそんなに怒らないでってば」
 ロルフィーネの言葉が終わらない間に紅い陽炎は変化し始めていた。色はどんどん黒くなり、形も不定形に大型になってゆく。廻り中に負の気をまき散らしていた。
「だから、そんなになったら話も出来ないってば。生き返るのは無理だけど、ボクは色々な道をキミに見せてあげることも出来るんだってば」
 陽炎は完全に闇となり、何もかもを吸い込もうとしている。風が闇へと向かって強く吹く。自慢の黒髪が風になびき、ロルフィーネは唇を噛む。せっかく綺麗に梳かしてきたのに、これではリボンが髪とからまってしまう。
「もーあんまり聞き分けないと、ボク怒るよ? いいの?」
 闇はどんどん大きさを増していた。もはや人の形などどこにもない。軟体動物の様にぐにゃぐにゃしながら更に大きくなろうとしているようだ。どこかで犬の鳴き声がした。途端にあちこちから鳴き声が聞こえてくる。警戒ではない、怯えた声だった。このまま放置すれば、やがて『みえる』人が騒ぎ出すだろう。ロルフィーネはどうでもいいのだが、人の世界に入り込んだ魔達は、大抵が目立つ事を嫌がる。誰かが苦情を自分や自分の保護者に言ってきたら‥‥それはやっぱり困ると思う。
「しょうがないなぁ。キミが悪いんだからね」
 まだ細く小さな右手があがる。と、同時に闇に不可視の『力』が叩き込まれる。その1撃で充分だった。もがくようにうねった後、闇は急速に縮まっていった。

 そして、紅い小さな石の様な物が残った。

「これじゃあ言葉もわからない。うーん、また今度かな?」
 紅い陽炎の様だった少女は石の様になり、すっかり無反応になった。気持ちを発することもない。多分、何もかも使い果たしてしまったのだろう。こうなってはしょうがない。あっさりとロルフィーネは諦めた。また100年すれば別の導魂師がやってくるのだ。気にするほどの時間ではない‥‥。
「うん。程良くお腹も空いたし、なんか食べに行こうっと」
 ニコッと笑ってロルフィーネは軽い足取りで去っていった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【4936 /ロルフィーネ・ヒルデブラント/美少女だよ!決まってるじゃん】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 お待たせいたしました。東京怪談ゲームノベル『導魂師:殺された霊』のノベルをお届けします。色々と試行してみましたが、殺された霊がロルフィーネさんの言葉を受け入れる事は出来ませんでした。100年後の次の機会まで、少女にはここにいてもらいましょう〜。ではまた、機会がありましたら導魂師してみてください。ありがとうございました。