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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


『放課後のオチビちゃん』



「ほぉ、なるほどな。そんな子供の幽霊がいるとはな」
 オカルト作家であり、神聖都学園大学部のOBでもある雪ノ下・正風(ゆきのした・まさかぜ)は、後輩である生徒から、放課後になると現れるという少女の幽霊の話を聞き、興味を持つと同時に、その幽霊に対して哀れみの感情も抱いていた。
「よっぽど学校が好きだったんだな、その子は。だから、今でもこの学校に現れては、一人で学校生活をしようとして」
 正風は窓の外から、ランドセルを背負って校庭を歩いている小さな学生達を見つめた。もし、その女の子が生きていたら、おそらくあの子供達と一緒に、学校の事や家での事、遊びの事を話しながら家への道を歩いていたに違いない。
「…やるせねな、転生させてやろうぜ?」
 その幽霊自身が何を思ってずっと校舎にい続けるのは、彼女自身にしかわからない。いや、幽霊とはいえ子供の事なのだから、ただ単に学校が好きで、その執着が現状を生み出しているのかもしれない。
 だからと言って、いつまでもこのままにしておいていいのかと言われれば、正風はそれは違うような気がするのだ。
 話に聞くところによると、美理(みり)という幽霊は、放課後の空き教室に現れ、特に何かをするわけでもない、1人で教室を歩き回ったり、そばを通りかかった生徒に物を投げてイタズラをしたり。イタズラされた生徒にして見ればたまった物ではないだろうが、相手は子供である。
「そうやって、皆の気を引いて。可愛そうだろ、その子?」
 正風はそう思いたったらすぐ、一度神聖都学園から出て、そばにあるデパートへと足を運んだ。



 他に依頼を受けた者と相談してから行動をしようとも思ったが、今回はこの依頼を受けたのは正風1人とのこと。仲間達と知恵を出しあって依頼解決するのもいいが、1人なのでとにかく自分で思った作戦を実行しようと思いながら、正風の足は子供用の学用品売り場へと向かっていた。
「ランドセルですか?」
 平日の午後であったが、学用品売り場はそれほど混んではいなかった。
 正風は小学生の女の子が背負っている、赤いランドセルを購入しようと、この売り場へやってきたのであった。学校に憧れていた子だから、新しく入学を迎える子供なら誰しも手にするランドセルで、供養する事が出来ると思ったのだ。
「この時期ですからねえ」
「確かにそうだが、どこかに余ってないか?」
 入学シーズンは終わり、学用品売り場にはすでに、夏休みに使う虫取り網やかご、自由研究お助けセットなどが出始めていた。売り場には、テープでセミの声までもが流れている。
 店員も、この時期にランドセルを欲しがる者がいるとは思わなかったのだろう、少し困った顔をしていた。
「どうしても、ランドセルを欲しがっている子がいるんだ。まあ、ちょっと色々あってな、ずっと学校に憧れていた女の子で、入学用品を買い損なってしまった子なんだよ。そういう事情があるんでな、どうにかランドセルをプレゼントしてやりたいんだ」
 店員が悩むのも仕方がない事なのだが、あの少女の事を考えれば、諦めるわけにはいかないと、正風は思っていた。
「こちらで取り寄せるにしても、業者様に在庫を確認して頂いてからの発注になりますので、お取り寄せに10日ほどかかってしまうのですが」
「そんなにかかるのか?」
 10日後に、美理がその場にいるかどうかなんてわかったものではない。呪縛霊と違い、どうも浮幽霊の類のようだから、美理がどこかへ行ってしまってからでは遅いのだ。いなくなったらなったで、結果だけを見れば、とりあえずは事件解決、という事に出来るかもしれないが、正風は出来る限り美理に相応しい形で、この事件を解決してやりたいと思っている。
「もっと早く出来ないのか?」
 正風のその言葉を聞くと、店員はポケットから手帳を取り出し、しばらくの間その手帳をめくりめくり見つめて、口を開いた。
「当店のそばに、手作りの学用品の職人さんがいる店があります。そこでは毎年、手作りのランドセルを数十個だけ売り出すと聞いております。かなり人気のある職人さんで、ランドセルの予約は3年後の分まで埋まっているということなので、在庫があるかはわかりませんが」
「そうか。じゃあ、そこに行くしかないな。住所と地図くれないか?とにかく早く、ランドセルを持っていってあげたいんでね」
 店員からもらった地図を手にすると、正風はその職人の家を目指し、デパートから外へと歩き出した。



 陶芸職人だったら、気に入らない作品は割ってしまうのかな、と思うような、カタブツの雰囲気を持つ爺さんが、その手作り学用品の職人であった。
「ランドセル?今の時期、そんなものは売り出さないよ」
 正風がランドセルの事を問い合わせても、その一点張りでなかなか聞き入れてくれない。これだから職人は気難しい、と思いつつも、美理の事を考えれば、ここで諦めて引き返すわけにいかなかった。
「なあ、そんな事言わずに聞いてくれ。あんたのランドセルで、救われる子がいるんだよ」
 職人は腕組みをして、店に置かれているテレビを見つめていた。
「その子は、ずっと病気で、普通の子と同じように学校へ行けなかったんだ。だけど、小学校にあがるのをずっと楽しみにしていてさ、元気だった頃は、小学校に勝手に入って、小学生気分を味わってみたり」
 テレビのニュースに「荒れる小学校」という見出しが浮かびあがっていた。それを見て、職人がチっと舌を鳴らした。
「よっぽど行きたかったんだろうな。けど、今その子は…そう、病の中にいる。体は動かないが、心だけがあるような、そんな状況なんだ。俺はその子に、少しでも学校というものを味合わせてあげたくてな。そうでなきゃ、俺みたいな年齢の大人が、ここへは来ないだろ?」
 正風を見向きすらしない職人が、いまようやく、顔をこちらへと向けた。
「今、その時しか出来ない事を、逃したくはないんだ。その子が、俺の手の届かない遠いところへ行ってしまってからでは、もう遅いんだよ。その子がいつまでも、俺がしてあげた事をいつまでも心に残していてくれる。その事を思い出すと楽しい気持ちになる。何、見返りを求めているわけじゃない、何よりもその子の為なんだよ」
「どんな子なんだ、その子は」
 職人は初めて、正風に問い返した。
「女の子だ。元気な女の子。小学校へ憧れながら、迷いの中にいる幼い子供」
「そうか。お前がそこまで言うなら、手伝ってやろうじゃないか、その女の子を喜ばせる為の事を。ひとつだけ、注文キャンセルされてそのままになっているのがある。その子の名前を教えろ。10分ぐらい待ってくれ、名前をランドセルに刻んでやる」



「一緒に遊ぼう♪」
 幽霊が出ると言われる教室の扉を開きながら、正風は優しく、楽しく声をあげた。
 その空き教室は、神聖都学園の一番奥にあり、使われずにがら空きだったのを、機材置き場として使用されるようになった教室であった。
 だから、教室の中を覗いた正風の視界に入ったのは、きちんと並べられた机と椅子ではなく、ごちゃごちゃと無造作に置かれた、おそらく授業で使うのであろう、地球儀やら地図やら百科事典やらであった。やや埃臭く、きちんと掃除が行き届いているかのさえ不明な教室であったが、だからこそ、あまり生徒も近づかないのかもしれない。
 正風は職人から譲って貰ったランドセルを袋に入れて左手に下げたまま、教室の中へと足を踏み入れたが、何かがいる様子はない。
「美理、だったよな。どこにいるのかな?出ておいで」
 機材の裏側を見たり、机の下を見つめたが、何もいない。出現も気まぐれなんだろうかと、正風が思ったとき、突然横から白いものが飛んできて、正風の腕に命中した。
 が、それほど痛みはない。足元で小さく、何かが砕ける音がした。視線を落とすと、白いチョークが割れて、床を白く染めている。
「美理か?」
 そして、顔をあげた瞬間、カーテンの脇に小さな女の子が立っている事に気づいた。
 髪の毛を後ろでひとつにしばり、白いワンピースを着た可愛らしい少女が、正風に視線を向けて楽しそうに笑っている。しかし、その体は半透明で、瞳は開いているが、生きている人間の温かみはまったく感じなかった。
「やっと、出てきたか」
「何をしているの?1人なの?美理も、1人なんだ」
「俺は雪ノ下・正風。この学校の卒業生でな、今は作家をやっているんだが」
 そう言うと、美理は興味を持ったのか、正風の方へと近づいてきた。
「美理の事を聞いて、ここへ遊びに来たんだ。何かして遊ばないか?」
「美理と遊んでくれるの?やったぁ!だって、誰もここへ来てくれないんだもん」
 美理は、顔に寂しそうな表情を浮べていた。
「だから、そばを通った人に気づいてもらいたくて、物を投げてみたの。だけどね、それをやると、どんどん皆いなくなっちゃう」
「そりゃあ、いきなり何かをぶつけられたら、皆びっくりすると思うけどな」
 優しく、幽霊という意識はまったくせずに、正風は美理に話を続けた。
「何して遊ぶ?教室で出来る遊びをしよう♪」
「本当?それなら美理、皆で楽しく出来る遊びがいいな!」
「皆で楽しくか?そうだなあ」
 正風はまわりを見回した。今のところ、この教室には正風と美理しかいない。
「よし、ちょっと待っててくれ。今、仲間を連れてきてやるから」



「うわぁ、本当に幽霊だ!」
「結構可愛いじゃない」
「あ、握手していいですか」
 数十分後、機材の教室は数人の生徒達が入った事により、とても賑やかになった。
「あんまり騒ぐなよ、相手は子供なんだから。驚かせるんじゃないぞ」
 沢山の人と遊びたい。美理のその願いを聞き入れ、正風は学園内のオカルト研究部の生徒達に声をかけてきたのであった。
 正風の後輩もおり、部室に入り、噂の幽霊の教室へ行って、一緒に遊んでやってくれないか、と声をかけたところ、すぐに生徒達は飛びついてきたのであった。
 中には正風の小説のファンもおり、生徒達は幽霊を見て驚くどころか、感動した者までいるようであった。
「皆、お友達になってくれるのね?」
 嬉しそうな表情で、美理が言う。
「そうだよ。さて、皆揃ったところで、何かやろうか。フルーツバスケットはやった事あるかい?椅子取りゲームも、皆でやると楽しいよ」
 そう言って、正風を中心に、オカルト研究部の面々は教室の機材をはじに寄せて、ゲームをやるための準備をした。
 フルーツバスケットなんてやるのは何年ぶりだろうと、正風は思いながら、バナナ、みかん、リンゴにチームを分けて、皆でゲームを楽しんだ。美理は、やはり子供で、ゲームを理解するというよりは、皆でバタバタと走り回るのを楽しんでいるといった雰囲気であった。
 フルーツバスケットに飽きてくると、今度は椅子取りゲームをやった。
「やったぁ、椅子とった!」
 その美理の表情は、幽霊とは思えないほど感情豊かで、それを見ているだけで正風は、皆を連れてきて良かったと感じるのであった。
「やぁ、美理ちゃん素早いなー」
 オカルト研究部の面々は、幽霊などにもともと興味がある者達ばかりだから、すぐに美理と打ち解けていた。椅子を美理に取られて、悔しそうな顔をして見せている。もちろん、皆、手加減して、美理を勝たせようとしているのは、明らかなのではあるが。
「最後の椅子、とったよー!!」
 美理は、教室の真ん中、最後に残された椅子にちょこんと座り、とても嬉しそうな笑顔で叫んだ。
「凄いじゃないかー、まったく大人に勝ってしまうなんて凄いなー」
 正風は美理に笑顔を見せた。だが、頭の中では別の事を考えていた。ただ遊ぶだけなら、こんなに沢山の人を呼ばなくても良い。ある考えが頭を巡り、やがて正風はオカルト研究部員達にそっと、言葉をかけた。
「さてと、悪いがひとつ、手伝ってくれ。俺はこれから、転生させる術を使う。俺と、この子の回りを囲んでくれないか?輪廻の扉を開けるから」
 学生達はお互いに無言で頷き、椅子の上にまだ座っている美理のまわりを囲み始めた。
「今度は何のゲーム?」
 美理がまだ笑顔のまま、正風に尋ねてくる。正風はそのまま、袋からあのランドセルを出し、それをそっと美理に手渡した。そのランドセルを見て、美理は驚きの表情を見せた。
「このランドセル、桜乃美理って書いてあるよ!」
 その驚いた表情を見つめたまま、正風は輪の中心へと歩いた。
「落ちついて、恐がらなくて良いよ。このランドセルには、学校へ行く準備が出来ているからね♪」
 それだけ言うと、学生達の顔を1人1人見回し、最後に美理を優しく見つめた。
「少しだけ目を閉じて。次に目を空ける時には、元気に学校へ行けるようになるからね♪」
 そう言って正風が呪文を唱えると、美理の頭上にひとつの門が現れた。
 ややあって、美理の体とランドセルは、その門に吸い寄せられるように浮かび上がり、次の瞬間には扉と共にその姿は見えなくなっていた。
「これであの子は、新しい世界へと旅立ったはずだ」
 残された椅子を見つめて、正風は呟いた。
「皆、有難うな。いつまでもこの世界にいるよりも、新たな命を得て、新しい出発をしてもらいたい。そして、今度こそ笑顔で、学校へ通えるように。あの職人にも、礼を言っておかないとな」
 外はすっかり、暗くなっていた。神聖都学園の子供達は、夜があけ、明日になったら、また学校へ登校してくる。
 いつか、どこかで、生まれ変わった美理もその生徒達と同じように学校へ通う。正風は機材を元通りに片付けながら、そう願うのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0391/雪ノ下・正風/男性/22歳/オカルト作家】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 雪ノ下・正風様

 始めまして、新人ライターの朝霧青海と申します。シナリオに参加して頂き、有難うございました!
 今回の話なのですが、描写は1人ずつ、ということでしたので、一緒に依頼を受けた仲間、というのを出さない代わりに、来世への扉を開く、というプレイングを最後に登場させるために、オカルト研究部、というものを出させて頂きました。
 ランドセルに関しては、今の時期に合わせたのですが、もしかしたら時期はずれでも、デパートなどでも手に入るのかもしれません(笑)元生徒という設定も生かしつつ、物語を描いて見ました。楽しんでいただけたらと思います。
 それでは、今回は有難うございました!