コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


[ 哀しみのカンバス ]


 何時からか部屋の隅 静かに置かれたままのカンバスがあった。場所は神聖都学園美術室。
 本当に何時からそれはあったのか。美術部員は知らないが、教職員の極一部は知っていた。
 それを知る者は、そのカンバスに愁いを込めて言う。

  哀しみのカンバス――――と。


 その実態は謎に包まれているが、その物を知る者はある時こう語ったと言う。
 そのカンバスには元美術部員で将来を期待されていた人物が、全国規模の作品展に出品するために描いていた絵が張られていた。しかし絵を仕上げる前、その人物は交通事故でこの世を去る。そして残ったのは、描きかけの絵が一枚。それが問題だった。
 ある人は陽の昇る頃、その絵に触れると中に取り込まれてしまうと。
 ある人は月の昇る頃、その絵の前には一人の人物が立っていると。
 そして聴こえる微かな声。
『ねぇ……この絵を完成させてみない?』

 その絵が またはカンバス自体が何かしらの力を持っている――それだけは確かであり、しかし今はどれも噂の一つでしかない。
 野次馬の一人となるか真相を確かめるか、解決へ導くか他の道を選ぶか…全てはそこを訪れる人物に委ねられていた…‥



    □□□



 シュライン・エマ、彼女がその噂を耳にしたのは、草間興信所事務からは離れ本業に関する用件で神聖都学園に通っていた際のこと。諸外国語の教授や美術関係の職員などに相談を持ちかけている最中、たまたま近くに居た友人生徒達が話していたのが全てのきっかけだった。
「哀しみのカンバス……ねぇ?」
 用事を全て終え本件で必要だった書類を腕に抱えたシュラインは、一度後にした職員室へと戻る。その噂の原因・詳細を突き止めるため。そしてまずは教職員に軽い調査を始める。まだ学園に来て数年の教職員は、やはり生徒の間で広まっている噂としか知らないが、ごく一部の者は違っていた。
 職員室を後にした後立ち寄った美術室。そこにたまたまいた一人の男性――美術部OBは、シュラインの質問にあっさり知っていると答えてみせた。聞けば、その亡くなった生徒の同級生らしい。話を聞かせて貰いたいと持ちかけると、彼は快く了解してくれた。但し、今の噂が真実かどうかは別として……。
「噂は今のことでしかないから、当時のことで知っていることがあれば教えて欲しいわ。後その亡くなった方に関する物が残っているならば」
「確かに……当時を知っている者にしたら今の噂は不思議でしょうがない。奴にしたら未練とかあるだろうけど、逆にそんなこと出来る奴かなって。えっと、まずはその亡くなった奴なんですが――」
 亡くなった人物は藤城彩雅(ふじしろさいが)当時中学三年生でありながら、全国レベルで将来有望とされていた男子生徒だった。性格は温厚だったが、人付き合いは得意ではなく。また、周囲の期待を受けながらもそれを鼻にかける事も無かった。しかしこの環境の整った学園で二年と少しを過ごしたところで交通事故で即死。彼の両親はショックの余り遺品も持たず全ての情報網から行方を晦まし……今も遺品は美術室のどこかにあるらしい。しかし唯一つ、問題のカンバスだけは別だった。それだけはイーゼルに立てかけられ、常に美術室の隅にある。もう何年も、何もかもが色褪せることも無く、変わらぬ姿で。何処かへしまいこんでも、翌日になると必ず外に出ているのだ。
「ただ――あの絵を見れば、確かに今の噂が立ってもおかしくないのかもしれないかな。あんなのを描きかけで死んだらさ……」
 彼は最後に意味深な言葉を呟くと、そっと苦笑し話を終えた。
「ありがとう。噂よりまともな話が聞けたし、生前の本人を知っているのも意見として貴重だったしね」
 手帳に話の一部を書き示すと、それを閉じ美術室を見渡す。
「ところで、その遺品なのだけど、探しても良いかしら? 場所を知っているならお願いしたいし、許可が必要ならば手順は踏むけど」
 シュラインが言うと、彼は「勝手に探していいですよ」と言い、しかし自身はもうそろそろ帰る時間だと席を立った。そんな彼に礼を告げると、まだ陽の光が差し込む美術室内で手がかりを探すことにする。
 美術室には現在の部員が所持する画材などは勿論、過去の作品や美術部員以外の生徒が描いた絵も数点見つかった。そんな中、彼のサインが入った作品を見つけるのにそう時間は掛からなかった。
「……随分、有るみたいね」
 まとまった場所にいくつか見つけられた彼の絵には、どれもサインと日付が入っている。描くペースは相当早かったようで、油絵に水彩画、鉛筆デッサンにラフ画等――月に数十枚と描かれていた。しかし、そんな中で極めて目立ったのは風景画の数々だと思う。
「学園内に、少し遠い場所……これは、抽象画かしら?」
 描きかけの絵はまだ見つからないが、確かに完成した作品を見る限りただ絵が上手いというだけではない。どこか人を惹きつける色使いと、その描写の柔らかさ。同じ人間が描いているにも拘らず一枚一枚線一つ、色の塗り方一つも違う気さえもする。それでいて安定もしていた。目に見えている景色を毎回敢えて少し崩し描いている。それが一つの魅力なのかもしれない。
「あ…画材発見。流石に、腐敗してる物もあるわね……使えそうなものは一応拝借しておこうかしら?」
 呟きながら一通りの絵を見て、彼の名前の書かれた道具や数冊のスケッチブックを手にするとシュラインは立ち上がる。
「一応最後に又職員室に寄って…っと」
 職員室への用事は、何か当時の写真が残っていればと思ってのことだった。案の定、既に色褪せてしまってはいたが一枚の写真を借りることが出来た。何処かの賞での一枚なのだろう。写真中央、控えめに微笑む少年が藤城だと教えられた。意外と身長が高そうだが、男の癖に華奢な感じがする。
 その写真をクリアファイルにしまうと、シュラインは一度学園を後にし、一旦準備を整えに自宅へと帰る。
 彼女が再び学園を訪れたのは、既に空は薄暗く、月の昇る頃のこと――



    □□□



 夜の学園というものはただでさえ昼間とは違い人の気配が無くなり、明かりも無く何の気配も無い。ただ、自分が廊下を歩く足音と、閉め忘れの水道からピチャリと水の落ちる音が響き……シュラインはそっと足を止める。丁度美術室前。中からは特に音も無く、人の気配というものは全く無い。
 本当に噂の少年が居るのかと、半ば疑い半分に開いたドア。しかし、その前には確かに目的の人物らしき者が居た。
 サラサラの黒髪に健康的な肌。白いワイシャツに白のハーフパンツに白い靴。髪の毛と肌以外ほぼ全てが白で統一されていた。小学生、高学年位だろうか。中学生には見えなかった。それでも、小柄でありながら体格は比較的しっかりしていて、いかにもスポーツ好きな男の子と言ったところ。
「――こんばんは、お姉さん。ねぇ……この絵を完成させてみない?」
 目の前の少年は微笑んだ。その時、別人なのに似ている――そう、シュラインは思った。勿論似ているというのは、目の前の少年が彩雅に、ということだ。しかし、借りてきた写真を徐に取り出し照らし合わせてみるがやはり一致はしない。
「噂を聞いてきたのかな? 大抵此処に来る人はみんな噂を聞いてるくせに俺を見るなり逃げるけど、貴方は違うんだ?」
 言いながら少年は僅か横に移動した。その後ろには一つのカンバス。月明かりを受け、薄暗い室内だというのにまるでカンバス自体が光っているかのよう、そのそこに張られていた描き掛けの絵ははっきり目に見える。
「亡くなった藤城彩雅さん……本人じゃないわね?」
 問いかけると少年はあっさり頷き、シュラインの持っているバッグを指した。
「まだ見ていないかな? 昼間貴方が持っていったスケッチブック……そこにこの絵の下絵と答えがある」
 言われ、シュラインはA3サイズのスケッチブックを取り出すと一枚一枚捲ってみる。昼間見た絵の下絵らしきものが数点、そして今目の前にしている絵の下絵らしきものに辿り着く。
「……こんな絵を――」
 出てきたのはただ一言。
 今シュラインが目の前にしている絵は本当にまだ始まりの部分でしかない。スケッチブックに描かれ、薄っすらと水彩で色のイメージも成されているこれを見ればそう思う。雄大な緑。青い空がやがて黄昏で染まってゆく頃の絵だろうか。青空と、赤ともオレンジともいえぬその境界線は曖昧でありながら色が混じりあい。そこに立ち尽くす独りの少年。まだ描きかけゆえか表情は曖昧だが、その絵を見た瞬間シュラインは一つの答えに辿り着く。
「まさか……とは思うけど、この絵の?」
 少年は再び頷いた。自分は、この絵に描かれている者だと。そしてその存在は遠い昔、決して友達が多くはなく一人っ子でもあった彩雅の手により生み出された弟的存在。
「彩雅に生んでもらった俺は、中途半端なまま放り出されて。だから俺と、俺の周りの景色を完成させてくれる人を探していた」
「ということは……自分でこの絵を完成させることは出来ないのかしら?」
 その言葉に少年は苦笑した。
「実在しないってのもあるけど、彩雅とは全く逆設定として生み出されてる。美術はまるっきりダメ、彩雅が苦手な体育が得意だったり友達がいっぱい居たり……そんなのもあって、仮に誰かの体を借りても俺が描くのは無理なんだよ。下手すれば、この絵の中から自分の存在を消してしまう」
 それでは意味がないと少年は俯く。最初の明るさは何処へいってしまったのか……。
「……さっきから気になっていたんだけど、此処に描くと実体化するの? もし、此処に本人を描き足したら、本人が出てくるってことは無いのかしら?」
 シュラインがカンバスを指しながらそう言うと、少年は弾かれた様に俯いていた顔を上げた。
「それは……もしかしたら良い案かもしれない! でも――多分彩雅を描いたら描かれたまま、確かに実体化はするだろうけど絵の中にも描かれた彩雅は残るから、絵が変わってしまうよ?」
 しかし少年の声を聞いてか聞かぬか、シュラインはカンバスの方へと近づくと、持っていた荷物を全て降ろし、そこから自ら持ってきた画材や下絵の描かれていたスケッチブックを開いて出し、腕まくりをする。
「まぁ、本人が気に入らないのならば、申し訳ないけど後から塗り重ねるしかないわね。一先ず写真もあるし描いてみるわ。彼用の画材もあらかじめ持たせてね」
 そうして筆を持つ。やがて描かれていく、写真の中で微笑む彩雅――彼がシュラインと少年の前に姿を持ち現れたのは、それから僅か数十分後のことだった。



    □□□



 灯りを点けずとも、月明かりを受け十分に明るいこの教室。筆の走る微かな音、小さな声、風の音、草木がざわめく音。
 そのカンバスに描かれていくものには次々と命が吹き込まれ、カンバスの中でだけそれらは息吹く。時折カンバスから吹く風が三人の頬や髪を撫ぜ。やがて生まれる黄昏にシュラインは思わず目を細めた。
 そこには半ば幻想的な、白靄の掛かったような草原の中に立つ彩雅、そして少年の姿があり。まるでシュライン自身、同じ場所に居て、彼らと同じ光景を見ているようだった。
「エマさんって……言いましたっけ? えっと、有難う…ございました。あなたがこの子に応えてくれたおかげで結果的に絵が完成に近づいた。本当は、僕自身続きを描くかどうかずっと迷っていたけれど、こうして此処に戻ってきて描いて…描けてよかったです」
「近づいた? この絵は完成したんじゃないのかしら?」
 彩雅はとうに筆も置いていた。それが意味することはてっきり絵の完成かと思われていたが、彼は頭を振りシュラインを見る。
「いいえ。どうしてでしょう…どうも何かが足りないよう思えて。最後に…あなたが此処に好きな色を乗せ、この絵を完成させてくれませんか?」
 その言葉と同時、シュラインの足元に置かれていた、生前彩雅が使用していた道具がふわりと浮かぶ。その中の筆の一本は、シュラインの手の中へと勝手に収まり。視線を向けた先、そこに立つ二人の姿はやがてゆっくりと薄れていく。
「これが完成すれば僕たちが此処に存在する理由は無くなる。だから…最後は他の人の手で完成させてもらわないと……どうか、お願いします。その筆には頭で思い描いた色が勝手に乗りますから…どうか、良い色を」
 そう頭を下げた彩雅に、シュラインは一呼吸置くと頷きカンバスの前に立つ。とは言え、既に完成に近づいているこの世界の中、一体他にどんな色を使うべきか。下手な色を使えばそれこそこの世界が崩壊してしまいそうで。
「――そう、ねぇ……」
 シュラインは目を閉じ。筆を手にしたまま首を傾げ。ふと脳裏に浮かんだ何かに目を開く。彩雅の言ったとおり、目の前の筆には頭に思い描いた色が付いていて、そっと触れればそれは指に付着する。それを見、意を決しカンバスへと向かうと、自然と思い描いた色を何処へ向けるべきか――答えは簡単に出てしまった。
 筆を走らせると絵の中の世界は急激に変わり行く。でも、それは更なる雄大な風景へと変貌を遂げ。その瞬間、確かに心が躍ったのをシュラインは感じた。
「……私には人に感動を与えるような絵は描けないと思うわ。でも、写真の中の藤城さんを見てそれを描くこと、自分の思い描いたことをある程度形に…ならば――こうして出来ると思う。これでもお役に立ててればいいんだけど、どうかしら?」
 問いかけに、彩雅は頷き少年は微笑んだ。
「…ありがとう。あなたが僕をこうして正確に再現してくれた事は結構驚きで……それにこの色使いも好きですよ。温かくて、素直で正直で。僕とは全然違う魅力がある――ありがとう」
 そして二人、共に消えゆく。この美術室から。この世から。
 残されるはシュラインと一つの絵。
 月明かりに照らされ。完成された絵は、もう描かれたものが実体化することも、カンバスの中で息吹くことも無い。
「でも……不思議なもんね」
 それでも、何処か命を感じるその絵。
 そんな絵の中、少年は完成した自分の姿、辺りの景色に満足そうに。
 彩雅は僅か残っていた未練を果たせたこと、そして隣に居る少年の姿に嬉しそうに。
 絵の中からまるでシュラインを見るよう、笑ってる。


 この季節にしては少しだけ冷たい風が吹く。いつの間にか、微かに開いていた窓から吹く風か。はたまたそれは……カンバスから吹く最後の物か。僅かに残る確かに揺れていた緑、最後に足した油絵の匂いはその風に流され、ただ記憶だけの物になってしまう。
 あっという間に乾いてしまったその絵は、やはりどう考えても普通の物ではないのだろうけれど、もうこの絵は誰かを呼ぶことも部屋の隅に追いやられることも無い。

「それにしても…何時の間にこんなサイン入れてたのかしら?」

 もうそんなにも時間が流れていたのか、徐々に群青色へと変化を遂げ明るくなり始める空を窓越しに眺め。シュラインは思わず微笑のような苦笑いのようなものを浮かべ、ポツリ言った。
 絵の隅。いつの間にか残されていた二人分のサイン。それは確かに二人で描いた証。


 残るサイン――そこには彩雅とシュライン 二人の名が書かれていた…‥




□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0086/ シュライン・エマ /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 こんにちは、いつも有難うございます。李月です。
 今回初の学園、自分自身学生時かじってた(だけの)美術系話となり、個別と言う形になりました。問題の絵を描いた人物というのが最初は近くに存在しない…と言う形でしたので、カンバスに書き足すことで作業環境を整えてくださったこと嬉しく思います。有難うございました。曖昧でしたがカンバスが抱いた未練により少年や描かれたものが実体化→少年が未練を持つ――といった感じです。
 何か問題ありましたらご指摘ください!

 それでは、又のご縁がありましたら……
 李月蒼