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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

 座る人のいない王座。ここにいるべき少女は城から逃げ出してしまった。妖艶な魔女、海原みそのは冷たくなったビロードのクッションを撫でながら薄く笑う。その腕に抱かれているのは白く丸い髑髏。
「ご機嫌はいかが?」
髑髏に向かってみそのは話しかけた。すると、髑髏の奥からキィーッ、という細い鳴き声が返ってくる。
 髑髏の中に、一匹のネズミが閉じ込められていた。彼はこの国の王、しかし魔女によって国をのっとられ、己の頭蓋骨の中に閉じこめられるという呪いをかけられてしまっていた。呪いをかけたときのことを、みそのは今でも楽しく思い出すことができる。
「逃げたければ、いつでもお逃げなさいな」
ただし、とみそのはネズミに変えた国王を髑髏の中へ放り込み、白い額を指で弾いた。
「あなたが髑髏から一歩でも離れると、頭からひびが入って砕けてしまいますの。そうなればどうなるか、おわかりですよね?」
頭蓋骨が砕ければ、ネズミの頭の中にある小さな骨も同時に砕けてしまう。二つの頭蓋骨は、別々に存在していながらも同一の存在だった。つまり、髑髏から逃げ出そうとすることは、自分で自分の頭を叩き割る自殺行為に他ならなかった。
「この呪い、私の最高傑作ですわ」
しかし面倒な呪いなので、普通には人間を動物に変えるくらいの呪いばかり使っていた。城のありとあらゆる場所に作られた檻の中には、犬だの猿だのに変えられた動物たちが詰め込まれている。彼らの騒ぎ立てる鳴き声が反響し、建物の中はひどくうるさかった。
「そんなに急かしてはいけません。慌てなくたって、もうすぐあなたがたのお姫さまも仲間に加えてさしあげますから」
そして、青い鳥の少女を追いかけるためにみそのは港へと向かった。

「私を乗せてくださいませんこと?」
海の男たちを篭絡するのは簡単だ。少し胸元を覗かせてやったり、足を見せてやればすぐ橋桁はかかる。彼らは当然下心を持ってみそのを船に乗せたのだが、海へ出ればみそのの天下であった。本当なら船を手に入れるだけでもよかったのだが、操舵が面倒だったので海賊を利用しようと思ったのである。
 性根が単純な人間は扱いやすい。一度恐怖を植えつければ、喧嘩に負けた犬のように始終尻尾を丸めている。海賊たちの中の一人を尾の短い猫に変えてやった、それだけのことで彼らはみそのに従うようになった。
「あなたがたも、こうなりたくて?」
とっておきのセリフが使えなかったみそのは少々不満だ。呪いを見せられて、それでもなお反発する気骨ある者が一人くらいいないのだろうか。
 ともかく、みそのが海賊船の主となって十日の航海が過ぎた頃のことである。水平線の上にくっきりと、小さな島の姿が認められるようになった。
「・・・・・・あなたとあなた、それとあなた」
退屈しのぎにみそのは、海賊の中から数人を選んで小舟へ乗せた。青い鳥の少女が、みそののかけた呪いを解くためあの島に上陸したという噂を聞いていたからだった。せっかくかけた呪いを、そう簡単に解かれてはつまらない。
「足止めくらい、できるでしょう?」
言葉ほどの期待もかけず島へ送り出した。案の定、先立ちは全員少女の護衛を務めているらしい男に軽くあしらわれ、海へ落ち、ずぶ濡れで戻ってきた。彼ら三人を小さな魚に変えてしまったことのほうが、実はみそのは楽しかった。
「仕方ないですわね、私が行くしかないのかしら」
三匹の魚をワイングラスの中に泳がせ、きらきら光る鱗をしばらく眺めた後、ようやくみそのは腰を上げる。
「ああそうですわ、その前に・・・・・・」
みそのは遠目の術を使い、少女が探している泉へ先に呪いをかけた。本来は清い水をたたえているはずの泉を、泥でできた底なしの沼に歪めてしまったのである。

 みそのが泉、もとい底なし沼に姿を現したとき、少女と護衛の男はちょうど沼に足をとられ、もがいている最中だった。必死な表情の二人に、みそのは笑いがこみあげてくる。
「あなたには申し訳ありませんが、彼女の味方をしたあなたが悪いんですわよ」
男のほうがはっと顔を上げ、なにごとか叫んだ。しかしみそのの耳にはよく聞こえない。頭の痛くなるような響き、言葉が伝わるまでになにかの力で歪められているような感じだった。これでは、みそのの声も彼らには違って聞こえているのかもしれない。
 それでもみそのは言葉を続けた。
「世界は、そうあなた方の都合よくは回らないんですのよ。泉を見つけたと思って喜ばれたでしょうが、残念でしたわね」
青い小鳥、少女は男の肩に止まったまま、羽ばたこうとはしなかった。まあ、逃げ出そうとしてもみそのの手の平にすぐ捉えられるだけなのだが、そのままでは男ともども沼に溺れてしまうだろう。飛ぶ、飛ばない、どちらを選んでも死ぬしかないなんて、哀れな存在。
「あなた、永遠に人間には戻れませんの」
最後の絶望をつきつけるためにみそのはそう言い放った。だが、予想に反し彼女の声を聞いた護衛の男は不敵に笑った。いや、不敵というのとは少し違う。それは恐れるものなどなにもないという満足した笑顔だった。
 面白い、とみそのは興味をひかれる。
「この男になら、とっておきの呪いをかけてやってもいいのに」
少女とつがいの鳥に変えて、二羽で小さな髑髏に閉じ込めてやる。悪くない考えだった。さっそくみそのは唇の中で呪いの呪文を呟きはじめる。
「・・・・・・?」
ところが、呪文が上手く出てこない。なぜだろうか、なんとなく頭が痛い。さっきから、どうも具合が悪かった。
「あの魚」
この島へ来るまえに眺めていた、ワイングラスの中の魚が原因だった。きらきらと光る鱗が感覚に毒で、そのせいで全ての神経が狂ってしまったのである。瞼を閉じ、みそのは溶け出す氷のような精神を引き戻そうとする。
 しかしみそのが正常を取り戻すのは遅かった。一瞬早く、男の投げた大きな刀がみそのの背中から胸までを貫いた。

 幸い、みそのは魔女であるために死ぬことはなかったが、衝撃のせいで今までかけた呪いの全てが解き放たれてしまった。喘ぎながら半死半生で海賊船まで帰り着くと、元仔猫だった男と頭から足まで濡れた三人の男、彼らは魚に変えられていた連中だろう、そして残りの海賊たちが棍棒や荒縄を手に待ち構えていた。
「もうあんたの言うなりにはならないぜ」
みそのが海賊船を留守にしていた間に、全員で船の書庫をさらい魔女の退治方法を調べたのだろう、たいまつを手にした男もいる。魔女は火に弱いのだ。みそのは目を伏せ、ちらちらと揺れる炎を避けるように肩を引いた。
「お願いです、それを近づけないで」
胸に穴が空いているせいで、いくらか気も弱っていたのだろう。助けを懇願する白い頬には涙が伝っていた。海賊も鬼ばかりではない、女性の涙を見てさすがに殺すのはまずいだろうと言い出す若い者が幾人か現れた。
「仕方ない、代わりに・・・・・・」
海賊たちはみそのに鏡をつきつけ、自分自身をカエルにする呪いをかけるようにと迫った。これまで拒むことは、さすがに許されなかった。
 その日の真夜中、緑色のカエルになったみそのは船室の中にある大きな樽の中で、寂しい水音をたてながら泳いでいた。すると、甲板に続いている小さな扉が開き、誰かが梯子を使って船内へ浸入してきた。
「?」
今、船の中で起きているのはマストの上で見張りをしている水兵くらいのはずである。まだ交代の時間ではないから、下りてくるはずはない。
「どなたですか?」
「ボクですよ」
答えた声の主は桂。アトラス編集部のアルバイトである。
「このままあなたを放っておいてもいいんですけど、さすがにそれはアトラス編集部の名誉に関わることなので」
本の中に入ったきり、戻ってこない客が出たというのでは雑誌も出しにくくなる。
「さ、帰りましょう」
桂はカエルのみそのを手の平にすくうと、銀鎖のついた時計で空間に穴を開いた。
 こうして、みそのの物語は終わった。

■体験レポート 海原みあお
 おもしろそうな『げぇむ』だったので、妹と参加してみました。こういうお約束も、げぇむの中でなら面白いかと思います。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1388/ 海原みその/女性/13歳/深淵の巫女

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
以前妹さまからのご依頼を受けましたので、今回のノベルは
その物語とシンクロさせてみました。
せっかく「呪い」という話だったので、ねちねちと
むずかゆいような気持ち悪さを書こうと思っていたのですが
最後に桂さんが登場するとどうにもカラッとしてしまいます。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。