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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


[ 哀しみのカンバス ]


 何時からか部屋の隅 静かに置かれたままのカンバスがあった。場所は神聖都学園美術室。
 本当に何時からそれはあったのか。美術部員は知らないが、教職員の極一部は知っていた。
 それを知る者は、そのカンバスに愁いを込めて言う。

  哀しみのカンバス――――と。


 その実態は謎に包まれているが、その物を知る者はある時こう語ったと言う。
 そのカンバスには元美術部員で将来を期待されていた人物が、全国規模の作品展に出品するために描いていた絵が張られていた。しかし絵を仕上げる前、その人物は交通事故でこの世を去る。そして残ったのは、描きかけの絵が一枚。それが問題だった。
 ある人は陽の昇る頃、その絵に触れると中に取り込まれてしまうと。
 ある人は月の昇る頃、その絵の前には一人の人物が立っていると。
 そして聴こえる微かな声。
『ねぇ……この絵を完成させてみない?』

 その絵が またはカンバス自体が何かしらの力を持っている――それだけは確かであり、しかし今はどれも噂の一つでしかない。
 野次馬の一人となるか真相を確かめるか、解決へ導くか他の道を選ぶか…全てはそこを訪れる人物に委ねられていた…‥



    □□□



 霧杜ひびきがその噂を耳にしたのは、『哀しみのカンバス』という噂が学園内に広がり始めそう時間も経たぬ日のことだった。聞いたその日にそれが気になり、友人たちと美術室へと向かうが、生憎その絵は見つからず。友人達はどうせ噂は噂でしかないと、然程がっかりもせずに帰っていったのだが、ひびきだけはどうしてもそれが気になり、結局その日の夜が訪れても後ろ髪を引かれ続けていた。
「哀しみのカンバス……かあ」
 結局自分の部屋に戻り数時間しても落ち着かず、ひびきは夜の学園に向かうことにする。
 今宵は雲一つなく、月明かりが夜道や校舎内を明るく照らしていた。
 人気の無い校舎。しかし、霊感のあるひびきには遠くに何かが居ることを察することが出来る。それが問題の霊かどうかはわからない。ただ、少し弱弱しくて、行く当ての無い何かが校舎の何処かで彷徨っているのを感じた。
「美術室。此処には誰も居ないみたいね」
 しかしすっかり安心しきりガラッと扉を開けた先、そこに立つ少年にひびきは言葉を失う。霊の気配はともかく、人の気配も感じなかったはずだった。
 しかし今ひびきの前には確かに一人の少年が立っている。サラサラの黒髪を持ち健康的な肌、白いワイシャツに白のハーフパンツ、白い靴。髪の毛と肌以外はほぼ全てが白で統一されていた。小学生、高学年位だろうか。こんな時間、こんな場所に居るのは明らかにおかしいと思える光景。考えようによっては、ひびきと同じようカンバスを見に来たものかとも思えるが、次の一言はそれを否定した。
「――こんばんは、お姉ちゃん。ねぇ……この絵を完成させてみない?」
 彼はひびきを待ち望んでいたよう言葉にし、微笑んだ。そして、ひびきはその言葉の意味を知っている。
「噂どおり…ってこと?」
 思わず呟いた言葉。それに少年はすぐさま反応した。
「やっぱり噂を聞いてきたんだね。大抵此処に来る人は噂を聞いてるくせに俺を見るなり逃げるけど、キミは違うんだ? それともこれから逃げちゃうのかな?」
 言いながら少年は僅か横に移動した。その後ろには一つのカンバス。月明かりを受け、薄暗い室内だというのにまるでカンバス自体が光っているかのよう、その絵ははっきり目に見える。
 ひびきの中には固より逃げ帰るなどという選択肢は無かったが、その絵を見た瞬間ざわりと胸が蠢いた気がした。
「これで未完成……でも、綺麗な絵――だね」
 ただ美しいだけではない。視覚を楽しませるだけでは止まらず、心を動かす作品だと思う。何処の景色だかはわからない。もしかしたら空想画なのかもしれないが、未完成ゆえの曖昧さを持ったその絵は多くの可能性をも秘めている気がした。この先、どんな姿にも変化を遂げてしまいそうな……このまま放っておけば、ただ哀しみだけを表す絵にもなってしまいそうだが。
 やがてその絵を見る内、ひびきは幾つかの引っ掛かりを覚え少年を見た。
「あなたが、この絵を描いた人?」
 しかし少年はすぐさま首を横に振って見せた。同時、絵の中を指し示す。
「俺はこの中の存在。この絵を描いた人間に創られただけの存在。俺は今もずっと此処に居て。この姿は実体化しているけれど、まやかしのようなもの。人でも幽霊でもないよ」
 そう言われ目にした先……ひびきは未完成の絵の中に、今目の前に居るのと同じ少年が居ることに気づく。引っかかりの一つはこれだった。
 少年は言った。自分は不完全な姿で描かれたまま、この絵を描いていた人物は死んでしまい。決して完成させられることの無い絵は、カンバス自体が哀しみを抱き、それは絵の中にまで影響を及ぼしていった。描かれたものが絵の中で絵息吹き、少年が実体化すると言う形で。
「なんとかしてその哀しい部分を取り除いてあげられないかなって思うんだけど……やっぱりそれって絵が完成すれば解決するんだよね?」
 そっと問いかけると少年は頷いた。しかし、その後には勿論言葉が続く。
「多分、ね。ただ、これを描いた俺の生みの親――彩雅(さいが)って言うんだけど、アイツ今何処に居るのやら……アイツ自身はこの絵を完成させなかったことに未練は無いのかもしれなくて……だから十何年も俺はこのままでさっ――」
 描いた本人に未練がなく、もし既に成仏していればもうこの絵の完成は見込めない。本人以外がこの絵をこのまま完成へ導くこともひびきから見る限り不可能に思えた。
「ようは……本人が居れば、いいんだよね? もしかしたら見つかるかもしれないから、少し待ってて!」
 言うなり少年の返答を聞かずひびきは踵を返し美術室を出る。校舎内に入ったときから気になっていた、弱弱しく行く当てもなく彷徨っているように思えた幽霊。今学園内にはその一つの気配しか感じない。可能性はゼロに近いかもしれない。それでも、もしかしたらそれが少年が言っていた彩雅と言う人物かもしれないと。
「――こっち!?」
 廊下を走る音が大きく響く。呟いた声が耳に響いたとき、予想以上に大きかったことに驚く。次第に近づく。ずっと気になっていた霊の気配。多分突き当たりの廊下を右に曲がればそれは居る……そう、角を曲がりかけたところ。ひびきは急いでいた足を止め、ゆっくりと角の先を見た。
「えっと……彩雅、さんであってますか?」
 そこにポツンとしゃがみ込んでいた一人の霊。ひびきに背を向ける形で両膝を抱えていたが、声を掛けられた瞬間その背が震えたのをひびきは見た。そしておそるおそるひびきの方を振り返る男性霊。歳は中学生か高校生か……座っていても分かるほど大きな背を持ち、それでいて男の癖に華奢に思える容姿を持つ。
「……あ、なたは? 僕は確かに彩雅ですけど…」
 体は向けないまま、顔だけひびきを見る彼は苗字も名乗り顔を逸らす。
「私は霧杜ひびきっ。えっと、彩雅さんを探しに……正確にはあなたが描いていたらしき絵が今問題で、その問題を解決するためにあなたを探しに来たのだけど。彩雅さんはこんな場所で一体何を?」
「僕は……何をしているんだろう?」
 ひびきの問いかけに彩雅は苦笑いを浮かべた気がした。ため息すら、聞こえた気がした。しかし彼の言葉はゆっくり続く。
「気づくと夜の学園に居るんだ。もう十何年も昔に死んでるのに、どうして此処に居るのか分からない――ただ毎晩この廊下を歩くことしか出来ないでいる」
 死んでいる自覚は持っているようだった。ただ、どうしてか彷徨っていると彩雅は言う。その現象の意味――ひびきは彼に問う。
「もしかして、此処の奥底では描きかけの絵を完成させたいんじゃないかな?」
 もしそうであれば、その思いを何らかの形で手伝い、叶えてあげたいとひびきは思っていた。
「絵って…あぁ、死ぬ間際の――そう、なんでしょうか?」
 自分の事だというのに問い返す彩雅に、ひびきは一先ず美術室へ行ってみれば何か一つくらいは今の事態が解決するんじゃないかと。未だしゃがんだままの彼を立たせ、美術室へと連れて行くことにした。

 戻った美術室では、カンバスの前に立つ少年がひびき達に背を向けていた。
「――おかえりなさい、ひびきさん。本当に彩雅、連れて来たんだね……」
 少年が呟き顔だけ振り返ると、ひびきの後ろに居た彩雅が一歩前へと出る。
「っ……涼雅(りょうが)?」
 呟かれた名は少年のものだろうか。確かに彩雅が少年を創造している故、名があってもおかしくは無い。
「久しぶり…俺をこんな形で残していくなんて酷いよ。それに俺達の繋がりに気づかないまま、一人で勝手に十数年も彷徨って――とっとと絵を完成させてくれよ」
 しかし苦笑いを浮かべた少年――涼雅に、彩雅は戸惑いを見せた。
「僕はもう死んでいて……筆は持てない。もし今それを実現できるとしたら、霧杜さんの手でしかない」
 固より諦めている様子で。ひびきに頼むという事も言ってみただけといった様子で。それは分かってはいたが、ひびきは答える。
「私の美術の成績はふつうだし……あ、もしなんだったら、私の体に乗り移って絵を描いてもいいよ? その前に欲しい道具を言ってくれれば出しておくしね。どうする?」
 言うと、ひびきは今まで持っていた鞄を下ろし彩雅を見た。
「……あなたがそれで大丈夫ならば、僕は少し描いてみたいと思う。もし少し描いてみて、違うと思ったらすぐに体から出ますから」
「分かった。それじゃあ必要なもの、言ってくれる?」
 彩雅の返答に頷くと、ひびきは鞄の中に手を入れる。彩雅が指定してきたのは一般的な油絵道具だった。それら一通りを鞄から、ひびきはマジックの要領のごとく出して見せると、カンバスの前に並べ彩雅を見た。
「これで、大丈夫かな? それじゃあ、始めようか」
「宜しく……お願いします」
 ひびきと向かい合い頭を下げた彩雅は、そのままひびきに手を伸ばす。
 その後のことに関して、ひびきはよく覚えていない。
 ただ、手に残る筆の感触。周囲に残る匂い。そして、目の前にいつの間にか出来上がっていた一枚の絵。その近くに佇むは――朧げな彩雅と涼雅の姿。



    □□□



 一体どれ程の時間が経っていたのかと真っ先に考えるが、時計を見れば時刻自体は然程進んでいなかった。
 本来油絵というものは、そのカンバスが大きければ大きいほど期間を要する筈の絵である。しかし、このカンバスはそれなりの大きさを持ちながらも不思議なことに重ねた絵の具の乾きも異常に早く。結局絵の完成まではホンの数時間を要しただけだった。
「……未完成の時は綺麗だって思ったけど――今こうして見ると、なんて言うんだろう…綺麗だし凄いと思う。でも……やっぱり少し、哀しい」
 言いようの無い気持ちだった。
 ひびきの手を借り彩雅が描いた絵は、確かに完成されていた。淡く描かれた幻想的な、現実からは少し離れた風景画――若しくは空想画。その中に佇む涼雅が今ははっきりと描かれている。きちんと命を吹き込まれ、辺りの景色も息づき。カンバスから吹く風が、今確かに三人の髪の毛を揺らし頬を撫ぜる。
「俺は創り物…それは分かってる。でも一人佇み見る景色は少し寂しいものだよ? まぁ……俺はこれを受け入れるけれど――だから、これでバイバイ…‥」
 それは、涼雅の未練が無くなった瞬間。カンバスの哀しみの力に捕らわれ、自身を完成させてもらいたいが故実体化していた涼雅だが、それもようやく終わりの時間ということだ。
「俺を創って、生んでくれてありがとう、彩雅。そして、その手伝いをしてくれてありがとう、ひびきさん……」
 そう言うと、フッと涼雅は薄れていく。そんな彼に、ひびきは「どういたしまして」と小さく手を振り別れを告げる。元々実在しない者であった。彼は、彼の在るべき場所へ帰るだけ。そして、涼雅が消えれば次は彩雅の番だった。
「……まだこの絵は哀しいって、あなたは言いましたよね? それは多分この絵が未完成だからです」
「未、完成? この絵が?」
 彼の意外な一言にひびきはもう一度絵を見る。確かに哀しさは残っているが、それを除けば完成も当然だと思った絵。しかし、ひびきがそれ以上を言う前に彩雅はひびきに筆を渡した。ついさっきまで彩雅が絵を描いていた筆。ひびきとしては初めて手にするが、先程までの記憶が手に残っている分、懐かしい感触に思えた。
「霧杜さんの手で、どうかこの絵を完成させてくれませんか? あなたならきっと此処から哀しみを取り除くことが出来る。十数年と付きまとう僕の、哀しみすらも」
 そう言われてもひびきは答えを出せなかった。人を楽しませる事が大好きで、常にプラス思考に動いている。けれど、今回は少々考えさせられる面もある。本人からの頼みを拒否する気は無いが、既に完成が近いものに第三者が手を入れるほど勇気のいることは無い。その気持ちを察したのか、筆を軽く握り締めたひびきに彩雅はそっと付け加えた。
「大丈夫、好きな色を好きな場所へ置けばいい。気に入らなければ塗り重ねればいいし、描き方はもう体が覚えているはず」
 それは柔らかな後押しとなり、ひびきは小さく頷き声にする。そこにもう躊躇いはなく、言うならば普段通りの彼女だった。
「……分かったよ、私に任せて! それじゃあまずは…好きな色――」
 数時間前出した道具の中からひびきは、自分の好きな紫の絵の具を取り出す。
「――――」
 彩雅は静かにひびきを見守るよう佇んでいる。
 筆に色が乗り、それがカンバスの方向を向く。ひびきの眼もジッとそこを見つめ。

 固唾を呑む。

 そっと伸ばした手。筆がカンバスに触れ。
 触れた部分がザワリ…‥

 風が吹き、ひびきの髪の毛が揺れる。その一本一本が見えるのではないかと思う集中力の中、ひびきは筆を走らせた。普段と違う感覚。確かに体は覚えている。彩雅の霊が乗り移り絵を描いていたときの動きに感触を。
 筆を走らせた空の部分。夕暮れ時に思えたその絵は、やがて明け方のような景色へと変化する。全てが始まる朝のよう。
「ありがとう、ございます……霧杜さん」
 ひびきが変化に気を取られていると、そっと彩雅の声が耳に響く。小さく、遠く。
 フッとカンバスから目を逸らし彩雅を見たとき、既に彼は消えかかった状態だった。つまり、それは未練が無くなったことをも表している。絵が――これで完成したのだろう。確かに揺れる緑と今にも昇りそうな朝日の景色、そこにもう哀しみはない。消えかかっている彼自身からも。
「……よかった。それに私こそお礼を言わせて欲しい。私の手を加えさせてくれて……ありがとうって、ね」
 言い終わる頃、彼はそっと笑みを浮かべふわり消えた。


 夜中の学園。消えた涼雅と彩雅。
 使われた油絵道具。微かに残る絵の具の匂い。柔らかく教室に吹く風。
 手に残る感触。ひびきの前に残されたカンバス。

 そこにはいつからか、朝焼け空を仰ぐ涼雅の姿――…‥



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [3022/ 霧杜・ひびき /女性/17歳/高校生]

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、この度はご参加有難うございました! 亀ライターの李月です。
 さて、分かりにくい説明となっていたようですみませんでした。昼か夜か選択と言うことでしたので、此方で勝手に決めさせていただきました。でも霊感があり前向きという霧杜さんの行動には大変助けられました。
 無事哀しみは取り除け、描きかけだった絵は何かの始まりを示すかのような明け方の絵と変化。その変化は最終的に涼雅に大きな影響を与えていますが、彩雅も未練が消え成仏…となってますので、無事解決となりました!
 加えて口調や行動など、問題ありましたらどうぞご指摘ください。

 それでは、又のご縁がありましたら……
 李月蒼