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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


追憶の古時計

 それは一見して、この店にはそぐうようにはとても思えない品物だった。
 古びた大きな壁掛け時計。アンティーク、といえないこともないのだろうが、周囲に置かれた他の品々と比べるとそれは、明らかに平凡すぎる外見で、おまけにずいぶんと和風な雰囲気を持ち合わせていた。
「気に入ったのかい?」
 いつの間に回りこんでいたのか、人の気配などなかったはずの背後から女の声が聞こえた。
「欲しいなら譲ってやってもかまわないよ。ただし条件がひとつあるけどね…」
「条件……?」
 女は壁から時計をはずすと文字盤のガラスを音も立てず開けた。
「簡単なことさ。あんたが一番よくいる部屋に、この子を置いてやってくれればいい。寂しがりやな時計だからね、主人と長く離れていると悲しくて壊れてしまうのさ」
「……………」
 女の言っていることは半ば以上理解不能だった。寂しがり屋の時計だなんて今まで見たことも聞いたこともない。
「使い方は………言うまでもないね。一日一回この真ん中の穴に螺子を差し込んで回すだけ。大事に使ってればそのうちに、時計があんたのなくした記憶を取り戻してくれるよ」
「なくした……記憶?」
「ああ。今はもう思い出されることのない、失われた大切な記憶さ…」
 そう言って女はガラスの蓋を元通りに閉めた。今度はかすかにカチンという金具の音が聞こえた。
「どうだい、買っていくかい?」

「是非……ください!!」
 そう自分に、言わせたのはいったいなんだったのか、それは彼女自身にもわからなかったけど…。
 湧き上がる、強い衝動に突き動かされるように、彼女―――桐生・まこと(きりゅう・まこと)はその時計を手に入れることとなった。
「不思議な時計……過去を呼び戻してくれるだなんて…」
 見た目には、特別な力があるような感じがまったくしない時計であるだけに、神秘性は余計に強い気がする。
「なにか不思議な、『特別な力を持つ誰か』が持っていた物なのかしら…?」
 その記憶を知りたいという気持ちは、まことの中に強く存在したが、なんとなく出会ってすぐそれを引き出してしまうのは、なんだか残酷なことのように思えた。
「大切に、するって約束したんですものね……」
 自分が力を使うまでもなく、時が来れば時計が自ずから全てを語ってきてくれる。なぜだろう、まことはそんな気がしてならなかった。
「私の部屋、あなたも気に入ってくれるといいけれど」
 でも最初に、家に帰る前よりもさきに『あの人』時計を見に行きたいと、まことは不意にそう思い立った。
(なぜ……かしら?)
 その答えは見つけ出せなかったけれど、まことはそれを実行することにした。
「あなたもあの人に会ってみたいでしょう?私の……一番大切なあの人に…」
 腕の中の時計に語りかけると、振り子が揺れてカツンと音を立てた。それはまるで、まことの言葉に頷きを返す時計の微かな動作のようだった。


 自宅に着き、時計を自室の壁に収めると、まことは「ふぅ……」とため息をついた。
「時計って、結構重い物だったんですね」
 運ぶだけですっかり疲れてしまい、まことは倒れこむように布団の上に、くったりと身体を横たわらせる。
「過去の記憶……なくしてしまった大切な記憶………か」
 今のまことに、取り戻したい程に大切な記憶はたったひとつしか存在していない。大切な、大切なあの人と一緒にいる時の大切な時間。
 けれどもそれは、『取り戻す』までもなく全てきちんとまことの中にある。
 もちろんまことにも『知りたい』と思うことはひとつだけある。遠い過去の、『失われた記憶』の中にひとつ。
 でもそれは、『まことの記憶』ではなかったから。
「だから……いいの。たとえなにも思い出せなくっても…」
まどろみの中に落ちていきながら、まことは時計にそう語りかけた。


 闇の中、戦場を剣を振るう『あの人』の姿が浮かんでいる。隣には、銀色の髪の私とは違う『もう一人の私』。
「稔(じん)………」
 呼びかけても、私の声はあの人に届かない。あの人の瞳にはただ敵と、私ではない『私』だけが映っている。
「稔………!」
 もう一度、あの人の名前を呼ぶ。その瞬間、私の身体は形を失ってあの人の身体の中へ溶けていく。
「じ……ん…」
 そうつぶやいたのが最後の言葉。私の身体は完全に溶けてあの人の身体に吸収される。
 遠く、時計の音が響いていた。どこかからあの人の声が聞こえる。

「なんの夢、見てんだ……?」



 中空に、緋色の満月が浮かぶ宵闇の刻。紅い月は天の彼方から人へ苦悶の死と狂気をもたらしている。

「ここは………どこだ?」
 むせ返るような血と火薬の香り、舞い上がる土煙と夜の闇。遠くから、いくつもの篝火が近づいてくる。
「ここは…」
 もう一度つぶやきかけたその時、不意に後ろから強く腕を引かれる。
「じん、急ぎましょう。次の追手が…」
「…っ……ユエ!?」
 振り返った瞳に映る銀髪の美しい少女の顔に激しい心の動揺を覚え、直後になぜ驚いたりしたのかと、自分自身の心を不思議に思う。
「………じん?」
「あぁ…いや、なんでも。ゆえ、怪我はないか?」
「大丈夫、私はかすり傷だけ。それよりじんの方こそ…」
 稔の右腹部に走る裂傷に、少女は心配そうな瞳を向け、ためらいがちな口調で訊き返した。
「平気だよ。たいした傷じゃない…」
 血に濡れた刀を鞘に収めると、稔は薄く微笑んで答えた。
「行こう!」

 川の水で返り血をそそいだ後、稔は少女の手を借り傷に布をあてる。
「………痛い?」
「いや、俺は……ゆえのがずっと痛そうな顔をしてる…」
 クスクスと笑いながら言う稔に、少女は「当然でしょう」と声を張る。
「この傷見て、痛そうな顔をしない人はいないわ。こんな……こんな…」
 少女の声は少し震えていた。指先は白く血の気を失い、朱鷺色の瞳に涙がにじむ。
「………ごめんなさい……私の…せいね……」
 私があなたと出会ったりしなければ…。そう言って俯く少女の頬に、稔はくちづけを落としささやいた。
「ゆえが謝る事はなんにもないぜ…」
 青冷めた肌を唇がたどり、零れ落ちた涙を拭い取っていく。
「俺には最初から戦って勝つ以外の生き方が与えられてなかったんだ。ゆえと出会うよりもずっと前から…」
 戦に勝つためだけに造られた、人の枠を越えた人型の生命。稔はそんな、哀しい宿命に生きる者だった。彼にとって戦うことは日常で、この程度の怪我を負うことも同じ、日常の出来事の一つだった。
「ゆえこそ後悔してないか?城の中、護られて生きる道を手放して…」
 稔と同じ『造られた生命』ながら、少女は城で大事に護られていた。その身に持つ力が希少かつ貴重な物だったから。
「私は…いいの……とても幸せだもの…」
 そう言って少女は薄く微笑んだ。
「生きること、生きたいと思うこと。全てじんが私に教えてくれた。私は『生きたい』の……じんと…生きたい……」
「ゆえ………」
 稔は強く、少女を抱きしめた。いまだ流れ続ける傷口の血が、少女の着物に赤い染みを作る。
「じん、傷が……!」
「平気さ、たいしたことはない…」
「でも…」
「大丈夫、このくらいすぐに治る。だから……ゆえ…」
 もう、泣くなよな。そう言って稔は少女の髪を梳く。銀の髪を、節ばった指が滑り下りてゆく。
「お前の泣き顔は、見たくねぇからさ…」
「……………うん……」


 三日月は、輝ける天の武器。清らかな光は闇を切り裂いて、ほんのひとときの安らぎと夢を咎人達の胸にも与えてくれる。

「髪、伸びたな……」
 長い、夜――逃げ続けることで追手を振り切って、ようやく手に入れた安寧の眠り。
 寄り添って、静かに目を閉じる瞬間の至福。指をからめ、互いの温もりを肌で確かめ合う。
「伸ばしてんのか…?」
「…うん」
 ゆっくりと髪を撫でる稔の腕に頭を乗せ、少女はこくりと小さく頷いた。
「どこまで伸ばせるか試しているの」
 うとうとと、半分眠った稔の頭の中を、少女のささやきが通り抜けていく。
「どこまで…伸ばせるか……?」
「………うん」
「変わってるな……なんで…そんな……」
 言いかけた言葉が音になる前に、稔の意識は闇に飲まれていった。



 目覚めた時、まことは深い闇の中にいた。まだ本当の目覚めではない夢の世界での目覚め。
「…ぁ………私……」
 いつの間にか、まことの身体は元に戻っていた。まるで全て、ただの幻かなにかだったように。
「あの人が……私………ゆえ…と呼ばれて『稔』に愛されていた……」
 稔の中にいてまことは『その人』が、どれほど愛されていたかを実感した。
「稔のこと……『じん』って呼んでいた…」
 それが二人の特別の呼び名なのか、それとも単に彼の昔の名なのか。稔は過去を決して語らないため、まことにはどちらとも判らなかった。
「稔………」
そっとつぶやいて自分の肩を抱く。彼の中の『ユエ』への思いが強く、まことの胸を締め付けていた。
「でも……それでも…」
 知らなければ良かったとは思わない。辛くても、哀しくても、それが彼と『私』の過去というのなら……。
「私はそれをちゃんと受け止めたいの…」
 遠く、時計の音が響いていた。その音に引き上げられるようにして、まことの意識はゆっくり現実へ浮上していった。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
☆3854/桐生・まこと(きりゅう・まこと)/女/17歳/学生(副業 掃除屋)

★3842/新村・稔(にいむら・じん)/男/518歳/掃除屋


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■         ライター通信          ■
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はじめまして。新人ライターの香取まゆです。
『前世の記憶』というリクエストでしたが、稔用のOPを書いてるうちに、なぜか『まことが稔の過去夢を共有』する話となってしまいました。
まあ時計が遡れる記憶は、あくまでも人(脳味噌に刻まれた)記憶だということで………すみません(=_=A
リテイクの覚悟はできていますので、お気兼ねなく返品してくださいな。
ついでに納期ギリギリの脳死状態なので、誤字脱字の恐れも少々。その辺は温かい心持ちでスルーしていただけると……。
ホント言い訳ばかりですみませんでした。
少しでもお気に召していただけたなら幸いです。