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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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追憶の古時計
その時計は、一見してすぐわかるくらいに彼女とは不釣合いな品物だった。
古びた大きな壁掛け時計。アンティーク、と言えなくもないのだが、あまりにもそれは純和風過ぎていて彼女とはイメージが違い過ぎている。
「過去が見える時計なんですって…」
だが、そう言って微笑む彼女に、「返して来い」なんて言うことは出来ない。
「時計なのに、寂しがり屋なの。いつも傍に置いてやってくれって…」
うさんくさい。そう思いつつも口には出さない。いかにもあの『店主』らしいそのセリフは、本心からなのかそれとも策略か。
「大切に、大切にずっと使ってあげてれば、持ち主がなくした大切な記憶を取り戻してきてくれるらしいの」
それはまた、余計なことをしてくれるものである。人が生きるため忘れてきたことを、勝手に取り戻してきてくれるとは。
否定的な言葉を口にはしないが、やっぱりあまり好きにはなれない。こんなもの、彼女の傍に置いておきたくはない。しかし…。
「でもそんなことは関係なしに、不思議と惹きつけられていたの。すごくすごく、この時計が欲しいって…」
そう言われたらもう自分からは、「そっか」と返すことしか出来なかった。
「それは、良かったな……」
大切な誰かの笑顔に勝るほど特別なものなんて存在はしない。少しぐらい気に入らない物だって、彼女が望んでいるならそれでいい。
けど、やっぱり。
「ちょっとだけ、ひっかかんだよな……」
彼女が見る、『大切な記憶』。
「アイツのこと、思い出すんじゃなけりゃどんなことを思い出したっていいんだけどさぁ…」
もう決して、失いたくはない大切な少女。彼女が思い出す『過去』があの頃の、哀しい記憶でなければいいのだが…。
「よっこいせ……っと」
手馴れた様子で塀を乗り越えると新村・稔(にいむら・じん)は、かけていたサングラスを胸ポケットにしまい、銀色に光る目で建物を見た。
ごく普通の、古くからある日本式の家屋。いわゆる武家屋敷と呼ばれるそれは、見かけの古めかしさとは異なったハイテクな警備体制が引かれている。
赤外線、温度探知機、生体センサー。たかが『家』ごときになにをそこまでと言いたくなるほどに念入りな設備だが、稔にとってそれは障害ではない。
先ほど同様手馴れた様子で警備の隙間を縫って庭を進み、目的の部屋へとするりと潜り込む。
「…ぅ……んっ…んん………」
部屋の中では、少女が一人眠りについていた。桐生・まこと(きりゅう・まこと)――稔の大切な、大切な少女……。
――――ボーン……ボーン……
定刻を告げる低い時計の音が、部屋の空気を振るわせ響いている。
「んん………ぁ…じ……ん…」
夢の中で、自分を呼ぶまことの頬にそっと触れ、稔は指に長い髪をからめた。
「なんの夢、見てんだ……?」
幸せそうにその寝顔に、稔の顔に微笑みが浮かびあがる。
「そうやって、ずっと笑ってろよな。ヤなことなんか思い出さずに……さ」
それだけが、自分が今願うことなのだから、と。
そう心の中でささやきかけて、稔はそっとまことの黒髪に唇を寄せた。
中空に、緋色の満月が浮かぶ宵闇の刻。紅い月は天の彼方から人へ苦悶の死と狂気をもたらしている。
「ここは………どこだ?」
むせ返るような血と火薬の香り、舞い上がる土煙と夜の闇。遠くから、いくつもの篝火が近づいてくる。
「ここは…」
もう一度つぶやきかけたその時、不意に後ろから強く腕を引かれる。
「じん、急ぎましょう。次の追手が…」
「…っ……ユエ!?」
振り返った瞳に映る銀髪の美しい少女の顔に激しい心の動揺を覚え、直後になぜ驚いたりしたのかと、自分自身の心を不思議に思う。
「………じん?」
「あぁ…いや、なんでも。ゆえ、怪我はないか?」
「大丈夫、私はかすり傷だけ。それよりじんの方こそ…」
稔の右腹部に走る裂傷に、少女は心配そうな瞳を向け、ためらいがちな口調で訊き返した。
「平気だよ。たいした傷じゃない…」
血に濡れた刀を鞘に収めると、稔は薄く微笑んで答えた。
「行こう!」
川の水で返り血をそそいだ後、稔は少女の手を借り傷に布をあてる。
「………痛い?」
「いや、俺は……ゆえのがずっと痛そうな顔をしてる…」
クスクスと笑いながら言う稔に、少女は「当然でしょう」と声を張る。
「この傷見て、痛そうな顔をしない人はいないわ。こんな……こんな…」
少女の声は少し震えていた。指先は白く血の気を失い、朱鷺色の瞳に涙がにじむ。
「………ごめんなさい……私の…せいね……」
私があなたと出会ったりしなければ…。そう言って俯く少女の頬に、じんはくちづけを落としささやいた。
「ゆえが謝る事はなんにもないぜ…」
青冷めた肌を唇がたどり、零れ落ちた涙を拭い取っていく。
「俺には最初から戦って勝つ以外の生き方が与えられてなかったんだ。ゆえと出会うよりもずっと前から…」
戦に勝つためだけに造られた、人の枠を越えた人型の生命。稔はそんな、哀しい宿命に生きる者だった。彼にとって戦うことは日常で、この程度の怪我を負うことも同じ、日常の出来事の一つだった。
「ゆえこそ後悔してないか?城の中、護られて生きる道を手放して…」
稔と同じ『造られた生命』ながら、少女は城で大事に護られていた。その身に持つ力が希少かつ貴重な物だったから。
「私は…いいの……とても幸せだもの…」
そう言って少女は薄く微笑んだ。
「生きること、生きたいと思うこと。全てじんが私に教えてくれた。私は『生きたい』の……じんと…生きたい……」
「ゆえ………」
稔は強く、少女を抱きしめた。いまだ流れ続ける傷口の血が、少女の着物に赤い染みを作る。
「じん、傷が……!」
「平気さ、たいしたことはない…」
「でも…」
「大丈夫、このくらいすぐに治る。だから……ゆえ…」
もう、泣くなよな。そう言って稔は少女の髪を梳く。銀の髪を、節ばった指が滑り下りてゆく。
「お前の泣き顔は、見たくねぇからさ…」
「……………うん……」
三日月は、輝ける天の武器。清らかな光は闇を切り裂いて、ほんのひとときの安らぎと夢を咎人達の胸にも与えてくれる。
「髪、伸びたな……」
長い夜――逃げ続けることで追手を振り切って、ようやく手に入れた安寧の眠り。
寄り添って、静かに目を閉じる瞬間の至福。指をからめ、互いの温もりを肌で確かめ合う。
「伸ばしてんのか…?」
「…うん」
ゆっくりと髪を撫でる稔の腕に頭を乗せ、少女はこくりと小さく頷いた。
「どこまで伸ばせるか試しているの」
うとうとと、半分眠った稔の頭の中を、少女のささやきが通り抜けていく。
「どこまで…伸ばせるか……?」
「………うん」
「変わってるな……なんで…そんな……」
言いかけた言葉が音になる前に、稔の意識は闇へと飲まれていった。
闇の中、眠る稔の耳に時計の音が届く。低く響き渡る古い時計の音。
(どこで………鳴ってんだ?)
ぼんやりと考えながらじんはまぶたを開ける。すぐそばに感じる少女の身体。
(ゆえ………)
閉じられた朱鷺色の澄んだ瞳。月明かりを思わせる銀の髪は、いつの間にか闇色に染まっている。
(ゆえ………?)
小柄な身を包み込む白いパジャマ。微妙に違う表情や手の形。
(違う…ゆえじゃない………これは…こいつは……)
「………まこと!?」
気付いた時、稔は眠っているまことのすぐそばにいて彼女を見つめていた。
定刻を告げる低い時計の音が、部屋の空気を振るわせ響いている。
「………っ!!」
時計を見て稔は小さく息をのむ。全身が驚きに固まっていた。
「……んっ…ぅんん………稔…?」
「………よお、まこと。まだ九時過ぎなのにもう寝てたんだな」
「……どうして…?なんで稔がここに………」
「さあ…なんで、かな?」
稔自身、改めて問われるとその理由がなんであったのかわからなくなった。
時計のことが気になるといったって、盗み出して隠すつもりだったわけでなし、『なぜ?』と問われても彼自身にさえ、明確な答えは出てこなかった。
「なんで………か…」
ひょっとしたらあの『夢』を見せる為に、自分は時計に呼ばれたのだろうか。そんなことを思いながら稔は、にやりと口の端を吊り上げささやいた。
「別に理由はねぇよ。ただまことに、会いに来ただけさ」
「………!?」
「……な〜んて、言ったら驚くか?」
「…ばかっ!!」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
☆3854/桐生・まこと(きりゅう・まこと)/女/17歳/学生(副業 掃除屋)
★3842/新村・稔(にいむら・じん)/男/518歳/掃除屋
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。新人ライターの香取まゆです。
『前世の記憶』というリクエストでしたが、稔用のOPを書いてるうちに、なぜか『まことが稔の過去夢を共有』する話となってしまいました。
まあ時計が遡れる記憶は、あくまでも人(脳味噌に刻まれた)記憶だということで………すみません(=_=A
リテイクの覚悟はできていますので、お気兼ねなく返品してくださいな。
ついでに納期ギリギリの脳死状態なので、誤字脱字の恐れも少々。その辺は温かい心持ちでスルーしていただけると……。
ホント言い訳ばかりですみませんでした。
少しでもお気に召していただけたなら幸いです。
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