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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


[ 哀しみのカンバス ]


 何時からか部屋の隅 静かに置かれたままのカンバスがあった。場所は神聖都学園美術室。
 本当に何時からそれはあったのか。美術部員は知らないが、教職員の極一部は知っていた。
 それを知る者は、そのカンバスに愁いを込めて言う。

  哀しみのカンバス――――と。


 その実態は謎に包まれているが、その物を知る者はある時こう語ったと言う。
 そのカンバスには元美術部員で将来を期待されていた人物が、全国規模の作品展に出品するために描いていた絵が張られていた。しかし絵を仕上げる前、その人物は交通事故でこの世を去る。そして残ったのは、描きかけの絵が一枚。それが問題だった。
 ある人は陽の昇る頃、その絵に触れると中に取り込まれてしまうと。
 ある人は月の昇る頃、その絵の前には一人の人物が立っていると。
 そして聴こえる微かな声。
『ねぇ……この絵を完成させてみない?』

 その絵が またはカンバス自体が何かしらの力を持っている――それだけは確かであり、しかし今はどれも噂の一つでしかない。
 野次馬の一人となるか真相を確かめるか、解決へ導くか他の道を選ぶか…全てはそこを訪れる人物に委ねられていた…‥



    □□□



 エリカ・カーム、彼女がその噂を耳にしたのは神聖都学園で噂が一通り広まりきり、それが外部に持ち越されてから暫くしてのことだった。
 エリカの通う学校で広がり始めた噂には、当初より多少尾ひれも付いてしまっていたが、いかにも嘘の様な部分を除けばすぐに何がどうなっているか位の判別は付く。
「神聖都学園……美術室、ね」
 噂を耳にして数日。エリカはどうしても真実が気になり、四時限が終わり給食を食べて帰宅するある日、帰り際神聖都学園へ向かうことにした。
 少しだけ風の強い日だった。長い髪と赤いリボンが揺れ、時折顔に掛かるそれらを左手で退けながら、エリカは神聖都学園の校門を潜り。辺りを歩いていた生徒に美術室の場所を教えてもらう。
 すっかりこの学園内では噂の盛り上がり時期を過ぎていたが、まだその出来事自体は終わったわけでもないらしく。今もまだそのカンバスは存在するという。
 着いた先の美術室。今日は午後の教室使用予定も無く、美術部の活動も運良くなのか、休みの日だった。
「失礼、しまぁす……?」
 カラカラとゆっくりドアを開け、エリカは美術室を覗く。自分の学校よりも広く、石膏や様々な道具。イーゼルに描きかけのカンバスが多く目に飛び込む。やはり学園が学園なだけに、設備は相当なものが整っているようだった。
 室内に入り込む。午前中授業があったままにでもなっていたのか、カーテンが開かれ窓も開いた部屋には風が吹き込み。どこかで置かれたままのスケッチブックが音を立て捲れていた。ただ、異常という異常は見つからない気がして。
「本当にあるのかな?」
 呟きながらドアを閉めた。その瞬間。

 ざわり…‥

「――?」
 微かに胸の奥がざわめいた。得体の知れない、言いようの無い気持ちが沸き起こり。
 ふと、何かに呼ばれたかのような感覚に視線を巡らせた。
 向けた先には幾つかのカンバス。その中の一枚に、エリカは異様なまでに惹きつけられる。図画工作――言うならば美術の類は好きだった。そこには興味と同時、言いようの無い想いが走る。他の絵とは全く種類が違う。一目で答えが出た気がした。
「……描きかけの――これが哀しみのカンバス、なのかな?」
 そう、未だ半信半疑のままその絵の前へと近づくと、突如光りだす絵にエリカは思わず目を瞑る。しかしその中で、ふわりと浮かぶ自分の体を感じ……思い切って目を開けた、その先に――



    □□□



 白。黒。青。緑。肌色。
 言うならば、その色だけで構成されているような世界だった。否、正確には青でもそれは薄い――水色に近い色だったり、濃い――群青だったり。緑も同じだ。それでも、そんな系統の色で構成されているのは確かだとエリカは思った。
 今までいた美術室ではない、全くの別世界。一体此処は何処だろうと辺りを見渡す。気味が悪いほどの無風状態。温かくも無く寒くも無い。ただそこに景色が存在しているだけ。物が在って色が在る。
「寂しい場所……」
「――キミ、迷い込んできちゃったんだ?」
 エリカがポツリ言うと、突然その背に掛かる声。男の、少年のものだと思い振り返った。
「――――お兄ちゃん…あなたは誰? それに、此処は美術室じゃない……何処だか知ってる?」
 案の定そこに立つ一人の少年。サラサラの黒髪を持ち健康的な肌、白いワイシャツに白のハーフパンツ、白い靴。髪の毛と肌以外はほぼ全てが白で統一されていた。小学生、高学年位だろうか。勿論エリカより身長はあるが、年齢の割には小柄に思えた。
「此処はそうだね、今皆が『哀しみのカンバス』だなんて噂する絵の中。未完成の世界の中」
 それは噂通りというべきか。陽の昇る頃――昇っている時間は中に取り込まれてしまうと。ただ、触れていない気はするのだが、その辺りは所詮噂。今は取り込まれたらしき事実だけが問題だった。
「そして俺はそんな世界に生み出され、未完成のまま生を与えられている涼雅(りょうが)。キミは?」
 理解に苦しむ少年の言葉に、エリカは首を傾げながらも自己紹介をする。
「エリカは、エリカ・カーム。ようするに此処は絵の中で、涼雅お兄ちゃんはエリカと同じ"人"でも幽霊でもないの? 絵を描いていた人とは違う人、なのかな……」
 巡らせた考え。それを一つずつ整理し言葉にすると、少年は頷いた。
「俺やこの世界を生み出した奴は多分もう俺達に未練も無くてこの世に居ない。もう十数年もこのままだから。だからさ、代わりといっては何だけど――キミがこの絵を完成させてみない?」
「エリカ、が?」
「そう」
 それは突然に降られ。涼雅個人の希望のようにも思え。それが問題を解決に導くことになるかは分からないが、エリカはそれを引き受けることにした。なってしまった状況の中、自分なりに行動してみて何かしらが変わればいいと思う。それにより事態が良い方向へ向かうと信じて……。ただ、その方法で迷いが生じる。
「でも、この絵を…この世界を完成させるってどうやって? エリカは筆とか持ってきてないし、ここが絵の中なら尚更どうやって完成させるのか分からないよ」
「そんなの簡単。筆や絵の具くらいならこの世界では思い描けばその手に現れる、試してみな? 此処を完成させるには、描きたいものを想えば良い。そうすれば地面にも空にさえも描けるし、彩が生まれる」
 言われ、思い描く。筆が確かにその手に納まったのは僅か数秒後。絵の具だって思いつく限りの色が揃い、この辺りだけ華やかさが増した気がした。
 こうして描く準備は確かに整った。しかし、エリカは画材を見つめた後涼雅を見ると不意に言う。
「思ったのだけど、これはお兄ちゃんにとっても大切な絵なのでしょ? ならエリカも勿論手伝うけど、二人で絵を完成させようよ」
「それは……出来ないよ。俺は創られたとき、もうそれは色々な設定を作られてたんだ。生年月日から好きな物嫌いな物まで、この絵を描いた奴とは全部真逆にね。俺の意思なんて何処にも無かった。これが彼にとっては理想の人間像だったのかもしれないけど……俺には負担でしかない。絵は描けないんだ。下手とか嫌いだとか言うレベルでなくてさ――」
 僅かな怒り、自分ではどうにも出来なかった哀しみ、そしてどうにも出来ないと思っている諦め。しかしそこにあるのは何もかもが中途半端。
「諦めるのは残念だけど、理由もあるみたいだししょうがないよね。その代わりにエリカのお手伝いをしてくれる? やっぱり、ここはお兄ちゃんの住んでいる場所、居場所でも在るんでしょ。全部人任せで手放すようなマネはしちゃダメなのよ」
 見上げた先、涼雅は一瞬呆気に取られながらも「まぁ、手伝うだけなら」と頷いた。正直、自分よりも大人っぽいエリカの考え方に圧倒されているだけの気もする。
「それじゃあ……まずはこの辺りの景色。草木だとかお花だとか、もう少し足してみようかな? えーっと、緑に黄色や赤、きれいな色の絵の具をエリカにどんどん渡してね」
 こうして二人の共同作業が始まった。
 カンバスに色を乗せていくならまだしも、今自分が立つ地に、自分が存在する空間に色を乗せると言うのは勿論初めての事だった。更に、描いたものはすぐさま息吹、鳥は生まれると同時空を舞う。いつの間にか生まれた風は二人の髪を揺らし、生まれたばかりの花を揺らし。花弁が宙を舞う様子を思わず空を仰ぎ見たエリカは、そこで一度作業の手を止めた。
「……ふぅ、大分この辺りも明るくなってきたね」
 今エリカは、ふわふわに草の生えた地べたに座り込み多くの花を描いている。そしてそれを見ながら、時折エリカの求める色を手渡すのが今涼雅が出来ている唯一の手伝いでもあった。額に薄っすらと浮かび始めた汗を手の甲で拭い、エリカは隣に座る涼雅を見る。
「ホント……元からなんとなくこの辺りは緑は広がってたけど、荒野も当然だった世界があっという間に華やかになった…凄いね、キミは」
 柔らかく微笑まれ褒められ、エリカは少しだけ頬を赤くした。けれど小さく頭を振ると立ち上がり、未だ座ったままの涼雅に言う。
「ううん、まだまだよ。それにねお兄ちゃん……一ついいかな?」
 上空を飛行する鳥が、薄雲の間から差し込んでいる陽の光を遮った。元々強い光など無いこの世界。それでも、それが遮られると寒さを感じた。
「私はこの絵の中から出られるよね? お家に帰らないといけないし。でも、そうしたらお兄ちゃんはここに一人ぼっちでしょ? それって……寂しく、ないの?」
 その答えは分かりきっている。案の定、表情を曇らせた涼雅を見れば一目瞭然。けれど――
「あぁ、寂しいよ。でも、孤独のまま放置された十数年以上に今が嬉しいと思う」
 彼は笑って見せた。なんでもないように。今、確かに喜びに溢れている。
「それでも願わくは……鳥以外にも、犬だとか猫だとかウサギだとか。一緒に遊べる友達が欲しいかな」
 エリカに向けられた小さな願い。贅沢かもしれないと涼雅は付け足すが、エリカは「そんなことはないよ」と快くそれを引き受けた。
「それにこの絵が完成したらね、神聖都学園の皆に見てもらえるような所に絵を飾ってもらえるよう、エリカ先生にお願いする」
「ホント?」
「ホント、約束するよ。部屋の隅に置かれたままじゃカンバスも可哀想だし、お兄ちゃんもいろんな意味で一人ぼっちじゃなくなるしね」
「っ……ありがとう、エリカちゃん。ただ、残り時間も少ないから、俺の願いなんて後回しで良い。景色、後俺自身を完成させてくれればね」
 残り時間、その言葉にエリカは空を仰いだ。とは言え、この絵の中の景色はずっと変わることは無い。外の時間は普通どおり流れているのだと思う。だとすれば、既に夕暮れが近いかもしれない。
 やがて立ち上がる涼雅に、エリカは「もう一頑張りだね」と声を掛け。一旦景色を描く手を止め。実のところ曖昧に描かれたままだった涼雅、彼に手をつけることにした。確かに存在も表情も、既に完成されているようなもの。けれど、どこか薄い存在はこの世界の中で曖昧な存在になりかかっている。辺りの景色に負けない存在感を。白で統一された服に変化を。



    □□□



「残るは空だね。とっておきたかったから最後なんだけど……やっぱりお兄ちゃんは空を塗ることも出来ないの?」
 描くのではなく、塗るだけならどうにかならないかとエリカは問う。すると涼雅は一瞬悩むような仕草を見せ、頭を振った。
「……大丈夫。それに、最後くらいは俺もやるよ」
 それは肯定を意味する。やがて涼雅の手の中にも筆が納まり、互いに色を持つ。
 涼雅は清々しいほどの青。エリカは眩しいほどの赤、そして白を。
 手を伸ばせばすぐ届くような、そんな空だけど。確かに見上げた先は色づき始め。澄み切った青空と夕焼けのような、朝焼けのような空が入り混じる。しかしそれが不自然に思えることは無い。
 空は何時だって、見るたびにその姿を変えている。同じ時なんて全く無くて、ちょっとした雲の流れや光の加減で見るたび違う世界を見せていた。だから、それを今自らの手で作っている事に少し喜びすら覚えている。
「――お兄ちゃんは青が好きなのかな? 私は赤が好き。赤い絵の具に、この…白をたっぷり混ぜたような淡いピンクもね」
 言いながら、仕上げの色を作り出す。
「この空が出来れば、もうお兄ちゃんとはお別れ、なのよね……」
 ぺたぺたと、赤や赤から作り出した淡いピンクをメインに、朱色やオレンジを塗り重ねていく。その横顔に涼雅の視線。
「……ありがとう、キミは本当に――優しい子。俺はとっくに満足してて、時期にこのカンバスも全てに生命が分け与えられ。キミは此処から居なくなる」
 風が一層強くなる。エリカがしっかり握っていたはずの筆が持っていかれる。
「あっ」

 まだお礼を言っていないと エリカは思った
 ただ 言葉が出ない
 もう この世界でエリカが存在することは許されないからか
 残るは 確かな思い出と花の香り
 空の青さと 燃えるような赤――…‥



 夕暮れを迎えていた教室。夕日に照らされオレンジ色に染まっていた。
 気づけばその床に座り込み、エリカは見上げている。そこにあるカンバスを。
「……エリカ、今から約束を果たしに行くからね」
 立ち上がると、まだ明かりのついているはずの職員室へと向かう。この絵を……確かに完成した絵を、皆の目に留まる場所へと置いてもらうために。
 エリカが出て行った美術室。そこに吹く風、ふわり舞い落ちる無数の花弁。



 完成した絵の中は自然溢れる世界 そこで動物たちと遊ぶ涼雅の姿
 エリカが描いたもの 涼雅が共に塗った空

 暫しすると廊下を小走りに走る音。それが二つ。
 再び開かれる美術室のドア。
 その絵が、観衆という名の光を浴びる日は近い。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [3260/ エリカ・カーム /女性/8歳/小学生]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、いつもお世話になっております。亀ライターの李月です。ギリギリ納品となってましてすみませんでした。
 今回はウェブゲーム[ 哀しみのカンバス ]へのご参加有難うございました!
 絵の中の人物は絵を描いた本人ではなかったということだったのですが、エリカちゃんの言葉は変わらずいけそうだと思いましたので、このような形になりました。どこか少しでも気に入っていただければ幸いです。
 口調行動なども、問題ありましたら遠慮なくお申し付けください。

 それでは、又のご縁がありましたら……
 李月蒼