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<東京怪談ノベル(シングル)>


〓The beginning of the rainy season〓



 都内も梅雨に入り、じめーっとした空気が街を包んでいる。
異常とも言える高い気温と湿気で、普通に歩いているだけだというのに、
まるでスライムの中を歩いているような錯覚にすら陥ってしまう…そんな中。
 涼しい顔をして、碇 麗香は繁華街から少し離れた住宅街を歩いていた。
普段着に近い軽装で、履いている靴もヒールではなく、ウォーキング用のシューズ。
しかし今日は平日真っ只中で、休日でもなければアフターファイブと言うわけでもない。
オフを快適に過ごしている…と言う雰囲気でも無さそうで。
 そんな彼女の上空を旋回する一羽の黒い、鳥。
一見すれば東京のどこにでもいるただのカラスであるが、
その実はとある召還士の使い魔、マルファスだった。
マルファスはバサバサっとわざと大きな羽音をたて、麗香のすぐ脇にある一本の木の枝に舞い降りた。
「よー!レイカ!夏の薄着サイコー!
涼しげな胸元がこれまたいい眺めで…ポークビッツ万歳!」
「”クールビズ”よ。一応突っ込んでおくわ、エロ鴉」
 すでに原型すらとどめていなかった単語だが、元が何なのかわかる麗香はさすがとしか言いようがない。
マルファスはクールな突っ込みにひるむことなく羽ばたき、枝を一つ下へ移動する。
「ウォーキングなんかしなくてもいいケツしてるぜ♪」
「ありがとう。一応お礼は言っておくわ。でも…」
 麗香はマルファスに視線を向けないままで話しかける。
しかし、ふとその言葉を止めてその表情を緊張させた。視線は真っ直ぐ先を見つめている。
マルファスが「何だ何だ」とそちらに首を向けると、数メートル先の民家と民家の細い隙間から、
このクソ暑い時期だと言うのに、ニットの帽子にマスクに長袖の服を着込んだ男が姿を見せ、
きょろきょろと周囲の様子を窺っていた。
「なあレイカ…なんつーか怪しさ大爆発って感じダナ」
「わかったから静かにしててもらえない?」
「まあそう言うなって!オレサマとオメーの仲じゃネーカ!」
「どんな仲よ」
「ロミオとジュリエット?カーッ!照れるじゃネーカ!」
 マルファスと麗香はマルファスの主人が依頼を受けて何度か一緒に仕事をした仲であり、
決して彼の言うような仲などではない。
一人…いや、一羽勝手に騒ぐ鴉をさらりと無視し、麗香はスタスタと歩き始める。
どうやら先のあの怪しい男が動き始めたらしい。
マルファスは慌てて麗香の後を追いつつ、さらにその先の男にも注意を向けることにした。
 男は黒のスポーツバックを肩にかけて背中を丸めながら道の端っこを歩いている。
まるで何かから身を隠そうとしているような行動。
それは十人いれば十人が『泥棒じゃないか?』と思うような素振りなのである。
 さすがの鴉も、ピンときてニヤリと笑みを浮かべた。
「わかったぜ!アイツをとっ捕まえるんだな?!」
「えっ…?」
「オレサマに任せとけっ!」
「ちょっ…待ちなさい!勝手に…」
「コルアアァァ!!そこの人間―――!!」
 マルファスは大きく羽ばたいて天空へと舞い上がると、
そのまま一気に、男の脳天目掛けて急速降下。錐揉み回転でど根性一直線。
「オレサマから逃げられると思うなァ―――!!」
「鴉―――ッ!やめなさ…」

ごがっ。

 麗香の止める声も僅かに遅く、マルファスの立派なくちばしは怪しい男の脳天を直撃する。
高速で直撃した彼もかなりのダメージを受けてヘロヘロとしているが、された男の方はたまったもんじゃない。
ぷし―――っと脳天から血を噴出してその場に倒れこんだ。
「ちょっ…大丈夫っ?!」
「だ、大丈夫です…これ、コメディですから…し、死にません…」
 倒れた男はへらっと笑いながら言う。マルファスに直撃された衝撃で、
帽子やめがねが取れてその顔が露になるのを見て、マルファスは「あ」と小さく声をあげた。
「て、テメー…レイカんトコロの貧弱部下じゃネーカ…!どーいう事なんだマイハニー!?」
「誰がハニーよ。まったく…人の話を聞かずに勝手に行動したのはあなたでしょうが」
「お、オレサマはレイカの為を思って…」
「あのね…私たちは取材をしていたの。
最近、この辺で女性の宝石や下着が忽然と消えるって怪事件が連続して起こってるから」
 麗香はふうっとため息をついて、腕を組んだ状態でジロリとマルファスを睨み付けた。
「もし何か見つけた時にすぐ行動出来るように軽装にしてたわけ」
「そ…そうだったのカー…オレサマはてっきり泥棒退治かと…」
「まあ、近いけれどね。実際、泥棒が入ってるのかもって思っていたし…」
「オレサマで良ければその怪事件、協力するぜ!なになに、この辺で宝石とか下着が盗まれるって?」
「そう。誰も侵入した形跡が無いのに跡形もなく、ね」
「それは妖しいにおいがするゼ…よーし、ここは一つオレサマとレイカで見張りを…」
『その必要はないよ』
 突如聞こえた第三者の声に、マルファスはびくっと身体を震わせる。
それは聞き間違えることなどない、主人の声だった。
「やっと来たのね」
「れ、レイカ?!」
「ついさっき携帯で呼んでおいたのよ…あなたを迎えに来てちょうだいって」
「そ、ソンナ…」
『ちょうどこちらからも伺おうと思っていたんです。
最近、何故かうちのベランダに見覚えの無い宝石や女性ものの下着が落ちている怪事件が続きましてね』
 静かなる主人の言葉と、先ほどの麗香の二人の話に…マルファスは符合するものがある事に気づく。
それは麗香も同じで、マルファスにゆっくりと視線を向けた。
「………もしかして…宝石ドロも下着ドロも…犯人って…」
「ア?ヤ、いやー!鴉ってやつぁどーも光物を集める習性があっていけねぇ!」
「あーら、そう?どこの世界にピカピカ光る下着があるのかしらねぇ…?」
「…あ、いや…その…なんつーか…とうっ!」
 ばさばさっと、マルファスはその場から逃げるために羽ばたく。
「待ちなさい!エロ鴉っ!」
『ふう…』
「ギャーっ!痛い痛い痛い痛ぇ―――っ!!」
 しかし、主人による”戒め”を受け、落下したところを麗香にキャッチ…捕獲されたのだった。
マルファスは痛みに意識が遠ざかりながらも、麗香の胸の感触に、ニヤリと笑みを浮かべたとか…。







〓おわり〓



※この度はご依頼誠にありがとうございました。
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますがもしありましたら申し訳ありません。