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創詞計画200X:CODE02【SIDE T】
■これまでのあらすじ■
白銀の巨大生命体<メロウ>、コードネーム『キラーズ』は、会場に突如現れ、東京を目指し――東京湾で突如消えた。
天使言語による会話が成されたあと、
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と言い残して。
振動じみたことばと振動そのものの力を持つかれらは、一体、何を探しているのか――。
天使のことばを駆りながらも、かれらには天使じみた知性がないようだ。無垢な子供そのものだ。そしてまるで天使のように、その身体はまぼろしで、実体を備えてはいなかった。
そうだ――。
ならば、小笠原諸島上空で『撃墜』された<メロウ>、『アイアン・メイデン』は果たして、死んだのか? 天使がサイドワインダーで死んだというのか?
自衛隊が回収した『アイアン・メイデン』の“屍骸”は海を渡り、未だ混乱の中にある東京に到着した。
<メロウ>研究チームの筆頭、エディ・B・ディッキンソンは、『アイアン・メイデン』解剖作業に移るため、都心の対策本部から移動した。一部の民間人に、“屍骸”の収容先であるドックへの立ち入りを許可して。
そのエディ・Bによれば、<メロウ>騒動の最中草間興信所に転がりこんできた記憶喪失の男は、都内の大病院院長の御曹司であるという。八合坂薫。数日前に捜索願が出されている男だった。警察も世間も、いまは尋ね人どころではない――。
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振動は、よみがえっていく。
そしてすべてのものが、かたかたと震え始めていた。
■ヒトゴロシの末路■
『キラーズ』は消えた。<殺戮者>の名前をほしいままにして。
『キラーズ』の消滅を目の当たりにしていたのは4人。『キラーズ』とことばを交わしたのも4人。如月メイ、黒贄慶太、光月羽澄、城ヶ崎由代だ。胸の奥の不思議な温もりを感じながら、しばらく、4人は埠頭で立ち尽くしていた。
「あの子……」
まるでそよ風が泣くような小さな声で、メイが呟いた。
「どこに行ってしまったの……? 聞きたいこと……まだ、たくさんあるのに」
「死んだわけではないだろうな。我々はまだ、かれらのことを何も知らない」
「無理矢理知ろうってのも考えモンだが」
しゃがみこんでいた慶太が立ち上がった。威圧感はあるのに、彼の身長は意外にも、さほど高いものではなかった。
「何だっけか、<メロウ>の研究チーム? ……そのおエライさん、確か、ヤツらは『普通の物質で出来てる』つってたよな。嘘っぱちだったってェわけだ」
慶太の記憶は正しい。言われてメイも思い出し、ただでさえ疲れで青褪めていた顔色をさらに変えた。
「あの子たちのこと、知ってる人たちがいるっていうことね?」
「ふむ……始まったのはつい最近ではないということだね……」
由代が顎に手をやって海の向こうを見つめたとき、羽澄の携帯電話が着信した。着信音はLirvaの新曲だった。
「……情報だ。<メロウ>のこと、何か動きがあったのかも――」
羽澄は一同と顔を見合わせてから、電話に出た。
電話口の向こうにいる情報屋の話に、羽澄の顔色もメイ同様、見る見るうちに変わっていった。
一旦は電話を切って、どんな内容だったのかを3人に告げようとした羽澄だったが、再び着信音が響いた。今度の着信音は、Lirvaのすこし古い曲だ。『クリムゾン・キングの塔』だった。
「おや、知り合いが多いのだね」
「……シュラインさんからだわ」
羽澄は再び、電話を取った。
そうして、4人は知るのである。
小笠原諸島で回収された『アイアン・メイデン』の“死体”が、東京に到着したこと。“死体”は即座に解剖されるということ。いまは特殊なドックに収容しているということ。ドックには、どういうわけか、草間興信所やアトラス編集部といったコネを持つ者なら、誰でも入ることが許可されたということも。
「場所は横浜に近いわ。……どうする? 行く?」
「ったりめェよ! くたばってもいねェヤツを解剖なんてザケたこと、黙って見ちゃいらンねェ」
「……黒贄さん……でも、ついさっきまで、あの子たちを殺すって……」
「う」
メイも、慶太にはだいぶ慣れた。3歩ほど距離を置いているが、彼女はそうして慶太に突っ込みを入れたのだ。羽澄が笑いを噛み殺す中、言葉を失った慶太は、すぐに真顔に戻った。
「あんたら楽しくおしゃべりしてただけだろうが、俺はアイツに触ったんだよ。そん時、見えたものがあった。……アイツも俺たちも、踊らされてるだけかもってな、そう思ったわけよ」
「……何を見たんだね?」
「さあ。――ともかく、見てもあんまり気分悪くなったりしねェものさ。ま、俺はそのドックに行くぜ。中に突っ込まれた『アイアン・メイデン』とかゆーヤツ、死んでねェんだろ。目ェ覚まして暴れ出したら大事じゃねェか」
慶太が歩き出し、メイと羽澄も顔を見合わせて頷きあった。
しかし由代は、そこを動かなかった。3人の背中に、彼はバリトンを投げかける。
「僕は他に行くところが出来た。同行は出来ない」
「「「えっ」」」
今のところ、あの<メロウ>とスムーズに会話できるのはこの由代だけだ。3人は彼の力を見込んで、頼りにしていたらしい。その振り向きざまの「えっ」が、その心情の証だ。
由代は微笑したまま、懐から分厚い手帳を取り出し、羽澄に手渡した。
「テレパシーでもことばのニュアンスは伝わるようだが、ストレートに会話を交わすなら天使言語を使うしかない。僕の学習ノートだが、簡単な意思表示をする分にはこまらない程度の天使言語をまとめてある。これを貸そう」
「ありがとうございます!」
「なんだ、勉強しろってか!」
「拳で語り合うのもひとつの方法だ、べつに僕はとめないが」
「……私、とめます……」
「かぁッ!」
3人と1人は、埠頭で別れた。
海は静まりかえり、街は騒ぎ出す。
振動が東京を駆け抜け、4人の胸で、振動が躍った。
■八合坂薫というもの■
ン―――ンン――――――――ンンン――――……。
「あ……気がついたです!」
男を包みこんだのは、消毒薬の匂いと、澄んだ声。
<メロウ>対策本部の医務室は、がらんとしていた。ここにいるのは、自分の名すら思い出せない記憶喪失の男と、鈴木天衣、シュライン・エマ、そして草間零だけだった。エディ・Bと会うことでパニック状態に陥り、あまつさえ気を失ってしまった男を、3人の女性だけは放っておけなかったのである。
「大丈夫? ――ごめんなさいね、こんなところに連れてきて……。あの人に会えば、何か思い出せるかも、って思ったんだけれど」
「……いいんだ。気にしないでくれ」
男はシュラインの詫びに、照れ笑いを返した。……が、その笑みはすぐに消えた。のっそりと身体を起こした彼は、呆けた顔で周囲を見回す。
「……それで……ここは一体、どこなんだ? 私はまた何かしでかしたのか?」
「「「えっ」」」
天衣とシュラインと零の声は見事に重なった。確かに、男が放った台詞には、そんな小さな奇蹟を生むほどの威力があった。
「な、なんにも覚えてないですか? えと、エディ博士に会ったですよ? おじさんが、見覚えがある、名前知ってる、って言ってたですから……」
「エディ……? 誰のことだ?」
男の返答に、シュラインは頭痛さえ覚えた。
「悪化しちゃったみたいだわ……ほんと、ごめんなさい」
「……私について、何かわかったことは?」
「えっと、たぶんおじさんは、八合坂薫さん、なんです」
「武彦さ――草間興信所のことは、覚えてる?」
「ああ、もちろん。きみたちの名前も、ここ数日お世話になっていることもね」
「そう、それはよかった。……興信所のほうで、『八合坂薫』について、いま調べてもらってるわ。捜索願が出されてるそうなの。情報つかまえるまでそんなに時間はかからないと思うんだけれど……」
「八合坂……薫」
男は、口の中でその名前を反芻した。エディ・Bの名を聞いたときのように、まるで他人の名を呟く様相で、何度も何度も。またパニックを起こさなければいいがと、天衣は男のそばでこくりと固唾を呑んだ。
「だめだな……何か引っかかるのは確かなんだが……」
「まあ、焦りは禁物よ。ゆっくり探っていきましょ」
そこでシュラインは、天衣と零を手招きし、医務室の外に出た。
「仮に薫さんとしておくけど」
シュラインは先にそう断っておいてから、声を落とした。
「気絶してるときに耳元で例の振動パターンを真似して聞かせてみたんだけど、何の反応もなかったわ。薫さんが出してた音なのかも、とも思ったんだけど――天衣ちゃんにも聞こえた?」
「はいです。ン―――ってやつですよね」
「あの部屋で……とまでは言わなくても、このビルの中で発生した音には違いないわ。<メロウ>は近くにいなかったんだし。もしかしたら……」
「は、博士が出したですか?」
「いま結論を出すことは出来ないわね。IO2が絡んでる可能性大だし、慎重に行かないと」
シュラインは言葉を切って、携帯電話を取り出した。
「私、ドックに行ってみようと思うの。『灰色』の博士をほっとけないわ。羽澄ちゃんとか、力のある人がもう向かってるから、よっぽどのことがない限りは大丈夫。ふたりは薫さんを診ていてもらえる?」
「了解です」
「はいです!」
託されずとも、天衣は男のそばにいるつもりだった。零がいるなら、身の安全も保障されるというもの。シュラインは天衣と零の返事に安心して、対策本部を出た。
天衣と零が医務室に戻ってみると、男は、再び深い眠りに落ちていた。
■目覚めの、じかん■
実体ではないはずの<メロウ>が、鉛色の巨大なターンテーブルの上に、しっかりと固定されている。光月羽澄が使う銀鎖や、如月メイが使う光の檻のように、<メロウ>を拘束しているワイヤーは、一般人や――ともすれば学会すら知ることのない物質で出来ているようだった。超自然的な力が絡む道具を、自衛隊が持っていたというのだろうか。『アイアン・メイデン』は、高速されているというより、封印されている状態に近い。
いやに冷静に先を見通していた自衛隊。政府の迅速な行動。非実体の生物をとらえるすべ。
何もかもが、さる組織の影を示唆している。
「IO2が絡んでいると思うの」
シュラインは羽澄たちに、小声でそう言った。眉をひそめて、羽澄が続く。
「私もそう思ってたの!」
IO2、という言葉で同調するシュラインと羽澄だったが、その後ろで、メイと慶太は思わず顔を見合わせていた。
「なんだそりゃ、悪の組織か?」
「ああ、知らなかったのね。そのほうがいいとは思うけど」
シュラインは苦笑いをした。
「人間にとっては、正義の組織よ」
「ちょっとやり方が気に食わないこともあるけどね」
超常現象が、人間たちにとって『超常現象』であるのは――
人間を超えたものの存在が、巧みに韜晦されているからなのだ。
怪異が人間を殺したとき、その怪異を殺すものがいて、怪異が成し遂げたことを記録から消していくものがいる。そうすることで、人間たちは『常識的な世界』を保ってきた。信じられない、有り得ない現象は、人間たちにとってはすべてが“無かった”ことになる。
かれらは平和と正気を護っているのだ。
かれらは人間たちにとっての正義。
人間たちが人間のままでいられるのは、かれらのおかげだ。
IO2が、世界を陰で支えている。
『アイアン・メイデン』の周囲で右往左往している者たちは、とても怪奇現象に慣れている組織の一員には見えなかった。ただ混乱しているだけなのかもしれないが、動きに統制は取れていなかったし、中には『アイアン・メイデン』を見上げてただ呆然と立ち尽くしているだけの学者もいる。強化ガラス越しの世界の中で、異質であるものは、<メロウ>とその封印だけだった。
「ああ、あいつだな。テレビで見たぜ。あれが噂のうさんくせェ博士ってやつだろ」
慶太が指さしたのは、数名の研究者と資料を交わしている白人の壮年だった。シュラインが頷く。
「ええ。エディ・ブルース・ディッキンソン博士」
「あの子に……さわらせてもらえるかしら……」
メイが、二の腕を掴む右手に力を込めた。
「あの子……やっぱり、まだ、生きてる」
一同の目がメイに集まる。『アイアン・メイデン』にもう少し近づいてみたい気持ちはあったが、不用意に刺激したくないというジレンマも抱えていた。その中で、メイははっきり、確信を持って『アイアン・メイデン』に近づこうとしていたのだ。
「聞こえるの。……『キラーズ』……あの子が、なんだかすぐそばに居るみたい。あの子が言ってるの。おともだちのひとり……『アイアン・メイデン』は、生きてるって」
(smq@a smq@a xt@di eb49)
さまざまな電子機器が、ここにはある。その機会の唸りをかき分けて、あの振動は、どこからか生まれ――何かを、呼ぼうとしていた。
ン――――ンンンン―――――――ンンンンン!
シュラインがぎくりとした顔で、メイ、羽澄、慶太の顔を見た。
「あんたたち……」
「? どうしたの、シュラインさん」
「気づいてないの?」
「何にだよ」
「音が……出てるわ。あんたたちから、あの音が!」
(6f94 smq@a m4 eb49 f7h xt@di eb4)
(−@ho ezd9q@9)
4y ezd9i qr:i eb4
どおん!
それは、突然に。
拘束されていた“死体”が、その翼を広げて、浮き上がろうとしたのだ。
ガラスが吹き飛び、『アイアン・メイデン』のそばにいた研究者や作業員がはじき飛ばされた。しかし、4人は強化ガラスの粒のような破片から顔をかばいながら、見たのだ。――エディ・Bだけは、そこに立っていた!
ばちばちとワイヤーを引き千切りながら、白銀いろの生命体はその身体を起こす。
smq@a s@bi e.k n5ue,
qr:ug7
(おい! こら! やめろ!)
覚えたてのことばで、慶太が『アイアン・メイデン』を叱咤した。
(ここで暴れたら、今度こそ消されちまうぞ!)
このまま『キラーズ』のように消えてくれたらと、その場の誰もが思った。シュラインは、これほど近くで、しかも直に、動く<メロウ>を見るのは初めてだ。聴覚を焼くような振動に閉口していた。
――え、羽澄ちゃん?!
しかしシュラインはまたしても驚く。光月羽澄という少女は、シュライン並みに聴覚が優れているはずなのだ。だというのに、この鼓膜がどうにかなりそうな振動の中、苦しみもせず『アイアン・メイデン』を見ている。
『アイアン・メイデン』と4人の間を隔てるものは、もう何もない。今にも飛び立とうとしている『アイアン・メイデン』に、メイは光の檻をいつでも作り出す覚悟を決めながら、ゆっくりと近づいた。
(お友達を探しているのね)
テレパシーと天使言語のふたつを駆使して、メイは『アイアン・メイデン』に呼びかけた。羽澄も一歩前に出て、『アイアン・メイデン』を見上げた。
(お友達を探して、どうするの?)
qr:.yq@9
答えがあったことに安心して、メイは表情をやわらげた。怖い顔で話しかけても、子供は怯えるだけだ。
(探すのを手伝うわ)
−ysi?
ぐい、と『アイアン・メイデン』が身を乗り出した。かれには顔らしい顔もなかったが――対面している4人には、なぜかわかっていた。『アイアン・メイデン』は顔を輝かせて、嬉しそうに笑っているのだ。
(探してるお友達っていうのは……いま、私たちと一緒にいるお友達とは、べつなのね?)
c4q@9 mzsg;e mzs7xde
(……街ン中で暴れないって、約束すっか?)
4y
(約束よ)
ezd9i eh
(ええ)
qr:uha7
振動が、ふっ、と止んだ。シュラインは耳を押さえていた手を離す。
白銀いろの生命体もまた、振動とともに消えていた。
……否!
かれは無数の光の粒になり、きらきらと輝きながら、4人の能力者のもとに集結して、彼女たちの身体の中に吸い込まれていったのである。
「……驚いたわ。ほんとに会話できるのね」
「まァな。……でも、なんかアタマよくなってなかったか?」
「個体差じゃないかな? 『アイアン・メイデン』と話すのは今が初めてだったから、何とも言えないけど……」
「ま、なるようにはなったか。街中でドンパチは避けられたってェわけだ。とりあえず、めでたしだな」
手のひらの上に残っていた光の粒をつかまえて、慶太は笑う。しかし、その視線は少しも笑っていなかった。
「……踊らされてンのかもしンねェけどよ!」
彼の視線の先には、あの、エディ・B・ディッキンソンがいた。
かちっ、かちっ、かちっ、かちっ――
シュラインと羽澄が喧騒の中で聞き取ったのは、輝かしい経歴を持つ博士が、ノック式ボールペンをもてあそんでいる音だ。エディ・Bははっきりと、4人を見つめていた。
「博士――」
羽澄は呼びかけながら、彼に歩み寄っていった。
「『かれ』を……『アイアン・メイデン』をどうするつもりだったんですか?」
博士はひとまず何も答えず、手元の資料にペンで走り書きをした。書きながら、彼はやがて答えた。
「処分しようと思っていたよ」
凍りつくような答えが、4人を貫いた。
「しかし、解体の手間は省けたし、この展開も予想の範囲内に入っていた」
メイは身体が震えるのを感じた。怒りのためだろうか――驚きのためだろうか。マスコミは締め出されているとはいえ、自分たちがなぜ、このドックの中にすんなりと入れたのか。慶太が毒づいたように、すべては手のひらの上の出来事だったのかもしれない。
シュラインの携帯電話が鳴ったが、彼女は出なかった。
エディ・Bの黒い目が、白銀いろに光
ン―――――――――――――――――――ッッッ!!
■かなたの島■
魚臭い港をたらい回しにされた由代は、残念な結果にたどり着きながら、拓けた未来にもたどり着いた。
彼が“行きたいところ”には行けそうもなかったのだ。少なくとも、今は。
城ヶ崎由代は<メロウ>が初めて確認された小笠原諸島へ向かおうとしていたのだが、『キラーズ』が近海で暴れて自衛隊をこてんぱんにのしたために、海は半ば封鎖されてしまっていた。手回しのいいことに、空路も断たれてしまっていたのだ――マスコミもヘリ便も、国によって抑えられていた。
――なるほど。何かよほど大切なものを隠しているらしい。
由代は逆に、この状況のおかげで、疑念を確信に変えることが出来た。小笠原諸島の、おそらく<メロウ>が攻撃していた島には、何かがあるのだ。知ってはならないことが隠されている。
――まあ、行く方法はいくらでもあるだろう。抑えられているのは現実的な手段だけだ。いまは……陸で出来ることをやっておくことにしようかな。
彼がもとめたのは情報だった。海をふさがれて困っていたり、不機嫌であったりしている船乗りをたずねてまわったのだ。
「小笠原の……『怪獣』が出た島について知りたいんだが、詳しい方はいるかな」
「あんた、学者さんかい?」
「似たようなものだね」
「島にゃしばらく行けそうにねぇからなぁ。大回りして『裏道』通っていけばなんとかなるだろうけど、4日はかからァ」
「そうか……急ぎたいんだがねえ」
「徳さんなら、いろいろ世話してくれるかもな」
「徳さん?」
「小笠原の……母島の奴なんだ。『裏道』も知ってるし、船の使い方がうまい。……怪物が出たあとの島に行ってみた、ってよ。噂だけどな」
その、徳島(徳さん)なる船乗りに会うまで、由代はわらしべ長者ばりの道程をたどることになったのだ。数十分のたらい回しののち、由代は徳島を見つけだした。徳島は自分の船で、ぷかぷかと煙草をふかしているところだった――由代の顔を見るなり、初老の船乗りは笑った。
「よお、あんたァ、オレを探してるんだって?」
「おや」
由代もつられて笑った。
「ご存知でしたか」
「最近、ミョーな連中が嗅ぎ回っててなァ。ちょっと様子を見させてもらってた。天鳥島のことなんだろ」
「……あまのとりじま。『怪獣』が出た島には、そんな名前がありましたか」
「おォ。自衛隊さんも寄りつかねぇ、なぁんもねぇ島だ」
「本当に、何もない島ですか?」
由代の微笑混じりの問いに、徳島はにやりと笑った。彼は煙草を携帯灰皿に突っ込むと、船から下りた。
<メロウ>が執拗に攻撃していた無人島について、いまの由代はあまりよく知らない。昔アメリカが統治していたこともある島々のうちのひとつであり――謎の生命体が目をつけた島。そのくらいだった。
「何年か前に、どっかのでっけぇ企業だかが島を買ったらしい」
「ほう?」
「誰がなんのつもりであんな辺鄙なとこ買ったんだか知らんが、重機が入って何か建ててるのは見た。誰も、何も知らん。あの島で誰が何をしてたのか、よ。でも最近になってあの騒ぎだ。オレぁ、怪物騒ぎがあってからちょっとひやかしたんだが……船からは降りなかった。でもよ、見えたんだ。めっちゃくちゃになった、病院みてぇな建物がさ。それから自衛隊さんがうるさくなったもんで、『裏道』通って東京に来たんだ。まぁた怪物が出たらたまらんからよ。……そしたら、今度は、東京があの怪物にやられるとこだった。ったく、ついてねぇわ」
「……天鳥島に、行ってみたいのです」
「そう来ると思ったよ」
「むずかしいでしょうかね」
「……いまはな。……でも……」
徳島は目をすがめて、海原を眺めた。
空は鉛色だが、海は不気味なほど静かだ。
「3日だ。この様子なら3日後には船を出せる。『裏道』通って、天鳥島まで連れてってやってもいい。オレも知りたいのよ。オレのくにで何が起きてんのか、よ」
■おかえり■
男が目を覚まして、気分が落ち着いていることを確認してから、ひとまず天衣と零は彼を連れて草間興信所に戻った。興信所の中では、いつも呑気に構えているはずの草間武彦が、どこかそわそわと落ち着かない様子で、応接室の中を行ったり来たりしていた。
「ただいまですー」
「おっ、やっと帰ってきたか! ……あれ、シュラインは?」
「あ、ちょっと、<メロウ>さんを見に……」
ぽろっと言ってしまってから、天衣は後悔した。言った途端に、草間の顔色が変わったのだ。シュラインは草間に黙ってドックに向かったらしい。
「おいおい、怪獣見に行っただって?! ……何かあったんじゃないだろうな!」
「どうしましたですか?!」
「さっきから連絡取ろうとしてるのに、あいつ、電話に出ないんだよ!」
「ええっ!」
「くっそ、まあ、伝えたかったことってのは、そこにいるあんたの情報なんだけどな」
草間は苦々しい顔で、資料を男に突きつけた。天衣は背伸びをして、その資料に目をやる。紙には――あるひとりの男性の顔写真と、個人情報が印刷されていた。
その顔写真を見て、天衣は男の顔を、男は鏡を見て自分の顔を、あらためた。間違いなく、資料の顔写真は、この記憶喪失の男のもの。
八合坂薫。
エディ・B・ディッキンソンは、嘘をついていなかった。
都内の総合病院、八合坂医院の副院長。30歳。<メロウ>騒動直前から消息不明。病院では、小児科を担当していた。小さな患者からも患者の保護者からも慕われている、評判のいい医師だ。
――あ。だから、笑うのに、慣れてたですね。
天衣はなぜか、嬉しくなった。
「八合坂……医院……医者……そうか……私は、医者なのか……」
「私、なんにも手当てとかそういうことしなくて、よかったかもです。しろーとがお医者さんの面倒みるのって、なんか、へんですもんね」
「変じゃないさ」
彼は微笑して、かぶりを振った。
「きみが居てくれたから、私はたった独りで苦しまずにすんだよ。それに……医者として働いていたことは、思い出せないし……」
「だいじょうぶですか? 頭とか痛くならないです?」
「ああ、大丈夫。いまは私より、ドックに行った皆の方が気になる……」
は、と男が興信所の窓の下に目をやって、大声を上げた。
「天使くん、草間くん! あれを!」
「あの、八合坂さん、私、天衣です……って、わわっ! シュラインさん!」
「なに、シュライン?! 生きて帰ってきたか?」
どこかおぼつかない足取りで、青褪めて、草間興信所に入ってきたのは4人。
シュライン・エマ、光月羽澄、如月メイ、黒贄慶太。
天衣はありえない手際の良さでコーヒーを淹れ、4人に差し出した。4人はしばらく無言で、黙々とコーヒーを飲んだ。その様相には、八合坂薫と思しき記憶喪失の男まで、固唾を呑んだほどである。
「……ど、どうでしたか、<メロウ>さん。な、何か……ありましたですか?」
「「「「……」」」」
「お……おーい」
草間がシュラインの目の前で手を振る。
と、そこで突然、慶太が吼えた。
「……オイ、ドコだここァ?!」
突然の大声に、彼のとなりにいたメイが、小さく悲鳴を上げて跳ねた。しかし、慶太のその鶴の一声で、4人全員が我に返った。
「あ、あれ、いつの間に私たち、草間さんのところに……?!」
いつもは気丈で隙のない羽澄でさえ、慌てて周囲をあらため、そう声を上げた。
「……私たち……『アイアン・メイデン』に会いに行って……あれ? それから……あれ?」
メイは小さくなって、震える手で頬を撫でる。
「……あなたの気持ちがわかったわ。思い出せない……何だか、頭の中をかき回されてるみたい……」
シュラインが青い顔で記憶喪失の男を見上げた。
「『アイアン・メイデン』が消えて……それから……声が聞こえて……ええと……それから……あ、『胡弓堂』に連絡を入れるのは17時で……あ、あー、違うわ! そうじゃなくて!」
「寒い……あの子……寂しがってるのかしら……怖がってるのかしら?」
「があーッ!! マジで記憶喪失ってかァ!! やめろよ、マンガじゃあるめェし! ちくしょう、オレをコケにしやがったな、タダじゃおかねェ、ブッ飛ばす!! ……って誰をだよ、クッソー!!」
大混乱の現場を、天衣は男とともに一歩引いたところから見つめているしかなかった。4人が4人とも、何かのことと誰かのことを忘れている。何があって誰が何をしたのか。何もかもが隠されて、無かったことにされてしまった。
それが、ひどく恐ろしい。天衣がぎゅっと握った手を、男もぎゅっと握り返してきた。
草間興信所に、城ヶ崎由代からの情報がもたらされるのは、間もなくである。
<続>
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1282/光月・羽澄/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【2753/鈴木・天衣/女/15/高校生】
【2839/城ヶ崎・由代/男/42/魔術師】
【3018/如月・メイ/女/20/大学生・退魔師】
【4763/黒贄・慶太/男/23/トライバル描きの留年学生】
【NPC/エディ・B・ディッキンソン/男/38/科学者】
【NPC/八合坂・薫/男/30/医師】
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ライター通信
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モロクっちです。お待たせしました! 『創詞計画200X』東京編第2回をお届けします。今回も情報が多いです。伏線張るのが得意ではないのですが努力しました。とても努力しました……苦労しました。
NPCの記憶喪失の男は八合坂薫に確定となります。ただ、本人の記憶がもどったわけではありません。台詞にちょっと回復の兆しがみられるのですが、お気づきでしたでしょうか。
さて、シュライン・エマさま、光月・羽澄さま、如月・メイさま、黒贄・慶太さまには、軽い記憶障害が出ています。エディ・B・ディッキンソンを思い出すことが出来ません。しかしなぜか、八合坂薫よりはましな症状であるようです。たぶん、きっかけがあればすぐに思い出せるでしょう。きっと、お友達も手伝ってくれるはずですよ。
今回は行くことが出来ませんでしたが、足がかりを得ることが出来ましたので、次回は『アイアン・メイデン』が襲っていた島、天鳥島へ行くことが出来ます。
物語はまだ続きそうです。
またお会いできる日を楽しみにしております。
c;w@f!
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