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<東京怪談ノベル(シングル)>


blue blue rain


 珍しく妹から電話があった。

 電話に出た月見里豪(やまなし・ごう)はその事実に驚き、まずしたことと言えば明日の天気の確認だった。

「……」

 案の定、翌日の天気予報は雨。それも降水確率80%。
 用件は、先日実家へ帰った際に妹の鞄の中に母親がこっそり豪宛の物を入れていたのでそれを引き取りに来いと言うものだった。
 どうやら母は、ご丁寧に『豪に渡してね』というメモをつけていたらしい。
 妹は電話の向こうでそのことについて散々不平を並べていたが、哀しいかな原因は何せあの母だ。
 多分妹も母に言ってもどうにもならないのを判っていて半ば八つ当たり、捌け口として不平不満を豪にぶつけている事は自分でもきっと理解しているのだろう。
 とにかく思わず豪が天気予報を確認してしまうくらい、同じ東京と言う街に住んでいるにも関わらず妹の方から自分に連絡が入ることは稀だという事実があるからこその行動だ。

 だが豪はまだ知らなかった。
 妹から電話があったと言うことよりも、妹本人と久々に顔を合わせたときにもっと驚愕することがあるということを。


■■■■■


 いかにも水商売って感じの人に自分の部屋に出入されたらご近所で何言われるかわかったもんじゃないしから嫌だと言う妹の主張で一旦は豪が妹の所を訪ねていくという案はあっさりと却下された。
 郵便か何かで豪のマンションへ送りつけると言う妹に外で会おうと言うと、それはそれでそんななりをした男と会っている所を学校関係者に見られた日にはどうしてくれるのだと。
 そんなん兄ですて言えばええやんといった豪にきっぱりはっきりと妹は、
「絶っっっ対にイヤ!」
とはっきりきっぱり言い切った。
 そんな妹に母のメモにもあることだしと豪は強固に主張する。
 そして、結局は、
「俺のマンションの近くなら学校の友達や先生と鉢合わせる心配もないやろ」
と、妹の学校からは離れた豪のマンションの近くの喫茶店で待ち合わせることになった。
 豪の強引さに妹はあからさまに機嫌が悪く気乗りしない様子だったが、なんとかそこを説き伏せる。
 実際は直接送りつけられても豪としては全く構わなかったのだが、ここしばらく塞ぎこんでいる妹の状態を知っているだけに少しでも外へ向かわせるべきだと思ったから嫌がられるのは承知の上で敢えてごり押しをしたのだ。
 色とりどりの傘が流れるように行き交う窓の外を眺めながら妹の到着を待っていた豪は喫茶店のドアが開く音に顔を向けた。
 傘をたたんでいる後ろ姿はレジの置かれているカウンターのせいもあって豪の座っている位置からでは腰から上の後ろ姿しか見えない。
 短く刈り込まれた茶色い小作りな頭。そこから伸びる細い首筋、制服のブレザーを着ているにもかかわらず滑らかな肩。
 全体的に華奢な印象の後ろ姿を眺め、
―――最近の高校生はデカイ奴もよけいおるけど、あんなんも結構おるよな……
と、決して体格が良いとはいい難かった妹の彼氏をふと思い出した。
 妹とその恋人は今、とある事情で断絶状態になっていることは豪も知っている。
 偶然と不運が重なったとしか言いようのない原因ではあるが最近の妹の精神不安定な状態を考えると、兄としては妹の恋人を一発殴りたいと思わないと言えば嘘になるだろう。
 もしかすると、1発衝撃を与えればもとにもどるかもしれないではないかと。
 だが、なぜ実行しないかと言えば今のままの状態の相手を殴ったところで仕方がないから止めているだけの話だ。
 もしも、彼が全てを思い出した時には、いくら妹に嫌われようともそれを止めるつもりはなかった。
―――ま、俺はこれ以上嫌われようがないからなぁ。
 自分に対する妹の態度はまるで嫌な虫に触られたかのようなのだ。
 昨日の電話でも散々顔なんて見たくないと言い張っていたことを思い出して、口元に苦笑いを浮かべる。
 ふと顔を上げると、先ほどの華奢な少年が傘を畳み終えてひと言ふた言店員と言葉を交わしていた。
 どうやら席に案内しようとする店員に、待ち合わせだからと断っているようだ。そして、軽く店内を見回しふと豪のところで目を留めて真っ直ぐ歩いてくる。
 その顔を見て、豪の身体を雷に打たれたかのような衝撃が駆け巡った。
「なっ――ち、ち……」
 震える声。
「どないしたんや、その頭!?」
 華奢な少年だとばかり思っていたのは、豪の妹本人だった。


■■■■■


 外にはまだ雨が降り続けている。
 ソファに腰掛けた豪は電話の向こうの母親に問いかけていた。
「かーさん、なんやあの頭は」
 きっと先日里帰りした際に何かあったに違いないと、マンションに帰るなり実家に電話を掛けた豪は、電話に出た母に挨拶もそこそこにそう切り出した。
 どうせ本人に聞いても答えるはずがないので、敢えて何も聞かずに別れたのだが、それにしたってアレはないだろうと。
「そんなこと言ったってねぇ、お見合いの次の日にふらっと出て行ったかと思ったら帰ってきたときにはあの髪型だったんだものぉ」
 久しぶりに不肖の息子から電話が掛かってきたかと思えばそんなことかと母は少しがっかりしたような声で答える。
「ほー、見合いの次の日……って、ちょぉ、かーさん今なんや『見合い』て聞こえたんやけど」
「そうよ。この前こっちに来た時にお見合いをしたんだけどね……あ、もちろんお見合いしたのはかーさんじゃないわよ」
 素っ頓狂な母の言葉に、そんなことは判っとるわ、と言いかけて飲み込む。

―――見合い、見合いやて!?

 本当に我が親ながら突然何をやりだすか判ったもんじゃない。
 なんて余計な事をと思った豪の脳裏に先ほど会った時の妹の顔が浮かんだ。
 一時期より少しは生気が戻ってきたような表情をしていたことを思えば、もしかしたらそうした環境の変化がいい方向に働いたのかもしれない。
 それなら、見合いも髪を切ったこともいい事であったのだろうかと。
 色んな物に雁字搦めになっている妹がただ少しでも楽に呼吸が出来るようになるのならそれでいい。
 降り続く雨がいつかは弱まり止むように、妹に降り続けている雨を少しでも弱める事が出来る事なら。
 豪は携帯を耳に挟んだままソファから立ち上がって冷蔵庫へ行き缶ビールを取り出した。
「すごくいいお話だったのよ、そのお見合い。そんなことより、豪。妹の心配よりあなたの方はどうなの?」
「どうって?」
「あなたもそろそろ落ち着きなさいよ。最近またあのこと会ったりしてるんでしょう? ほら、昔付き合ってた。そのままより戻しちゃえばいいじゃないのぉ」
 予想外の言葉に、豪は口に含んだビールを吐き出した。更に吐き出さなかった分が気管に入りゲホゲホと噎せ返る。
「っ……余計な、お世話って、何でかーさんそんなこと知っとんねん!」
「フフフ、オバサンの情報網を甘く見ちゃダメよ。かーさん豪のこといーろいろしってるんだから。だからもう観念してあの子とよりを―――」
 すっかり気が動転した豪は話の途中でブツッ、と携帯の電源ごと電話を切った。

「い、いろいろってなんや……間者か? 間者でもおるっちゅうんかい、あの母親は!?」

 それからしばらく、外出する際には常に辺りを見回しながら歩くため明らかに挙動不審に見える豪の姿が見られたとか見られないとか。