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<東京怪談・PCゲームノベル>


【風鳴り −霧隠れ−】



 いつからだろう、そこに霧がまき始めたのは。
 いつからだろう、そこが通れなくなったのは。

 時として、日常の些細な出来事が大きな出来事を生むことがある。



::act...


 浅海紅珠は軽快に自転車を飛ばし少し遠くにある市立図書館へ宿題の調べ物をする為に向かっていた。
 目の前に広がるのは青い空に白い雲、梅雨の時期が明ければ今度は空を覆う大きな白い入道雲が目の前に広がるのだろう。夏の風物詩である風景を思い浮かべるだけで自然と心は躍る。
「それにしても、あっついなー」
 紅珠は首筋に流れる汗を拭った。雨が降れば少しでも気温が下がるのだろうが、今年の梅雨は雨雲がへそを曲げて空梅雨だ。各地で平年を大きく上回る最高気温を叩き出し、記録も何十年ぶりだのと歴史を更新している。良い更新とは思えないけれど。
 人魚である自分が人前で足を濡らしてしまえば大変な事になるが、最近完全防水のボディーパウダーを手に入れた為にその恐れは格段と落ちた。逆に今はこの暑さを和らげる為にも、恵みの雨が欲しいところである。
「あっと、こっちじゃない」
 図書館に続く近道を慌てて曲がる。この道は農道で以前は石ころや砂利に自転車のタイヤを良く取られたが、最近コンクリートに新しく舗装した為つまづく事無く快適だ。長い下り坂に差し掛かり一気に加速が増し、耳を、体を掠めていく風が気持ち良い。ペダルから足を外しついひゃっほうなどと声を上げたくなる。ふと、太陽の光が無くなり辺りが薄暗くなった。少し肌寒くなったと思ったらいつの間にか目の前には霧が広がっている。紅珠は驚き慌ててブレーキを掛けたけれどそのまま灰色の世界に突っ込んでいった。
 タイヤを止めようとする金属の擦れ合う音、男の短い悲鳴の後に紅珠の叫び、大きな衝撃音と自転車が横に倒れる音が響き渡った。
「いたたたた・・・・」
 投げ出された時に腰を強打したらしく、痛い。ゆっくりと体を起こすと自転車を挟んでぶつかった男と目が合った。
「あ、楸」
「あれ、紅珠さん」
 互いに間が抜けた発言をしてしまったが、萌黄色の着物を着た目の前の男――楸は『風音の社』と呼ばれる高台にある小さなお堂で仏像を彫り続けている彫刻師だ。いつも笑顔だが、案外腹黒いんじゃないかと思ってる。
 服に付いた砂を払い自転車を起こすとチェーンが外れてしまっている。仕方ない直そうとしゃがんだ所、すかさず楸が手を伸ばし俺が直しますよと笑顔でチェーンをいじり始めた。ラッキー、手を汚さずに済む。
「いきなり目の前にあんたが居てびっくりしたよ」
「はは、俺も突然自転車が現れて驚きました」
「つかさー、ここ何?」
 周りを見渡しても灰色の世界が広がるばかり。さっきまで普通に太陽の下に居たのに何でいきなり。
 前後左右歩き回ってみても霧の色は一定で世界が変わる事無く、霧以外の物も一切見えない。いつもだったらこれぐらい歩けば小さなため池が見えて、そこを通り抜ければ大通りに道が繋がっているのに。
「んー一応、この異常な霧発生の謎を解明しに来たばかりだから、何とも言えないんだけど。とりあえず、いつのまにか日中でも霧が晴れなくなったみたい。おかしいよね。あ、紅珠さん俺はまだ遭遇して無いけれど、変な妖怪みたいなものが現れるようなんで、気をつけて下さいね」
「妖怪?―――ぎゃっ」
 少し遠くなってしまった楸を振り返ると、何かぬるりとしたものが紅珠の足を掠めた。ぞわっと鳥肌が立ち、慌てて足元を見るが、ふくらはぎの辺りが濡れているだけで何もない。何かいる気配を感じ恐る恐る後ろを振り向くとそこには、蛸の手のように蠢く何本もの触手の生えた巨大なめくじが立っていた。ぞくりと全身に嫌悪感が走る。
「ひっ、で、出たー!」
 弾ける様に楸の元に駆け寄る。丁度、外れていたチェーンが直ったようでペダルをぐるぐる回し具合を確かめていた。
「ひ、楸、出た、妖怪出たー!」
 八本の触手を動かしながら巨大なめくじが近づいてくる。のんびりとした態度でああ、本当だと目で確認し楸は立ち上がった。
「俺、駄目だからな!俺、絶対戦わないからな!ああゆう気持ち悪いの俺、駄目なんだー!」
 生理的嫌悪というものだ。本能がぬるぬるとした気持ち悪いものを受け付けない。直った自転車に跨り一目散に逃げる事にする。
「どの方向でも構わないから、ひたすら真っ直ぐ走れば霧に入る前の坂道に戻れるよ。この霧の向こうの大通りには抜けられないからね」
 巨大なめくじが一歩、また一歩と近づいてくる。その度に鳥肌が立つ。うわ、何て気持ち悪いんだ!
 あまりの嫌悪感に頷く事しかできない紅珠は楸の後ろ方向に向かって自転車を発進させた。楸の真後ろなら、あの巨大なめくじが自分に向かって手を伸ばしても、必ず叩き落としてくれるはずだ。楸が腰に佩いていた刀を抜刀し、何かを斬り落とすような音と巨大なめくじの悲鳴が後ろから聞こえてきた。
 

 紅珠はひたすら灰色の世界を走った。坂道から霧に突入し楸にぶつかるまでの距離はそんなに無かったはずなのに、一向に霧を抜けられない。それでも、楸の言葉に従い真っ直ぐだけを自分の目の先だけを目指して自転車を走らせた。ふと、遠くに大きな影が映る。
「出口!?」
 更に漕ぐスピードを速めて近づいた影は、先ほどの巨大なめくじとその上に乗っかっていた楸だった。八本あった触手は全て斬り落とされ、近くで毛虫のように蠢いている。楸が巨大なめくじの脳天に向かって刀の切っ先を突き刺す。耳をつんざくような断末魔が響き渡り、巨大なめくじが前かがみに倒れた。楸は刀を抜くと懐から小さな仏像を取り出し、巨大なめくじの上に置く。みるみるうちに巨大なめくじは仏像に吸われていった。楸はこうして仏像に死霊や妖怪など封じ込めるのだ。
「あれ、紅珠さんどうしたんですか?」
 本体はとうに仏像の中というのに、まだ蠢く触手を楸は拾い集め仏像近くに持っていく。触手も仏像の中に吸い込まれていった。見てるだけで気持ち悪い。
「楸に言われたとおり真っ直ぐ走ったけど、この場所に戻ってきちゃったんだよ」
「え、どうして」
「俺が聞きたい!」
「うーん、何かが変化したのかな。逆に俺たち霧の中に閉じ込められちゃったかー」
 霧の中に閉じ込められたなど大変な事なのに、相変わらず楸はのほほんとした態度で話し巨大なめくじを封じ込めた仏像を懐へしまった。切羽詰りかけている状況だと言うのに、緊迫感の欠片もない楸に腹が立つ。
「あのなぁ!何でそんなにのんびりしてんだよ、俺達ここから出れないんだぞ!」
「ああ、ごめんごめん。大丈夫、出れるから」
 楸は『風』と書かれた符を三枚取り出し、正三角形を作るように地面に並べた。三角形の中心に巨大なめくじを封じたのとは違う小さな仏像を置く。紅珠に少し離れてと手で合図すると周りで竜巻が起こり、仏像の中へ全ての霧が吸い込まれていく。視界が開けると一番星が輝く群青色の世界だった。
「え、もう夜!?」
 夕陽はとっくに沈み東の空は暗い。何で、まだ4時前だったはずなのに。
「霧の中と時間の進みが違うみたいだね。お、原因がお出ましだ」
 二人は小さな池の前に立っており、楸が指を指すと池の中からこちらもまた巨大化した化け蛤が現れた。紅珠の肩ほどもある体長。
「でかっ!」
 蛤が合わせ口を大きく開く。食われる!?と身を構えた瞬間―――化け蛤は大声で泣き始めた。


『僕、海に帰りたいよー!』
 幼児が泣き喚くように、言葉を話す化け蛤は泣き続けた。
 今回の霧発生の原因は、近所の子供達が潮干狩りで取ってきた蛤を結局食べずにこの池に捨てた事が原因だった。その蛤の中に妖怪化している蛤の子供が混ざっていたのである。他の普通の蛤は淡水では生きられない為、池の中に落とされてまもなく死んでしまったが、妖怪化した蛤の子供は淡水でも平気だったのだ。
『僕、怖くて、怖くて、霧を起こせば皆近寄らなくなるかなって思って、もし霧の中に入って来ても蜃気楼でお化けを見せれば皆、怖がって二度と入ってこないかなって思って!』
 時々しゃっくりを上げながら化け蛤は訳を話す。蛤は蜃気楼を見せると聞いた事がある。しかし、あの巨大なめくじは楸が斬る事ができたという事は実体がある訳で、どうやら霧に引き寄せられた妖怪らしい。海に帰りたいと喚く化け蛤を楸が連れて行くことになった。
「あ、今何時か分かる?」
 持ち運びやすいようにと化け蛤を霧を集めた仏像の中に封じ込めると、袖から懐中時計を取り出し時間を見た。
「七時半になるよ」
「あーとっくに図書館閉館してんじゃん!宿題がー・・・!」
 あーもー仕方ない、もう家に帰るしか無い。何て人迷惑な蛤だ!
 じゃあなと楸に手を振り家に向かって自転車を出発させた。やけに疲労だけが残っている。当然だ。霧に巻き込まれ、出口を探し回って、晴れたと思ったらとっくに陽は沈んでいて。宿題の調べ物も出来なかった。
 とんだ災難に巻き込まれてしまったとため息をつかずにはいられなかった―――。



::end...










:::登場人物PC&NPC


【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【4958|浅海・紅珠|女性|12歳|小学生/海の魔女見習】
【NPC|楸|男性|?|彫刻師】




:::ライター通信


 浅海紅珠さま、初めまして。ライターの渡瀬和章と申します。
 このたびは初のご依頼ありがとうございます。
 納品、大変遅くなってしまい誠に申し訳ありませんでした(土下座)

 如何だったでしょうか。少しコミカル風にさせていただきました。
 NPCとの関係親しげな感じとのことご希望でしたが、馴れ馴れしくなってしまったでしょうか(汗)
 紅珠さまならNPCの実は腹黒い部分を感じ取っていらっしゃるかな、などと勝手に書かせて頂いてしまいました。
 「シュムナ」うしおととらですね。懐かしいです(笑)

 それでは心からのご依頼感謝と、納品遅れの謝罪を込めて。
 本当にありがとうございました。

 
 渡瀬和章 拝