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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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きざし
「また来てるね」
カウンターで頬杖をつきながら、碧摩蓮はショーウィンドゥの向こうを睨んだ。部活帰りらしい、大きなカバンを肩にかけた学生服姿の少年が、ガラスに張りついている。
たまにこういう客、客と呼んでいいのだろうか、店の前をうろつく輩は現れる。アンティークショップ・レンに集まる人間たちに、目覚めかけた第六感が引き寄せられているのだ。
けれど能力はまだ、完全に機能を始めているわけではなかった。今、少年の力は目を覚まそうかそれとも再び眠ろうか、迷っている状態だ。
蓮にとっては、彼がどうなろうと関わりのない話である。しかし店の前に張りつかれるのは迷惑だ。
「誰か、あの坊やを追っ払ってくれないかい?」
能力を見せつけて、充分に脅してやるんだよと連はつけ加える。
自分が初めて能力を自覚したのはいつだっただろう。五人はそれぞれ、過去を振り返った。生まれた頃から親しんでいたような気もするし、成長するにつれ片鱗が表れだした気もする。なんにせよ自身が日常と奇異の狭間で平穏に暮らしていられるのも、能力を自分自身が受け容れ、そして回りの人間が認めてくれたからだった。
「ここであの子を脅したら、あの子は自分で自分が受け容れられなくなってしまうわ」
失語症を経験したことのあるシュライン・エマは蓮に反対した。自分を受け容れることができず、他人にも打ち明けられないという恐怖がどれだけ辛いか、痛いほどわかるので言っているのだ。
「能力によっては、一般の人が簡単に理解できないこともあるのよ」
「そうだな」
普段は快活な羽角悠宇が、珍しく深刻な表情で同意する。悠宇の場合、自分の能力は兄が認めてくれたので屈折することがなかった。それでも、兄は言ったのだ。
「あんまり他の人に見せたりするんじゃないぞ」
思えば兄も、シュラインと同じことが言いたかったのだろう。心無い人は異形の能力を持つ人間に厳しくあたる。人間扱いしないことも、当然と考えているふしがある。
「脅す必要は、ないんじゃないか?」
もう一度考え直すことはできないかと、二人は蓮を窺う。だが蓮はなにも聞こえないという風に愛用の煙管を吹かしていた。
「蓮さん」
「悠宇くん」
声を荒げようとした悠宇を、春日日和が柔らかに引き止める。
「蓮さんは意地悪で言ってるんじゃないわ。きっと、あの子が自分の能力に責任を持てる子なのかどうか、試してみたいと思ってるのよ」
人間とは不自由なものですね、と棚の上の四宮灯火が言った。投下は赤い着物を着た日本人形で、普段は淡々と人間を観察している。
人間は能力を持たない人間が普通と思っているのが大多数だから、能力を持っていると辛くなる。灯火はあるがままの自分が存在するだけなので、抵抗もない。
「なぜ、特別な力を人間は疎むのでしょう・・・」
「誰かが教えられない能力だからですよ」
奥のテーブルから答えたのはセレスティ・カーニンガム。アンティークの万年筆を選ぶように試し書きをしながらも、彼らの話はしっかりと聞いていた。
「人は教えたがる生き物です。けれど私たちの持つ能力は個々に変わっていて、使い道は能力者であっても、なかなか説明できるものではありません。まして一般の人には手に負いかねるもので、抱えきれないのなら弾いてしまおうと考えるのが自然ですよ」
「言葉で言えないのなら行動で説明すればよいのに・・・」
「だから蓮さんは脅かすように言ったんですよ」
北国には赤ん坊の手を取って、わざと赤く燃えたストーブに押しつける慣習があったらしい。最初に火傷をさせることで、危険なものとの付き合いかたを体で覚えさせるのだ。
痛い目を見て、それでも能力を恐がらないのなら・・・・・・。
アンティークショップ・レンの扉がゆっくりと開いた。ショーウィンドゥのそばに立っていた少年はびくりと顔を上げる。今まで、何度となくこの店の前に立ち止まってはいたものの扉が開いたのを見るのは初めてだった。
「こんにちは」
「あ・・・・・・こ、こんにちは」
扉を開けたのはセレスティ。美しい銀髪に青い目を持つ、外国人らしき風貌の男性から突然話しかけられれば少年でなくとも焦るだろう。喉につっかえるような挨拶を笑顔でかわすと、中へ入りませんかと少年をいざなった。
セレスティに伴われ、少年はゆっくりと店内へ足を踏み入れる。中にいたシュライン、悠宇、日和、そして蓮へ順番に視線を巡らせ、背後に並ぶ商品を眺め回した。
「・・・・・・」
なかなか少年の口からは感想が漏れなかった。元々アンティークは詳しくないのだろう、なんと言っていいのかわからないのだ。だが人形の棚を目で追ううちに、西洋の陶器人形が並んでいる隣に一つだけおかっぱ頭の日本人形が置かれているのに興味を持った。愛着を覚えたらしく手に取って抱き上げる。
「これ、ばあちゃんちにあったのに似てるなあ・・・・・・」
「おばあさまの・・・?」
何気ない少年の言葉に反応した灯火は、動かぬものを装っていたのについ話しかけてしまう。灯火が探しているのも女性だったので、偶然に符合したのである。
「・・・・・・え?今、この人形が・・・・・・」
喋ったのは気のせいだよな、と少年は独り言を呟く。
「気のせいじゃないわ」
しかし別の方向から、そこには誰も居ないのに、返事が響いてきた。シュラインが、実際とは違うところから声が聞こえるよう声音を操作して話しかけたのである。
「どうかした?」
実際に少年へ話しかけるときはいつもの声。狐につままれたような顔で、少年は耳を叩く。少しずつ能力に満たされた世界へ誘い込まれていることに気づいていなかった。
「あなた、なにか聞こえるの?」
とぼけた振りが、シュラインはうまい。仮面のように偽物の感情を貼りつけて会話することができる。この擬態は、声を装うのが上手くなるにつれ後から覚えたものだった。お前の顔は残酷だ、と言われたこともあった。
「いえ、別に・・・・・・」
純真な少年は、シュラインの欺きに気づかない。それはある意味、シュラインを傷つける。嘘をつくことは見抜いてほしい、と願っていることでもあるのだから。
「そうやって本当の感情を押し殺しているなんて、自分に残酷だぜ」
あの人は見抜いた。だから、シュラインはこう答えてやった。
「あなたこそ、自分を隠すためにサングラスをかけているんじゃないの?」
微笑みながらサングラスを奪い取ると、彼はくわえ煙草のままニヒルに笑って見せた。あのときのように、彼を覆っているものが奪い取れればいいのに。
カウンターに設置されている小さな流しの、銀色の蛇口からひねり出した冷たい水で手を濡らすと、セレスティは少年のほうを向いて訊ねた。日和は透明なアンティークグラスに水を注いでいた。
「君、氷の彫刻というものは見たことありますか?」
それは雪の降るような世界でしか形を保てない儚い芸術。少年は、どちらともとれないような曖昧な頷きかたをした。どうやらようやく、迂闊に足を踏み入れてはならないぞと警戒を始めたらしい。
「俺・・・・・・」
帰る、と後退りしかけた少年のすぐ後ろにシュラインは回った。
「今逃げても変わらないわ。あなたは、選ばなければならない」
「選ぶって、なにを」
「力を」
強く響く悠宇の言葉に少年がはっと振り向くと、その隣にはグラスを持った日和が立っていた。
「これが力です」
そう言うと日和は、中の水を静かに傾けた。水は小さな滝のようにこぼれるはずなのに、無重力のように大小いくつかの水の玉が零れ落ちた。さらに水玉は床へ落ちるまでに大気中の水分を取り込み、膨らみ、弾ける寸前確かに一輪の花の形を描いた。それはまさに氷、いや水の彫刻。
花が水玉に戻り、さらに重力をとりもどして床を濡らしても、少年は口をぽかんと開けたままじっと見つめていた。無色のはずの水が、日和の能力によってほんのり赤い色を留めていることが、今起こった出来事を錯覚に感じさせない。
「あなたにもこのような力があるのです。使い道を間違えれば本当に恐ろしい、けれど素晴らしい能力です」
日和が零した水を今度はセレスティが操り、赤かった水は青色に変わると大きく膨らみ、少年自身の姿に変わった。透き通った瞳をした少年の幻は、現実の少年に語りかける。シュラインの声で。
「あなたはこの力を手に入れる?それとも、見ないふりしてこの店を逃げ出す?」
今逃げ出せばきっと、二度と少年は店までたどり着けないだろう。それもまた、アンティークショップ・レンの持つ力。桃源郷のように、チャンスは一度しか訪れない。
少年はあらゆる方向へ視線を走らせながらも、唇をぎゅっと結んでいた。それは逃げ場所を探しているようにも見えたし、他の人がどんな力を持っているのかと探っているような顔つきでもあった。
せっかくなので自分の力を見せてやろう、と悠宇が黒い石でできている自分の翼を広げようとした。が、そのとき。
「・・・いけません」
棚の上の灯火が彼女にしては叫ぶような、かすかな声を上げた。
少年の姿を保っていた、青い色の水が突然赤い色に変わった。が、赤い色で留まることがなく再び青に戻ったり赤く染まったり、なにかの化学変化を起こすかのように揺らいだ。同時に、水の形もぐにゃぐにゃと歪んでいく。
「どうしたんだ?」
「わからない、私、なにもしてない」
水を制御しようとして日和は手を伸ばしたのだが、猛るような水に弾かれる。別の方向から、日和と同じように水を制しようとしていたセレスティが答える。
「私と日和さんの能力が水の中で混ざり、新たな力に変わってしまったのでしょう。さっきから落ち着かせようとしているのですが、どうも、勝手が違っていて」
能力を最大限に発揮すれば、御することなど容易いのだが暴れる水は油断すると店の中のあちこちにぶつかり、棚の商品をなぎ倒そうとする。それを防ぐほうに意識が回り、なかなか集中できなかった。
「店の外へ出たほうがよさそうね」
店の扉を開くと、シュラインはまず少年の襟首をつかみ外へ放り出す。能力を持たない人間から守るべきだった。
ところが、赤と青が混ざり合い今では紫色に変わってしまった水が、少年を追いかけて外へ飛び出した。慌てて扉を閉めようとしたのだが、水は早い上に姿を自由に変えられるので、ほんのわずかな隙間からするりと外へ溢れ出してしまう。
「俺に任せろ!」
続いて外に飛び出した悠宇は黒い翼を開き、少年を抱きかかえると空へ飛び上がった。上空高くへ逃げようとしたのだ。だが水はさっき日和がやったように空気中の水分を取り込んで巨大化しながら、紫色の体を伸ばし諦めようとしない。
「蓮さん、あの水を落ち着かせる方法はないんですか?」
「商談なら請けるよ」
煙管を吹かしていた蓮は小さな袋を取り出すと、日和に手渡した。
「この中身を、あの水へ放ってやりな」
「投げればいいんですね」
日和は袋の口を緩めると、そのまま一気に水へ向かって投げつけた。袋からはざらりと細かい粒が飛び出した、かと思うと紫色の水に触れるなり一気に全てを吸い込んでいく。手の平に乗るような量だったのに、プール一杯はあろうかという水を飲み込んでしまった。
「二人とも、大丈夫?」
不思議な力によって水が消えたのを確かめて、シュラインが灯火を抱いて店から出てくる。意志を持っているとはいえ灯火は人形なので、濡らすわけにはいかなかった。
「もう降りてきていいわよ」
「わかった」
答えた悠宇は少年を抱えたまま、ゆっくりと下降を始めた。だが、久しぶりに翼を出したせいか加減を間違え、いきなり翼を畳んでしまう。
「あ」
声を上げたのは誰だったのだろう。確かめる間もないほど一気に、加速をつけて二人が落下する。悠宇は少年を離さないよう腕に力を込め、なんとかもう一度翼を開こうとするのだが思うようにいかない。
そのまま二人が地面に激突するかと思われた間際、灯火の目が青く輝いた。同時に、少年の体の中から白い光のようなものが飛び出し、悠宇と少年自身を包み込む。白い光に包まれたまま二人はアスファルトに激突したが、まるでゴムまりのように大きく二度三度と弾んだかと思うと二人をゆっくりと地上に下ろし、溶けるように消えてしまった。
「今の力がひょっとして、彼の能力なのですか」
「ええ・・・」
言葉少なに灯火は頷く。灯火は自分の持っている能力で少年の中に眠る力を感じ取り、具現化してみせたのである。
アスファルトの上で尻餅をついていた悠宇は手足をぐるぐると回し、どこも怪我してなさそうだと確かめると立ち上がる。それから隣でまだ腰を抜かしている少年に
「おい、立てるか?」
手を差し出したのだが、少年は立て続けに振り回されたせいか反応は鈍く、視線は虚ろな方向を向いていた。
「なにか言ってるわ」
耳の鋭いシュラインが、少年の声を聞きとめる。
「なんですか?」
「なんだよこれって・・・・・・文句ね」
「よほど恐ろしかったのですね」
「いえ・・・」
灯火は静かに少年を見つめていた。少年は怒っているのではなく、ただ純粋に驚いているだけなのだとわかっていた。証拠に、彼の頬は引きつりながらも微笑んでいた。
「日和と同じ反応だな」
と、悠宇は思った。日和に初めて翼を見せたときも、呆然と驚いてはいたが顔は笑っていた。これなら大丈夫だ、と誰の心にも同じ感想が浮かんだ。
その後、アンティークショップ・レンには新しい常連が増えたという。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1883/ セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
3041/ 四宮灯火/女性/1歳/人形
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
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■ ライター通信 ■
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明神公平と申します。
今回は、規定よりもやや長い文章になってしまいました。
普段書かないアクションを入れると、勝手が変わるのかもしれません。
ノベルの内容が能力に関するもの、ということで最初シュラインさまの
過去に深く触れる文章になりかけていたのですが、勝手に設定
するわけにもいかないと思い失語症の過去という部分にのみ
関わらせていただきました。
そういえば久しぶりに、草間氏との場面が書けて楽しかったです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
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