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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

 間近で大砲が火を噴いた。凄まじい砲撃音に鼓膜を殴りつけられ、崎咲里美は思わず甲板に倒れこむ。
「そのまま転がってろ!」
短銃を腰にさした水夫から怒鳴られる。そっちのほうが安全だから、である。里美の乗っている船は目下交戦中、頭上をスイカほどもある鉄の砲弾が飛び交い、鉤のついたロープが方々の船から投げられ、互いの船縁にがっちりと噛みついている。ぴんと張ったロープを伝って身軽な男たちが敵の船に乗り移っていた。
 里美を怒鳴りつけた男も、今まさに船から船へと渡るつもりでロープを握ったところである。だが、その日に焼けた肩口からどす黒い血が肘まで伝っているのを里美は見逃さなかった。思わず男の片足に飛びついて、行動を阻んでしまう。
「なにするんだ!」
「動かないで」
抵抗しようとした男を制すると、里美は傷口に手の平をかざした。指先から淡い光が生じ、その光がゆっくりとしたスピードではあったが血のあふれ出る傷口を塞いでいく。
「・・・・・・」
魔女は火あぶりにされる時代である。里美の治癒能力は本来なら異端で、裁判にかけられても文句は言えないはずだった。が、男はそのとき自分が助けられていると意識しているせいか、この奇跡を恐ろしいとは少しも考えなかった。
「俺よりも、あんたのほうが危ないんじゃないか」
それどころか、不器用ながらも里美を気遣ってみせる。里美が纏っているのは踊り子が着るような、薄い布をただ巻きつけるだけの簡単な衣装。刀を防ぐ革の上着も着ていなければ、弾を弾く鉄板もない。だが、里美は金の首飾りを揺らすように小首を傾げながら笑った。
「平気ですよ。私、運だけは自慢できるんです」
普通の人には見えないのだが、里美の体には身を守る結界が張られている。これはあからさまに攻撃をはじくような強固なものではなく、磁石の同極をつきあわせるように自然と危険のほうが回避していくような力を持っていた。この結界を突き破って飛んでくる砲弾は、まずないといっていい。
 里美の持っているような結界を、知らず知らずに張っている人間は他にもいる。自分ではそれと気づいていないけれど、九死に一生を得るようなタイプは大体この能力者だ。彼らはなんとなくではあるが自分が死なないことを意識しているから、こうした船と船の奪い合いで大砲を打ち合っているようなときでも、平然と構えていられる。
「おい、里・・・・・・美」
その一人が、あくび交じりの声で里美の名を呼んだ。

 眠くて眠くて仕方ない、という風に目をこすっているのは、里美の乗っている船の船長である。普段、平和なときこの時間は昼寝をするのが日課なのだ。それを突然敵船から襲われたものだから、不機嫌を表情に浮かべている。
「この戦い、どうなる」
今このまま戦いつづければどちらの船が勝つことになる、と船長は里美に尋ねた。里美の肩書きは治療師を兼ねた予言者。ただし予言をあまりに使いすぎるとまた魔女がどうとかうるさいので、滅多に使うことはなかった。
 ただし船長だけは里美の能力を恐れず、他の船員たちと同じように扱ってくれた。それが気に入っているので、里美はこの船と行動を共にしている。
「ちょっと、見てくれ」
「わかりました」
船長の許しが出たときにだけ、里美は能力を使うことにしている。未来のわかっている航海など面白味がないと言って、普段の船長はあまり頼んでこないのだが今日は別だった。
「今のままで勝つのなら、俺は寝る」
なんと自分勝手な船長だろう。里美は心の中で苦笑しながらも未来の姿を頭の中に映し出す。これは一種の幽体離脱みたいなもので、未来の光景を自分が高い場所から見下ろしているように頭に浮かんでくるのだ。一時間後、この船は・・・・・・。
「ああ、負けてしまうみたいです」
船長が船室に下りていってしまったから水夫たちの士気が落ちて、結局船は沈められてしまうという未来が見えた。
「真面目にやらなきゃ駄目ですよ」
「仕方ねえなあ」
負けるとわかったからには本気を出さなければならないだろう、と船長はぼさぼさの黒髪をかきむしると、大きく息を吸い込み、そして怒鳴った。
「野郎ども!もっと気合入れやがれ!」
「へい!」
鶴の一声。船長の声一つでどちらかといえば防戦気味だった水夫たちが突然攻撃へと転じた。脅しのつもりで放っていた砲弾は容赦なく相手の船の横腹に穴を開け、船を渡った水夫たちは捕まえた敵を次々に海へと叩き落していった。
「どうだ、これで勝つか」
まだ負けるのなら俺が直接乗り込むしかないな、という顔で船長が里美に視線を向けた。船長は限りなく面倒くさがりだが、やるときはやる男である。
「五分五分ですね」
本当は断然勝っているのだが、里美は嘘をついた。たまには船のために活躍する船長が見てみたかったからだ。

 最初に里美が見た未来とは正反対の一時間後、船の甲板には捕虜になった敵が十数名縄にくくられた姿でうなだれていた。その隣には船を沈める前に奪い取った戦利品、主に食料と水だが少しばかりの宝石もあった、勝ちを収めた水夫たちはどちらを先に始末するべきかと騒いでいた。
「次の港まで充分すぎるくらいの食料が手に入ったんだ、まずは飯にしようぜ」
「それより、捕虜をどうするかのほうが先だろ。食料があるって言っても、こいつらの腹まで計算しなきゃならないんだ」
「第一、捕虜の数が多すぎるんだよ。何人か海に捨てていこうぜ」
「いや非常食で連れて行くべきだ」
捕まった連中にしてみれば背筋の凍るような話が平然と飛び交っている。まだあどけなさの残る、少年水夫など目に涙を浮かべていた。里美は心配しなくてもいいと安心させるために、少年に話しかける。
「大丈夫よ。口ではあんなこと言ってるけど、うちの船長がいるかぎりみんな無事に港まで連れていくわ」
船が沈んだからには、彼らは行くあてをなくし路頭に迷った失業者みたいなものである。沈めた側には彼らを次に働ける場所、港まで届ける義務があった。
「それよりあなたたち、怪我はしていない?あれだけ激しく戦ったんだから、全員無傷ってことはないと思うけど」
里美の質問に対し、数人の男が頭を上げた。彼らのうち一人は顔の右半分をざっくりと刀で切りつけられ、目がふさがっていた。一人は船が大きく揺れた拍子にマストに脇腹をぶつけ、アバラを骨折していた。意志を表さなかった残りの中にもかすり傷を負っているのがちらほらいたので、口論は人に任せ里美は彼らに治療を施した。
「・・・・・・おい、なにしてんだ」
だがそのうち、味方の一人が里美に気づいたらしく眉を吊り上げた。
「捕虜を助ける必要なんてないだろう。こいつらは、俺たちが船に乗せてやるだけでもありがたいって思わなきゃならないんだ。そんな奴らを助けるなんて力の無駄だろう」
「でも、怪我してるなら助けないと」
「里美は甘いんだよ」
味方からは肩をすくめられたが、里美は治療をやめようとはしない。一度決めた自分の考えは決して曲げない、頑固な一面を持っているのだ。
「船長、どうします?」
呆れた一人が、船長に伺いをたてる。里美が慕っている船長から言ってもらえば、さすがにやめるだろうと考えたのだ。だが船長は大あくびをしてから
「いいんじゃねえの」
と、なんでもないように言った。
「じゃ、俺は寝る」
そして日課の昼寝を取り戻すつもりなのか、よろよろした足取りで船室へと下りていった。航海は嵐ともなれば三日四日眠れない日が続くこともあるので、船長は眠れるときには思い切り寝溜めをすると決めていた。
 千鳥足の後ろ姿を見送りながら、里美は思わず微笑んでしまった。きっとこの船長がいるかぎりなにがあっても、この船は変わらないのだろう。たとえば里美が船を下りるようなことになっても、船長は相変わらずのんきに昼寝をするのだろう。
「いつかまた、一緒に航海しましょうね」
モニターとしてのタイムリミットに気づいていた里美は、小さな声で呟いた。
 こうして、里美の物語は終わった。

■体験レポート 崎咲里美
 海賊っていうのが面白かったです。実際体験してみるとドキドキハラハラで、現代では味わえない面白さがあったと思いますよ。
 あ、もしも冊子が発売されるときは紹介記事、私に書かせてくださいね。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2836/ 崎咲里美/女性/19歳/敏腕新聞記者

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
里美さまの能力(治癒能力・予知能力)を最大限に生かせる
場面はどこかと考えたら戦闘中だったので、いきなり
戦う場面から始めさせていただきました。
眠たがりでやる気ないけど頼れる船長、というのは
なんか自分的にも理想な上司です。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。