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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


巻き戻し

 もしも過去へ戻れる階段があるなら、どこまで降りていくだろう。
 私立神聖都学園にはその「もしも」があった。中学校校舎の裏側にある二階建ての用具倉庫、外壁に取りつけられている金属製の回り階段を下りていくと、戻りたいと願った時間へさかのぼれるらしい。

 潮が引くように、足音が遠ざかっていく。御門緋那は気配に目を見開いた。父が眠りの呪をかけたはずなのだが、今の緋那にとって解くことは容易い。外見は両親を失ったとき、中学生の姿のままだったが中身は修行を積み成長した魂なのだ。緋那は布団から身を起こすと寝巻きの上に一枚羽織り、枕元に置いた陰陽師にとって必要な道具を収めた袋を握りしめて両親の後を追った。そう、二人がいなくなったのは痛いほどに冷たい雪の降る夜だった。
 玄関を開けると、雪の上にかすかな足跡が残っていた。大きな足跡の上に小さな足跡が重なっている、父の踏んだ後を母がついていったのだ。緋那も同じように、二人の足跡を踏みしめていく。
 厳密に言えば今夜は両親の死んだ日、ではない。二人が自分の前から消えた日だ。深い眠りから目覚めた朝、突然緋那は一人ぼっちになっていた。そして何日かが過ぎた後、父の式神だった白い鳥が緋那の元に現れ、一通の手紙を残して消えた。
「緋那、お前にはこれから辛い思いをさせるかもしれない。しかし私たちにはこうするより道がなかったのだ」
父と母は敵対する家の人間同士、二人の愛は両家の人間によって阻まれた。互いの家からは刺客という名の追っ手を差し向けられ、彼らに残された道は緋那を守るために自ら命を絶つことだけだった。衝撃的な事実を父自身の筆によって知らされた緋那、その頬には留まることを知らない涙が溢れた。
 父の言うとおり、その後の緋那の運命は辛酸を極めた。しかしそれは緋那が自ら望んだ、臥薪嘗胆の道であった。陰陽師という、父と母を殺した道を踏むことにためらいはあったが、いつかこの力が自分の役に立つということを信じ、修行を積んだ。
 今こそ全てがむくわれるときだった。今の自分なら追っ手から二人を守ることができる。この日を変えることができれば、家族三人で平和に暮らす新しい未来が訪れるはずだと緋那は信じた。

 懐かしい二人に追いついたのは、大分走った後だった。当時住んでいた家から歩いて三十分ほどのところに深い森があり、その入口でようやく捕まえたのである。
「父上、母上!」
雪の音にかき消されそうになりながら、緋那は両親を呼んだ。先に振り返ったのは父のほう、自分のかけた呪が破られたことに驚いたようだった。対して母は一瞬、大きくため息をついたかと思うと雪を蹴散らすようにして緋那に駆けより、強くその体を抱きしめてくれた。甘い白檀の香りに、緋那は目を閉じる。
「緋那」
「どうしてここへ」
母に遅れた父は緋那の肩に手を乗せようとした。が、緋那の体から感じる波動に常ならぬものを感じたのだろう弾かれたように手を離し、表情を険しくした。
「・・・・・・お前・・・・・・なにがあったのだ?」
どうやら父には、時を越えた緋那がわかるらしかった。いや、実際は母も意識すれば緋那の変化に気づいたはずだろうが、母は追い詰められた心境にあって愛しい娘に出会えた喜びから、我を忘れていた。
「父上、私に任せてください。必ずや追っ手からお二人を守ってみせましょう」
今の私にはその力がありますと、緋那は語気を強めた。中学生だった時分にはどちらかといえば引っ込み思案だった緋那であったが、その後の修行と生活によって精神も随分と鍛えられた。自分の力を客観的に評価することもできるようになったから、冷静に今の自分を超える力の存在はないのだと断言できた。
 そのときの父にはもう、緋那が何者であるか看破できていただろう。緋那がなんのために時を越えて二人の前に現れたのか、つまり自分たちがこれからどうなる運命なのかを、静かに悟っていた。父は母にそっと眼差しを送り、それから緋那の肩に手を置く。
「・・・・・・緋那。お前にはこれから辛い思いをさせるかもしれない。しかし私たちにはこうするより道がなかったのだ」
「父上?」
なんてことを言うのだろう。それは、あのとき式神によってもたらされた手紙と全く同じ言葉ではないか。父がなにを言っているのか理解できず、緋那は肩を震わせた。
「生きてください、父上、母上。それが私の願いなのです」
母にすがりつき、緋那は必死に請う。が、母も優しくではあったが首を横に振る。
「なぜなのですか?なぜ、なぜ・・・・・・」
二人の未来が言葉に出せず、緋那は口ごもった。

「緋那、教えよう。なぜお前が私たちを助けられないかを」
今にも泣き出しそうな緋那を諭すように、父は森の入口すぐそばに埋まっている、自動車ほどもある大きな岩のほうを指さした。
「向こうから追っ手が来るとしよう。ならばお前はどう対峙する?」
「それならば、結界を張ります。敵が決して侵入できないよう、強い結界を張って父上と母上を守ります」
「やってみなさい」
はい、と頷くと緋那は持っていた袋の中から細く編まれた勧請縄を取り出した。これは神社などにある注連縄の一種で、別に勧請縄を使わなくても結界は張れるのだが、使ったほうがより破られにくくなるのである。
 勧請縄を空中に放り投げると緋那は印を結び、呪を唱える。まだコンタクトをつけていない瞳が赤く染まり、勧請縄からは淡い光が降り注ぎ緋那と父と母、三人を丸く包み込んでいく。この結界ならば自分が呪をやめない限り、決して破られはしないという自信があった。
 ところが、結界に守られているはずの父と母の様子がおかしい。最初は黙って緋那を見つめていたのだが、そのうちになにかを堪えるような表情に変わり、やがて胸を抑えて苦しみ始めたのである。
「父上、母上?」
驚いた緋那は呪を止めて膝を折る二人の顔を覗き込んだ。結界が解けてしまうと、二人の顔色はゆっくりと正常に戻り額には汗が浮かんではいたものの呼吸も落ちついた。
「・・・・・・わかっただろう、緋那。お前には私たちを助けられない」
「どういうことですか?」
自分の結界のせいで二人が苦しんだということは理解できたのだが、なぜなのかが緋那にはわからなかった。教えてくれたのは、母だった。
「あなたは二つの家の血が交じり合って生まれた子供です。これまで途方もなく憎みあってきた者同士の血があなたの中には混在しています、だからあなたが私たちに術をかけようとしても、半分の血が私を憎みもう半分の血が父上様を憎み、毒に変わるのです」
「・・・・・・そんな・・・・・・!」
「あなた自身を責めてはなりませんよ、緋那。これは運命なのです。抗うことのできない、どうしようもない」
寒さのせいではなく、緋那は足元が震え視界が揺らいだ。これは感覚のせいではない。時の流れが自分に関与しはじめているのだ。巻き戻った時間が再び元に戻ろうと、緋那の足元を削り取っているのだ。
「父上、母上」
逆らうように、緋那は両親にすがりつく。だが、強く抱きしめられたと思った瞬間、白檀の香りを残し二人の姿は消えてしまった。

 緋那が気づいたのは神聖都学園の門の前だった。どうやら、用具倉庫の下へ戻ってきたのはいいものの意識は呆然としたままで、ふらふらと歩きつづけ門のところでようやく我を取り戻したらしい。無意識に頬を撫でると、涙が伝っていた。
「・・・・・・なんのために、私は」
運命を変えられると思い時間をさかのぼったのに、なにも変えられなかった。わかったのはただ、己の無力さだけであった。いや、それ以上に自分の力が両親にとって毒であったことが新たにわかり、打ちのめされるばかりである。
 これまで、敵対する家同士の争いに挟まれ、命を落とした両親が憐れでならなかった。そうした運命を選ばせた血に憤りを感じていた。なのに、他ならぬ自分自身に最も強い呪いがかけられていたとは。
「私が生きている意味なんて、もう・・・・・・」
その先を呟こうとしたとき、白檀の香りとともに優しい響きが耳をくすぐった。
「生きるのですよ、緋那」
「今の声は・・・・・・?」
緋那は声に誘われるように、空を見上げた。涙で滲んだその向こうに、父と母がいるような気がした。
「ああ、父上。母上」
柔らかな匂いによって、緋那は気づかされた。自分が今ここに生きているのは父と母が愛し合ったという意味の上に成り立っているのだということを。
 ならば、生きていかなければならない。自分までもがあの心無い追っ手たちのように、父と母の運命を否定してはならないと思った。
 そして涙を拭うと、緋那は歩きだした。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2840/ 御門緋那/女性/21歳/大学生兼陰陽師

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回、プレイング内で緋那さま自身が随分迷われていた
感がありましたので、考えた末に助けられなかったという
選択をしました。
未来を変えることはできるかもしれないけれど、死んだ人は
もう生き返らないと考えていますので。
書いていて、この後緋那さまはどんなふうに修行を積んだのか
(自力なのか、かくまってくれた親類がいたのかなど)
ちょっと気になってしまいました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。