コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


ワンダフル・ライフ〜月明かりの浪漫




 それは確か、夕焼けが辺りを赤く染め、昼間の蒸した空気が少し落ち着いた頃だったか。
シャツと肌の間に通る涼しい風に心地よさを感じながら、私は鼻歌交じりにのんびりと歩いていた。
右手には、近所のスーパーのビニール袋が、その重さを伝えている。
だが大して重いわけでもない。
今夜の晩飯に足りない材料を、と主人に頼まれただけの品物だったから。
 その日もいつも通りの帰り道の筈だった。
整った住宅街の真ん中にあるスーパーから、車の多く通る大通りを通り、
少し入り組んだ路地を抜け、自分のねぐらへと戻る。
その途中にある大して広くも狭くもない公園の前で、私はふと足を止めた。
それは私の本性である犬の部分が、マーキングをしたいと訴えているわけでもなく、
砂場で駆け回りたいと望んだわけでもなく、ただ単に、足を止めてみたというだけ。
そして何気なく、公園の中を覗いてみる。
さすがにもう子供たちは家路に着いたあとのようで、人影は殆ど無かった。
…あとになって考えても、何故私がこのとき公園の入り口で足を止めたのか、
ふいに中を覗いてみたのか、分からない。
動物であるからこその、何らかの直感が働いたのだろうか。
はっきりとした答えはないが、ただ一つ確かなこともある。
…この時点で、私の帰り道は、いつものそれとは違う分岐を辿ったのだ。

 その公園の中には、明らかに子供ではない一つの影が、ブランコに腰掛けているだけだった。
私の視力は大して良くはない。だがその反面、通常の人間より遥かに鼻が利く。
その鼻が、公園の中にいる人物は私の良く知っている人だ、と教えてくれた。
…一体誰だろう。どこかで嗅いだことのある、この匂い。
 私はふらふらと、その匂いに誘われるように、公園の中に足を踏み入れた。







「…綾じゃないか」
 私はブランコに腰掛けている彼女を見て、思わず目を見開いた。
綾は私を見上げ、暫しぼんやりとしていたが、やがてカメラのピントが合ったかのようにパッと明るい顔を作った。
「やだ、銀ちゃんじゃない。どうしたの、こんなとこで。お散歩?リードもったげようか」
 彼女―…皆瀬綾は、細い腕をブランコの鎖から外し、架空のリードを持っているような手真似をした。
 綾は出会い頭に、にこっと笑って言葉のジャブを繰り出してくる、そんな女性だ。
常時そんな調子の彼女にしては、今日のジャブは少々鋭さが足りない。
私は少しばかり訝しいものを感じながら、普段の彼女にするように、ニッと笑って答えてやる。
「散歩じゃなくて買い物だ。それにリードは要らないと以前言ったろう?」
「あはは、そーよね。銀ちゃん賢いもんね」
 綾はそう言って私に笑顔を向けるが、その顔には何処か陰りが見えた。
―…おかしい。
 私は眉を顰め、右手に持った買い物袋のことを思い出す。
主人と、夕餉を待っているあいつらには悪いが―…背に腹は変えられない。
元々私は友人の不調を見て見ぬ振りをするような人情の薄い男ではないが、
それが…惹かれている女性となれば尚更だ。
 私はとりあえず、買い物袋を後ろ手に持ち替えながら、綾の隣のブランコに腰掛けた。
華の20歳とはいえ小柄な綾ならまだしも、とっくの昔に成人した大の男には、
子供用のブランコは少し厳しいらしい。
 私が窮屈そうに顔を歪めているのを察し、綾がにや、と笑いながら声をかける。
「銀ちゃん、お尻潰れちゃうわよ?」
「…気にするな、問題はない。それはそうと、さっきの私じゃないが、きみのほうこそどうしたんだ?
こんなところで、哀愁漂わせて。また道に迷ったのか」
 ともすれば喧嘩を吹っかけているような私の言葉に、綾はぷぅと頬を膨らませる―…と思った。
普段の彼女ならば、ぷりぷりと怒って激しい言葉の嵐を投げかけてくる筈だった。
だが、彼女は。
「…そぉ?銀ちゃんの気のせいよ、きっと。あたしはいつもの、明朗快活な綾サンだもんね。
…道に迷ったってのは―…否定はしないけど」
「ふぅん?それにしては、少し―…ちょっといいか」
「…へ?」
 私は幾ばくかの違和感を覚え、す、と腰を上げた。
綾が不思議そうな顔をしているのをお構いなしに、空いているほうの手を伸ばし、彼女の額に手を当てた。
綾は一瞬びくっと目を瞑るが、それ以上に驚いたほうは私のほうだった。
「っ……!?」
 今しがた自分の手が触れた感覚に目を見開きながら、もう一度綾の額に手を当ててみる。
―……やはり熱い。しかもこれは、少々熱っぽいという程度ではなく、尋常ではない熱さだ。
 私は手を離し、唸った。
「綾、こんなところでのんびりしてる場合じゃないぞ。
病院だ、病院。いや、救急車のほうが早いか?くそ、私は携帯電話とかいうものは持ち歩いてないからな…。
仕方ない、通りで電話を探してくるから、大人しくして―…綾?」
 私は冷静なつもりが、少々どころではなくかなり慌てていたらしい。
口早にまくし立てていたが、当の綾がきょとん、としているのを見て我に返る。
「大丈夫か?意識ははっきりしてるか?」
「うん。…銀ちゃんの手、冷たくて気持ち良かった」
「…何を悠長なことを。きみの体温は尋常じゃないぞ。
早く処置しないと、倒れでもしたら厄介なことに―…」
「ううん、だいじょーぶよ」
 綾は取り乱している私を治めるように、軽く首を振って笑顔を浮かべた。
その頬はほんのりと赤い。…先ほどまでは夕焼けのせいだと思っていたのだが、きっと熱のせいだろう。
「たまにこうなるから。薬は効かないから、病院に行っても無駄よ」
 私は綾の言葉に、思わず顔を顰める。
「いや―…無駄って云ってもだな、放っておくわけにもいかんだろう。
とりあえずだな、探してきてやるから、ここでじっとして―…」
「銀ちゃん」
 既に彼女を諭しているような私の口ぶりに、彼女の強い言葉が楔を打つ。
気がつかなかったが、彼女の手は私のシャツの裾をぎゅっと握っていた。
 綾は微かに顔を伏せ、その口元には自嘲気味の笑みが浮かんでいる。
彼女にしては―…というよりも、今まで見たことが無い綾の姿だ。
私はそんな彼女を見下ろし、何故か胸が締め付けられるような気分がした。
―…これは良いことではない、と私の本能の部分が告げている。
いつもの彼女の悪巧みでも、悪戯でもなく。
「一緒にいて?」
「……綾?」
 綾は、いつもの彼女を思うと、まるで冗談かと思うようなか細い声で言った。
「今日はダメなのよ。…お願い」
「――……。」
 私はこのとき、困惑しなかったというと嘘になる。
それは目の前の彼女が、私の知っている彼女とは明らかにかけ離れていて、私はそれに戸惑っていたからだ。
―…この綾は、本当に皆瀬綾なのだろうか?それとも、良く似た他人なのだろうか。
そんなこともちらりと頭の隅をよぎるが、思っても仕方の無いことだとも分かっている。
この綾も、綾なのだ。私はそれを認める必要がある。
 私は暫し、考え込むように黙りこくってから口を開いた。
「…仕方ないな。今日だけだぞ?きみの”お願い”を素直に聞くのは」
 綾はゆっくりと顔を上げ、安堵したように微笑んだ。
「あは。ありがとね…銀ちゃん」
 …何故だろう。彼女の笑みを見て、こんなにも切なくなるのは。
私はそんな感傷を振り払うように首を振り、うん、と頷いた。
 自分の思いに耽るのはあとだ。一緒にいると決めたからには、行動に移さねば。
「…行くぞ、綾」
「……?何処によ?あたし、病院には行かないって―…」
「病院じゃないさ」
 私は訝しむ綾に、短く一言だけ告げると、よいしょ、と身をかがめた。
そしてビニール袋を腕にかけ、片手を綾の背中に、もう片方の手を両足の下へと滑り込ませた。
そのまま、勢いをつけて彼女の細い体を持ち上げる。
「っ……!?ちょ、銀ちゃんっ?」
 綾の慌てる声が私の顔のすぐ下あたりから聞こえるが、私は特に気にしない。
「何だ?別に重かないぞ」
「そりゃあ重いわけないわよ、あたしだもん!
そうじゃなくって、その…こんなことしなくても、ちゃんと歩けるんですけど!」
「そうか?まあ、気にしなくても良い。それに以前言ったからな。…きみは覚えてないかもしれないが。
きみが倒れたときには、こうやって運ぶってな」
「―……っ!」
 私はニッと笑い、綾を抱き上げたまま公園の出口へと足を向けた。
彼女の自宅を知っていればそこに帰すのだが、いかんせん私は彼女の住所を知らない。
なので、結果的に私は。
「―…まあ、帰り道だしな。どちらにしても同じか」
「…何がよ?」
「いや、こっちの話」
 観念したのかそれとも開き直ったのか、私の首に腕を回して眉をしかめている彼女に、
私は首を振って答えをはぐらかした。
…どうせ、すぐに分かることだ。














「おかえり、銀埜。遅かったのねえ、もう皆待ちくたびれちゃって…って、綾さん!?」
 リビングへと続くカーテンを開けたところで、主人と目が合った。
彼女は苦笑混じりに笑いながら私を出迎えたが、私が抱えている綾を見て、
想像通りの反応を返してきた。
「え、え?!どうなってるの?何で銀埜が綾さんと…っていうか、あなたたち何時の間にそんな関係に?!
ダメよ銀埜、綾さんはまだ嫁入り前の大事な体なんだから、そんなっ」
「…何ステキな勘違いしてんのよ、ルーリィ。そんなんじゃないってば…」
 一人慌てふためいている主人に、呆れたように呻く綾。
大分具合が悪くなってきたようだ。
「とりあえず、説明は後です。私の部屋を彼女に貸しますよ」
「ええ、そりゃ構わないけど…って、何で?銀埜、納得のいく説明をしてくれるんでしょうね」
「勿論です。明日で構わないなら」
「はいはい、分かったわよ。…って、明日?」
 その意味にルーリィがぽかんとしている間に、私はそそくさと階段に足をかけた。
そしてふと思い出し、未だに手に持っていたビニール袋を、よいしょ、とルーリィに差し出す。
「遅くなって申し訳ありませんでした。あいつらには、ルーリィから謝っておいてください」
「ちょっ、もう…!」
 呆気に取られているルーリィを残し、私はトントン、と足取り軽く階段を上っていった。


 私の部屋の前まで来たところで、綾を静かに下ろす。
少々足がふらついているが、何とか立てている様子だ。
「…銀ちゃんのベッド、貸してくれんの?」
「そりゃあな。仕方ないさ、非常事態なんだから」
 そう言って、部屋のドアを開け、彼女を招き入れる。
私の部屋を見て、第一声に彼女が漏らした言葉は。
「―……何にもないわね」
「…………まあ、否定はしないさ」
 ドアを閉め、私は苦笑を浮かべる。
確かに綾の云うとおり、私の部屋には何も無い。ただ木製の飾り気のないベッドと、棚と、クローゼットのみ。
せめて写真でも飾っておけと良く言われるのだが、元来飾り立てる気が起こらないのだから仕方が無い。
「殺風景な部屋で悪いが、我慢してくれよ?」
「…ま、しょーがないわね。頼んだのはあたしのほうなんだもん」
 綾は手を腰にあて、仕方なさそうに頷いた。その口ぶりは大分いつものものに戻ってきたが、
やはり微妙にふらついているし、顔も赤い。
「何か冷たい飲み物でも取ってきてやるから、そこのベッドに寝ておくといい。
病気じゃないのは分かったが、安静にしておくに越したことは無いだろう」
 私がそう言い残し部屋を出ようとすると、綾の手が私のシャツを掴み、引き止めた。
「…今日は一緒にいるって云ったじゃない?」
 私を見上げる綾の目が、少し潤んでいるのが分かる。
ともすれば一気に引き込まれてしまいそうになるそれをぐっと禁じ、
私はゆっくりと綾の手の上に自分の手を置いて、それを離した。
「…数分だけだ。それすらも我慢出来ないか?」
 綾の性格を知った上で、こういった挑発する発言をする私は、非常に狡いと自分でも思う。
だが綾は、乗せられたのか、或いは私の思惑を知り、遭えて乗ったのか分からないが、
ぷい、と横を向いて云った。
「…大丈夫に決まってンでしょっ。ったく、子供扱いしないでよね」
「はいはい、すいませんでした。…じゃあ安静にしておくんだぞ」
 私は苦笑を浮かべ、そのまま部屋を後にした。
…綾はああいうところが、とても可愛いと、私は思う。



 そしてルーリィたちの詮索を交わし、湯冷ましの瓶とコップを手に戻ってきた私を出迎えたのは、
綾の静かな寝息だった。
普段私が横になっている布団に潜り、穏やかな寝顔を此方に見せている。
 私は瓶とコップを棚の上に置き、ベッド近くの床に腰を下ろした。
ベッドの側面に背中を預け、綾の寝顔を眺めながら、さてどうするかと考える。
綾の言葉では、医者も薬も必要ないとのことだったが、果たして本当にそれでいいのだろうか?
だが自分の身体のことは、自分が一番良く知っているとも云うし。
そもそもこんなに高熱を出しているのに、医者は必要ないとはどういうことなのだろうか。
さっきは上手くはぐらかされたが、良く考えれば不思議な話だ。
「……あ…ゴメン、寝ちゃってたわ」
 綾が私の気配に気がつき、うっすらと目を開ける。
ぼんやりと焦点が合っていない綾に、私は苦笑を向けた。
「すまん、起こしたか?寝てていいぞ」
「……ん」
 綾はもぞもぞと動き、片手を掲げて、そのまま自分の額へ持っていく。
「…まだ熱いか?」
「ん、ちょっとね」
 そう言いながら、綾ははふぅ、と溜息をついた。
ちょっと、などと云っているが、まだ大分熱が体内に篭ってしまっているのだろう。
「湯冷ましでも飲むか?」
「……持って来てくれたの?」
 私は頷いて、棚の上のそれを指差す。
綾は緩慢な動作でそれに目を向け、ニッと笑った。
「…銀ちゃんの口移しでなら、飲んであげてもいいわよ」
「…………。」
 綾の言葉に、私は暫し絶句する。そしてハァ、と溜息をついて首を振り、
「馬鹿言うな。…飲みたくなったら私に言えよ」
 そう言って、私は腰をあげた。
綾の発言には、時々ぎょっとさせられる。
それが彼女の中でどんな思惑があって口にしたのか分からないから、尚更タチが悪い。
最も、私としては贅沢な悪態だとは思うが。
 そんなことを考えながら、ベッドのすぐ上にある窓、そこにかかってあるカーテンをシャッと開ける。
外は漆黒の闇に満ち、ただ歪に歪んだ月だけが、優しく闇を照らしていた。
耳を澄ますと、微かな虫の音が聞こえる。
「今夜は三日月だな」
 私はまるで独り言のように、ぼそっと口に出した。
またウトウトと眠りに着こうとしている綾は、律儀にも短く返事を返してくれる。
「…へえ、そう?…三日月っていいよね。あたし、好きよ」
「…そうか」
 私はカーテンを開けたまま、綾のほうを見下ろす。
綾の瞳は閉じられていたが、まだ眠りについているわけではないようだ。
私は月明かりを感じたくなったのと、眠る綾の邪魔をしないようにと、人口的な明るさを放つ蛍光灯を消した。
途端に部屋の中は、外の闇と同化する。
闇の中で、私はまたベッドの傍らに腰を落とした。
 月の光は、さすがに部屋の中までは届いてこない。だが私には、優しい月光が感じられたような気がした。
だって、こんなに綾の顔がはっきり見えるのだから。
「三日月が好きか」
 私の問いに、綾は今までに無く優しい言葉で答えた。
「…うん。完璧じゃないもの。でも、ちゃんと綺麗なの」
  ―――だから好きなの。
 綾はそう言いながら、くすりと笑った。
私もそんな綾を眺めながら、思わず口元に笑みを浮かべる。
 完璧でないからこその美しさというものもある。
―…それはまるで、不完全なヒトそのもの。私にとっては―…。
「…私も好きだよ」
 私はボソッと呟いた。
綾の目を閉じた顔から視線を外し、彼女に背を向け天井のあたりを眺めてみる。
真っ暗だから、何かが見える気がした。
「…綾が好きだ」
 もう、彼女は寝てしまったのだろうか?
私の呟きは、彼女に届いたのだろうか。
 届いていても、届いてなくても、どちらでも構わない。
ただ口に出来たと云うだけで、今はそれで十分だ。それ以上を望むのは贅沢というものだろう。

 やがて部屋の中には綾の穏やかな寝息が満ち、私はずっと天井を見上げていた。










                       ◆◇◆








      チュン、チュン…

「銀ちゃん銀ちゃん、朝よ!いい加減起きなさい!」
    ゆさゆさゆさ。
 身体を揺すられる振動が心地よく、尚更睡眠を誘ってしまう。
「〜……あと1時間…」
「何が1時間よっ!さっきルーリィが呼びに来たわよ?もう朝ご飯だってさ」
「―…朝…」
 私はうぅん、と唸りながら顔を上げた。
いつの間にか、ベッドに突っ伏して寝てしまったらしい。
 私の目の前では、未だにベッドに腰掛けたままの綾が、にまにまと笑みを浮かべていた。
「おっはよ、銀ちゃん。昨日はベッドありがとね」
「…いや、…どう致しまして?」
 ―…何でここに綾がいるんだろう―…ここは私の部屋だぞ?
 ぼんやりと鈍っている頭を無理矢理回転させながら、私はぼーっとした眼つきで綾を見上げていた。
…確か、彼女が高熱で。それで私の部屋に運んできて。
それからそれから。
「―………っ!」
 私は思わず頬を赤くした。…昨日思わず口走ってしまった言葉を思い出したのだ。
ものの弾みで、何と云うことを―…。
「どーしたの、銀ちゃん?顔真っ赤にしちゃって〜」
 分かっているのかいないのか、綾がニヤッと笑いかけてくる。
…これで分かった上で言っているのなら大したものだ。
 私は思わず溜息をついた。
「…どうでもいいことだ、気にするな。それはそうと、もう身体のほうはいいのか?」
 私の言葉に、綾は一瞬きょとんとするが、すぐにニッコリと笑って言った。
「もうバッチリよ。ごめんね、銀ちゃん。一年に一度、必ずこうなっちゃうのよ。
ま、今日みたく、一晩放っておけば治っちゃうんだけどね。銀ちゃんのおかげで今年は楽に治せたわ」
「そーかそーか、それは何よりだった。原因は―…聞かないほうがいいか」
 多分、あの何とか…爆破とかいう能力…のせいなのだろう。詳しくは良く分からないが。
「そーね、そのほうが有り難いかも。ま、大したことじゃないし、気にしないで?」
 綾はそう言ってケラケラと笑う。
 私はその笑顔を見て、これなら当分は大丈夫だ、と思った。
…だが彼女の場合、笑顔を浮かべながらやせ我慢をしそうだから、こっちの油断は出来そうもないが。
「…もう出来るだけ、心配させるなよ?」
 私は苦笑まじりにそう言って、綾の頭に手を置いた。
だがここで素直に頷かないのが綾と云う女性なわけで。
「ふぅーん…させるなって云われると、余計にさせてみたくなるのが人情ってもんよねえ。
ま、期待しといて、銀ちゃん。あくびする暇もないぐらい、心配させてあげるからさっ」
「…させすぎたら禿げるぞ?」
「〜…さすがにハゲちゃったらやだなあ…折角の毛並みが…」
 そう言って、自分の云ったことに対して真剣に考え込む綾。
私はそんな綾に噴出しそうになりながらも、手を離して立ち上がる。
「とりあえず悩むのは後にして、朝飯でも貰いにいくか。また遅くなったら、ルーリィが根掘り葉掘り聞いてくるぞ」
 綾は私の言葉にパッと顔を上げ、
「それもそうよね!ったくあの子ったら、何が面白いかしらないけど、最近はやたらと興味津々なんだから!」
「…それは悪かったな。私からも注意しておこう」
 私はくっくっと笑いながら、綾の手を取り部屋のドアへと向かう。
そしてふと振り返って、天井にある蛍光灯を見上げた。
―…暫くは、この人工の灯りをつけないでおこうと思った。

 せめて、昨夜の月光が残っている間だけは。







              End.






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【3660|皆瀬・綾|女性|20歳|神聖都学園大学部・幽霊学生】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
▼ ライター通信
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 いつもお世話になっております、また書かせて頂いて有り難う御座いました!
今回ももう…果たして何処までが綾さん的にOKラインなのか、と
散々悩みながら書かせて頂きました。(笑)
綾さんにしては珍しい弱味(?)を見せて頂いて大変嬉しかったです。
また新たな一面を見ることが出来て、こちらとしてもとても楽しかったです。
シリアス気味で、とのことでしたが、どうでしたでしょうか…。
シリアスというか単に恋愛モノっぽくなってしまった感が否めません。(笑)
良ければまた是非に、お相手して頂ければ非常に嬉しいです。
またどこかでお会いできることを祈りつつ。