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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


仲違いの樹

「呪われた樹?」
 その日いつも通り草間武彦は、薄く淹れたインスタントコーヒーを飲みながら、義妹の零が知り合いの刑事から無理矢理押し付けられてきた仕事の詳しい内容を聞き取っていた。
「はい。なんでも都内のある池のほとりに植えられた銀杏の樹の下に、家族や友人・恋人と行くと必ず険悪な仲になるらしくて、最近はそれが原因となって殺人事件にまで発展してしまっているそうなんです」
「・・・くだらんな」
 零の話をそう一蹴すると、武彦はポケットから煙草を取り出した。最近は少し余裕があるのか銘柄はマルボロのレッドだった。
「だいたいなぁ・・・」
 火を付け深く煙を吸い込むと、武彦は白濁した呼気と一緒に事件への疑問を零へと吐き出した。
「恋人や友人同士なんてものは、お互いになにかしら不満を抱えているもんなんだよ。そこに都合よく『仲違いの樹』って便利な物の噂を聞いたから、呪いにかこつけて自分の欲求を果たそうとしたってだけじゃないのか?」
「でも、皆さんそんな噂は聞いたこともないって言うんですよ。むしろ以前は『福運の樹』として地元では評判だったみたいですし・・・」
「それが一転して『仲違いの樹』か。いったいなにが原因でそんな真逆の噂が立ち始めたんだ?」
「それを調べてきてほしいというのが、今回の依頼内容なんです。調査の結果次第で被疑者は、『犯意なし』という扱いになりますから・・・」
「なるほどな・・・」
 もう一度深く煙を吸い込んで、武彦はふーっと長い息を吐いた。
「殺人者か、呪いの被害者か、その見極めをこっちでしてくれということか」
「はい、そうみたいです」
 零が一旦引き受けた以上いまさら断ることもできないが、正直あまり気は進まなかった。というか心霊関係の仕事は、どれも気が進まないというべきか。
「まあ・・・いいさ」
 たまった灰を灰皿に落として武彦は零にこの依頼への指示をひとつ出す。
「その辺の適当な連中捉まえて、下調べだけさせておいてくれ。必要そうなら俺も出向いて真相解明とやらに努めるから・・・」



「・・・と、いうことですが、お願いできますか?」
 やる気のない草間の押し付けにより呼び集められた『適当な連中』、もとい優能な外部スタッフに、零は申し訳なさそうに言った。
「わかりました。さっそく調査を始めますね」
 にこやかに頷く青い髪の少女は、海原・みなも(うなばら・みなも)。清楚なセーラー服に身を包んだ十三歳の中学生である。
「ちょののよいがほんちょのことだとちたや、ちゅこちでもはやくちなんとかちないとでちね」
 舌足らずな、幼い口調で語る少年は見かけだけならばまだ六・七歳といったところか。百年以上生きた実年齢を感じさせない子供らしい動きで、腰まである長い金髪が揺れて顔にかかるのを何度もよけている。
「依頼自体は別に構わないけれど、調査するのは私だけで十分よ」
 ちらりと両側の二人を見下ろして、そんな言葉を告げたのは今回、零によって集められた最後の一人、外見上唯一の成人である茶髪の女性三雲・冴波(みくも・さえは)だった。
「ですけど・・・」
「大丈夫、何かあればちゃんと連絡はするし。こんな子供を巻き込むことないわ」
 そっけない口調の言葉を残し、冴波は草間興信所を出て行った。残された二人は視線を交わし「どうしようか?」と瞳で問い掛け合う。
「あの、お二人とも・・・」
 心配そうに二人を見つめる零に、みなもとクラウレスは笑顔を返す。
「別に、気にはしていませんから」
「こどもあちゅかいはいちゅものことでちゅち、わゆぎがないのはわかっていまちゅから・・・」
 冴葉の発言が悪意からでなく、二人の身を案じてのことであるとみなももクラウレスも理解していた。ほっと息をつく零に頷いてみせ、二人は本題に話を戻す。
「『仲違いの樹』・・・でしたよね。噂はいつから流れ始めたのですか?」
「あっ・・・えっと、噂というよりもっとあいまいな話みたいなんですが・・・」
 説明を始める零の耳に、冴波が乗るバイクのエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえてきた。


 梅雨時特有の湿った空の下、冴波はゆっくりスロットルを回し目的地にバイクを横付けする。
「・・ふぅ・・・」
 ヘルメットをはずすと待っていたように、風が彼女の髪をすり抜けてゆく。
「・・・なにか、知ってることはある?」
 乱れた髪を指でかき上げながら、冴波は誰もいない空へ問いかける。闇色の瞳がきらりと光り、少し長い茶髪がゆらゆら揺れる。
「・・・・・そう」
 まるで誰か、彼女の問い掛けに答えたかのように彼女は優しく微笑み頷いた。
「ありがとう。とても助かったわ」
 もう一度髪を軽くかき上げると、冴波はバイクのスタンドを起こした。カチリ、とハンドルのロックをして鍵を片手にバイクから離れていく。
「女子高生・・・か。噂話を聞かせてもらうには格好の相手かもしれないわね」
 『仲違いの樹』から五百メートル程北に位置する児童公園。そこにたむろう数人の少女に、冴波は狙いを定め歩み寄った。
「・・ちょっといい?教えてもらいたいことがあるんだけど・・・」

 周辺での聞き込みを終えた冴波は、書き込みで埋まったメモを片手に問題の樹のある場所を訪れた。
 池のほとりの何もない草地。そこに唯一生えるている樹が例の、『仲違い』の銀杏だった。
「さて・・・と」
(まずは銀杏そのものの様子を見て・・・)
 そう思い近づいていくとすでに、先客の少女と幼い少年が木の根の周辺の土をや幹の周りを、念入りに調べているようだった。
「あんたたち・・・」
 そこにいる二人を見て冴波は息をのむ。みなもとクラウレスがほぼ同時に顔を上げて彼女に、待ちかねたという口調で話しかける。
「あ・・・やっとあえたでちゅ。なにかわたったでちか?」
「こちらはあまり収穫がないのですが、三雲さんの方はいかがでしたか?」
「私もそんなには・・・」
 反射的にそう答えてから冴波は、「それよりも・・・」と、二人に問いかけた。
「二人とも、なんでこんなとこにいるの?」
「なんでって、きをちらべゆためでちよ」
「三雲さん一人にお任せするなんて、あたし達別に言っていませんし・・・」
「・・・まあ、確かにね。でも・・」
「だいじょーぶでち。こえでもわたちもう、あなちゃのばいいじょーはいきていまちゅから」
「あたしも特殊能力がありますから、心配しなくても大丈夫ですよ」
「・・・そう?」
 そこし不安そうにそうつぶやいて、冴波は二人の顔を交互に見た。
「じゃあ・・・まあ、いいんだけれどもね」
 ようやく納得したように頷く冴波にみなもは少し苦笑して「本当に優しい人ですのね」とごくごく小さな声でつぶやいた。
「えっ・・・なにか言った?」
「いえ、なんにも。ところで三雲さんなにかわかりました?こちらはあまり新しい情報を、見つけることができなかったのですが・・・」
 銀杏の木が雌株であるということ。『それ』が起こり始めてからはまだ、一月程しかたっていないということ。そして『それ』が起こるのはどうやら、夜の間だけらしいということ。
「加害者の方に共通点はなく、被害者の方々もまた同様でした。ただ皆さんおっしゃることは一緒で、『あの樹を一緒に見に行った時から頭の中で「殺せ」という声がして、その声に操られるようになぜか、相手の命を奪い取っていた』らしいですよ」
「気付いたら殺していた・・・ねえ・・」
「ほんちょならかやだをあやちゅるものが、このきにとおいちゅいてゆってことなんでちょーが・・・」
「今のところなんにも感じませんし、この樹自体にも異変はないんです」
「それじゃあお手上げね。私のほうもあまり、たいした情報は得られなかったもの・・・」
 女子高生や主婦達の噂ではあの樹はいまだ『福運の樹』のままで、『強く思い願うことが叶う』だとか、『告白や別れ話をそこですると、必ずうまくいく』などといったごく当たり前の話しか聞けなかった。
「でも一つ、変わった噂が流れ始めてたわね。『夕暮れ時にこの場所を訪れると時折銀杏の精霊が見れる』って・・・」
「夕暮れ時、ですが。じゃあもうすぐですね」
 曇り空でわかりにくくなっているものの、陽はすでに少し傾き出していた。厳密に言えばもう夕暮れ時であり、夕焼け空が見え出す時間帯も、さほど先のこととは言えなかった。
「ええだから、それを確かめるつもりだったのよ。風の精霊も最近この辺で、時折妙な気配がすると言うし・・・」
「みょーなけはい?」
「ええ。ソレがなんなのかは彼らもわからないらしく、ただ『イヤな何か』がたまに現れると、それしか言ってはくれなかったけれど」
 何かはわからないがそれでもここに、精霊が嫌がるモノが現れることは確かな事実のようである。
「・・・・・風が・・・」
 ふわりと髪が揺れた途端冴波は急に表情を厳しくしてつぶやいた。
「何か・・・来る!」

 それは最初鉄色の池に浮かぶ、黄葉した銀杏の葉のようだった。色褪せた長い金髪が水面に広がって中心から白い女性がせり上がる。
「許せ・・・ない・・・・・」
 震える声で女はつぶやいた。
「私のこと愛してると言ったのに・・・・・親友だと思って信じてたのに・・・」
 透き通った身体が空中をすべり、女はゆっくり樹に近づいていく。
「二人して・・・私を裏切った・・・・・愛していたのに・・・信じていたのに・・・・・」
 憎しみと、哀しみの念が女の周りを厚く取り巻いていた。悪意は黒い霧のように渦を巻き女が触れた銀杏の樹を包み込む。
「許さない・・・・・許せ・・ない・・・わ・・」
 銀杏が持つ力を吸い上げながら、悪意の渦は次第に大きくなっていく。
「殺してやる・・・きっと呪い殺してやる・・・・・!!」
 飽和した悪意は深い闇となって周囲へと急速に広がってゆく。
 薄闇が急速に暗黒となり、そして瞬時にまた元の薄闇に戻る。
「「・・・・・!?」」
 冴波とみなもは身体をこわばらせ、警戒した瞳で視線を巡らせた。
「あっ・・・・・」
 そこには、一瞬で大きく変貌をした青年姿のクラウレスがいた。
「あんた・・・ひょっとして・・」
「フィアートさん、ですか?」
二人の声を無視してクラウレスは、右手をゆっくり掲げ女を見た。
「恋ごときで、我を失うとはな・・・」
 浅はかな心の持ち主だとニコリともせずに彼はつぶやいた。その右手に、いつの間にか長い剣が握られている。
「その醜き闇から生まれし剣で、穢れなき無に帰してゆくがよい」
 まっすぐ振り下ろされた長剣に、女は二つに切り裂かれて消える。
「フィアート・・・さん?」
「終わった」
 そっけない口調で言うとクラウレスは長剣からゆっくりと指を離す。するとまるで幻のように剣は、宵闇の中に溶けて消えていった。
「ずいぶん変わった特技持ってるのね。今の人は?」
「・・・死んだ。今度こそ本当に」
「消滅したって、いうこと・・・ですか?」
「そういうこと、なのだろうな・・・」
 正直なところクラウレス自身、自分が斬ったモノが一体どうなるのかは知らなかった。ただ一度斬ったモノはもう二度と、『こちら側』に現れることはない。それはすなわち死という事だと彼は認識していた。
「可哀想な・・・人でしたね」
 つぶやいてみなもは池を見つめた。鉄色の昏い水の下には多分、先ほどの女性がいるのであろう。
「だからって許されることじゃないわ。彼女のせいで五人の人が死んで、同じだけの人が殺人者にされた・・・」
「憎しみで、何も見えなくなっていたんですね。そこにいる人すべてに殺意を植えて、大切な人の命を奪わせるなんて・・・」
「この銀杏も原因の一つ、だな。願いを叶える力が憎しみを、深く昏い闇に育ててしまった」
「・・・・・」
 力には、善も悪もない。そんな言葉をかみ締めながら三人は、無言でじっとそこに佇んでいた。



 翌日、調査報告の為興信所に行くと、草間がめんどくさそうに手を振って「ニュースを聞いたから」と冴波に言った。池のそこに眠る女性の引き上げが、昼のトップニュースになっていたらしい。
「報告書はその辺に置いてってくれ。気が向いたらそのうち片付けるから。それよりお前、今、暇あるか?」
 どうやらまたなにか怪奇関係の依頼を受けてしまったようである。「ええ、まあ・・・」と答えるとすぐさま資料の束が投げ渡された。
「悪い、それすぐに調査してくれるか?今日中にって急ぎの依頼なんだ」
「いいですよ」
 二つ返事で請け負事務所を出ると、一陣の風が冴波に触れてゆく。
 そして冴波は昨日の出来事を風の中に溶け込ませて振り切って、新たな事件の調査へと向かった。
 
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

☆ 1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13歳/中学生

★ 4984/クラウレス・フィアート/男/102歳/『生業』奇術師 『本業』暗黒騎士

☆4424/三雲・冴波(みくも・さえは)/女/27歳/事務員


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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました。新人ライターの香取まゆです。
2チーム分けということで内容を少し変えて作ってみたのですけれど、もしかしたら少しいろいろ詰め過ぎて、収拾のつかないことになっているかも・・・です。
説明がなくてわかりづらいですが(うまく文中に入れられなかった)、こちらの幽霊は自殺しています。親友に彼氏を寝取られて入水自殺した、ちょっとイタイお姉さんの幽霊です。
注釈がないと伝わらないなんて、未熟者だなあと痛感します。もっと精進して読みやすくてかつ、わかりやすいお話を書けるよう頑張ります。
なおチームカラー(?)にあわせ受注時期と関係のない組み分けをしていますので、同じ日に受注された方同士が、違うチームになっていることもあります。ご了承ください