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<東京怪談・PCゲームノベル>


□■□■ DRUG TREATMENT<<noise 3>> ■□■□


 繭神家の客間、通された小柄な少女はぺこりと小さく頭を下げ、背に負っていた刀を手元に下ろす。

「単刀直入に本題に話させて貰いますが、今回の事件、異能者が関わっていることがIO2の調べで判明しました。ひいては潜入し、その真偽を確かめたいと考えています。できれば、それを貴方達にサポートしていただきたく」

 明瞭な声ではきはきと言葉を発する少女――茂枝萌。

「調査ではこちらの繭神家と、貴方達とが、件の組織について調べているとか。けっして悪い話ではないかと存じます。こちらの情報も提供できますし――限られては、いますけれど」
「……異能者が関わっているという、根拠は……如何に?」

 繭神の言葉に、萌は傍らの書類入れから資料を取り出す。

「事件の発生と前後して、姿を消している異能者が多数認められています。IO2が監視していた、危険能力者の一部――」
「……具体的には」
「詳しくはお話できません」
「話にならない」
「――――レイニー。空想具現化能力者。彼女の不在が、一番に怪しまれています。拉致されたのか、自分から協力を申し出たのか。後者であれば、抹殺も視野に入れて動きます」
「…………」
「強力していただけますか?」

 繭神は溜息を吐き、伺うような視線を向けた。

■□■□■

 一見、その場所は何の変哲も無いビルの一角のように見えた。ファッションビル同士の間にある僅かな隙間、そこに穿たれた小さな鉄製のドア。業務用の入り口で、普段は従業員が出入りしているのだろうと思われるそれ。だが、そこを出入りする人間は、とてもデパートの店員とは思えないような連中だった。けばけばしい女を連れた黒服、よれよれの白衣を着た男。鉄製のケージに木箱を詰めて、人目を気にしながら通りの車へとそれを運んで行く、作業員。
 日も暮れて暗い中、高峯燎はそれを隣接するビルの屋上から、暗視スコープ越しに眺めていた。
 傍らには、茂枝萌と久良木アゲハの姿がある。

「ただの業務用出入り口でないことは、確認出来たと思うんだけど」
「そう、ですね。出入りする面子があまりにも不自然ではありますけれど――でも、肝心のレイニーさんの姿はありませんでした」
「うん。私もここのところ監視を続けていたのだけれど、彼女が出入りしていると言う確信には至ってない。でも、だからと言って無関係とは言い切れないよね。用心は大切だし、」
「出入りが見られないってのは、逆接『入りっぱなし』の可能性もあるしな。んで、とりあえずとっぷり日も暮れたところで、どーすんだ?」

 燎の言葉に、萌は上着を脱ぐ。その下には、パワードプロテクター『NINJA』が纏われていた。身体にぴったりと貼り付くそれは、光学迷彩によって視覚から完全に彼女の姿を消すことが出来る。

「私が囮になって陽動をするから、貴方達は施設の地下で何が行われているかを見て来てくれれば良い。その暗視スコープ、多機能でね。貴方達が見たもの、つまり眼を向けた方向にあるもの、全部転送して記録出来るの。モードを変えれば私の姿も確認出来るから」
「私達だけで、ですか? でも、ここの調査をするのだったら、萌さんがそっちに向かって私達が囮になった方が適任だと」
「危険度と戦力、単純な問題だよ。危険なことは、エージェントである私が引き受けるべきだから」
「え、お前強いの?」

 さらりと飛び出した燎の言葉に、萌がうぐっと声を漏らす。

「一般人には馴染みがなくて仕方ないけど、私だってエージェントとしては優秀な部類なんだからっ。子供みたいだって見縊らないで欲しいよ」
「みたい、っつーかまんま子供だろ。パワードスーツ一丁になると、悲しいほどに無い胸が強調されるな」

 燎に向かって刀を抜きそうになる萌を、アゲハが必死に押さえること一分間。
 ここで騒いで存在が露見しては元も子もない、アゲハの説得に落ち着いた萌は、こほんと小さく意味の無い咳払いをしてから――その目を眇め、地上を見下ろした。金属の扉が開く音、出て来たのは白衣の男が一人。どうやら一服しに来たらしい、小さなライターの火が灯る。

「私が先行、十秒経ったら、降りてきて」

 小さく呟いた彼女はその姿を完全に消し、ビルの狭間へと飛び降りた。

■□■□■

「目星は付いているんだ。新宿の駅から少し遠い位置にある。ファッションビルの一角だね」

 広げられた地図と図面を見下ろし、萌は一同を見回す。
 繭神家の客間、些か狭い座卓に彼らは真剣な面持ちで臨んでいた。萌が書類ケースから取り出したのは地図と、図面がいくつか。そして、写真の束。それを見下ろしながら、彼女は説明を続ける。

「地下は二階までと公的書類には記されているのだけれど、実際は地下、少なくとも四階まではあるだろうと調査結果が出ているわ。それと、実際の寸法が合わない箇所が複数…公的図面と実際に調査した上で作った図面の間に、齟齬がある。なまじ大きいビルだから目立たないのだけれど、三メートルぐらい、壁の奥に空洞があると見られてる。多分通路の類」
「従業員用なら、堂々と示せるはずよね。それをしないという事は、役所なんかの点検を拒否している……立ち入られたくないところがある、と言うことかしら。だけど、ファッションビルなんかをカムフラージュに使っていたら、資材の搬入や搬出が目立ってしまうのでは?」

 シュライン・エマの言葉に、萌は首を振って、薄い紙束を示した。ゼムクリップで留められているそれの上には、一枚の写真が添えられている。銀の髪に青い双眸の、どこか無気力そうな少女――レイニー・アーデッド。

「彼女の能力は、空想具現化。思うこと全般を現実にするそれを利用すれば、搬入も廃棄もそれほどの難にはならない。消えろ、現れろ、それだけで充分。……実際、物品の出入りは殆ど無いの。だからこそ、それがあった時とドラッグの蔓延、そしてレイニーの失踪が重なっているのが、疑わしい」
「確定的な証拠は無い、と思って宜しいのですか? それは。疑わしきは罰せよと言うのでしたら、まずはそこから固めて行きたいところですね。そもそも異能者を発症させるなんて、IO2を誘っているようにも思える。軽挙妄動は、推奨できません」

 モーリス・ラジアルは言いながら、傍らで事態の理解が未だに出来ていない三下忠の頭を撫でぐりまわす。
 IO2の出動自体はそれほどの奇異でない、同じ対象について調査していたのなら当たって当然だし、まして相手の方が組織だって動いている分情報収集能力もある。だからこそ協力を要請するのも、理解出来なくはないが、それでも不自然な点は質しておいた方が良いだろう。秘密なら、秘密だと明言すれば良い。誤魔化されて曖昧にされるよりも、開き直られた方がよほど小気味良い。

 異能者を大量に発生させることによって何が起こるか。治安の悪化や変死事件が相次ぐ。調査に乗り出すのは警察よりも、IO2である可能性が高い。怪事件にはIO2が付き物、その等式は、薬を製造した側も判りきった事でだろう。ならばIO2を動かしてどうするか。調査によってエージェントという戦力を、分散させることが出来る。

「戦力でも情報力でも、無駄な消費は感心しませんからね」
「……軽挙妄動じゃ、ない」

 ぽつりと、萌が言葉を零す。

「能力に精神が耐え切れず、発狂してしまった人々もいる。事件を起こして、加害者や被害者になってしまった人々もいる。……本当は民間人に流しちゃいけない情報だけど、……ビルの所有者は、虚無の境界に金銭的な援助をしている人間の内の一人なの」

 虚無の境界。
 心霊的テロを繰り返す集団の名前が出た事に、さっと全員の表情が曇る。

「IO2に対しての発破かもしれないことは、充分に理解してる。だからこそ戦力を分断させるという策に乗らないよう、貴方達に協力を求めているの」
「都合の良い話ですね」
「認める。でも、悪い取引じゃないはずだよ。貴方達も調査をしたのなら、放っておくことが出来ない事態であると感じただろうし」
「都合は良いけれど」

 シュラインは肩を竦め、苦笑した。

「本当、手は引けないわね」

■□■□■

「……それにしても」

 燎達が潜入したビルとは少し離れた場所にある、有料駐車場。
 白いバンの後部座席はすべて外され、代わりに三台のモニターが並べられていた。綺麗に脚を畳んでその前に座りながら、シュラインは再三目を通した資料にまた目を通す。運転席のシートを少しだけ倒しているモーリスも、同じように紙資料に向かっていた。シュラインの言葉にちらりと彼は、視線をバックミラーに向ける。

「どうしたんです、シュラインさん。難しい顔をしていらっしゃるようですが」
「ん。少し腑に落ちないところがある、って言うかね……」
「することもありませんし、なんでしたらディベートでもしますか? お相手しますよ」
「討論と言うほどのものじゃないのよ、ただ、なんとなくね」

 苦笑して、シュラインは顔を上げる。バックミラー越しに視線を向けていたモーリスは、身体を半分捻るようにして後ろへと身体を向けていた。モニターの確認だけをしている現段階、こちらは確かに暇である。インカムにも反応は無いのだから、それほど困った状態でもないらしいし。
 目を通していた資料を整えれば、ゼムクリップには少女の写真が留められている。レイニー・アーデッド、空想具現化能力者。対峙した場合の対処法は絶無にして皆無とも取れる、絶対的な能力。

「レイニーさんの資料なのだけれどね、どうにも腑に落ちないところがあって。彼女、自分の能力が他者に迷惑を掛けたり何かを狂わせたりするのを、本当に嫌っているような傾向があるの。だから、彼女が進んで、ドラッグの製造に関わっているとは考え難い」
「ふむ。ですが萌さんの説は、どうも彼女の能力を前提として物事を見ている気配がありましたね。意に沿わぬ協力など、その能力からすると有り得ない」
「ええ、自分を絶対者に出来るようなものですもの。だけど――何らかの手段で彼女の意識が制御されていれば、あるいは」

 空想の具現化とは言え、眠っている状態、意識レベルの弱い状態ならばそれも発動することは無い。もしもその可と不可の境界線を相手が握っていれば、彼女の考えることを制御するのも可能ではないか。だとすれば――抹殺という言葉を、一般人の前でにべもなく発した彼女。茂枝萌。
 彼女は、レイニーをどうするだろう。

「一般的なドラッグを使用しているか、麻酔なども考えられますね。睡眠に近い状態で意図的な刺激を与えれば、関連した夢を見ます。薬の切れ目に、必然そのことを考える」
「……萌ちゃんは、どうすると思う?」
「殺すかもしれませんね。殺さないかも、しれない。彼女と言うかIO2の意識次第ですから、考えても仕方ありません」

 おどけるように肩を竦め、モーリスは笑う。
 IO2の意識次第。
 IO2の、危機意識次第。

「私としてはギルフォード君の方がよほど危険なので、抹殺もしくは調教して置いた方が良いように思いますが。調教なら是非任せて欲しいですね」
「敢えて何も突っ込まないと言う対応を取らせてもらうわ」
「残念至極」
『シュラインさん、聞こえますか?』

 インカムに入ったアゲハの声に、シュラインは視線をモニターへと向ける。

『今から脱出します、車を回して下さい――ああ燎さんッ不用意に変なところ蹴ったら駄目ですってば!』
「……と、とにかく無事を祈るわね?」

 シュラインの目配せを受け、モーリスは手に握っていた資料を助手席へと投げる。手に入れた『クロイユメ』、その解析結果。視覚的にも触覚的にも存在するはずのそれは、解析不能の結果が出ている。
 存在するのに存在しない。形だけのハリボテでありながら薬効はある。恐らくは、それ自体がレイニーの想像物なのだろう。こうなれば、被害を留めるには彼女が無くては始まらない。

 ビルの陰から飛び出す見知った一団に向けて、彼はアクセルを踏み込んだ。

■□■□■

「なッ、なんでわざわざ警報機に引っ掛かるような真似しちゃうんですかぁああー!!」
「つったって何がどーなのか判んねーんだから仕方ないだろうがッ!」
「判ります、判りすぎるほど判りきってます!!」

 廊下の両端にある黄色と黒の斜線ゾーンに何の躊躇いも無く脚を踏み入れる。そんな芸当、こんな緊迫した状況でやって良いボケじゃない。しくしく、心で泣きながら、アゲハは警報機の赤色ランプに呼ばれたガードマン達から逃げていた。刑務所によくあるものだ、廊下の端を歩かせない、壁に近付かせない。誰かを監禁しているのなら、それは良くある設備だ。
 大体にして黄色と黒なんて判りやすいラインをわざわざ踏んでみるという清らかな少年の心が判らない。危険か罠かと疑うのが大人のダンディ的行動ではないのか――そんな事を考えても仕方ない、角から出て来た白衣の男にハイキックを食らわせながら、アゲハは小さく口唇を噛む。

 恐らくは萌が大部分の敵を引き付けているはずだし、その分地下も混乱しているだろう。ガードマンの数も、危機感を覚えるほどには多くない。多分萌の方へと行きそびれたか、その途中と言ったところか――逃げ回って当初のルートからは外れてしまったが、まだ修正はできる。最短とは言えずとも、一番怪しい研究施設へ。
 アゲハは走っている勢いのままに身体を反転させ、ドアから出て来た黒服の男に肘打ちを食らわせる。警備員室がこの位置なら、今通り過ぎたばかりの角を曲がるのが早い。が――

「ち、面倒くせぇ……」
「面倒がってもいられませんよ、一応命と使命掛かってますから」
「使命?」
「私は、人が悲しんだり困っているの、放っておくのが大嫌いなんです」

 真っ直ぐに臆することなく、アゲハは双眸を男達に向ける。銃を取り出して距離を取りながらこちらを伺っている、黒服の男達。人数は三人、それほどの――脅威でも、ない。ちらりと燎は傍らの扉を見る。空の警備員室、鉄製の扉。金属ならば、変型が可能だ。

「燎さんは研究施設に向かって下さい、彼らは私が――」
「いんや、その必要は無いって」

 燎は手をドアに触れさせる、その動きに、男達が発砲する。
 アゲハは転がるように体勢を崩してそれをかわし、
 燎はドアから作り出した大鎌で弾丸を受けた。

「さぁってと、行っとくか!!」

 鎌の峰で男達を薙ぎ払い、燎はアゲハと共に駆け出した。

■□■□■

 飛び込むように車内へと入り、一気にアクセルを掛けて離脱する。
 白いワゴンの中、座席の無い後部には、一人の少女が寝かされていた。
 纏っているのは、病院の検査着によく似た薄い衣服だった。腕や首筋には赤い痕、電極を固定していたテープを引き千切った名残。銀色の髪と、閉じられた瞼の奥には、青い瞳があるはず。
 レイニー・アーデッドは、痩せ細った身体で眠っていた。

「……すごく、軽かった、です。身体中電極だらけにされて、ずっと麻酔を嗅がされていました。その間にビデオテープとか色んなもので、条件付けみたいに刷り込んでいたみたいです。想像すること、……ドラッグ自体が、彼女の想像物だったんです」

 アゲハはレイニーの髪を撫でる。

「ドラッグの流行や噂の状態から単純に計算しても、一ヶ月以上はその状態が続いていたってことよね。……点滴や流動食ならどうにか保つけれど、身体機能はどうしたって低下するわ」
「ったく、なんだってこんなガキに…見付けた時はスパゲッティで、どこが顔だか判らんねぇ状態だった。お陰で鎌で首掠っちまったぜ」
「や、あれは明らかに不注意でしたから」
「……モーリスさん、カーナビ点けて下さい」

 萌の言葉にモーリスはボタンを押す。そこには、赤い印が出ていた。自動的にナビゲーションが展開される。ビル街を抜けた市街地の一角らしいその場所に向けて――彼は、バックミラー越しに萌を見た。

「一旦はIO2で彼女を収容します。その後に繭神家に搬送し、能力の発動を封じながら事情を聞き出す。彼女の他にもまだ異能者が捕まっているとしたら、……助けなきゃ」

 笑いながら了解と呟き、モーリスはハンドルを回した。

「あれ? そう言えばギルフォードさん、控えてるって……」
「ああ、あいつ? 囮にして来た」
「……はいぃいぃいい!?」
「大丈夫大丈夫、鎌持たせといたし、死にゃしないだろ」
「鬼ですか、鬼なんですか燎さんー!!」


■□■□■ 参加PL一覧 ■□■□■

4584 / 高峯燎       / 二十三歳 / 男性 / 銀職人・ショップオーナー
2318 / モーリス・ラジアル / 五二七歳 / 男性 / ガードナー・医師・調和者
0086 / シュライン・エマ  / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3806 / 久良木アゲハ    /  十六歳 / 女性 / 高校生


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 普段より納品が遅れてしまい申し訳ございませんでした…こんにちは、お久し振りです哉色です。このたびは『DRUG TREATMENT <<noise 3>>』に御参加頂きありがとうございましたっ。
 今回は少しシリアスちっくにお笑いポイントが控え目になりました。次回でお終いとなりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。それでは失礼致しますっ。