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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


●街の雫
 喧噪と、人工の輝きから少し隔離された中。
 自然を切り取って出来た、都会のコンクリートの森の中にある碧の公園を小石川雨(こいしかわ・あめ)は歩いていた。
 時間に追われて生活している人が多い中、その公園を歩く時は雨は些細な出来事など全く意にかえさないで居られる何かを感じられて、夜間学校への通学途中の憩いの時間として、またバイトが終わってからの休憩の場所としてもよく利用している。
 だから、いつもと違う何かが公園にあるのを感じたのは、雨にとっては極自然なことだった。
「……なんだろ? 雨じゃないよね……」
 見上げても、灰色の空が広がっているばかりで、彼女が感じた違和感があるわけではない。
 夏の日差しに変わってきた太陽が厚い雲さえ通り越して地上を焼くようになってきている筈なのに、雨は何故か霧雨の様な物で体中を濡らしてしまった様な気がして、立ち止まった。
「あ……」
 見渡した風景の中、深緑と新緑の交わる公園の中に白いそれは立っていた。
「どうしたの?」
 小さく呟いて、それが自分の耳に届いた事で雨は自分が呆然と公園の真ん中で立ちつくしていたことに気がついた。
「……」
 きゅっと唇を噛んで、白い彼に向かって歩き始める。
 違和感と言うには現実味を帯びない白い装束を纏い、幻と言うには余りに彼女が知りすぎている現実の人物は、雨が駆け寄ってくるのに気がついた風情で、静かに身体を回して雨を視野に納めていた。
「何でそんな格好してんの!?」
「……仕事」
 開口一番の彼女の問いに、榊遠夜(さかき・とおや)は一瞬口籠もったのを自分でも自覚できる位の間を置いて返した。
「(僕の方が、どうしてって聞きたい)……」
 呪符を長い裾の中に仕舞い、雨に向き直った遠夜の姿は黒い内絹に真白い狩衣を重ねた時代錯誤というのも憚られる格好をしている。
「仕事って……映画のロケ? それとも何かの撮影中?」
 だとしたら、自分は立ち入り禁止の場所に入ってしまったのではと、雨は慌てて周りにいるだろうスタッフを探して公園を見渡した。
 だが、誰も公園の中には居なかった。
「……違うよ。映画の撮影じゃないし、テレビのドッキリでも写真撮影でも無いから」
 自然と、遠夜の表情に笑顔が戻ってきた。
「……違うんだ」
 一瞬、呆気に取られたようになる雨。
 自分が期待していたような、日常の中の非日常への接点とは違ったんだと言う、小さな諦めにも似た寂しさを感じたと同時に、何故『こんな時間に』奇妙な格好で公園に彼が居るのかと、考えるよりも先に口が動き、そして乗り出すようにして遠夜に一歩近寄っていた。
「それなら、何でそんな格好してんの!?」
「それは……」
 詰め寄って来た雨を宥めるように、して両手で彼女の肩を押し返してやるような仕草で遠夜は苦笑する。
「実はね……」
 そして、いつもなら言わないことだが、今まで対峙していた公園の一角を示す様に、静かに左手を挙げて指で指し示した。
「仕事でここに来ていたんだ」
「仕事?」
 鸚鵡返しに聞き返してくる雨の反応が、今までに無い感覚を遠夜に感じさせていた。
 奇異の視線ではない。
 彼女の視線から感じるものは、遠ざけられる寂しさ、拒絶や嘲りではなく、好奇心を満たしたくて仕方がないという、純粋な探求心の見える輝きだった。
 それが目の前の少女の瞳には灯っていた。
「……ほら、あそこにある夾竹桃の樹」
「え? 急に何? 何をしてるのかって聞いてるのに」
「……」
 だから、それを話そうとしているんだけれどなと、心の中でだけ呟いて遠夜は指差した夾竹桃から視線を外して、雨に向き直る。
「あそこを祓ってた、って言ったら……判るかな?」
「え? 払う……」
 一瞬、目を寄せて考え込む振りの雨。
 彼は出会ったばかりだけれど、嘘をつくようには思えなかった。だから、これは聞いて欲しくないための冗談なのかも知れない。
 けれど、冗談だとしても自分は許せるけれど、もしもそんな冗談が嫌いな人がいたら余りいい話じゃないことは判った。
 第一、ここは良く通っているけれど、彼が言うような『祓わなければいけない』ものなど聞いたことがない。
 有り体に言ってしまえば、雨には実感がわかなかったのだ。
 けれど、遠夜は悪い人間では無いとも思える。たった一回の冗談を聞き流せずに疎遠になる程じゃないというのが雨が直感で出した答えだったのだろう、少し困ったような表情で、小さく首を横に振った。
「ご免……聞いても、実際に見たり触れたりできるけど、ここは何度も通ってる場所だし、それでこの夾竹桃が何かを出来る訳でもないでしょ? だから、現実味がないっていうのかな……」
 言いながら雨が走らせた視線が、遠夜の身体を上下に、髪の先からつま先までを捕らえているのが彼女の動きに注目していた遠夜にはよく分かった。
 偶然なのか、それとも自分が結界に施した忌避の具合が足りなかったのかは知れないけれど、霊感もなにもない彼女がここに居合わせたことは遠夜に僅かな揺らぎをもたらせたのだが、それは雨の言葉で直ぐに否定されていた。
 だが、続いて出た雨の否定の言葉と、それに続く彼女の言動は見慣れた『常識人』のそれとも違っていて、安堵させた。
(信じられないのは、判る……誰だって、自分の目で見て、聞いたことしか信じられないのは当たり前だから……)
 だからこそ、遠夜は雨に本当のことを話してしまったのかも知れない。
 同じ真実を見て、感じて、知って欲しかったから。
 自分と同じ存在で居て欲しかったのかも知れない。
「……暑くなってきた。喉が渇いたし、コーヒーでも飲もうか?」
 雲の切れ間からの日差しがコンクリートの林立する中を照らし始めている。
 雨は、自分が否定したことで遠夜が怒りはしないかと考えていたのに、初めて会った時と変わらない様子で返してくれたことで安堵していた。
 真っ直ぐな若竹のような清廉な空気を纏う遠夜が嘘を付いていないのなら、彼が自分に言ったのは何かの意味があることなのだろうから……だから、今自分が全てを否定することも簡単なはずなのに、雨にはそれが出来なかったのだ。
「うん。それじゃ、少しだけ歩くけど、豆を選ばせてくれるお店があるから」
「高そう?」
 雨の言葉に少し驚いた風になる遠夜。
「ううん。普通。缶コーヒーの4本でおつりがもらえるよ?」
 小首を傾げて見せた雨に、初めて遠夜の微笑みが返るのだった。

fin