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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・暇〜



「いよっし!」
 嘉神真輝は準備ができたので嬉しそうに笑みを浮かべた。
「本場のパスタを食べさせるって約束したしな! って」
 はっ、として真輝は青ざめる。
「考えてみれば、俺…………あいつの呼び出し方、知らねぇ……」
 うろうろと台所をウロついてから、はあ、と嘆息した。
「まあ今までうまく会えてたんだし、こうやってベランダから外見たら案外……」
 ベランダから下を覗くと、あ、と呟く。
 下の歩道を歩く人物は、真輝がよく知る者だ。
(いたよ! なんだよそれ!)
 笑いを堪える。
「和彦〜! おーいっ!」
 手を大きく振って声を出す。こんなところから声が届くかなんて、真輝は考えない。
 あいつは絶対気づく。そういうヤツだ。
 ほら見ろ。こっちを見上げたじゃないか。
 ぐ、と屈んだ和彦が、突然真輝の目の前にいた。ベランダの手すりに片手をかけ、ひらりとそこに着地する。
「どうした。何か用か?」
「お、おまえ……」
「ん?」
「……ここまでジャンプしたのか?」
「見てたじゃないか」
 きょとんとする和彦の前で、顔に手を遣ってうな垂れる真輝。
(どんだけ人間離れしてんだか……)
 スーパーマンみたいに空は飛べないだろうが、それに匹敵するくらい凄いと思う。
「ぶふっ」
 笑いを堪えていたらしい和彦が、たまらず吹き出した。
「ははは……! こんな高さまで一度きりの跳躍で上がれるわけないじゃないか!」
「へ?」
「壁だ。壁を蹴ってあがった」
「……蹴ってあがってこれるってのも、十分凄いぞ」
「壁を走るより現実的だろ」
 そういうもんか?
 疑問符を浮かべる真輝の前で、和彦は再度言う。
「それで? なにか用か?」
「あ、そうそう。って。その前に」
「ん?」
「今度はちゃんと玄関から入れ!」



 玄関から入って来た和彦を、真輝は「ようこそ」と迎え入れた。それを見て彼は呆れたように目を細める。
「あんたは本当に教師なのか?」
「どう見ても立派な教師だろ?」
「……先生というより、気安い友達に近いな。生徒も苦労する」
「うるせーな! さっさとあがれよ。おまえのために用意したんだから!」
 そう言われて和彦は面食らったように瞬きをする。
「俺のために用意?」
「約束したろ。本場のパスタをご馳走するって」
「…………本気だったのか、あれ」
「なんだそのカオ!」
 顔をしかめる和彦に、真輝は憤慨した。
「別に料理ならなんでもいいぞ? 偏食はないし」
「はあ?」

「ほら」
 和彦の前に自慢のパスタ料理を並べる。湯気があがり、美味しそうなにおいが部屋に満ちた。
 ちょこんと座っていた和彦は、驚いたように目を見開く。
「これ、真輝さんが作ったのか?」
「おうよ。ペスカトーレに、意外性の和風、鯵干物と大葉のパスタだ!」
「…………」
「なんだその目」
「いや、これは……恋人は苦労すると思って」
 渋い顔で言う和彦の言葉に、真輝は眉を吊り上がらせた。
「おまえにだけは言われたくねえよ!」
「失礼な! 確かに俺にはそのような相手はいないが、頭から否定する根拠はなんだ!」
「そんなに麺にウンチクかます男を好む女はそうそういないぞ!」
「料理上手な恋人は、女から見れば困った相手ではないのか!」
「そうでもないと思うけど。料理できない女もいるし」
 はっきり言い放つと、和彦は仰天した。
「自炊くらいはできるだろ!?」
「できない女もいるって」
「……白米くらいは……」
「だから、できない女もいるって」
 目まいを感じたように和彦はぐったりとする。そんなに驚くようなことではないと思うのだが。
「そ、そんな女とは……俺は結婚できない……」
「えっ。おまえの奥さんって料理は必須条件なのか?」
「……下手でも愛情のこもった手料理が食べたいと思うのは……悪いことか……?」
「…………」
 唖然とする真輝が盛大に爆笑した。
「なにそれ! おまえってそんな浪漫もってたのか?」
「いいだろ、これくらい。ささやかなものだ」
 むすっとする和彦に、真輝は気づく。ずっと戦い続ける和彦からしてみれば、心休まる場所が欲しいと思ってしまうのは悪いことではないはずだ。
 それに……。
(絶対……思ってても口に出さなかったよな、今の……ささやかな願望)
 思っていても、夢は夢と諦めていたに違いない。それを話してくれるほど彼は自分を信用しているのだと思うと真輝は嬉しくなった。
「ほら、食べろって。冷めるだろ」
「しかし……」
 ちろりと料理を見遣った和彦は、真輝をじとりと睨みつけた。
「パスタとは、スパゲッティだったか」
「は?」
「パスタ料理というからどんなものかと思えば……」
 ややこしい、と和彦は洩らす。
 真輝は首を傾げた。
「なにを想像してたんだよ?」
「パスタというのは、小麦をこねて作る麺類の総称だ。こういう棒状のはスパゲッティだろ」
「…………」
 そうだった。今の日本に合わせて会話をしちゃいけない。こいつはこういうヤツだった。
(フツーの今時の若い連中に対する会話は、こいつには通用しないってこと忘れてた……)
 つまりだ。パスタと聞いて、和彦はほとんど無反応だった理由はそこにある。彼は小麦をねった料理を想像していたので、批判はしないと言い切ったのだ。
「そうならそうと言えばいいのに」
 呟くと、和彦は両手を合わせて「いただきます」と短く言うと、フォークを持つ。そして、目が獲物を狙う鷹のようになった。
「ひ……っ」
 怖い。むちゃくちゃ怖い。目がギラギラしてる!
 真輝は顔を引きつらせてその光景から目を逸らしたくなった。
(な、なんか異様なオーラが出てるんだけどっっ)

「評価がいるんだったな」
 食べ終えた和彦の言葉に、真輝は首を横にぶんぶんと振った。
「そ、そういうのいらないって! 美味いか、不味いかでいい」
「そうか。ならば『美味い』だ」
「えっ!」
 顔を輝かせる真輝だったが、和彦は無表情のままだ。思わず笑顔が引っ込む。
「う、美味いならもっといい顔しろよ……」
「麺の状態はかなり良かった。プロの領域だろう。味付けもまあまあだ。だが、少し濃い。薄口が好みの者には少しきつい」
「か、勘弁してくれ!」
 悲鳴のような声をあげる真輝。
 止めなければさらに彼は細かいところまで言ってくるだろう。どれだけ美味くても、彼の満足できる料理などないに違いないと真輝は思う。
「店の料理にはそんなに細かいことにこだわらないじゃないか!」
「要約してるだけだ。完璧なものなど、存在しない!」
 断言する和彦は、真摯な目で真輝を見つめた。
「真輝さんの料理は美味い。それは十人中十人が言うだろう。だが、それではダメだ。そこで満足してはいけない!」
「か、かずひこ……?」
「さらに上を目指してくれ! ぜひ!」
 め。目がこわい。
 真輝はいつの間にか和彦に手を握られている。
「究極のスパゲッティを俺に食べさせてくれ!」
「……そこか、本音は」
 ていうか、熱い。あつくるしい。
(和彦は、意外に熱いのか……。そうか。また一つ、見てはいけない部分を見たな、俺)
 心の中で真輝は苦笑気味にそう思ったのである。



 食後のデザートに用意したアイスを食べる和彦を眺めつつ、真輝は口を開く。
「俺はさ、生まれも育ちもスイスなんだよ」
「ほぉ。では、日本の湿気は辛いだろう」
「…………帰国子女ってやつなんだけど、やっぱそれが目立つらしくてさ。世間的には『ふつう』じゃないらしいんだよな」
 和彦がスプーンを持つ手を止めて真輝を見る。真輝は和彦からいつの間にか視線を外していた。
「この目もさ、婆ちゃん譲りのものなんだ」
「…………」
「俺は俺でしかない。特別なんかじゃない。そうだろ? おまえだって、そう思うだろ、和彦」
 ゆっくりと顔をあげ、真輝は和彦に視線を合わせる。
「和彦だって、和彦でしかない。だろ?」
 和彦は顔をしかめた。
「俺は、自分を特別だなんて、思ったことない」
「……そうなのか?」
「……劣っているとは、いつも思っているが」
 吐露した心中に、和彦は渋い表情をする。
「特別というのは、どちらかというと『優れている』という時に使うことが多い。俺は……退魔士としては優秀だとは自負しているが、一般人としては……かなりダメだと思う」
「…………」
「まず会話が噛み合わない。学校もきちんと行っていないから、そういうことを問われると答えられない。誰もが知っていることを……知らなかったりする」
 バレンタインの時のことを思い出す真輝。
 どこか恥じ入るように和彦は言う。
「……『ふつう』って、なんだろうな?」
「は? 平均的って意味だろ」
 和彦の回答に真輝は吹き出して笑う。
「そうかもな。でも、普通っていう存在ってさ、実際はわかんないだろ? 俺たちだってさ」
「……そうだな。きちんと見たことはないな」
「お。ほら、月だ」
 外はもう夜だ。月を窓越しに見る二人。
「って」
 真輝の髪が伸び、半透明の翼が出現した。無表情になっている和彦に、真輝は掌を出す。
「待て。言いたいことはわかる。俺にもよくわかんねーんだ。原因不明で、こうなるのは説明できん」
「……いや」
 和彦がふっと軽く笑った。
「悪い力じゃない。いいんじゃないか、べつに」
「そ、そうか?」
 安心する真輝に、和彦は笑顔で頷く。
「じゃ」
 立ち上がる真輝が手を差し出した。
「せっかくだし、夜の空中散歩、行ってみようぜ!」
「え。いや、俺は」
「いいからいいから」
 有無を言わさず担ぐ。そして窓を開けて空へと飛び出した。風に二人は吹かれる。
 風にかき消されそうな声で、けれども和彦の耳にはしっかりとその言葉が届いた。
「特異体質とか、あんま気にすんなよ。俺は、おまえの友達なんだろ?」
 だから。
 だから一人なんかじゃない――。
 それを聞いて和彦は視線を伏せる。頬が赤い。
「お。もしかして照れてんのか?」
「うるさいっ!」
「いだっ! なんで照れ隠しに殴るんだ!」
「恥ずかしいことを言うな! こっちまで恥ずかしくなるじゃないか!」
 月をバックに二人は言い争いを始める。だがそんな二人を止める者は誰もいない。
 ただ静かに月だけが浮かぶ――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、嘉神様。ライターのともやいずみです。
 とうとう和彦がパスタを……! 二人の友情は現在も進行中のようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!