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Calling 〜小噺・暇〜
橘穂乃香はひょいとお店を覗く。そこは骨董の店だ。穂乃香の知り合いが居候しているのである。
訪ねた相手はどうやら留守のようで、穂乃香は肩を落として店をあとにした。店の主も客の相手で忙しそうで、そこに居座る気にはなれなかったからだ。
歩く穂乃香は空を見上げる。こんなにいい天気なのに、どうにも心が晴れない。原因はわかっている。
遠逆和彦の存在だ。
(あの時のケガ……本当に大丈夫なんでしょうか……)
胸の前でぎゅっと手を握る。
いくらなんでも痛いものは痛いだろうに。
(またどこかで戦って……?)
胸が締め付けられるほど痛い。心配で落ち着かなかった。
こうやって自分が心配していることも、彼にとっては大きなお世話かもしれない。
「あぅっ」
どん、と誰かにぶつかって穂乃香は慌てて頭をさげた。
「す、すみません……!」
「…………」
相手が驚いている様子がわかり、穂乃香はゆっくりと顔をあげる。
ぶつかった相手に穂乃香が仰天した。
噂をすれば、というやつなのか……目の前にいたのは和彦である。
思わず言葉に詰まり、穂乃香は口を緩く開閉するだけで何も言えなくなってしまう。
「どうした? 金魚の真似か?」
きょとんとしてこちらを見ている和彦の言葉に、思わずがっくりした。
なぜに金魚なのか。そんなに変な動作だったのだろうか?
「ち、違います!」
「…………では、メダカ?」
「どうして魚なんですかっ」
「口をぱくぱくさせていたからだ」
自分の発言にくすくす笑う和彦。穂乃香は頬を染めて「もうっ」と言う。
「なかなか似ていたぞ」
「真似ていたわけではありませんっ」
「かわいいと褒めているのに」
えっ、と硬直する穂乃香の様子に彼は派手に笑う。
「あっはっは! なんだ。言われないのか、かわいいって」
「えっ、な、なにを笑うんですか! か、かわいいって言われたら、女の子は誰だって驚きます!」
「ふむ。そういうものか?」
ふいに真面目になって尋ねるので、穂乃香は戸惑って首を傾げてしまった。
「世辞で言っているのとは違うんだから、素直に受け入れればいいだろう?」
「せ、世辞って……」
「これは大変だ。あのお兄さんも、さぞや心配だろう」
くすくすと笑う和彦に、穂乃香は意味がわからなくて疑問符を浮かべる。
和彦はイラズラっぽく目を細めた。
「変な虫がついたら大変だろうな。せっかくの花がしおれるかもしれないし」
「で、ですから……兄ではないんですけど……」
「あんたにとってはそれくらい、大切な相手じゃないのか?」
「え……」
「あんな剣幕で俺を怒るんだ。あの男はあんたのことが大切なんだろ?」
「そ、そうかもしれません……あの人は、やさしいので……」
「うん。そうだろう」
満足がいったように笑顔になる和彦は穂乃香の頭をぽんぽんと叩いた。かなり軽く。
見上げる穂乃香は不思議そうに彼を見つめた。
戦いから外れた時は、こんな……こんな表情もするのだ。
もじもじとする穂乃香は、口を開く。
「あの……本当に、すみません。かなり……その、嫌な思いもされたのでは……?」
「ん?」
「あの、わたくしを心配していた……人に、怒鳴られたので……」
「…………」
和彦は視線を上にあげる。そして苦笑した。
「説明したらわかってくれたし……。まあ、あまり詰め寄ってきたのでちょっと反撃はしたぞ?」
「はっ、反撃?」
初耳である。
「大丈夫。ケガはさせてない。あまりにも一方的に話を進めるのでな。俺が口を挟む時間をつくっただけだ」
「…………」
穂乃香はかの少年が和彦の前で、あの漆黒の刀の先端を喉元に突きつけられている様を想像した。
…………かなり怖い光景だ。
「ああやって心配してくれる人がいるんだ。…………いいじゃないか」
「和彦さんにだって、いらっしゃるでしょう?」
なにげない会話だったはずだ。
だが、和彦の顔から柔和な表情が消えて冷たくなる。
「…………さて。それはどうかな」
「え……?」
「俺のことはいいだろ。それより、あんたはこんなところで何をしてるんだ?」
「あ……あの、本当は人に会いに来たんですけど……留守だったんです」
和彦は落胆している穂乃香を見遣り、嘆息する。
「なるほど。手持ち無沙汰で困っているというわけか」
「い、いえ……お屋敷に戻ります。こっそり抜け出してきたので……きっと、心配していると思いますから」
困ったように笑う穂乃香に、和彦は片膝を地面について視線を合わせる。
「そうか。それは、あまり褒められたことではないな」
咎めるように言われて穂乃香は俯いてしまう。
「す、すみません……」
弱々しい声で言う穂乃香の額を、彼は人差し指で押す。
「俺だって、そういうことをされたら悲しいぞ?」
「え……?」
「どうしてこっそり抜け出したんだ?」
いつもより優しい声に穂乃香は顔をゆっくりとあげる。和彦の態度に顔が赤くなってしまった。
「あの……いつも、止められるんです。危ないからと」
「そうか」
「なので……自由に外に出たい時は、その……」
「ふぅん」
和彦は、怒っている様子はない。
「お、怒らないのですか……?」
「怒る? なぜ?」
「だ、だって……悪いこと……です」
「それがわかっているなら、怒る必要はないだろ。それに、過保護すぎるのは感心しないんだ、俺は」
「過保護……」
「成長しないだろ、過保護すぎると」
あっさり言う和彦の言葉に、穂乃香は吹き出してしまう。
どうした? と和彦がきょとんとした。
「な、なんだか……その、」
立ち上がった和彦は微笑して言う。
「よし。元気が出たな」
「え?」
瞬きをする穂乃香に、和彦はにっこりと笑いかけた。
*
「いいのですか?」
「なにが?」
「お付き合いしてもらって……」
「ははは。なんだ、そんなことか」
明るく言う和彦は、よく見ればいつもの学生服ではない。普段着だ。
「気にするな。今日は元々息抜きをするつもりだったから」
和彦は公園に行く。そこに出ていたアイスクリームの屋台に気づいて穂乃香に買ってきた。
「す、すみません……」
「こら」
穂乃香を軽く睨む。
「そういうところで遠慮をするな。子供らしくないぞ」
「…………」
「こういう時は謝られるより、感謝されたいな、俺は」
ふっと優しく笑う和彦を見上げて、穂乃香は元気よく頷いた。
「和彦さんは、甘いの……お嫌いですか?」
ベンチに座って食べつつ、穂乃香は尋ねる。和彦は首を横に振った。
「いいや。甘いのは苦手じゃない」
「あの……でも」
和彦は自分の分を買っていない。
「ほら、コンビニにある、安いやつあるだろう? 二本に割れる、ソーダ味の。あっちのほうが好きなだけだ。気にするな」
「…………」
唖然とする穂乃香の前で、ハッとして和彦は照れて咳き込む。
「いや……その、あまり贅沢をしない主義なんだ。貧乏くさいだろ」
「そんなことないですよ」
「…………なんというか、ちょっと俺は世間一般とズレているから……」
悩みの種のように和彦が嘆息した。
「ズレていますか……?」
「田舎くさいそうだ」
「だ、誰が言ったんですか、そんなこと!」
憤慨する穂乃香にちらりと目配せすると、和彦は軽く肩をすくめた。
「コンビニの前でたむろしていた…………不良」
「…………」
「夜中だったし、まあ絡まれるのは慣れているから」
ぞっとして穂乃香は青ざめる。見た目は眼鏡のガリ勉タイプに見えなくもない。確かにこれでは絡みやすいかもしれない。
けれど、その中身は想像を絶するほど対極にあるものだ。
「そ、その不良の方たちは……ど、ど……」
「さて。どうしたろうな」
さらりと言うので穂乃香は顔を引きつらせる。
もしかして。
(……ぼ、ぼこぼこにしちゃったりなんて……ないですよね……)
「まあ、しばらくは動けまい」
「…………」
穂乃香は引きつった笑みを浮かべて見せた。
その様子に気づいて彼はニッと笑う。
「どうした?」
「え……と……あの」
「俺は暴力をふるわないと、思っていたか?」
「……………………はい」
「殴られそうになったから、殴っただけだ。加減はしたぞ」
「殴られそうになったんですの!?」
「ああ。目を細めて見ただけで」
それは、侮蔑したのでは?
そう思いつつ穂乃香はくすくす笑いだす。
和彦だって、やっぱりどこにでもいる年頃の高校生なのだ。
あまりにも平和で。
平和すぎて、穂乃香はぞくりと背筋が寒くなる。
「あの……和彦さん……」
「なんだ」
「…………わたくしがそばにいるの、迷惑……ですか……?」
「なんでそんな心配そうな顔をする?」
怪訝そうな和彦は、眉をひそめた。
「そんなに俺は…………その、心配をかけるようなことをしているか?」
「だ、だって……! ケガが治るとは言っても、痛いのではありませんか?」
「…………痛いのは認める」
ぽつりと言う和彦は、嘆息する。
「しょうがないだろ。どうやってもケガはするんだから」
「で、ですが……治るのを前提に戦っていませんか?」
穂乃香の言葉にぴくりと和彦が眉を動かす。聞き捨てならないとばかりに彼は目を細めた。
「だから……無茶を平気でされるのでは……?」
「…………鋭いな」
舌打ちしそうなほど短い一言に、穂乃香はそれでも怯まない。ここで怯んではいけない。
「呪いが解ければ……和彦さんは、もう痛い目にあわないんですか?」
「…………いいや」
彼は否定した。
「俺は遠逆の退魔士だ。呪いが解けても、今とさほど立場は変わらないだろうな」
「! そ、そんな……!」
「小蝿が飛び回らなくなるだけ、と考えたほうが妥当だろう。まあ……鬱陶しいのは本当のことだし」
「…………」
がっくりと肩を落とす穂乃香を見て、和彦は申し訳なさそうな顔を一瞬だけする。だが……彼はすぐに表情を戻して言った。
「アイス、溶けるぞ」
「えっ、あ、は、はい」
「なけなしの財布から出したお金だ。味わって食べてくれ」
「ええっ! そ、そ……」
「冗談だ」
ふふっと軽く笑う和彦に、穂乃香は頬を膨らませた。
こんなやり取りができなくなる日が……くるのだろうか? 本当に?
(……和彦さんが)
息災な未来がどうか……どうか、きますように……!
穂乃香は急いでアイスを食べながら、彼に微笑みかけた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】
NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
かなり打ち解けた感じになっていますが、いかがでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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