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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・暇〜



 ぶらぶらと歩く黒崎狼は、悪態をつく。
 居候させてもらっている店から、朝早くから追い出されたのだ。おまけに遊びに行った常花の屋敷では、探していた屋敷の主人がいなくてがっくりした。
 屋敷の主人である少女は朝早くから出かけてしまっていたのだ。だからこうして狼は一人でぶらぶらしている。あの屋敷にいる執事とは顔を合わせたくなかった。
「あれ?」
 狼はふいに気づいて視線を移動させる。公園のベンチに座っている少女に気づいた。
(あれ……月乃?)
 さみしい公園だと思う。なにせ月乃しかいないのだ。
 足を踏み入れた狼は近づいてからあっ、とした。
 月乃は寝息をたてていたのだ。
(寝てる……? 嘘だろ……)
 耳を近づける。確かに規則正しい寝息だ。
 間近にある月乃の寝顔は苦しそうだ。
(こうして見ると……月乃って本当に綺麗な顔してるんだよなぁ……)
 屈み、両手を頬に当てて下から覗き込む狼は、月乃がうめいて涙を流したのに驚く。
 右眼からつうっと流れた涙は落ち、スカートに染みを作った。
「つっ……」
 きの、と続く言葉を呑み込んだ。
 月乃が目を開いたのである。狼の色違いとは違う、不吉な雰囲気を出す白い眼が狼を捕らえた。
「……なにをしているんですか、こんなところで」
「え……と」
 ものすごく……ぎこちなく言う狼。
 涙を拭う月乃は、軽く首を傾げた。
「どうしました? 狼さん」
「…………大丈夫、か?」
「なにがです?」
 平然と言う月乃の手を掴む。思ったより小さい。
「無理するな!」
「……無理など、していませんよ」
 苦笑する月乃は狼の手を握り返した。
「昔の夢をみただけです。他愛のないものですから」
「だけど……」
「悲しくて泣いたんじゃないんです。最近右眼が痛くて」
 半分は嘘だと気づいたが、狼は何も言わなかった。
 彼女の右眼はひどく力が凝固しているように見える。だから痛みを感じてしまっても仕方がない。
 悲しいというよりは、苦しんでいた。だが悲しみが微塵もないと言ったら嘘だろう?
「よし!」
 立ち上がると狼は月乃の手を引く。
「せっかくだから、どっかでお茶でもしないか?」
「…………」
 無言で狼を見上げる月乃に、どきどきしてしまう。「結構です」と、断られたらどうしよう。不安だ。
 だが月乃はすっくと立ち上がって微笑んだ。
「いいですよ」
「え……? ほ、ほんとに……?」
 仰天する狼に、彼女は頷く。
「ナンパをされたのは初めてです」
「ナ!? ちっ、違う!」
「わかってますよ。で、どこへ行くんです?」
「えーっと……」
 悩む狼に、月乃は冷たい視線を向けてくる。ただ、それは呆れに近い。
「考えなしで私を誘ったんですか? 狼さん」
「甘味処でどうだ!」
 勢いで言った狼に、彼女は嬉しそうに微笑む。思わず狼が心臓をどきんと跳ね上がらせるに十分な笑みだ。
「なるほど……。それは妥当でしょう」
「だ、妥当?」
「女性を連れていく場所は限られていますからね」



 古い外観の店を見て、月乃は感心したように狼を見遣る。
「よく私の好みがわかりましたね」
「……そりゃあ、まあ……」
 あれだけ狼が居候している骨董屋を楽しそうに眺めていたらわかるのは当然だ。
「月乃って、洋食は苦手なのか?」
「え? そんなことはないですよ。美味しいものに洋食や和食など、関係ありませんから」
 笑顔満面の月乃に、面食らう。なんだか熱が入っているような……?
 はっきり言って狼が連れてきたこの店は、店だとわからない。店先に商い中の看板すらないのだ。
 がらりと戸を横に引いて開けると、二人は中に入った。

「味は間違いないと思うんだよな」
「? 狼さんは来たことはないんですか?」
「俺? 来たことはないな。男と二人で甘味処ってのも、むなしいだろ……」
「男?」
「あ、ここを教えてくれたヤツ。俺が居候させてもらってる骨董の店主」
「ああ……」
 なるほどと頷く月乃は、そわそわしていた。狼から見てもかなりおかしい。
 出されたお茶にも手をつけていない。
「おまちどう」
 テーブルの上に置かれたあんみつを見て、月乃の瞳がきらきらと輝く。呆然とする狼の視線にハッとして、慌てて顔を引き締めた。
 こほんと咳をする月乃。
「な、なんですかその目は」
「いやぁ……べつに」
「べつにという視線ではありませんでしたが」
 頬を赤らめて言う月乃は木製のスプーンを掴む。そしてあんみつを食べ始めた。
 口に運んでぱくりと食べた月乃は……うっとりとしてしまう。
「はぁぁ……美味しい……」
「つ、つきの……?」
「甘さが控えめというわけではなく、適度な甘さがいいですね。これは蜂蜜に秘密がありそうです……」
 もぐもぐと食べる月乃は、狼の呆れたような目に気づいてびくっと反応した。
 狼は自分が頼んだ宇治金時を一口食べて、ふふっと苦笑する。
「そっか……」
「なっ、なんですかその悟ったような口調は!」
「いや……月乃も年相応なところがあるんだなって思っただけだ」
「私はまだ17歳です! 当たり前じゃないですか!」
 真っ赤になって怒る月乃を、狼は見遣る。
 こんなふうに怒るところもあるのだ。どれだけ……。
(どれだけ、月乃は抑えてるんだ……?)
「だいたいあなた! 好きな女の子がいるんじゃないんですか? 私を誘うよりもその方を誘えばいいじゃないですか」
「ぶっ! どうしてそっちに話がいくんだ!」
 突然の話題に狼は慌ててしまう。
 月乃はじっくり味わって食べつつ、尋ねた。
「それで、どんな方なんですか? 狼さんの想い人は」
「違うって言ってるだろ!」
「わかりました。狼さんの片思いの相手はどんな方ですか?」
「なんだそれは! というか……俺としては月乃のほうが気になるな」
 言われ、月乃が真っ赤になって狼を凝視する。
 その表情の意味に気づいて狼は手を振った。
「ちっ、違う! そういう意味で言ったんじゃなくて! 月乃のこと、なんにも知らないから……」
「なるほど……」
 小さく頷く月乃は、置かれた葛きりに目を輝かせてからふいに表情を暗くする。
「私のことなんか知っても……なにも面白いことなどないですよ」
「相手のことを知るのに、面白いとかそういうのは関係ないと思うぞ」
「…………」
 沈黙してしまう月乃は、平らげたあんみつの皿を、よける。
 狼は、言いたくて……でも言えなかったことを口にした。
「おまえ、呪われてるだろ?」
「……それが?」
「…………本当に、解けるのか? 現実はそんなに甘くないぞ?」
 それを聞いて月乃はくくっと笑う。
 ひょいとスプーンを回す。
「そうですね。普通はそう思うはずです。そんな……童話みたいな結末は私には用意されていないでしょう」
「そ、そういうことじゃなくて……」
「呪いを解くことを目的として東京にいるんですけど……」
 月乃はさみしそうに微笑した。
「呪いが解けても解けなくても……あまり関係ないんです」
「ど、どういうことだ……?」
「解けてこの身が自由になるというわけではありませんからね。私は退魔稼業をこれからも続けるでしょうし、今となんら変わらないはずです。違うのは……妖魔が寄ってこないことだけ」
「なんだよそれ……」
 月乃は視線を伏せる。
「私が遠逆の人間という事実は変わりませんから」
「おかしくないか、それ!」
 声を荒げる狼を静かに見て、月乃は苦笑した。
「……そういう反応は、正しいんだと思います。ですが……私は遠逆の家でしか生きられないんです」
「?」
「一般の人より、私はかなり劣っていますから……」
 ふふっと笑う月乃を、狼は怪訝そうに見る。
「だから、呪いが解けようと解けまいと……いいんですよ」
「でも……おまえ、呪いを解くためにずっと……戦って……」
「解ければいいですけど、それだけの話です」
 美味しそうに食べる月乃は平然としていた。逆に狼は不安でたまらない。
 だったら、月乃がこれまでしてきたことが無意味になるというのだろうか?
「きっと解けると……私は信じています。解ければいいな、というくらいの期待ですけどね」
 愕然とする。
 自信をもって戦う月乃は、この呪いを解くことに……解けることに期待をしていないのだ。
 半分信じて、半分は諦めている。
 なんで。どうして。
 狼は目の前にいる少女を見る。
(俺……)
 言えない。解けないと……解ける可能性は高くないと思っているなんて。
「当主が……よく、上京を許してくれたな」
「やらないよりはいいです。ただ、期間は決められていました」
「期間?」
「期間内にできなければ、すんなり諦めるつもりだったんです」
「…………」
「それに……。呪いが解ければ次の当主に選ばれた時に楽だと言われて……」
 常に憑物を惹き寄せる月乃が、これまでどれほど苦労してきたか、狼にはわからない。
 自分が苦労してきたことも、彼女は知らない。
「普段と同じことをしているだけなので……正直、呪いが解けるかどうかなんてわからないんです」
「月乃」
 静かに狼が名前を口にする。
 月乃は狼をじっと見つめる。
「俺は……俺は、おまえが辛い時はそばにいたい」
「…………」
「だ、ダメ……か?」
 邪魔です、と冷たくあしらわれるかもしれない。だから狼の、膝の上に置かれた拳は微かに震えていた。
 月乃は無表情で狼を見ていたが、やがてくすくすと笑い出す。
「べつにいいですよ。物好きですねえ、あなたは」
「も、物好き?」
「はい。だって、私のそばにいたいなんて……変だとしか思いませんよ」
「そ、そうか?」
「ええ。まあ……あなたは正直な方なので嘘はついていないでしょうし」
 月乃はそっと手を出してきた。
 それを不思議そうに見る狼。
「握手です」
「え……」
「あ、私に触れるの……嫌ですかね」
 手を引っ込める月乃の手を狼は急いで握りしめた。それを見て月乃は微笑む。
 ぶんぶん、と上下に振ると月乃は笑顔で言った。
「よろしくお願いしますね。あなたみたいに変わった友人でしたら、遠慮なくできると思います」
「え……お、おい、今のは聞き捨てならないセリフなんだが……」
「いいじゃないですか。細かいことは気にしないでください」
 手を離して月乃は片手を挙げた。
「すみません、抹茶パフェください」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 互いにさらに近寄った感じとして書かせていただきました。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!