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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・暇〜



 初瀬日和は声をかける。
「和彦さん」
 彼はこちらを振り向いた。ああ、と日和は思う。
 彼は元気そうだ。
(良かった……この間、具合が悪そうでしたし)
「日和さん……どうした?」
 こんなところで。
 そう彼が問うのも当然だ。
「兄ちゃん、買うの? 買わないの?」
 焼きそばの屋台の前だったのだから……。



 ジロジロと見てくる焼きそば屋台のいかついおじさんを一瞥し、日和は苦笑した。
「本当に、お蕎麦とかがお好きなんですね」
「あ……いや、まあ」
 頬を赤くして、和彦は苦笑する。
「私からは連絡する方法がないので、こうやって偶然会うのを待つばかりですから」
「…………」
 無言になる和彦は、困ったように視線をさ迷わせた。
「……教えてもいいんだが」
「え?」
「今の……住所」
 目を丸くする日和に、和彦は視線を合わせないようにしている。
「教えてもいいが、ボロいのだ」
「ぼろい?」
「寝起きできればそれで良かったから……はっきり言って狭いし、何もないからな」
 疑問符を浮かべる日和であった。
 狭いというのは、どのくらいの狭さなのか……。
「あの、和彦さん」
 もじもじしつつ、日和は見上げる。
「よければ……お散歩しませんか?」
「散歩……?」
「はい」

 日和は和彦と並んで歩いていた。やって来たのは広い公園で、緑も多い。
「よく来るのか? ここ」
「はい」
 笑顔で答えると、和彦は一瞬目を見開くが頬を染めて小さく「そうか」と短く呟く。
「ほら、鳥が多いんです。この公園」
 日和が指差す方向を眺め、和彦は戸惑ったように眉をさげた。
 その様子に日和は首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「え……? いや、だって……ほら」
 慌てる和彦は、俯いて視線をうろうろさせた。
「その……動物とか、鳥とか苦手なんだ。俺の殺気ですぐに逃げるから」
「……殺気……?」
「それに、すぐに殺せそうで……」
「ええっ!?」
「だって人間みたいに抵抗しないんだ!」
 真っ赤になって言う和彦の言葉に、日和は驚いていたが……ゆっくりと微笑した。
「大丈夫ですよ。和彦さんはとってもお優しい方ですから」
「や、やさしい? どこが?」
 本気で言っているらしい和彦に、思わず苦笑する。
「優しいですよ。とっても」
 日和はカバンからパンを取り出す。それを和彦は不思議そうに見つめた。
「こうやってパンをまくと、鳥が寄ってくるんですよ?」
「ふーん」
 日和の行動を真剣に見つめる和彦の視線に、日和は照れてしまう。
 あんなに見つめなくてもいいと思うのだが……。
 鳥がパンに集まってくる。鳩だ。
 翼を羽ばたかせて、日和の周囲に集まってくる……のはいいのだが。
「うわっ、きゃああ!」
 思わず日和が悲鳴をあげてしまう。人懐っこい鳩が大量に集まってきたのだ。
 青ざめる和彦の頭や肩にも鳩が乗っている。
 周囲がざわついた。公園に子供を連れて来ていた母親たちの視線が日和たちに集中する。通りかかった者や、ランニング中の若者も、全員が彼女たち二人に視線を向けた。
「かっ、和彦さぁん」
「…………」
 げんなりしている表情の和彦は、ちろりと日和を見遣る。
 どうしようか困っている日和を前に、和彦は肩を落とした。その色違いの瞳が細められ、殺気を帯びる。
 びくっ、と鳩が反応すると勢いよく全羽、ばさばさと飛んでいってしまった。
「す、すごいですね、和彦さん」
「……どこが?」
 渋い顔の和彦の、その呆れたような言葉に日和は吹き出して笑ってしまうのだった――。



「ふふふ……」
「……そんなに笑うことないのに」
 嘆息混じりに言う和彦に、日和はこほんと咳を一つする。
「すみません」
「……いいよ、もう」
 はあ、とまた溜息。
 それを見て日和は語りかける。
「和彦さんは、鳥にも好かれるんですよ。さっきので証明されたじゃないですか」
「……でもやっぱり苦手だ。言葉を喋らないから」
 日和はベンチから立ち上がる。
「行きましょう!」
「行くって、どこへ?」
「ですからお散歩の続きです!」
 笑顔で彼の両手を掴み、引っ張りあげた。

 街中を歩く二人。和彦は人の多さにげんなりしていたが。
「和彦さん!」
「は、はい?」
 頬を膨らませる日和を見下ろし、和彦は目をぱちくりとさせる。
「もっと楽しそうにしてください。私といるのがつまらないなら……仕方ないですけど」
「つ……つまらなくはないんだが……」
 顔を赤らめる和彦は、申し訳なさそうに眉をさげた。
「なんだか……その、落ち着かない」
 ぽつりと洩らした彼は、己の胸元に手を置く。
「日和さんはいつもこうなのか……? あまりにも声が多くて……混乱する」
「混乱?」
「あ、いや……今のは気にするな。なんていうかな……不慣れで、日和さんこそつまらないんじゃないのか? 気の利いたことも言えないし」
「和彦さん」
 前に回って、彼を正面から見据えた。困惑したような桃色と漆黒の瞳が日和を見下ろしている。
「和彦さんは、どうしてそんなに後ろ向き発言をするんですか」
「だ、だって……」
「だってもヘチマもありません! もっと自信を持ってください! 和彦さんは鏡をご覧にならないんですか?」
「鏡? いや、見るが」
「どんな女の子だって、和彦さんを見れば惚れ惚れしますよ! 魅力があるんですから!」
「…………」
 無言になる和彦は、じっと日和を見つめた。
「そういうもんか……? 高校にも……それほど長く居たことはないので、そういった感覚はわからないが」
 まあ。
 にっ、と和彦は笑った。
「日和さんがそう言うのなら、信じよう」
「そうですよ!」
 意気込む日和の耳元に唇を寄せ、和彦は囁く。
「あんたにだけ通じればいいよ、その魅力ってやつ」
「!」
「なんてな」
 照れ笑いする和彦は、こほんと咳払いをする。
「で……次はどこに?」
「あ、はい。では……おすすめの、生パスタのお店に行きませんか?」
「パスタ……」
 確か和彦は蕎麦が大好物だったはず。パスタならば喜んでくれるはず。
 そう思った日和だったが、和彦は顔色一つ変えない。
「確か、小麦をこねて作る麺のことだったか?」
「え?」
「パスタって、そういう意味だろ?」
「えーっと……?」
 平然と言われて日和は疑問符を頭の上にぼこぼこ浮かべた。
「あの……えっと」
 なんだか、食い違っている。それは間違いない。
「まあいい。行こうか」

 洒落た外観の店を見てから、日和は隣の和彦を見遣る。誰が見ても、振り向くような美形だ。
 心なしか、自慢したくなる。
 和彦が自身の存在を殺していなければ……誰もが振り向いて噂をするはずだ。
 店内には若いカップルも多い。
 席に座ってからメニューを開けた和彦は、パタンと閉じた。
「か、和彦さん? ど、どうかしましたか? なにか嫌いなものでも……?」
 おろおろする日和を、じっと見る。
「スパゲッティか」
「え?」
「スパゲッティ。パスタの、棒状のもの」
「へ?」
「うん」
 満面の笑みになって和彦は楽しそうに言う。
「スパゲッティは好物だ」
「そ、そうですか?」
 安堵する日和は胸を撫で下ろす。その日和に、誰かが声をかけてきた。
「ねえねえ、あのさ、この後暇じゃない?」
「は?」
 見知らぬ男である。高校生ではなく、大学生くらいだ。男は後方の席にいる仲間たちに目配せした。
「大丈夫だって。君のほかにも、女の子くるんだよ。頭数足りなくて。そんな冴えない彼氏放っておいてさ」
「冴えない彼氏で悪かったな」
 刃のように鋭い言葉が、和彦の口から洩れた。日和は男から視線を外し、和彦に定める。
 不愉快全開ですと言わんばかりの和彦からは、邪悪なオーラが出ていた。
「否定はしない。なにせ、気配を殺しているのだ。おまえのような蚊トンボには、俺の顔すらはっきり認識できていないはずだしな」
「か、和彦さん、私はこの人たちとは行きません」
 ですから落ち着いて。
 慌てる日和を見もしない。目付きだけは……怖い。かなり。
「ならば」
 すう、と目を細めた和彦の、希薄なまでの存在感が徐々にカタチを持ち始める。
「結界を……ぎりぎりまで解いてやろうじゃないか。うつけ」
 色彩をはっきり纏ったような和彦に、日和は瞬きをした。いつも見ている彼とは、やはり違う。
 日和は頬を赤く染めた。
(もしかして……もしかして和彦さん、や、やきもちを……?)
 まさか。いや、そんなはずは。
 強烈な和彦の美貌に男は絶句している。周囲もざわつき始めた。
「どうだ? 冴えない彼氏に一撃でも食らわせてみるか?」
「えっ、あ、いや……」
 後頭部を掻く男を冷ややかな目で見る和彦が、メニューを片手で持って軽く振る。シュパッ、と何かと切ったような音がした。
 はらり、と男の前髪が横一直線に切れて……落ちる。メニューは男に少しも触れていないのに。
 青ざめて席に戻っていく大学生の男。
「かっ、和彦さん! やり過ぎですって!」
 いくらなんでもあれはいけない。
 腕組みをしている和彦は偉そうにフンと鼻息を洩らした。
「あれくらいなんだ。どこも傷つけてはいない」
「ですけど!」
「日和さんを、馬鹿にした。それが気に入らない」
 はっきりと断言する和彦は、じっと日和を見つめる。
「俺の気配がないのは……仕方ないことだけど、それであんたがあんな風に……冴えない彼氏を連れている女みたいに言われるのは、我慢ならなかった」
「私は気にしませんよ?」
「俺は気にする。あんたを侮辱されるのだけは、許せない」
「和彦さん……」
 心底本気で言っているのだろう。それが日和にもわかる。
「あ、あのぉ……ご注文は、お決まりに?」
 いつの間にか横にいたウェイトレスの声に日和は慌てて手を振った。
「す、すみません。まだ決まってなくて」
「そうですか」
 若いウェイトレスはチラチラと和彦を盗み見ている。それに気づいて日和は複雑な気分になった。
 メニューを真剣に見ている和彦はウェイトレスに気づいていない。というか、眼中にも入っていない様子だ。
「和彦さん、私まだ決まってないんですけど……後でいいですか? 注文」
「え?」
 和彦は日和の声に反応して顔をあげ、頷く。
「日和さんが決まってからで構わないぞ?」
 笑顔を向けてくる和彦の態度に、ウェイトレスは残念そうに「そうですか」と肩を落とした。
(ち、ちょっと意地悪をしてしまいました……でも、このくらいいいですよね……?)
 苦笑してしまう日和は、メニューへと目を向けたのだ――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 今回は嫉妬をする和彦をお披露目させていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!