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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


仲違いの樹

「呪われた樹?」
 その日いつも通り草間武彦は、薄く淹れたインスタントコーヒーを飲みながら、義妹の零が知り合いの刑事から無理矢理押し付けられてきた仕事の詳しい内容を聞き取っていた。
「はい。なんでも都内のある池のほとりに植えられた銀杏の樹の下に、家族や友人・恋人と行くと必ず険悪な仲になるらしくて、最近はそれが原因となって殺人事件にまで発展してしまっているそうなんです」
「・・・くだらんな」
 零の話をそう一蹴すると、武彦はポケットから煙草を取り出した。最近は少し余裕があるのか銘柄はマルボロのレッドだった。
「だいたいなぁ・・・」
 火を付け深く煙を吸い込むと、武彦は白濁した呼気と一緒に事件への疑問を零へと吐き出した。
「恋人や友人同士なんてものは、お互いになにかしら不満を抱えているもんなんだよ。そこに都合よく『仲違いの樹』って便利な物の噂を聞いたから、呪いにかこつけて自分の欲求を果たそうとしたってだけじゃないのか?」
「でも、皆さんそんな噂は聞いたこともないって言うんですよ。むしろ以前は『福運の樹』として地元では評判だったみたいですし・・・」
「それが一転して『仲違いの樹』か。いったいなにが原因でそんな真逆の噂が立ち始めたんだ?」
「それを調べてきてほしいというのが、今回の依頼内容なんです。調査の結果次第で被疑者は、『犯意なし』という扱いになりますから・・・」
「なるほどな・・・」
 もう一度深く煙を吸い込んで、武彦はふーっと長い息を吐いた。
「殺人者か、呪いの被害者か、その見極めをこっちでしてくれということか」
「はい、そうみたいです」
 零が一旦引き受けた以上いまさら断ることもできないが、正直あまり気は進まなかった。というか心霊関係の仕事は、どれも気が進まないというべきか。
「まあ・・・いいさ」
 たまった灰を灰皿に落として武彦は零にこの依頼への指示をひとつ出す。
「その辺の適当な連中捉まえて、下調べだけさせておいてくれ。必要そうなら俺も出向いて真相解明とやらに努めるから・・・」



 退屈は、雨音と共にやってくる。そんな格言(?)が浮かんできそうな、梅雨特有のじっとりとした気配に覆われる六月の午後。日本には珍しい本格的西洋建築の自宅で、セレスティ・カーニンガムはぼんやりとパソコンを見つめていた。
 めまぐるしい変化を見せるモニターは、様々な怪奇現象サイトを映しては、一瞬で別のサイトに切り替わる。傍目には、ろくに中身も見ずチャンネルを回す子供のようにも映るその行為で、彼は画面に映る全てのサイトに収められた情報を、余すことなく読み取っていた。
「『紅い少女』・・・『血の池』・・・『天の架け橋』・・・・・う〜ん、どれもピンとこないですねぇ・・・」
 盲目の瞳を宙に漂わせて、セレスティは指で髪をからめ取った。銀の糸が、胸元へするりと滑り落ちていく。
「退屈は・・・嫌い、なのですが・・」
 そんなセレスティの思いが通じてか、遠くから電話の音が聞こえてくる。きっかり2コールの呼び出し音の後、数十秒の間をおいて部屋のドアが鳴る。
「セレスティ様、草間興信所のシュライン・エマ様からお電話です」
 退屈な時間は終わりになるらしい。いつもセレスティに面倒事と、それ以上に多くの刺激をくれる妙齢の友人の姿が浮かぶ。
「・・はい・・・ええもちろん、かまいませんけれど・・」
 伝えられた場所とキーワードを元に、モニターを次々切り替えていく。目当ての書き込みはなかなか見つからず、セレスティは怪訝そうに手を止める。
「・・ええ。確かにそう入れたのですけれど・・・・・はい・・そうですね・・・では、その時に・・」
 通話を終え受話器を返すと彼は、再び意識をパソコンへと移す。相変わらずモニターにはいくつものサイトの書き込みがめまぐるしく映し出されていっている。
「ああ・・・そうだ」
 ふと思いついたように顔を上げ、セレスティはドアの方を振り返る。
「新聞を、持ってきてください・・・出来ればここ2、3ヶ月分すべて」


 待ち合わせ場所にたどり着いたのは、シュラインのほうが少し早かった。湿気のため肌に張り付く黒髪を、指で払う彼女の前に漆黒の長い外国車が横付けにされる。
「すみません。どうやらお待たせしてしまったようだ」
 そう言って静かな微笑を見せるセレスティ・カーニンガムにシュラインは「いいわよ」と端的に答えドアを開ける。
「頼み事をしたのは私の方だもの。それよりどうだった?検索の結果は」
「いえ、それが・・・」
 『仲違いの樹』と呼ばれている『それ』が、どれだけ認知されどう評価されているか。シュラインはネットの『噂集め』を彼、セレスティに電話で依頼していた。
「ゴーストネットを含む各サイトでのこの樹に関する報告は現在、まったくないと言ってもいいくらいごく僅かなものに留まっています」
 しかもその全てが『仲違い〜』ではなく、『福運の樹』に関するものと聞き、シュラインは小さくため息をついた。
「そっちも・・・なのね」
「と言うことはキミの方も同様に・・・?」
 セレスティの問いに頷きで返し、シュラインは自分の調査結果を話す。
 『加害者』達は皆口をそろえて「二人であの樹を見た時から急に、相手に深い憎悪を感じ始めた。理由もよくわからないままになぜか、相手を殺さなくてはという思いだけが日に日に強まり抑えられなくなった」と強く主張していたが、周囲の人間は誰一人として『樹がもたらす悪意』の噂話は聞いたこともないと言っているのだ。
「もちろん『例の樹』を訪れた直後、別れたカップルもあるみたいだけど、それは元々ギクシャクしてた通しが、なんとかよりを戻そうとして失敗しただけって感じなのよね・・・」
「つまりうまくいっていた二人がそこで、仲違いしたという事実はないと・・・」
「ええ・・・少なくとも『加害者』達以外、誰もそんな経験はないらしいわ」
「・・・・・困りましたね」
 たとえどんな未知の現象でも多少、鍵となる事実や噂があるはずなのに、今回は当事者の証言以外、何一つ手がかりは存在しない。
 正直普通ならただの戯言と、切り捨ててしまうような『発言』である。
「その代わりというわけでもないけれど、『福運の樹』に関する噂なら嫌って程集めることが出来たわ」
 地元の観光課の職員達や、『加害者』の知人から聞き集めた様々な噂をシュラインは語る。
「・・・なるほど、それが全て本当なら、確かに『福運の樹』と言えますね」
 シュラインの話を聞き終えた後に、セレスティはそう短くつぶやいた。
「『仲違いの樹』・・・『福運の樹』・・・・・まるで真逆の噂のようで案外、大元は同じことかもしれません」
「あら、それは『答え』が見えたってこと?」
「・・・か、どうかはまだわからないですが・・・・・まずは一度、実物を拝見してみませんか?」

念のため、二人一緒にそこを訪れることはやめた方が賢明だと考えて、セレスティは一人『池』に向かっていた。
 公平なるじゃんけんの結果彼が、先に『例の樹』を見ることになったのだ。
「・・・ああきっと、あの樹のことですね・・」
 池のほとりは『例の樹』以外何も見当たらない広い草原となっていた。
 降り続く雨のせいもありそこはほとんど無人状態となっていたが、一人だけなぜか『例の樹』と向かい合う青年がいることにセレスティは気がついた。
「・・・・・」
 その青年は、両手を樹の幹に押し当ててなにか『普通ではない』力を行使していた。
(ひょっとして・・・)
 悪意ある者なのだろうかと瞬時、警戒を強めたセレスティだが、つぶやかれた彼の言葉を耳にしてそれがただの誤解であることを知る。
「これのどこが、『悪意まく呪いの樹』だっていうんだか・・・」
 どのような理由からは不明だが、彼も自分たち同様にこの不可思議な樹を調べている者の一人であるらしい。
「変わった力を、お持ちなんですね・・・」
 視線に気が付いて振り返る青年に、セレスティは静かな声で語りかけた。
「・・・セレスティ・カーニンガムと申します。私達は、どうやら同じ探し物の為にこの場所を訪れているようですね」


「白夜・瑞貴(びゃくや・みずき)です」
「シュライン・エマよ」
「先ほども・・・名乗りましたね。セレスティ・カーニンガムと申します」
 簡潔な自己紹介を終えた後、三人は互いに情報交換した。と、いってもセレスティとシュラインは最初から共に行動している。会話は主に瑞貴対二人のどちらかという構図となった。
「・・ではキミは死んだ被害者の霊に頼まれてあの樹と調べていると?」
「まあ、そんなとこ・・・ですかね。『彼が自分に殺意を持つわけがない』、『あの人は人を殺せる人じゃない』って、結構うるさく繰り返されたんで・・・」
「・・・って言ったって、事実その人は自分の彼氏に殺されてるんでしょう?」
「そう、なんですけどね・・・・・」
 そこで一度言葉を区切って二人を見つめると、瑞貴は『彼女』の言葉を繰り返す。
「『あれは絶対彼のしたことじゃない。あの人は銀杏に呪われたのよ』・・・殺された側がそう言うって事は、本当になにかあるんじゃないかと思ってね」
「銀杏に・・・呪われた・・・・・ね」
「・・・ところでその、『仲違い』と『福運』の噂・・・それってどんな話、なんですか?」
 黙り込んだ二人に今度は瑞貴から、『樹の噂』に関する疑問が飛んだ。
「ああ、それはですね・・・」
「正確には噂は一つだけ。『仲違いの樹』の話は今のとこ、『加害者』達以外は誰も口にしていないのよ・・・」
 叶うはずのない恋の成就を始め、険悪な相手との和解協調・泥沼化した恋の清算など、人と人の調和を助けてくれる『福縁・福運の樹』としてそれは地元ではもてはやされてきていた。
「・・・要するに、よくある霊木の類よね。ただちょっとだけ変わっていることは、この樹が神木ではないってくらい・・・」
 この手の霊木はたいていが古い寺社仏閣系に植わっているのだが、この『福運の樹』だけはどうしてか、何もない池のほとりに生えている。
「だからってそれが原因だともねえ・・・。そもそも最初からあったものなんだし、普通ならなにか妙なことが起きたとか、誰かが死んだとかいう具体的なきっかけがどこかにあるはずなんだけど・・・」
「きっかけ、かぁ・・・」
 さっき瑞貴が視た『記憶』の中に、それらしい『なにか』はなにも視えなかった。そのことを話し瑞貴はもう一度、『記憶』を覗くことを提案する。
 「あの時はちょうどあんたが来たせいで深く覗くをやめてしまったけど、『事件』が起こる前のこともちゃんと視れば、なにかわかるかもしれない」
「そう・・・ですね」
「それじゃあお願いしようかしら。あいにく私にはそういう特別な能力は何も備わってないし、彼もそんな『特技』は持っていないしね」
 そう言って瑞貴の案に頷くと、シュラインは椅子に置いたバッグを取った。
「でも、少し邪魔をさせてもらうわよ。謎に迫る前に私も一度くらい、『本物』をちゃんと確認したいからね」
 特殊な力は持っていないものの、長年培った経験や勘で見えてくるなにかがあることもある。そうでなくともシュラインは全て、自分の目で確かめたい人だった。
「では私は、あの樹の傍の池を調べてきます。先ほど樹を見に行った時に少し、妙な感じを受けたものですから。・・・車で反対岸に回り込めば、『樹の呪い』も届くことはないでしょう」
 そう言ってセレスティも立ち上がり、三人は並んで喫茶店を出た。
「・・・そういえば、セレさん樹を見に行く前になにか『答え』が見えかかってるようなこと言ってたけど・・・」
「ああ、あれは、どうやら勘違いだったようですね。『福運の樹』の噂からかんがみて、あの樹には感情の共有と増幅を促進する力があるのでは、と思っていたのですが、どうやら殺された女性も恋人を、憎んだりはしていないようですから・・・」
「・・・そうね。でも元々の『樹の力』は、そういったものだったかもしれないわ。『人の心を結ぶ』霊力が、なんらかの理由で変質したのかも・・・」
「だとしたら余計に池が気にかかります。あの樹が吸い上げている水のほとんどは、池から周辺の土へ染みたものですから」
 セレスティはそう言い残して道に横付けされている車へと向かった。
 
 池に着くとセレスティは水面に、指先を浸してまぶたを閉じた。彼が触れた場所から波紋が生まれ、それはゆっくり池中に広がっていく。
「・・・・・ああ、それで・・・」
 五分程、池の水と『対話』していたセレスティは、そう言って静かにまぶたを上げた。
「すべては『あなた』の、仕業だったんですね・・・」

「・・・・・ダメだな。なんにもおかしなものは見えてこない」
 樹の幹から手を離してそう言うと、瑞貴はふぅーっと大きく息をついた。
「多分一季節分くらいずっと『残された記憶』を覗いたんだけど、おかしな言動も現象もなにも起こってはいなかったぜ」
「そう・・・残念ね」
 こうなっては後はセレスティが池で、『何か』を見つけることを祈るばかりである。
 対岸で水と対話する彼を、シュラインがじっと見つめていると不意に、瑞貴がはっと息をのむ音がした。
「・・・・・?どうかしたの?」
 振り返ると瑞貴は宙を見据えて、驚愕の顔で凍り付いていた。
「・・・・・見つけた」
「・・・えっ?」
 そこにある『何か』をじっと見つめて、瑞貴は哀しそうな瞳で言った。
「樹を見ても、わかるはずないさ。『この人』はずっとそこにいたんだから・・・」
 視線をゆっくりと池に移動する。深い鉄色の水面に波紋が、まるでさざ波のように広がっていた。


 赤色灯の点いたパトカーが次々と、池のほとりへ横付けされていく。宵闇に浮かぶその光を見つめ、三人は重く深い嘆息をした。
「池の底に、まさかあんなものが沈んでいるとはね・・・」
 つぶやいてシュラインは眉を寄せた。その瞳には哀しみとも怒りとも判別できない光が宿されている。
「万が一、浮かび上がることのないよう重い石と一緒に固く袋詰めされ・・・・・あれでは発見されずにいたことも無理はないとは思いますけれどね」
「原因は相手の男の浮気・・・きつく問い詰めたら逆ギレされて、そのまま首を絞められてってことらしいね。『愛していたのに許せない。絶対に殺してやる』って強く思ったまま息を引き取ってる」
 あの時、夜の訪れと共に姿を見せた『殺された女性の霊』の言葉を聞き、瑞貴達は『呪い』の起源を知った。

『愛している、だからこそ許せはしない。殺してやる、必ず殺してやるわ・・・』

 愛する者を憎むその『感情』は、樹の力によって大きく『増幅』し、そこにいる他者へと『共有』される。理由のない憎悪はすぐ傍にいる『愛している』誰かへと向けられて―――。
「その場で殺人に至らなかったのは、相手を想う気持ちゆえ・・・ですかね」
「あるいはそこまでの想いじゃなかったか。愛情が深まるほど憎しみも、強くなったとも考えられるわ」
「愛しているからこそ殺してしまう・・・か」
 瑞貴のその言葉にセレスティはふと、自分が愛する人を思い出す。
(私がもし彼女とここに来ていたら・・・)
 そう考えセレスティは苦笑した。
(・・・そんなこと、考えるまでもないですね。私が彼女を傷つけるはずがない)
 自分のものでない『想い』に惑うほど、セレスティの愛は脆い物ではない。
「行きましょう。もうここに用はないわ」
 シュラインの言葉に頷き彼は、現実の世界へ意識を戻す。
 池の中の『彼女』は引き上げられて、霊能者の手で浄霊されている。この銀杏が『仲違いの樹』と呼ばれ、事件を起こすことはもうないだろう。
 三人は銀杏の樹に背を向けて、ゆっくりと通りへと歩き出した。風に揺れてざわめく葉ずれの音が、耳元で悲鳴のように響いていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

☆0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

★1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥、占い師、水霊使い

★5377/白夜・瑞貴(びゃくや・みずき)/男/21歳/フリーライター


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■         ライター通信          ■
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この度はご参加ありがとうございます。新人ライターの香取まゆです。
『仲違いの樹』と言っておきながら、原因は池のほうにあるというオチ・・・「ふざけるな!」という声が聞こえてきそうですね(汗)
あまりひとりよがりな文にならぬよう十分気をつけてたつもりではありますが、説明不足な部分や不自然な展開が、もしありましたら申し訳ありません。
ちなみに文中の『福縁』という言葉は、香取の造語で辞書には載ってません。OP作成時に『福縁〜』と書こうとして、辞書で調べてないことを知りました。
『幸福につながる人間関係』というような意味で存在していると思っていましたが、単なる自分の思い込みのようです。本文での使用も悩んだのですが、それ以上しっくりくる言葉がなくて・・・(いやそもそもそんな言葉はないんですけどね)
『復縁』の誤字ではありませんので、それだけは誤解されませんように。あくまでも『福縁』(造語)です。
またこの依頼は参加者多数の為(ホントは窓閉めを忘れてただけ)2チーム編成となっております。チームカラー(?)にあわせ受注時期と関係のない組み分けをしていますので、同じ日に受注された方同士が、違うチームになっていることもあります。ご了承ください。