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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


熱闘! しょうがくいちねんせい

 ――あれと見ゆる。
 小さな人影が高台から、校舎を見下ろしていた。木々の隙間に見えるは、小学校のそれにしては古めかしくも重厚な門だ。霧雨舞う暗い空に、更に重く見える。
 ――なんと、似非兵法者には不似合いな。
 その門の向こうに覗くのは、古めかしいと言うよりもボロっち……いや、時の重みを感じさせる建物だった。都心にも程近いこの街だが、ところどころに歴史から忘れられたような物がいくつか残っている。それはその、一つなのだろう。
 ――ふむ。あの襤褸ならば、似合うかもしれません。
 もちろん、その奥側には近代建築のしっかりとした鉄筋校舎がちゃんと建っていて、普通の子どもたちはそちらで勉強をする。だが彼の頭は、憎むべき似非兵法者の学び舎はあの襤褸だと希望的観測で結論付けた。
「……こたびこそ、あの不心得者と決着をつけてくれましょう……今しばらくのお待ちを……!」

 そうして影の立ち去った場所に、もう一つ小さな影が現れる。
「なんとも、可愛らしいことぢゃ」
 くくくと哂う、その様は如何にも悪役である。
 この鬱陶しい入梅に、スカッとすることはないものか。そう思っていた矢先に、勇む影を見かけたようだ。ここまでその後をつけてきて、その目的も察して。
「暇つぶしくらいにはなろうな。見物させてもらうとするかのう……」
 ……当然と言えば当然ながら、止める気などは毛頭ないようだった。


「くしゅっ!」
 お約束通りと言えば通りのくしゃみも本人にしてみれば、何故だかわからなくて気分のすっきりしないものだ。
 ずずっと洟をすすり、懐紙を出して楓兵衛(かえで・ひょうえ)はそれを拭き取る。
「風邪もひいてはいないというのに、面妖な。……もしや、これが噂の花粉……」
 兵衛は、はっと嫌な予感に苛まれる。聞くところによると、花粉症というものは大層厄介なものらしい。真実そうならば剣の道の邪魔になろうと、考えこむ。これまで縁がない故に半端な知識で、梅雨時は雨のせいで花粉が飛ばないとか、ちょっと時期が外れているということは、まだ知らないらしい。
「それも修行でござるか……」
 ちん! と洟をかみきって、鼻詰まりから解放されると、これも修行の一つと兵衛は割り切った。
 そして教室に入り、自分の席に着く。兵衛の服装はいささか一般的ではないが、クラスメートも慣れてしまって、もうそれを追求する者はいない。
 席に着いて、しばらく経つ。兵衛は微動だにしない。心頭滅却、それもまた修行だ。
 だが、続いてのくしゃみが気配もないことに、ふと疑問がわく。風邪でも花粉症でもないのであれば、あれは何であったのでござろうかと……まだまだ小学一年生の未熟な兵法者は、不思議から自由にはなれない模様である。
 しかし、それも束の間のことであった。
 ガラリと教室の前の引き戸が開き、担任教諭が教室に入ってくる。
「今日は転校生を紹介します」
 季節外れの転校生のようだった。
「丹下くん、お入りなさい」
 丹下。どこかで聞いたような気がする、と思いながら、兵衛は戸のところを見た。
 担任に招かれて、少年が一人教室入ってくる……
「ぬ?」
「ぬ?」
 視線が合った。
「貴様は……?」
「貴殿は……?」
 兵衛が立ち上がると、教室に招きいれられた少年……丹下虎蔵(たんげ・とらぞう)も一歩踏み出す。
「何故こんなところに……!」
「何故こんなところに……!」
「それはこちらの台詞……! 何故、ここに」
 埒のあかない応酬に、兵衛は一足早く平静を取り戻した。驚きはしたが、ありえないというほどのものでもない。だが。
「……拙者は元より、この小学校に通う身」
「それは元より、存じておるが」
 虎蔵の返答に、いきなり会話が行き詰まりかける。
 しかし、どうにか兵衛は疑問を言葉にした。
「……元より知っていると申すのであれば、何故に驚くのでござる」
 おかしいではないか。何故というのは、ここにいると思っていなかったからの台詞のはず。そう問い質し。
「貴様はあの襤褸校舎にいるとばかり思い込んで……貴様には悟られずに潜入出来たと思っていたものを」
「……何故、そんなことを思い込んで。貴殿の言う襤褸校舎とは、使われていない旧校舎でござろうが」
「それはもちろん、貴様に似合いだからに決まって」
「貴殿、脳味噌腐ってござらぬか」
 うぬう! と虎蔵が唸る。
 さてそこで会話が途切れた隙を突いて、そこまで呆然と見守っていた担任教諭が裏返った声を上げた。
「楓くんは丹下くんと、元々お友達なのね? 仲良くしてあげてね。……じゃあ、丹下くんの席は」
 兵衛には、これで兵衛と虎蔵が友達に見えるのなら、それもかなり脳味噌が腐っていると思ったが。実際はホームルーム終了の時間が迫っていることに気が付いて、強制的に収集をつけにいったというところか。
「先生殿、わたくしめの席は、あの者の後ろにお願いしたく」
 だが担任が言い終わる前に、虎蔵は真剣な眼差しで担任に訴えた。
 ……後ろでござるか? そう思いながら、兵衛は眉根を寄せる。
「……後ろなの?」
 担任も兵衛と、同じ疑問を抱いたようだ。
「こうして会ってしまった以上は、仕方がありませぬ。しかし、せめて後ろが良いのです。後ろのほうが」
「後ろのほうが?」
「色々と」
 しばしの沈黙。そして、担任教諭は何事もなかったかのように続けた。
「ええと、丹下くんの席は、楓くんの斜め前の席ね」
 あっさりしながら、コクがある……いや、有無を言わせない強さを持っていた。
 さすがは学級崩壊に鍛え上げられた、現代の学徒の師。
「そんな……っ!」
 虎蔵はそう、不満の声を上げたが。
「さ、席について」
 聞く耳はない。
「……無念っ!」

 第一ラウンド。
 Winner:担任


 小学校には体育の時間というものがある。兵衛も虎蔵も小学一年生ならば、当然、そういう授業も受ける。いつもはどこのコスプレだという衣服の彼らも、このときばかりは体操服だ。
「兵衛くん、何度も言うけど、その棒は体育の時間は置いてきてね」
「斬甲剣は棒にあらず、伝家の宝刀」
 いやもちろん教諭とて、それがただの棒だとは思ってはいないだろう。だが、ただの棒だと信じたいのだ。そう強く願っているわけである。どんなに長ドスに見えたとしてもだ。
 そのあたりの大人の複雑な心情もわかってあげて欲しいところだが、いかんせん、兵衛はやっぱり小学一年生。
「手放すわけには参らぬでござる」
 特に今は、と兵衛は虎蔵に視線を投げる。
 突然現れた虎蔵が何を考えているのかはわからない……いや、わかるような気もするが。
 ならば、余計に。
「それ持っていたら、ドッジボールは出来ないでしょう?」
「どうにかするでござる」
「どうにかってね」
 教諭は頭を抱えるが、それはいつものことだ。
 そして今日からは、もう一人期待の新人がいた。だがこの教諭は、この時点では虎蔵には強い警戒はしていなかった。何故かと言えば体操服の虎蔵は兵衛と違って、両手は手ぶらに見えたからだ。眼帯はいつものままだが、それ以外に特別取り立てて変わったところはない。
 さて、斬甲剣を持っているのがいつものことならば、教諭がここで勝ったことはないということだ。毎回結局問答で授業にならないよりは、授業を進めることを選ぶのだろう。
 とりあえず、そのままドッジボール開始である。
 剣を持ったままではやりにくいが、弾になど当たらなければどうということはない。いや、この場合は弾じゃないが。
 それは苦無だった。
 苦無――クナイ。苦無というのは、握りのついた平形の短刀である。実は大きな物の用途は、現代のスコップだ。だから穴を掘る苦労が無いで、苦無と書く。小さなものは投げても使われる。今回の使用方法は、こちらだ。
 ボールではなく、苦無が飛んできた。
 開始早々である。
 見事な先制攻撃だった。
 兵衛の顔の横を、髪の毛一筋引っ掛けて後ろにいく。
「ぬう!」
 その出所がどこであるかは、見ていなくとも一目瞭然だ。腹に巻き、体操着の下に隠していたのだろう。
「そのようなもので、拙者をどうこうしようなどとっ」
 兵衛は斬甲剣を抜き放ち、虎蔵が抜き投げて来る苦無を一刀両断する。
「楓くんっ! 丹下くん?」
 悲鳴のような教諭の声が聞こえたが……
 応えている暇はない。
「甘い!」
 虎蔵は身を翻しつつ間断なく苦無を撃ち、攻撃の手を緩めない。それでいてその間合いを詰めても、きていた。兵衛は苦無避け、身を翻しつつ、苦無を斬って落とす。
 三つ目の苦無が足元に落ちたとき。
「兵衛くんと虎蔵くん、線から出たー!」
 ドッジボールの内野手は、ラインから出たらアウトである。

 第二ラウンド。
 ……Draw?


「いまいち楽しゅうないのう」
 旧校舎の窓から、嬉璃はそんな様子を覗いていた。
 二人の喧嘩がいまいち精彩に欠けるのは、梅雨の天気のせいだろうか。
「せっかくぢゃしのう、手助けしてやろうかの」
 手助けというのは、虎蔵にだ。もっとも手助けというよりは、自分の楽しみのためにちょっかいを出そうというのが正しいか。
「まあ、一度ぐらいガチンコ勝負も悪くはなかろう」
 この先を考えたなら、一度で済むかどうかはわからないが。
 そんなことは、今が楽しければいい者にはどーでもいいことなわけである。

 小学一年生の放課後は早い。
 兵衛は虎蔵の転入の真意をある程度は悟り、注意深く帰路に着こうとしていた。
 戦いを避けるわけではないが、兵衛の放課後は兵衛一人のものではない。串焼き屋台を引く時間が削れたなら、売り上げが落ちる。その貴重な時間を、虎蔵ごときに割くわけにはいかない。
 正確には兵衛は嬉璃のために尽くしているわけではないが、結論は同じだ。
 なので、兵衛の帰宅の意志を遮れる者は二人だけであった。それは嬉璃と……
「兵衛」
「き……? 嬉璃殿?」
 帰宅の意志を遮れる者のうちの一人が、旧校舎の窓から兵衛を手招きをしていた。もちろん無視することなどできるはずもなく、兵衛はその窓に駆け寄る。
「こんなところで、なにをなさっているでござる?」
「兵衛の様子を見に来たのぢゃ。どうぢゃ、中に入らぬか」
 様子を見に来て中に入るよう勧めるというのは奇妙な話だが、嬉璃はいつもそんなものだし、兵衛も気持ちはどうあれやっぱり小学一年生なので詰めが甘い。
 なので、このときも兵衛は嬉璃に誘われるままに旧校舎へと足を踏み入れた。
 それが、罠とも知らずに……
「……感謝いたします、嬉璃様!」
 その声と霰のごとく飛んでくる苦無とは同時だった。
 兵衛は抜き打ちで苦無を払い落とす。
「嬉璃殿っ、これはっ」
「嬉璃様は我が味方よ! 諦めるがいい!」
 続いて第二派が飛んでくる。天井近くの窓枠に捕まっていた虎蔵が、そこから逆の側に飛び移り、更に次へと飛び移る。その間にも方向を変えて苦無は飛んでくる。
「そ、そんな……!」
 それを飛び退いて避けつつも、兵衛はショックを隠しきれなかった。
「串焼きの屋台はもう不要でござるか、嬉璃殿ぉぉぉぉ……!」
 解放されるのだから良いことだと割り切れればいいのだが、お子様なのでそうはいかない。
 そして。
「あ、そうぢゃった」
 嬉璃はどうやらそのときやっと、それを思い出したらしい。
 その瞬間に、虎蔵が踏んだ窓枠が腐っていたらしく壊れて……顔から落ちた。
 嬉璃が何かしたのかもしれないが、それはさておき。
「もう、そんな時間ではないか。兵衛、行くのぢゃ。今日の売り上げ、待っておるぞ」
「きっ……嬉璃様……む、無念……」
 虎蔵が呻きながら顔を上げる。
 そこまで見届け、兵衛は一礼した。
「では、参るでござる。御免!」

 そして、旧校舎には虎蔵と嬉璃だけが残り。
「嬉璃様、あの者は御方様を……!」
 虎蔵は悔し涙にくれていた。
「うむ、すまぬの。しかしぢゃ、串焼き屋台は良い儲けを出すのぢゃ。どうぢゃ、おぬしも引いてみぬか? ぬしにも才気はあろうと思うのぢゃがの。串焼きばかりでは芸もないとなら、ラーメンやおでんもあるがの」
「嬉璃様……!」

 最終ラウンド。
 Winner:嬉璃