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高遠さん家のワケありお家事情。
「……………」
目の前を行ったり来たりする、一人の存在が気に入らない。
ソファに深く座り込み足を組む紗弓は、眉間に皺を寄せながら腕さえも組んでその存在を『監視』していた。
彼女の瞳に映っている影は二人。一人は自分の可愛い妹、そしてもう一人はその妹が『拾ってきた』ジェイドと言う男だ。
今までは、姉妹二人で助け合い仲良く暮らしてきた。そしてこれからも、それは変わらないのだろうと信じて疑わずにいた。
―――だが、そんな紗弓の『理想』は、突然音を立てて壊れてしまった。
慈悲深い彼女の妹は、街中で行き倒れ同然のジェイドを見つけ家へと招きいれ、そのまま…彼は住み着いてしまったのだ。『居候』という形で。
今も、夕食の後片付けをしている妹の後ろを追いながら、ジェイドは尻尾を振っている。恐らくは、少しながらの行為を寄せているのだろう。
紗弓にとっては、『それ』が気に入らないのかもしれない。
誰よりも大切にしてきた妹を、どこの馬の骨とも解らない突然現れた男に攫われてしまうのではないかと、気が気ではないのだ。
「……!!」
突然、紗弓がソファから立ち上がった。
視線の先はもちろんジェイド達だ。無言のまま、彼らに歩み寄る。
「お、姉御。どしたの?」
「…どうしたも、こうしたもないっ!!」
紗弓の存在に気がついたジェイドが、へらり、と笑いながらそう言うと、彼女は返事と同時に彼に殴りかかった。ちなみに『姉御』とは紗弓のことを指しているらしい。
抵抗なく紗弓の怒りの鉄拳を食らったジェイドは、そのまま床へと転がった。傍にいた妹は驚きの表情を隠せずにいる。
紗弓は理由もなく、ジェイドを殴ったわけではない。殴られてもおかしくない行動を、ジェイドが取ったから実行に移したまでだ。
食器を洗っている紗弓の妹に、遠慮もなく後ろから抱きついたのを目撃してしまったから――。
「…ってぇ〜…。…ふっ…いいパンチだぜ、姉御」
「……………!!」
赤くなった頬に手を当てながら、ジェイドは余裕な素振りで笑った。
彼の態度が、余計に紗弓の怒りを倍増させる。
「まぁまぁ姉御、落ち着いて」
「…っ…! これが落ち着いていられるか!!」
なおも殴りかかろうとした紗弓に、ジェイドはにこりと笑って彼女を宥めようとする。
「そんなにカリカリしてるとさ、誤解されちゃうよ?」
そう言いながらゆっくりと立ち上がり、紗弓の肩に手をぽん、と置いてジェイドは言葉を続けた。
紗弓はその言葉に、一瞬だけ力を緩める。
「ほら、『あの日』かな?ってさ」
「―――……!!!」
さらり、と。目の前に女の子が二人もいるのにジェイドは何の躊躇いもなく、そう言った。
紗弓の怒りが頂点に達した事は、言うまでもない。
「…姉さま…! お願い、やめて…っ」
再び殴りにかかろうとしたところを、必死に止めたのは健気な妹。涙を浮かべた顔を見てしまっては、紗弓もそれ以上の手出しを出来ない。
それをいいことに、ジェイドは妹の後ろに隠れてにっこりと笑っていた。
「…くっ……いつまでもそうしていられると思ったら、大間違いだぞ!」
「はぁ〜い♪」
吐き捨てるようにそう言っても、ジェイドには通用しない。そんな彼の態度に、かっくりと肩を落とす。
「……まったく、油断も隙もない…」
実はこのような事は、ほぼ毎日繰り返されてきているのだ。
紗弓も怒り損だとは解っているのだが、どうしても体が先に動いてしまう。
額に手を置き、紗弓は深い溜息を長くこぼす。そしてジェイドに背を向け、自分が座っていたソファのある居間へと足を運ぶ。
「……………」
目に付いた窓へと手を伸ばし、気分転換にと外の空気を入れるために静かに窓を開く。そして紗弓は深呼吸をしながら、夜空を見上げた。
キラキラと輝く星空だけが、今の彼女の癒しに感じた。それを複雑だと思いながらも、紗弓は暫くその星々を見つめているのだった。
紗弓とジェイドの終わりの見えないような攻防戦は、あれから数日経った今日も、続けられているようだ。
「姉御ーーー! 開けてーー!!」
納戸の扉が、ばんばん、と叩かれている。その向こうからはジェイドの声が響いていた。
「ひもじいよーー、暗いよーー! 怖いよーーー! 開けてーー!! 此処から出してーー!!」
「やかましいっ 一晩そこで反省してろ!!」
わざとらしい情けない声でジェイドは扉の向こうから、叫び続ける。
紗弓は腰に手を当てて、その声にピシャリと言葉を返し、彼を黙らせた。
ジェイドに狙われていると言うのに、当の妹は彼の心配をするばかり。
どうにもやるせない思いに、紗弓は深い溜息を吐く。
「……………」
今日こそはもう、我慢の限界だと思った。
日々、同じ事を繰り返すジェイドに対し、紗弓も疲れたのかそれとも呆れたのか、最近は少しだけ口を出す回数を控えようと思い始めた矢先に――。
ジェイドは紗弓の空気を呼んだのか、これ幸いとばかりに、妹を口説き始めたのだ。
その瞬間、僅かでも生まれた彼への優しさなど、まるで雪のように溶けて消えた。
頭の奥で何か、大きく響く音を感じ取りながら、紗弓はジェイドの襟首をつかみ、廊下を引き摺り、そのまま納戸へと放り込んだ。
その後は、先ほどのような会話(?)が繰り広げられたのみ。
振り回されているような…そんな気がしてならない。
「あねごぉ〜…開けてよぉーー…」
弱々しいジェイドの声が、再び聞こえ始めた。
紗弓はその声には応えようとはせずに、くるりと踵を返す。どっと疲れが押し寄せてきたような感覚に襲われた彼女は、早くその場から離れたくなったのだ。
「……………………」
居間まで足を運び、ぽすん、とソファに体を預ける。背もたれに後頭部を落とし、天井を見上げた。
「……何故…」
このような事に、なったんだろう。
そのすべてを、口にすることは出来なかった。
そうしてしまえば、妹の行動を全て否定することになってしまうからだ。
誰に対しても優しい心を忘れない、妹の存在。それは姉の紗弓にとっても自慢の対象だ。
その妹が拾ってきたジェイドを、完全に否定出来ないのは妹のため。
だから今まで、何度も追い出してやりたいと言う感情を抑え、言い合い程度で済ませていたのだ。今日の事だって、本当であれば家からつまみ出したいと思えるほどの事だったのに。
だが、それを実行してしまえば、悲しむのは妹――。
ギリギリの理性で、紗弓はジェイドを家から放り出すことだけはしなかった。だから彼は今、納戸に閉じ込められているのだが。
「………はぁ…」
自然に、また溜息が漏れた。
ジェイドの出現とともに、溜息の数もいつも以上に増えたように思える。
「―――姉御、溜息の数だけシアワセが減っちゃうって、知ってる?」
「!!」
突然、顔の上に降ってきた声に、瞳を見開く。
そこには逆さま状態の、ジェイドの顔があった。
「はぁい♪ ジェイド君復活〜」
「……、何故………!?」
紗弓はがばり、と自分の上体を勢い良く起こした。
すると勢いが良すぎたのか、軽い眩暈を引き起こす。
「ああ、姉御…大丈夫?」
「…触るな」
こめかみを押さえた紗弓に対し、ジェイドがソファの前へと回り込み手を差し出そうとしたが、彼の手は紗弓に触れる前に遮断された。
彼女自身によって。
ジェイドはやれやれと言わんばかりに両手を挙げ、肩を竦めて見せる。
「……、…誰のせいだと――」
視界がハッキリしてから、紗弓はジェイドの態度に再び口を開くが、全てを続けることは出来ずにいた。
視界の端を捉えたのは、妹の姿だったからだ。
そこで、彼がどうして納戸から出てこられたのか、理解できた。
冷静になって考えてみれば、すぐにでも解りそうな事。
優しい彼女が閉じ込められたジェイドをそのままにしておくはずはない。紗弓の姿が消えた後すぐに、そっと彼を出してやったのだろう。
紗弓はまたそこで、何度目かも定かではない溜息を漏らした。
「ああ、姉御〜、またシアワセ減っちゃったよ」
「………………」
ジェイドに対して、言いたいことは山ほどある。
だが、何を言っても、何をしても彼には空振りなだけ。
時々、からかわれているのではないか、と思える時さえある。
ジェイドの『完璧な笑顔』が、紗弓にとっては障害だ。彼の本心を読めないような気がするのだ。
明るく元気で、人懐っこいジェイド。だが、それが彼の全てかといえば、恐らくはそうではないのだろう。
「ん? なに?」
じっと自分を見つめていた紗弓に対して、ジェイドはにこりと笑いながらそう問いかける。
「……何でもない」
紗弓は髪を掻き揚げながら、彼から視線を逸らした。
そして口唇を引き締めたが、何か思いついたように再びそれを開く。
「―――何でもないが、これだけは言っておく。
今後妹に、また変なことでもしてみろ、その時はこの家から出て行ってもらうからな!」
ビシ、と人差し指を突き付けながら。
紗弓は厳しい口調で、ジェイドに向かいそう言う。
当のジェイドと言えば、またヘラリ、と笑いながら、
「へーい、わっかりました〜」
と、やる気のない言葉を返していた。
どんなにキツイ事を言っても、同じような反応しか返してこない。
紗弓はそれでも、同じこと繰り返すのだろう。これからも。
居候と家主の妹を挟んだ攻防戦は、まだ暫くは続くのかも――しれない。
-了-
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高遠・紗弓さま&ジェイド・グリーンさま
ライターの朱園です。
今回はお声掛けいただき、真に有難う御座います(深々と礼)。
紗弓さんにもう一度お会いできて、凄く嬉しかったです。
ジェイドさんは初めまして、ですね。
今回は紗弓さんとジェイドさんの攻防戦、と言う事で書かせて頂いたのですが、如何でしたでしょうか?
口調やイメージ等…色々と不安な部分があるのですが…
少しでも楽しんでいただけましたら、幸いに思います。
よろしければご感想などをお聞かせください。今後の参考にさせて頂きます。
今回は本当に有難うございました。
またお会いできることがあれば、その時はよろしくお願いいたします。
朱園 ハルヒ。
※誤字脱字等がありました場合は、申し訳ありません。
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