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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


紅椿 

 なじみの店で午後のお茶、というのも良いものだ。古いものばかりが並べられた店内には、どこか埃っぽささえ漂うが、不思議と紅茶の香りがしっくりと馴染む。
 セレスティ・カーニンガムは、店主の蓮と軽く世間話などをしつつ、紅茶のカップを口元へ運んだ。
 と、そこへ店の扉が開き、新たな客が入ってくる。それは、そろそろ初老の域に入ろうかという男だった。この店に来るからには何かしら「わけあり」なのだろうが、どことなく疲れたような雰囲気がある。
「やっぱりまた来たね」
 客の顔を見るなり、蓮はそう言って、ぷかりと紫煙を吐き出した。
 やっぱり、というのはどういうことだろう。セレスティは若干の興味を覚えながらも、男に場を譲るべく、店の隅へと車いすを寄せた。聞き耳を立てるまでもなく、セレスティの鋭い聴覚は、2人の会話を聞き取っていた。
「やはりまた、私はあれを持って来たんでしょうか」
 男は軽くうつむいて、独り言のように言う。
「ああ、夜中にやってきて、『やっぱり引き取ってくれ』ってね」
 答えた蓮が、机の上に小さな細長いものを置いた。黒地に紅白の椿があしらわれた扇形の簪(かんざし)だった。黒髪に差せば、そこに椿が咲いているように見えるように、という意匠だろう。
「そうですか……。手放すつもりなどないのに……」
 そう言った男の声は力なかった。その様子に、蓮は溜息をつく。
「もうこれで5度目だよ。縁がなかった、ということもあるものさ。それに最初に言ったけど、これを手にした人間はたいてい不慮の死に見舞われてる。あんたが今生きているのも幸運だと思ってもいい。だというのに何でそんなにこれにこだわるんだい?」
 呆れたように問い返せば、男は黙ったまま軽く目を閉じたようだった。
「……やっぱり、なぜか娘の姿が浮んでしまうんです。あの子は着物が好きだった。きっと、あの子の髪に似合うだろう、そう思ってしまうと手元に置きたくなってしまって……。成長したあの子の姿を見ることなどなかったのに……。未練ですね……」
 ぼそぼそと、やはり独り言のように続ける。
「……まあ、あたしとしちゃ、出すものを出してくれれば文句はないけどね」
 蓮は再びゆっくりと紫煙を吐き出した。この物言いが彼女なりのせめてもの情け、なのだろう。
「ありがとうございます。ですが、そろそろ、この世にもういない娘への余計な未練を絶つべき時なのかもしれません。これが私の元にあるべきものでないのなら……。ただ、それなら、この簪がどういったものかせめてそれだけでも知りたい。そして、しかるべき持ち主がいるのなら、その人の元に行かせてやりたい、そう思うのです」
 男は静かにそう続けた。 その声には先ほどまでは違い、確かな意志としみじみとした思いが込められている。
「実は、私が知らないうちにここに簪を持って来てしまう晩、必ず夢を見るのです。この簪を差した、武家の娘さんのような女性の後姿を。私が声をかけようとすると、ほんの少しだけ振り向いて、と言っても顔は見えないし、声も聞こえないのですが、ただ別れの言葉を口にしているように見えるんです」
「……なるほどねぇ」
 蓮は男の言葉に小さく頷いた。ちらり、とその視線がセレスティの方へと向けられる。
「そういうことなら……、あんた、ちょっと頼まれてみないか?」
 セレスティは蓮に微笑みを返す。事実、話の途中から、この簪は元の持ち主の縁者にでも出会えれば満足するのだろうか、などと考え始めていたところだ。
「そういうこった。調べものはその筋の人間に任せるのがいい。あんたもそれでいいだろ?」
 蓮は、話は決まったとばかり、切り上げ口調で男に言った。
「はい、あの……」
 男は幾分戸惑ったままで、セレスティを見やる。明らかに日本人離れしたセレスティの容貌にも戸惑ったのだろうが、まさか、実際に調査が始まるとは思っていなかったようだ。
「簪が似合うと、手に入れるのも良いとは思いますが、その姿を思い浮かべるのは心の中で良いと思うのです」
 そんな男に、セレスティは絶世の微笑みを向けた。そもそも、簪というものは使う人間がいてこそ、完成された美を持つものだ。この簪の意匠なら、なおさら。
「その謂れを知ることで納得されれば、未練を残したまま手放されるよりすっきりされるでしょう。幸い、その手段は心得ています。ご協力させて頂きましょう」
「……お願い、致します」
 男は噛み締めるようにそう言うと、深々と頭を下げ、店を出て行った。
 と、それと入れ違いになるように、2人の女性が入ってくる。どちらもセレスティには見知った顔、雨柳凪砂とシュライン・エマだった。
「何か調査が入ったのかしら?」
 軽く挨拶を交わした後で、シュラインが小首を傾げた。さすがはシュライン、すれ違った男性客の様子と、この場の雰囲気だけで、何事かを察したらしい。
「ええ、これを先ほどの方が持っていらして」
「簪……ですか?」
 セレスティが簪を差し出すと、凪砂が興味深げに覗き込んだ。セレスティは、先ほどの男の話を簡単にまとめて2人に告げる。
「簪が自分から離れていこうだなんて、ある意味気に入られてたのかしら?」
「それか別の存在が守っているのか……ですね」
 2人が、各々の感想を述べる。どうやら2人して、先ほどの男性客が5回も「助かっている」ことにひっかかりを覚えた様子だ。
「蓮さん、不慮の死を遂げたという今までの持ち主の具体的な死因や、この簪の仕入れ先、わかるかしら? 亡くなった方の性別に偏りとかは?」
 すっかり調査にする気になっているらしいシュラインが、蓮へと矢継ぎ早に尋ねる。それはちょうどセレスティ自身が尋ねたいことでもあった。向こうでは凪砂も真剣な顔をしているあたり、思いは同じなのだろう。
「そう一度に聞かれてもねぇ……」
 蓮は軽く苦笑してキセルをぷかりとやった。
「そいつは、ある古道具屋が持って来たのさ。ここ数年で何度か返品が重なったんだが、その理由がことごとく持ち主の死でね、だんだんその間隔が短くなってきて怖くなったんだとさ」
 ぶっきらぼうにそう告げると、再びキセルを口元に運び、紫煙を吐き出す。
「死因については……、雷に打たれた、飲酒運転の車にはねられた、といった不幸な事故、そして、殺人、といったところかねぇ……。性別は、何も言ってなかったね。多分、偏りはないだろ」
「殺人……」
 その不穏な言葉を凪砂が繰り返して呟いた。が、蓮の話を聞く限り、持ち主が皆同じ死に様をするわけでもないようだ。シュラインと凪砂の視線が今度はセレスティに向く。
 自分に何を求められているのかを悟って、セレスティは簪に関する情報を読み取るべく、精神を集中させた。
 すぐに、形をなくして渦巻くような憎悪、嫉妬、羨望、といった感情が黒い霧のように立ち上る。その霧の合間をかすめるように、今までの所有者たちの情報が垣間見えた。
 確かに、蓮の言う通り、所有者の属性はてんでばらばら。簪というものの性質から女性が多いとはいえ、誰かを選んでいるようには見えなかった。彼らの辿った末路にしても、おそらくこの簪に絡み付く黒い怨念が、より不運な巡り合わせを呼んだ結果だと思われる。
 セレスティはさらに古い時期へと遡って情報を探る。古くなれば古くなる程、情報もすり切れ、あるいは黒い霧の向こうへと隠れて読み取りにくくなる。が、その中でも比較的はっきりとした光景があった。
 1人の娘が、艶やかな黒髪に差された簪へと手を伸ばす。その顔に浮かぶのは、人のものを奪い取ってやろうという、欲望と悪意。簪そのものが欲しいというよりは、持ち主を困らせ、傷つけてやりたいというような顔だった。
 その手が椿をつかみ、引き抜いた時、簪の主がそれに気づいたらしい。取り戻そうとした主と激しいもみあいになり、娘は思い切り相手を突き飛ばす。と、相手の身体が大きく揺らぎ、その気配が消える。次いで、井戸を思わせる深い、大きな水音。
 簪を固く握りしめた娘は、その場に立ち尽くし、大きく肩で息をしていた。その顔に、自分のしたことに対する怯えと恐怖と、そして歪んだ満足の笑みが混じり合った、複雑な表情を貼り付けたままで。
 不意に、場面が変わる。
 今度は、先ほどの娘が床に伏していた。重い病に冒されているのか、その顔色は悪く、こけて、さらにはひどい怯えにこわばっている。その苦しみたるや、いかなるものだろう。一見して末期だというのがわかる。
 ――渡さない。
 ふ、とこの娘のものではない、怨念にも似た強い意志がセレスティの頭をかすめた。先ほど、簪を奪われて井戸に落とされた持ち主のものだろうか。それはじわじわと娘にとりつき、締め上げているかのようだった。
 ――この簪だけは、渡さない。だって……。
 そこで黒い霧に隠されるように、簪からの情報は途切れた。セレスティは小さく息をついて、集中を解く。真剣な顔で見守っていた2人に、セレスティは見たままのことを告げた。
「それじゃあ、それがこの『呪い』の始まり、というわけなのかしら」
「『渡さない』という最初の持ち主の強い思いが、奪った相手を死なせ、そこに事故死した持ち主たちの執着が重なっていった……ということでしょうか」
 シュラインと凪砂の言葉に、セレスティは小さく頷いた。
「おそらく、そうだと思います」
「自分を殺した相手を『許さない』んじゃなくて、簪を『渡さない』なのね……。その最初の持ち主がどういう経緯でそういう感情を抱くようになったのか……、どちらにせよ、簪の出所を調べる必要はあるわね」
 シュラインのその言葉に頷き、凪砂は簪を手に取った。
「銘は……ありませんね。知り合いの簪職人さんや、古民具を専門に扱う骨董商さんに聞いてみれば何かわかるかもしれません」
「では私は、簪の仕入れ先に当たるのと、武家の娘さんに関しての逸話も含めて、歴史民俗学の学者さんに聞き込んでみるわ。……ちょっといいかしら」
 言ってシュラインはデジカメを取り出した。様々な角度から簪を念入りに撮影する。
「私は、とりあえず、工芸作家の作品リストを当たってみます。結構細工自体は良いもののようですし、名のある作家の初期の作品かもしれませんから。この簪が作られた時期等の手がかりがわかれば連絡をいただけますか?」
 互いの調査方法と連絡先を確認し、3人はレンを後にした。

 リンスター財閥の力とコネをもってすれば、工芸作家のリストは難なく集まった。むしろ問題なのは、そのデータ量。簪が広く装身具として使われるようになったのは江戸時代くらいからとはいえ、螺鈿細工を主に手がけた工芸家に限っても、その量は膨大なものだった。
 その中で、椿をあしらった簪を抜き出し、所在のわかっているものは除外する。それだけでも、かなりの労力を費やした。が、実際にやってみると、最終的に残った作家はいなかった。
 やはり名のある作家の作品ではなかったのかもしれない、そうセレスティが溜息をついた時、シュラインと凪砂から連絡が入った。

「まず、仕入れ先に聞いてみたところ、元々はどこかの豪商の倉から出て来たということになっているらしいわ。もっとも、そこに来る前の所有者も死んでいるから、確証はとれなかったのだけれど」
 とりあえずセレスティ邸に集まって互いの調査経過を報告することになった。出された紅茶の香りにほんのわずか目を細め、シュラインが口火を切る。
「ただ、時期的には幕末から明治の初期のもの……だと言われたのだけれど」
 ここでシュラインは凪砂に視線を送った。実物をもって聞き込んだ凪砂に確認しようと言うのだろう。凪砂は、シュラインを見つめ返し、大きく頷いた。
「その頃に、跡継ぎがいなくなって潰れた呉服屋がある、という話も聞いたわ。確証はないけれど、関連があるんじゃないかしら」
「作られた時期については、シュラインさんの言った通りです。使われている漆や貝はそれほど高級じゃないみたいなので、庶民向け、それも未婚の若い娘さんが使うようなものじゃないかと言われました。それと、京仏具の漆細工に似ていると言われたのですが……。あと……、その赤の方の椿、どうやって色をつけたのか不思議だって言われましたね……」
 シュラインの後を引き取るように、凪砂が続けた。
「では制作者が仏師だった可能性がありますね。一応、もう一度リストを当たってみましょう……」
 2人の報告に、セレスティは小さく息を吐く。庶民向けの作品であれば、資料から制作者や所有者を当たることは厳しくなる。若干の望みはあるにせよ、壁に行き当たったようなものだ。自然と、場の雰囲気は重たくなってくる。まだ湯気を上げている紅茶だけが、柔らかい香りを部屋に漂わせていた。
「せめて、この簪に絡み付く、怨念だとか執着の部分は消してしまってもよろしいでしょうか」
 視線を簪に据えたままで、凪砂が遠慮がちに切り出した。
 確かに、代々の所有者たちの恨みや無念を取り込んでいる今、この簪は相手を選ばず所有者に危害を与える可能性が高い。それに、せっかくの簪がこのままではあまりに忍びない。
 が、セレスティたちが頷くより早く、凪砂の言葉を不穏と聞いたか、簪から黒い霧のようなものが立ち上り、凪砂へと襲いかかる。
 ふ、とわずかに身を引いた凪砂の影が動いた。と思う間もなく、先ほどの霧のようなものは、影へと吸い込まれるように消えてしまう。
 ケンカを売った相手が悪すぎたのだ。セレスティは唇の端にかすかに笑みを浮かべた。
「この椿……」
 おもむろに、シュラインが驚きの声を上げる。
「両方とも、白……」
 その言葉を凪砂が引き取った。
「亡くなった人の怨念が片方を赤く染めていたのですね……」
 あたかも犠牲者の血を吸っていたかのように。セレスティは小さく溜息をついた。
「もう一度、簪の出所を調べ直す必要がありそうですね」
 長年の恨みや憎しみから解放された簪は、まるで安堵したかのように、本来の質素で清楚な雰囲気を取り戻していた。あの妖艶ともとれる「紅」の魅惑が失われ、いくばくかの物足りなさを感じないでもないが、これでもう、持ち主に死をもたらすようなことはないだろう。

「これが『白椿』ですか」
 3人を出迎えた寺の住職は、簪を前にほほう、と溜息を漏らした。
 候補に仏師も加えて再びリストを洗い直せば、問題の簪と思われる作品に行き当たった。やはり作者は明治初期の仏師であり、自らも僧籍に入った人物だった。人物名がわかれば、そのゆかりの寺もすぐに調べはついた。
「確かに、彼が縁のある人物に頼まれて簪を作ったという話は残っています。何でも、元は名のある士族だったのが、維新で没落し、自らも病に倒れ、娘を奉公に出さざるを得なくなった。金子は大して用意できないが、その娘にせめて簪の一本でも持たせたい、と懇願されたそうです」
 住職はあたかもそこに当時の映像が映っているかのように、宙に視線を泳がせた。
 その奉公先というのが、例の呉服屋だろうか。奉公とはいっても、実際は妾だったのかもしれない。だとしたら「奉公先」の娘と折り合いが悪かったとしても腑に落ちる。
「彼は妻子を捨てて仏門に入ったそうですが……、この一件を記録に残したくらいですから、やはりよっぽど思うところがあったんでしょうね……。娘を想うその気持ちに応えたといいます」
 だから、その父親が買えるように、値の張らない、質を落とした漆を使ったのだろう。ただ、細工にだけは十分に心を込めて。
 そして、それを贈られた娘も、父の想いを十分に知っていたからこそ、あんなにこだわったのだ。その招いた結果は悲劇的なものだったけれど。
「さて、その簪なのですが、当方で引き取らせて頂いてもよろしいのでしょうか?」
 しばしの余韻の後に、住職がそう切り出した。
 結局、最初の持ち主の血は絶えており、縁者は見つからなかった。となると、この寺に納めるのが妥当なところだろうか。誰かの黒髪を飾る機会がなくなってしまうのは残念なことだけれども。
 だが、セレスティが口を開くより早く。
「あの、あたしがこういうこと言う資格はないかもしれませんが、この簪のあるべき場所はここじゃないような気がするんです」
 凪砂がおずおずと、けれど信念を感じさせる静かな口調でそう言った。

「……そう、でしたか。何とも悲しい話ですね。父親の想いを汲もうという心が人に死をもたらすようになっただなんて」
 話を聞き終えて、依頼人の男は静かに溜息をつき、目を閉じた。
「実は、昨晩も夢を見たのです。例の娘さんが、初めて顔を見せてくれましてね……。凛とした、でもまだあどけないお嬢さんでした……。私の側にいるのが心地よかった、と。でも心ある人がちが積年の恨みから解放してくれた今、もう行くべきところに行かなければならないから、今度こそ本当にお別れします、と。……私を傷つけずに済んで、本当に良かったと……。そう言ってくれました」
 レンの店内に、しっとりとした沈黙が舞い降りる。誰もが男の語りに耳を傾けていた。
「きっとその女性は、あなたの娘さんを想う気持ちに心癒されたのでしょうね」
 シュラインが静かに答えた。
 それはきっと、紅く染まりきらなかった、椿の一輪の部分。男の想いが妄執とも呼べる狂おしいものであったとしても、簪の主の心には懐かしく届いていたのだろう。
「……ところで、あの簪は……」
 しばし俯いて押し黙った後、男はふと顔を上げた。
「あたしの知り合いの古民具屋さんに引き取ってもらいました。その……、今度こそどこかのお父さんが娘さんに愛情込めて贈れるように、と……」
「そして、今度こそ、娘さんの成長を見守る喜びをお父様と一緒に分け合えるようにと」
 凪砂の言葉をシュラインが引き継ぎ、セレスティはゆったりと頷いた。
「……そう、ですか……。それは良い……。次は……、私のような愚を犯さぬ父親に……」
 男は再び俯き、声を詰まらせた。
「本当に、突拍子もない願いを聞いて下さってありがとうございました。皆様には感謝してもしきれません」
 立ち上がって深々と頭を下げるその姿は、とても老け込んで見えた。

「……あの方、娘さんを亡くされたことで、きっと自分を責め続けているのね」
 すっかり小さくなった後ろ姿を見送ってシュラインが呟く。
 娘への想いのよりどころを失い、精魂の枯れたような依頼人の姿を見ると、本人の望んだこととはいえこれで良かったのか、という想いがそれぞれの胸に飛来する。
「でも、娘さんを想う気持ちはきっと、本物だったんですよね……」
 そう続けた凪砂の口調には、祈るような響きが込められていた。
「お疲れ様だったね、あんたたち。茶が入ったから飲んできな」
 重苦しくなりがちだった空気を、蓮のぶっきらぼうな口調と茶の香りがよそへと追いやった。
「まあ、本人が言い出したことだったし、しばらくは落ち込んでるだろうけど、これで良かったんだろうさ」
 誰よりも早く、自ら湯のみに手を付けて蓮は言う。
「そう……ですね」
 セレスティも頷いて、湯のみに手を伸ばした。
 あの依頼人も、いつまでも落ち込んでいるというわけではないだろう。時間というものは、時に残酷に、けれどこの上なく優しく人の上に流れていくものなのだから。
「うちとしちゃ、何度も同じものに金出してくれる良い客を逃しちまったけどね」
 どこかおどけたように、けれども半分くらいは本音を込めているような蓮の言葉に、ようやく3人の間に苦笑が漏れた。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1847/雨柳・凪砂/女性/24歳/好事家(自称)】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、『紅椿』へのご参加、まことにありがとうございます。
今回は、多少意地悪な設定になっておりましたが、おかげさまで無事簪の出所は判明、行き先も決定しました。依頼人にはやや心の整理のつかないところが残ったようですが、これも時間が解決してくれるでしょう。

セレスティ・カーニンガムさま

いつもありがとうございます。
「簪が似合うなら、その姿を思い浮かべるのは心の中で」とても含蓄のある言葉ですね。なるほど……と頷いてしまいました。
この依頼人がそれをできる人なら、ひょっとしたら娘を失わずに済んだのかもしれません。
セレスティ氏のお人柄がにじみ出ているようで、素敵だなぁと思いつつ、書かせて頂きました。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。