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<東京怪談・PCゲームノベル>


狭間の聖域

オープニング

―月光花―

 数百年に一度だけ咲く花がある。
 その花の名前を月光花。
 名前の通り、月の光を受けて育つ花だ。
 本来ならば月光花は存在しない花だ。
 狭間の聖域だからこそ、育つことが許される禁忌の花。
 自然の理に背いて生まれたせいか、その花の命は儚く短いものだ。
 だが、次の花を咲かせるための種は残る。
 水晶のようにキラキラと輝くその種は加工すれば魔よけのアクセサリーにもなるだろう。
 月光花を見たい、もしくは月光花の種が欲しいというのであれば次の満月に狭間の聖域へと赴くがいい。
 普通ならばそちら側の人間に月光花を見せるのは禁止されているが、今回は特別だ。
 我々、狭間の聖域の住人はそなたを歓迎しよう。


視点⇒メイリーン・ローレンス

確かにメイリーンは散歩に出かけた。
もちろん、猫の姿で。メイリーンは外出する時は滅多なことでは人型にはならない。理由は簡単なもので、服がないから、だ。
「…どうしましょう…」
 メイリーンは誰に呟くまでもなく、一人小さな声で言葉を発した。
 見渡す限り、メイリーンの視界に入ってくるのは見たこともない一面の花畑。例えるならば美しい月の光のようにキラキラと輝いている花園。
 メイリーンが花畑を感慨深く眺めていると、背後から人の気配を感じて、後ろを振り向いた。振り向いた先に存在したのは金の髪を持った一人の女性だけだった。
「…珍しい客人だな。おぬし、猫の姿をしてはいるが…本当に猫か?」
 クス、と女性は笑いながらメイリーンに一歩、また一歩と近づいてきた。
「…ずっと昔に、似た風景を見た事がありますの…ここ程凄くはありませんでしたけれど。その時わたくしの隣にいたのは…前の、主様でしたわ。あの頃は、ただ主様が連れて行って下さったという、それだけが嬉しくて」
 メイリーンの言葉を聞いて、女性は「…ほぉ、外の世界にもこのような場所があるのか。興味をそそられるな」
 メイリーンは女性の言葉を聞きながら、今はもう亡きかつての主人を想う。
「こうして1人で見るのは…美しいのですけれど…何だか、酷く悲しいものに見えますわ」
 女性はメイリーンの言葉に驚いたのか、少しだけ目を丸く見開かせた。
 花のためだけの空間なのだろうか、確かに美しく咲き誇る花はあるけれど逆を言えば『花』しか存在しないその空間をメイリーンは酷く哀れに思えた。
 気が遠くなるほどの長い年月をかけて、美しく咲き誇る花は、ひっそりと誰の目に留まることなく咲いては枯れていく。
「この場所には他のものは存在しないのですか?確かに花は美しいと想うのですけれど…」
「他に何も存在しないからか?」
 女性の言葉にメイリーンは小さく頷いた。
「この花が美しいと想うのならば、外の世界の人間達はよほど醜いのだろうな」
 女性が何気に呟いた言葉にメイリーンは「…え?」と聞き返した。
「月光花、この狭間の聖域に存在する花は外の世界の人間達とは相反する花だ。外の人間が美しい綺麗な心を持てば、月光花は醜く育ち、逆に外の人間達が醜い心を持っていれば、艶やかに咲き誇る。おぬしに、この月光花はどう映る?」
 女性の言葉を聞き、メイリーンは驚愕の瞳で女性を見やった。
「この狭間の聖域は、外の世界とは相反する。ここが美しいならば、外は醜い。ここが醜ければ、外は美しい。だが、ナナシはこの美しい風景しか見た事がない」
 それほど外の世界は醜く、堕落してしまっているのだと女性、ナナシは言いたいのだろう。
 確かにメイリーンが住む世界は、お世辞にも美しいとは言いがたい場所だ。だけど、全ての人間が醜い心を持っているわけではない、という事もメイリーンは理解していた。
 かつての主は亡くしてしまったが、その生まれ変わりの存在に今は仕えている。以前の主とは違うけれど、同じ魂を持つ人間に仕えることができてメイリーンは幸せを感じている。
「…確かにわたくしの住む世界は美しい場所ではないです。だけど…醜いだけの場所でもありませんわ。それは貴方も理解していらっしゃるのでしょう?」
「……ふふ、この狭間の聖域に迷い込んだものは沢山いたが、おぬしのように答えるものは一人もいなかったな。あるものは絶望し、あるものは違うと言い切り、だが、おぬしには『世界の理』というものが見えているらしい。今日は久々にいい気分になれた。これを持っていくがいい」
 そう言ってナナシが渡してきたのは、きらきらと輝く月光花の種だった。
 人型であったなら、手のひらに乗るサイズの小さなそれを受け取り、メイリーンはナナシと種を交互に見比べた。
「おぬし達の世界で月光花を育てることはできないが、魔よけくらいにはなろう。外の世界の全ての人間達がおぬしのような考えを持っていれば、ここはこんなに悲しく、美しい場所にはならなかっただろうに…」
 ナナシは空を見上げながら「時間だ」と短く告げてきた。メイリーンもつられるように空を見上げると、浮かんでいる丸い月が薄く消えかかっているのが分かった。
「この世界はもうじき、外の世界と遮断される。おぬしはおぬしを待つ者の場所へ帰るがいい。次にまた来る事があったならば、また話をしよう。その時は茶菓子くらいは用意しておく」
 そういい残してナナシはすぅと闇に溶けるようにして消えていった。

 気がつくとメイリーンは自宅の前に立っていた。
 もしかしたら夢だったのかも知れないとメイリーンが思おうとしたとき、足元にきらきらと輝く月光花の種を見つけた。
 まるで、それは夢ではないと誇示しているかのように見えて、メイリーンは小さく笑みを見せた。
「また…次の満月に聖域への扉が開かれたなら、その時は…」

 今度は人の姿で会いに行ってもいいかな、と思うメイリーンだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4287/メイリーン・ローレンス/女性/999歳/子猫(?)

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■         ライター通信          ■
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メイリーン・ローレンスさま>

初めまして。
今回「狭間の聖域」を執筆させていただきました瀬皇緋澄です。
発注をかけてくださいまして、本当にありがとうございました。
なのに納品日ギリギリになって申し訳ないです。
話のほうはいかがだったでしょうか?
少しでも楽しんでくださったなら、ありがたいです^^
それでは、またお会いできる機会がありましたらよろしくおねがいします^^

         −瀬皇緋澄ー