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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


紅の哀慕〜Side.綾〜

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 重苦しい憂いを隠そうともしない顔で、碧摩蓮は吐息をついた。
 その手のひらの上で踊るように転がされているのは、紅い石の嵌った小さな指輪。
 石は、おそらくルビーであろう。
 鮮血を思わせるその色を美しいと思うか無気味だと思うかは、
 人によって意見が別れるかもしれない。
 だが今の蓮にとって、石の美しさや雰囲気などはさしたる問題ではないらしい。
 ただ厄介なものを持て余すように、彼女はそれを手の中で玩んでいた。

 そんな店主に客が声をかけたのは、気まぐれか好奇心か。
 顔を上げた蓮は客を見遣り、ゆっくりと口を開いた。
「これかい? 綺麗な指輪だろう? でもねぇ、ちょっとこいつはワガママでね」
 聞き分けのない子供のことを語るような口調で連は言う。
「これはルビーなんだが、こいつと対になるサファイアの指輪がどこかにあるらしいんだ。
 もともとは一緒にあったらしいんだけど、なにかのきっかけでバラバラになっちまって。
 それ以来、この指輪は悲しがって泣いているのさ」
 我儘だの悲しくて泣いているだの、およそありえない話だ。
 だがその話は不思議なほどすんなりと客の意識へと溶け込んでいった。
「あんた、もしヒマならこいつの片割れを探してやってくれないかい?
 なんなら礼もするからさ」
 先ほどまでの憂い顔はどこへやら、連はどことなく楽しげに口の端を持ち上げた。

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 見た瞬間に、吸い込まれるような奇妙な心地を味わった。
 その紅い色はどこか禍々しいようにも見えるし、物悲しいような感じもする。
 なんにせよ、綾の視線も意識も、すっかりその指輪に奪われてしまっていた。
「ふぅん……ま、いいよ。ヒマだし。引き受けようじゃん」
 手のひらの上に指輪を受けながら、綾は口の端をニッと持ち上げた。
 説明しがたい類の高揚感のようなものが、知らず声を弾ませる。
 その声に反応したように、店の奥のほうで動く人影があった。
 綾とそれほど年齢も変わらないくらいの少女だ。
 長い黒髪を後ろでひとつに纏め、落ち着いたデザインのシャツに身を包んでいる。
 少女はゆっくりとこちらへ歩いてきて、店主へ小さく頭を下げた。
「こんにちは、蓮さん」
「ああ、来てたのかい。気付かなくてすまなかったね」
「いえ、好きに見せてもらってましたから」
 綾と同じく、この店の常連だろうか。
 気心の知れた様子で挨拶を交わした少女は、ちらりと綾のほうへ視線を移した。
 だが見覚えのない顔なのでさして気にも止めず、綾は蓮へ向き直る。
「じゃ、蓮姉さん、これ借りてくね。あ、ところでお礼してくれるってホント?」
「ああ、女に二言はないさ。無事にそいつの片割れを見つけたら、ご希望どおりの礼をするよ」
「よっしゃ、約束だよ!」
 片割れの捜索自体も面白そうでわくわくするが、上手くいったら報酬までもらえるとあって
 すっかり嬉しくなった綾は満面の笑みで指輪を握り締めた。
 髪の長い少女がこちらをずっと見ていたことなどまるで気にも止めず、意気揚々と店を出る綾。
 太陽の下に一歩出た途端、光の直撃に思わず目が眩む。
 手元の指輪も陽光を反射して、怪しくも美しくもある輝きを振り撒いていた。
「うーん……まずはどうしようかな」
 軽く安請け合いしたのはいいが、具体的な方法を考えていたわけでは決してない。
 そもそも深く考えて行動することなどおよそ性に合いはしないのだ。
 店からさほど離れていない場所をのんびりとした足取りで歩きながら、綾はひとりごちた。
「そうだなあ……もしかしたらあんた、その片割れが近くにあったら反応したりするのかもね」
 一見したところ普通のルビーと何ら変わりはないが、
 どこかしら不思議な雰囲気を醸し出しているのが綾にもなんとなく感じ取れる。
 離れ離れになって泣くほど焦がれているのなら、互いを呼び合うかもしれない。
「よし、じゃあまずはこのへんをぶらついてみるか」
 きょろきょろとあたりを見回した後、手元のルビーに視線を落とす。
「案外、灯台下暗し、なんてこともあるかもしれないよね。あんたも頑張って、しっかり相方を探しなさいよ」
 応えるようにルビーが煌いたような気がした――そのとき。
 背後の人影に気付いた。
 振り返ると、先刻アンティークショップにいた髪の長い少女がそこにいた。
「ん? あれ、さっき店にいたひと?」
「あ、ええ――そう。あの……ものは相談なんだけど」
 綾と同じくらいの年頃に見える少女は、やや遠慮がちに言葉を次いだ。
 綾の手元のルビーを見ながら、その片割れ探しを一緒にさせてもらえないかと。
 なぜかこの指輪がひどく気になって仕方がないのだという。
 その真摯な口調と眼差しに思わずおとなしく聞き入ってしまったが、
 話が終わると自然に綾は唇を尖らせていた。
「どうしてもって言うんなら混ぜてあげてもいいけどさ……あんたまさか、報酬横取りしようとか思ってないよね?」
 綾が店を出る前に、蓮が礼をしてくれるという話をこの少女も聞いていたのだ。
 上手く綾を手玉にとって、それを横から掠め取ろうという魂胆かもしれない。
 しかし相手は明らかに面食らった顔で、形の良い目を幾度か瞬いた。
「は? ……いや、別に報酬とかそういうのはどっちでも……」
 人のよさそうな雰囲気そのままに、純粋な空気を纏った物言いだ。
 表情からも言葉からも、嘘は感じ取れない。
 そう悟った途端、綾の顔には満面の笑みが浮かんでいた。 
「そうなの? うん、だったらいいよ。オッケー、これからよろしくね。あたし皆瀬綾っていうんだ」
 相手に下心がないのなら、協力してもらえるのは綾としてもありがたい。
 正直、あてもなくぶらつくだけで成果があるのかどうか微妙に不安だったところだ。
 突然の自己紹介を受けて再び瞬きを繰り返した少女は、しかし律儀に名乗り返してきた。 
「あたしは玖珂夜月。高校一年生」
 最後のフレーズを受けて、綾は一瞬固まった。
 てっきり同い年くらいかと思っていたのに、高一とは。
「なんだ、年下じゃん」
「え?」
 いかにもつまらないという感情を隠そうともせずに綾が言うと、少女――夜月は三たび瞬きをした。
「年下って……あんた中学生くらいでしょ?」
 当たり前のように呟かれた言葉は、彼女が本心からそう思い込んでいたことを如実に表現している。
 瞬間、綾の額に青筋が立ったのを夜月も見逃さなかったらしい。
 僅かに怯む様子を見せた夜月へ、しかし綾は憤怒の形相で容赦ない一喝を浴びせた。
「だ・れ・が、中学生だって!? あたしはハタチだよっ!!」

 *     *     *

 綾の方が驚くほど、夜月は素直に頭を下げた。
 悪気がなかったのは分かったのでそれ以上責めることはせず、本題に入ることにする。
「んで? とりあえずどうするのさ」
 わざわざ追いかけて声をかけてきたくらいなのだから、さぞや妙案があるのだろう。
 根拠もなくそう思った綾は、軽い気持ちで問うた。
 しかし夜月は僅かに首を傾げただけだった。
「どうって……そもそもどうするつもりだったんですか?」
 逆を突かれて、情けなくも一瞬言葉に詰まった。
 小さくこめかみを掻きながら、それでも正直に考えていたことを話す。
「うん、別に何か考えてたわけじゃないんだよね。ただテキトーにぶらついてみるつもりでさ。
 なんかこいつ不思議な雰囲気があるし、もしかしたら呼び合ったりするかなって」
 言うなれば指輪任せの行き当たりばったりだ。
 しかしそもそも不思議な指輪なのだから正攻法ばかりが上手くいくとも限らないだろう。
 そんな風に自分の意見を内心で正当化する綾に、夜月は遠慮がちに言葉を重ねた。
「それは……そういうこともあるかもしれないけど」
 意外にも綾の意見は頭ごなしに否定されはしなかったが、しかしながら手放しで賛成されもしなかった。
「でもそれだと時間がかかりすぎるでしょう。もっと効率のいい方法を考えたほうがいいと思うんですけど」
 確かにそれは正論だ。
 だが、具体的にどうしようというのか。
「どんな? っていうかその敬語やめてくんないかなあ。かたっくるしいから普通に喋ってよ」
 綾自身、目上だからといって特別に敬語でガチガチ喋ったりはしない。
 だから逆をやられると居心地が悪くて仕方ないのだ。
 そんな心中を察したのかどうかは分からないが、夜月は素直に頷いた。 
「じゃあ普通に喋ることにするわ。……で、方法なんだけど」
 言いながら、夜月は携帯電話を取り出した。
 思わず両目を瞬く綾の前で、軽やかにボタンを押していく。
 横から覗き込んでみると、どうやら電話帳のモバイル検索ページらしい。
 夜月がボタンに指を走らせるのにあわせて検索ワード入力ボックスに「骨董品」と入力され、
 検索ボタンを押した次の瞬間、いくつかの店の名前と電話番号が表示された。
「とりあえず近い店からしらみつぶしに探してみましょう」
 画面を綾のほうへ見せながら言う夜月。
 綾は腰に手を当てて軽く肩をすくめた。
「なるほどね。ま、ひとまず堅実な方法って言えるかも」
 綾ならばとても思いつかないようなやり方だ。
 心強い協力者に内心で舌を巻きながら、歩き出す夜月に綾はおとなしくついていった。

 *     *     *

「……今ので六軒目だっけ?」
「七軒目。ちなみに今ので最後」
 うんざりと問いかけた綾の数え間違いを夜月が律儀に訂正する。
 だが気に障るほどの気持ちの余裕すら今の綾にはなかった。
 とにかくあちこち歩き回って足が棒なのだ。
 そもそも骨董品店などそうざらにあるものではないのだが、それでも七軒もヒットしたのは上出来と言えるだろう。
 しかし残念ながら、芳しい結果に結びつく情報は得られなかった。
 最初に思いついたように、片割れの指輪が見つかったならばおそらくルビーは何らかの形で反応するのではないかと思う。
 だが、どの店のどのサファイアに近づけてみても、ルビーは沈黙を守り続けていた。
 夜月に出会う直前にしていたようにルビーに語りかけたりもしてみたが、店員及び客に不審の目を向けられただけだった。
「もう〜、歩きすぎてクタクタだよ〜!」
 身体を折り曲げた綾は、悲鳴のような声をその唇から絞り出した。
 七軒の骨董屋はさすがに近場には存在しておらず、二人は町を縦断する勢いで歩き回ったのだ。
 その身体的疲労と、結果に結びつかなかった心理的な重みとが容赦なく全身に圧し掛かってくる。
 ――と、そのときだった。
「えっ……あ!」
 ついぞ感じたことのない違和感が己の手のひらから伝わってきて、綾は思わず声を上げた。
 恐る恐る開いた手の中のルビーは、明らかに小さく震えていた。
「泣いてる……」
 人の目に写る涙ではない。
 人の耳に届く声ではない。
 けれど間違いなく、ルビーはすすり泣いていた。
 心の奥底のもっと深い部分へと直接訴えかけてくるような、切ない叫び。
 碧摩蓮の言ったとおり、片割れのサファイアを想って泣いているのだろう。
「ごめんね……なかなか見つけてあげられなくて」
 綾が何ごとか言うより先に、夜月が小さく呟いていた。
 驚いて見遣る綾にも気付かない様子で、夜月はただルビーだけに真摯な視線を注いでいる。
「必ず探し出してあげるから、もう泣かないで」
 幼い子供に語りかけるような口調で、囁く夜月。
 ルビーのすすり泣きと変わらないほどの、深い何かを胸に感じ、思わず綾は呟いた。
「……あんた、優しいんだね」
 綾にはきっと作り出せない優しさだ。
 こんな風にさりげない、相手への思いやり。
 だが言われた夜月は慌てたように顔を上げた。
「ベ、別に……あんたこそ。最初に依頼を受けたのはそっちでしょ」
 ぶっきらぼうな物言いは照れを隠す為の鎧だろうか。
 綾自身がそうであるように。
「あたしは別に〜、ヒマだったからってだけで」
 両手を頭の後ろで組みながら、努めて軽い口調で返す。
 幸いにも夜月はそれ以上追求してくることはなかった。
「でも骨董屋は全滅だよ。この後どうしよう?」
「そうね……とりあえず歩きながら考えましょうか」
 これからの行動についてあれこれ話しながら、二人は繁華街までやってきた。
 様々な店が立ち並ぶ中に、路上で物を売る露天商がいくつか店を出している。
 その中には、装飾品を扱う者もいた。
「案外、こんなところに紛れてたりしてね」
 ありえないと思いつつもそんな軽口が口を突いて出る。
 夜月がこちらを見てふっと笑った。
 まさか、と言おうとしたのだろうか。
 だがその言葉は紡がれなかった。
「えっ――えっ?」
 夜月が瞠目するのと綾が声を上げたのが同時だった。
 綾の手の中のルビーが、今までに見せたことのない色で輝いていたのだ。
 美しくもあり、切なくもある――胸を打つような淡い光。
 思わず呆然と見惚れてしまうような。
「ちょっ――ちょっとおじさん!」
 先に我を取り戻したのは綾だった。
 掴み掛からんばかりの勢いで露天商に詰め寄る。
「サファイア! ここにサファイアの指輪あるでしょ!」
 問いかけではなく断定する物言いに、しかし露天商は困惑する様子も動じる風も見せなかった。
「ああ、不思議なこともあるもんだね。正に今みたいに夜毎光る薄気味悪いサファイアが、確かにここにあったよ」
 ともすれば不審者に見えかねない髭だらけの顔を頷かせる露天商。
 背後で夜月が息を呑む音が聴こえたが、綾の驚きはもっとストレートだった。
「マジでぇ〜!?」
 飛び上がらんばかりの勢いで、思わず歓声が飛び出す。
「どこっ! どれっ? ねぇねぇどれよ!」
 目を皿のようにして、綾は路上の品物を見渡した。
 しかしそれらしいものは見当たらない。
 今のルビーと同じように光るのなら、すぐにそれと分かるはずなのに。
「それっぽいのはないよ? ねぇ夜月、どれだと思う?」
「ちょっと待って、もしかして――」
 迫る綾に怯む様子を見せながらも、夜月はそれを遮った。
 そして次に彼女の口から出た言葉は、綾が考えもしなかった内容を示していた。
「――今、ここにはないんでしょう?」
 鋭い指摘に、露天商は再び頷いた。
「ご明察。つい今朝方まではそのへんに並んでたんだけどね」
 言いながら顎をしゃくり、言葉を続ける。
「最近は都会も油断ならないね。そこらのカラスが飛んできて、あっという間に持ってっちまったんだよ」
 言葉の終わりと同時に、百メートルほど先の木の上を指差す露天商。
 綾と夜月は思わず顔を見合わせていた。
「カ……」
「カラスぅ!?」

 *     

「ちょっと――ほんとにやる気なの?」
「あったりまえじゃん! すぐそこにあるかもしれないんだよ!」
 件の木の下で大声を交し合う二人は、既に辺りの注目を集め始めている。
 だが、今からその視線がもっと増えるであろうことなど綾はまったく気にしていなかった。
「カラスがナンボのもんさ! 人間様に敵うと思ったら大間違いよ!」
 カラス相手に啖呵を切って、綾は勢い良く木に跳びついた。
 この木の上に目的のサファイアがあるというのなら、特攻して奪取するのみだ。
「だ、だけど――」
「あたしネコは大っキライだけど、カラスは別に平気だから」
 心配げに声をかける夜月にあっけらかんと答えながら、綾は器用に上へと上っていった。
 決して低くは無い木だが、すぐに真ん中辺りまで来ることができた。
 頑丈そうな枝を選んで慎重に進んでいく。
 さして時間をかけることなく、綾の身体は目的の場所へと辿り着いた。
 そこらの枝やゴミ、針金ハンガーなどなどで構成されたカラスの住み処には、
 ビー玉やら小さな釘やら、雑多なガラクタが溢れている。
 タマゴが見当たらないのが救いとばかりに、綾は乱暴に巣の中を引っ掻き回した。
(あっ……!)
 他のガラクタとは明らかに趣の違う、精緻なつくりの指輪が目を惹いた。
 青い石はもちろんサファイアだろう。
 そして、これこそが探し求めていたものに違いない。
 何故なら、先刻見たルビーの光とそっくり同じ風情で、それは淡く輝いていたのだ。
「よっしゃ、コレだよきっと! 少しだけど光ってる!」
 考えるより先に歓喜の声が飛び出していた。
 腕を伸ばし、その手の中にしっかりとサファイアを握りこむ。
「夜月っ、やったよー!」
「わ、わかったから気をつけて――」
「合点承知――って、キャーちょっとー!」
 下から聞こえてくる心配そうな声に明るく答えた、そのとき。
 黒い物体が前触れもなく突進してきて思わず綾は悲鳴をあげた。
「あ、綾さん!」
 いきなり血の気が引いたような声が飛んでくる。
 だがそれに応えている余裕はなかった。
 なにしろ、黒い物体――カラスは、鋭いくちばしを容赦なく綾へ打ち付けてくるのだ。
「いたたたちょっとやめてよこいつーっ!」
 咄嗟に目を庇いながら、心の底から悲鳴をあげる。
 どうやら住居不法侵入および窃盗の罪を、家主たるカラスは許すつもりはないらしい。 
「もうーっ、すぐ降りるからどいてっ! 痛い、いたいってばーっ!」
 しかしカラスに人の言葉が通じるはずもなく、結局ほうほうの体で綾が逃げ出すまで
 敵は執拗に攻撃を止めようとはしなかった。
 それでもサファイアを放さなかったのは天晴れだと我ながら思った。
「あいたたたた……もー、エラい目にあったー!」
 髪には葉っぱが絡み、あちこちに小さな擦り傷がたくさんできてしまっている。
 それでも一応無事に生還した綾に、夜月は駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫?」
「あー、平気平気。それより、ほらっ」
 満面の笑顔とともに手のひらを開く。
 そこに載っているのは、蓮から預かったルビーと酷似したデザインのサファイアの指輪。
 豊かな湖面のような青い石は、ほのかに柔らかな光を放っている。
 それを見た夜月が、木登りする前の綾から預かっていたルビーを取り出した。
 サファイアと同じように燐光を放っている、小さなルビー。
 その輝きは、先刻露天商の前で見たのともまた違う、優しい色を帯びていた。
 きっと今このルビーは、唯一の相手に再び巡り会えた喜びを全身で表しているのだろう。
 二つの指輪を見つめる自分の瞳は、らしくもないほど穏やかな色をしているに違いない。
 目の前の夜月も、そんな瞳で指輪たちを見ていた。
 ――二つの石が織り成す、静かな幸せを。

 *     *     *

「へぇ、ほんとに見つけてくるとはね」
 僅かに目を見開いて、碧摩蓮は嘆息と共に言った。
 その手の上で、一緒に転がる二つの指輪。
 今もまだ微かに光り続けるそれらは、互いに互いの光で存在を確かめ合っているようにも見える。
「幸せそうだね、どっちもさ。やっと、あるべき姿に戻れたんだ」
 穏やかに目を細めて呟く蓮。
 そこには、我が子を見つめる親のような慈愛が少なからず見える。
「そうだね、やっと相方と一緒になれたんだもん」
 満足そうに綾が頷く。
 すると蓮は微妙に口元を緩めた。
「相方っていうか、もともと二つでひとつだったんだよ、こいつらは」
「どういうことですか?」
 尋ねる夜月と首を傾げる綾を交互に見て、蓮は言った。
「ふたつ一緒に存在して初めて現れる魔力を、秘めていたんだそうだよ。
 信頼関係のある二人が片方ずつ持つことでバランスを保っていたらしいんだが
 あるときサファイアだけが盗まれちまったようだね」
 それが巡り巡ってあの露天商の手元に渡ったのだろう。
 もしかしたらあの露天商が犯人その人!? などと一瞬思った綾だったが、
 そんなことを今ここで想像しても何にもなりはしない。
「さて、とにかくこいつらは二度と離れ離れにならないよう、こうしておくよ」
 精緻な作りの小さな宝石箱にそっとふたつの指輪を納めた蓮は、音を立てずにその蓋を閉じた。
 ――やっとこれにて一件落着というわけだ。
「そうそう、大事なことがまだだったね」
 思い出したように顔を上げる蓮。
「成功報酬を支払わなくちゃ。何が欲しい?」
 綾自身もすっかり記憶の彼方に飛んでいたことを、蓮は律儀に申し出てくれた。
「ホント? あのね蓮姉さん、あたしね〜実は欲しいモノがあるんだ!」
 言いながら、店の一角を綾は指差した。
 そこに置かれていたのは、小さなティーカップ。
 持ち手が可愛らしく細工されたデザインで、ちょっと珍しいタイプのものだ。
 一目見たときから綾の収集魂には火がついており、近いうちに必ず買い求めようと思っていた。
 特別に高価なものでもないので、誰かに買われはしないかと内心気が気ではなかったのだ。
 そんな綾の胸の内を知ってか知らずか、いつもどおりのシニカルな笑みで蓮はそれを譲ってくれた。
「やったぁ、ありがと蓮姉さん!」
 飛び上がって喜ぶ綾を、蓮も夜月も穏やかな目で見ていた。

 〜END〜


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3660/皆瀬 綾/女性/20歳/神聖都学園大学部・幽霊学生】
【4250/玖珂 夜月/女性/16歳/高校生】


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■         ライター通信          ■
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このたびはご参加下さいましてありがとうございました!
お二人の方にご参加戴けましたので、双方のプレイングを混ぜたひとつのストーリーを
それぞれの視点で書かせていただきました。
もう片方のお話も併せて見て戴けると二倍お楽しみ戴ける…かもしれません(^^;

>皆瀬綾さま
はじめまして。このたびは御発注まことにありがとうございました。
綾さまの明るさ・元気さなどなどが表現できておりましたら幸いです。
僅かでも楽しんで頂けましたらこれに勝る喜びはございません。
納期ギリギリになってしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます…!