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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワールズ・エンド〜道を歩もう、きみなりの。




 その日、私は新しい道具の試作に明け暮れていた。
2階の突き当たり、私の作業室で、黙々と設計図と睨みあってはそのミスに頭を抱えた。
作成術というものは、実はとても繊細なもので、少し魔力の質が変わると全く違うものになってしまう。
それは例えば、色調の度数が1変わるだけで、全く違う色になってしまうように。
道具にかけられる魔力、それによって生み出される魔法は全て異なる。
私だって、過去に私が作った道具と全く同じものは、二度と作ることは出来ないだろう。
作成術とは、そういうものだ。
 私の母親が昔言ってたっけ。
作成術の使い手は、職人なのよ、って。
「ふぅ…」
 私は額の汗をぬぐい、机の上の乱雑に書かれた設計図と、握り拳よりも小さいそれを見下ろした。
とりあえずは、完成。
まだまだ改良の余地はあるけれど、一応ベースは出来た。
これからどんな方向に持っていくのか、それは後々考えよう。
実を言うと、この試行錯誤の段階が一番楽しかったりするのだから、
早く道具を完成させたい気持ちと、このまま置いておきたい気持ちが、私の中で混在している。
「…これも職人だから、なのかしら。ママ」
 私は一人呟き、唇の端をほんの少し上げて微笑んだ。
そして頭の中では、今の私のように、本当に楽しそうに道具を作っていた母親の姿が浮かんでいた。
…彼女と同じ職人の道を歩むことを決めた私を、空の上から嬉しそうに眺めてくれているのかしら。
母親と同じ作成術の素質があると告げられたときは、なんて因果な運命だと思ったものだけれど、
今となってはそんな運命に感謝もしている。
「……そっか、これだわ」
 私はそう呟いた。それと同時に、私の頭の中で一つのビジョンが思い浮かぶ。
目の前の、まだ生まれたばかりの道具の、行き先が決まったのだ。
「…慰めにしかならないチカラかもしれないけど。…いつかあなたと必要とする人が現れるわ、きっと」
 私はそう目の前の道具に語りかけるように言いながら、最後の仕上げの準備を始めた。
















「…ルーリィ、ルーリィ!お客様ですよ」
 一息ついた私に、扉の向こうから声がかかる。
見なくても分かる、声の主は銀埜。私の使い魔。
私が作業室に篭っている間、彼には店の管理を預けておいた。
律儀に店番をしてくれてたのだろう―…このあたりが、もう一人の使い魔とは違うところだ。
「はいはい、今行くわよ」
 私は簡単に机の上のものをまとめ、ばたばたと慌しく廊下に出る。
普通の雑貨を求めている客なら銀埜でも十分用足りるが、それ以外の客だと、私が必要になる。
…だって、そのためのお店だもの。
「銀埜、どんなお客様?」
 私は1階に続く階段から少し顔を出している銀埜に、そう問いかける。
銀埜は私の姿を認め、背を向けて階段を下りながら答えた。
「新規のお客様ですよ。…最も、この店自体は初めてのようではないようですが」
「…?どういうこと?」
 首を傾げる私に、見れば分かります、といわんばかりに手を振る銀埜。
私はハテナマークを浮かべたまま、彼のあとから階段を下りていった。






 階段と店とを区切るカーキ色のカーテンを開けると、一人の少女がいるのが分かった。
白がベースで襟とスカートが紺色、というオーソドックスなセーラー服を着て、
店の中をきょろきょろと見て回っている。
赤いスカーフをきちんと胸の前で結んでいて、プリーツスカートの丈は膝上、という
今時珍しい清楚な雰囲気の女子中学生、といった感じだ。
(前に会ったことあったかしら)
 銀埜は新規のお客様だと云っていた。
でも以前店には来たことがある、ということは、私にとっては始めてのお客様、ということなのだろう。
「こんにちは、初めまして。何かお探し?」
 私がそう、カウンターを越えて彼女に近づきながらそう声をかけると、
彼女のほうも私に気がついた様子で、こちらのほうを向いた。
振り向くと同時に、深い蒼の髪がさぁっとなびく。
私を見てきょとん、としている彼女の顔を見て、私はふと思う。
―…かわいい子。容姿や立ち振る舞いだけじゃなくて、その雰囲気が。
とても純粋だけれど、それ故に一歩間違えると、とても深いところまで行ってしまいそうな。
…彼女の場合、その一線を踏み止まるのは、他人に手を引かれてか、それとも己の決意か。
それはまだ、一見しただけでは分からない。
「何かお探しなら、お手伝いするわよ?」
 私がそう首を傾げて言うと、彼女もそれにあわせたように首を横に傾げた。
「あの、お姉さんは…こちらのお店の方ですか?」
「?ええ…そうだけど。店主のルーリィよ。ああ、さっきの背の高いお兄さん?
あれはただの接客係」
 背の高いお兄さんこと銀埜は、さっさとリビングのほうに引っ込んでしまっている。
きっと彼女のために、紅茶でも淹れてるんだろう。
「あ、いえ、そうじゃなくって。あの、赤い髪の…」
「赤い髪」
 私はそう繰り返して呟き、はて、と思案した。
うちの店にいる連中で赤い髪を持っているのはというと、思い当たるのはリースしかいない。
「お嬢さん、リースのお知り合い?」
「そうそう、リースさん。以前、少しお世話になって」
 リースの名前を出すと、彼女は嬉しそうに頷いた。
「…何か私たちがいない間に、怪しげな商売始めたって聞いたけど。
お嬢さん、それの被害者…げふげふ、お客様?」
「被害者っていうか…そうですね、お客、みたいなもので。でも楽しかったですよ?」
 リースにどんな目に合わされたのかは知らないが、とりあえずは不快には感じていないらしい。
一応この店を管理している私は、ホッと胸をなでおろした。
「此方って、リースさんのお店じゃなかったんですか?」
「ああ…いえ、本当は私が店主なの。あの子は私がいないときに、勝手にこの店を使ってるだけで。
ごめんなさい、紛らわしいわね」
 私が苦笑を浮かべると、彼女は笑って首を振った。
「いいえ、大丈夫です。じゃあ、お姉さん…ルーリィさんが、この店の店長さんなんですね。
あたしは海原みなもっていいます」
   改めて、よろしくお願いします。
 彼女―…みなもはぺこりと頭を下げたあと、にっこりと微笑んだ。
私もそれに合わせて笑いかけ、カーキ色のカーテンのほうを指差した。
「ええ、こちらこそよろしく、みなもさん。今ね、紅茶を淹れてるの。良かったらご一緒してもらえないかしら」
   生憎暇なのよね。
 私がそう肩をすくめて見せると、みなもは笑顔で頷いた。







                 ■□■








「…美味しい」
 銀埜が淹れた紅茶に口をつけ、一言みなもが漏らす。
お茶請けのクッキーを一緒に運んできた銀埜は、得意そうな顔で云った。
「ありふれたダージリンですが、最近は梅雨のせいか冷えてますので丁度良いでしょう?
宜しかったらこちらのクッキーもどうぞ。昨日焼いたものですが、しっとりと生地が馴染んで美味しくなってますよ」
「ええ、ありがとうございます。…焼いたって、お兄さんが?」
「はい、私が」
 お盆を抱えてにっこりと笑う銀埜に、私は苦笑を浮かべた。
「この人、最近お菓子作りにも凝ってるのよね。良かったら食べてあげてね」
「はい、もちろん。お兄さん…銀埜さんでしたっけ。すごいんですね」
「いいえ、そんなことは」
   ありますけども。
 そう言いたげな銀埜の手の甲をきゅっとひねり、私はぼそっと囁いた。
「いいから、リビングのほうに行ってて頂戴。最近はあんたがいると、話が進まないんだから」
「さいですか、それでは」
 銀埜は名残惜しそうに一礼し、身を翻してカーテンのほうに向かった。
その背を見送ったあと、私はみなものほうに顔を向けて苦笑した。
「ごめんなさいね、最近はお客が少ないものだから、あの子も張り切ってしまって」
「いいえ、そんなことないですよ。クッキーも美味しいですし」
 みなもはそう言って、銀埜手製のクッキーをおいしそうに頬張ってくれた。
…うん、いい子だ。
リースの商売に引っかかったっていうことだけど、本当に一体どんなことを、この子にやらかしたんだか。
…何だか、リースの格好の餌食になっちゃったような気がするわ。
「ええとね、それでみなもさん。今日はどんなご用事で?」
 私が手を組みつつ改めて問いかけると、みなもは傾けていた紅茶のカップをソーサーに戻し、首を傾げた。
「ごめんなさい、特に何が欲しいってわけでもないんですけど…。こちらのお店を見てたら、何だか気になってしまって」
「ふぅん、そうなの。あ、謝ることなんてないのよ、そういうお客様も多いもの」
 申し訳なさそうなみなもの表情に、私は明るく笑って首を振った。
むしろこの店では、明確な欲求がある人ほど、通常の雑貨を求めてやってくるものだ。
漠然とした気持ちを抱えてくる人が、私のお客になるのだから。
「でね、みなもさん。今何か悩み事…というか、考えてることはあるかしら。
何かあれば、私がその手助けができるかもしれないわ。ほんの少しのお手伝いかもしれないけれど」
「…悩み、ですか?」
 私の言葉に、みなもは一瞬目を丸くした。
そりゃあ、いきなりこんなことを言われたら、面食らうのは当たり前よね。
「ええ。この店はね、そういう店なの。お客様の悩みを解決する手助けをする店。素敵でしょう?」
 私が手を合わせてそう言うと、みなもは微かに笑って頷いた。
「そう、ですね」
 リースや同郷の魔女からは、良くからかわれるけども。
魔女が他人の幸せを手伝いして、何になるんだ、と。魔女なら魔女らしく、もっと享楽的に生きるべきだ、と。
でもそれでも、私はこの仕事が素敵だと思っている。
およそ魔女らしくない仕事ではあるけれど。
「…みなもさん?」
 私が声をかける前、店を巡っていたときとはまるで裏腹なほど淋しそうな笑みを浮かべているみなも。
私は目をぱちくりさせて、思わず問いかけた。
「…どうかした?」
 何か気に触ることでも云ったかしら?
 私がそう内心不安になっていると、みなもはふるふる、と首を横に振った。
「いえ、ルーリィさんのせいじゃないんです。ただ、私が―…」
 みなもはそう言って、うな垂れた。
髪の分け目から覗く白いうなじが、切なさを誘う。
「みなもさん、これは決して強制ではないわ。強制ではないけど、良かったら話してみてくれない?
私で良ければ、力になるから―…」
「ルーリィ、なーにを可愛いコ泣かせてんのよ?いつからこの店はそんな店になったの」
 私はそんなからかうような声に、思わずカウンターのほうを振り向いた。
先程みなもの言葉にも浮かんだ、赤い髪のお姉さん―…
リースが、無愛想な顔をしながら、カーテンを掛けてある戸口にもたれてこちらを眺めていた。
「リース、いたの?」
「ずっといたわよ、何か問題でも?…あら、みなもちゃんじゃない」
 リースは私の隣に腰掛けているみなもに気がつき、訝しげな表情で首を傾げた。
「来てたの?今度はルーリィのお客?」
「リースさん…」
 みなもは驚いたように目を丸くしてリースを見つめ、思い出したように軽く頭を下げた。
「その節はどうも。お久しぶりです」
「あら、こちらこそドーモ。あのビデオ、ちゃんとお姉さんたちは使ってくれてる?」
「ええ…はい」
 私には何のことだか分からないが、とりあえず二人の間では意思の疎通は出来ているらしい。
リースはニヤニヤした笑みを浮かべながらこちらに近づき、私の隣を人差し指で軽くさすと、
音もせずにリース愛用の古ぼけた椅子が現れた。
それに足を組んでと腰掛け、私たちを交互に眺める。
「それで?みなもちゃん、何の道具を作ってもらいにきたの?」
「道具、ですか?」
 みなもはきょとん、とした顔を浮かべる。
「そ。まだ聞いてないの?この店はねえ、このへっぽこ魔女がいろんな道具を作ってくれる店なのよ。
但し作る人間はへっぽこだから、その威力はお察し…ごほんごほん」
 調子に乗ってぺらぺらとしゃべくるリースを私は片目で睨みつけ、みなもに向き直った。
「…ま、まあそういうことで。みなもさん、何か悩み事があるのよね?」
「…そう、ですね…ルーリィさんたちにも、聞いてもらったほうがいいかもしれませんね」
 みなもはそう言って一呼吸置いて、話し出した。


「歳相応の悩み事かもしれませんけど」
 みなものその前置きに、私とリースは顔を見合わせる。
(歳相応って…みなもさんぐらいのとき、私たちどんなこと悩んでたっけ?)
(そんなこと知らないわよ。それにあんた、悩みなんてあったの?)
(何よ、その台詞そっくりそのままお返ししますっ)
「あの…お二人さん?」
 みなもの声に、私たちはバッと彼女のほうを向いた。
そして二人してにっこり笑い、同時に云う。
『ごめんなさい、続きをどうぞ』
「は、はい」
     こほん。
 みなもの咳払いに合わせるように、私とリースは背筋を伸ばした。
 折角話してくれるんだから、ちゃんと聞かないと。
「…将来のことなんです。あたしの家族は、皆それぞれやりたいこと、やるべきことをやっていて…。
でもあたしは、あっちにフラフラこっちにフラフラしてばっかりで。
家族の皆みたいに、やるべきことがある筈だと思いたいんですけど、わからないんです」
 みなもはそこまで話すと、ハァと溜息をついた。
私とリースは顔を見合わせたあと、みなものほうに振り返る。
「将来のこと、ねえ…確かにみなもさんぐらいの年齢だと、不安な年頃かもしれないけど」
「ていうか今からそんな風に考えてるんだから、いいことじゃないの。あたしなんか何も考えちゃいなかったわよ」
 あっけらかんと云うリース。
そんなリースに、みなもは首をかしげ、
「でも、不安じゃなかったですか?周りは皆進むべき道を決めてるのに、自分だけ何も決まってなかったときって」
「んー…そうねえ」
 リースは思い出すかのように、眉間に皺を寄せて虚空を見上げた。
「道を決める時期は人それぞれだしね」
 私はそうとってつけたようなことを云い、紅茶のカップを傾けた。
「ルーリィさんのお店、素敵だと思うんです。直接、手助けが出来るなんて。
でもそれは、ルーリィさんの能力があってのことだとは思うんですけど、やっぱりこの店をやろうと思ったからでしょう?」
    私には、それがないんです。
 みなもはそんな訴えるような瞳で云った。
私は思わず、う、と詰まる。
「店はね…これをやろうと思ったからっていうより、これ以外になかったからなのよね、私には」
 私はそう苦笑して云った。
「私の生まれた村にはね、魔法の系統がいくつかあるの。
私はそれの中の作成術っていう系統だったけれど、これの使い手はごく僅かなのよ」
「何の系統になるかはそのコの素質にもよるけどね、元々作成術ってのは人気がないのよねえ。
あたしたちの村は魔女の村だから、ちょっとした道具なんか使わなくても、自分で何とかできるし。
元々作成術ってのは、外の世界で使うべき術だからね」
 リースが私の言葉のあとを引き継ぐように云った。
リースの云うとおり、この魔法は魔女の村では殆ど役に立たない。
―…でも。
「作成術の魔女は、職人なの。己の魔法と、作り出す道具にプライドを持ちなさい。
それが、私の母親の口癖だったわ」
 私はそう呟くように云って、口の端に笑みを浮かべた。
たとえ価値がないと思われていても、自分で価値を作り出せばいい。
たとえ必要がないと思われていても、必要としてくれる人を探せばいい。
そんな想いの元に成り立つ魔法だから。
「母親の跡を継ぐのは嫌だったわ。母親が、村の中で孤立しているのを見てきたからね。
だから、私に作成術の素質があるって聞いたとき、正直悲観したわ。不安にもなった。
だって、役立たない、必要ない魔法だって云われてきたんだもの」
「…でも、あたしは魔法の能力自体が素敵だって思いますけど。
…これも外の世界にいるからこそ、思うことなんですよね」
 みなもはそう言って、さびしそうな笑みを浮かべた。
ひょっとして、自分と重ねて見ているかもしれない。
辺りに魔法がありふれたものとして広がっている世界で、明らかに役に立たない魔法を使わざるを得ない者と。
愛する者たちが、皆自分の先に立って歩いているのを、自覚してしまっている者と。
 その立場は違うけれども、焦燥感は同じだと、思う。
「そうね。私も今のみなもさんは、羨ましいと思っちゃうわね」
     これも私がみなもさんじゃないから、思うことなんだけども。
 私はそう言って笑った。
みなもは首を傾げて、問いかける。
「羨ましい、ですか?あたしが?」
「ええ。だって、周りの人たちが自分の進む道を既に決めているってことは、
みなもさんが将来歩む道を決めたとき、引っ張ってくれるし、背中も押してくれるじゃない?」
「―……。」
 みなもは一瞬だけ目を見開き、そして黙りこくった。
「周りの人たちが皆右往左往しているっていうのも、割と辛いかもしれないわよ。
だってそういうときって、みんな自分のことで精一杯だものね。
自分と同じ、って安心するかもしれないけれど、でも助けにはなってくれないわ」
 周囲に紛れることで不安も薄れるかもしれないけれど、
その安心はただ不安が分散しているから生まれるだけのこと。
それを意味があると感じるのか、無意味だと思うのかは人それぞれだけれど。
「自分自身が迷っていても、周りがどっしり構えていれば、それだけで安心しないかしら。
みなもさんが倒れても、きっと支えてくれるわ」
「ま、発想の転換ってやつよねえ。自己満足の一種だと思うけど、それでもうんうん唸ってるよりはましだと思うわよ」
 リースは軽く笑って云うが、みなもの顔はまだ晴れることはない。
…そんなに単純な問題ではないことは、百も承知だ。だけど、私は。
 更に口を開きかけたところで、みなもが重い口を開いた。
「……あたしは」
「うん?」
 私は笑顔を浮かべて首を傾げる。
「信じてもらえるかどうか分かりませんけど、人魚の末裔なんです。…血は薄いですけども」
「へえ」
「あら」
 みなもの思い詰めたような告白に、私たちは軽く相槌を打った。
それはまるで、近所のスーパーで卵が安いよ、とでも云われたときのようで。
 みなもはそんな私たちの相槌に、少々面食らったようで、
「あの、本当なんですよ?」
 と云った。
「あら、ちゃんと信じてるわよ。でも私たち、一応魔女だからね」
「まあ、それなりの耐性はあるのよ、これでも。ごめんね、驚いて欲しかった?」
 私は弁解するように、リースはニヤニヤ笑いを浮かべてそう答える。
 みなもはクスッと笑って首を振り、
「…いいえ、そういえばそうですもんね。良かったです、信じてくれて」
 と答えた。
「うん、それで?人魚ってのもとても素敵だと思うけど」
「それなんです、問題は。…あたしは血が薄いから、
人間としてでも、人魚としてでも、半人半魚としてでも生きていけるんです。だから―…」
     迷うんです。
 みなもはそう続けて言った。
…確かに、それは迷いそうだ。だって、色々な選択肢があるわけだから。
「…どれを選んでも、きっと後悔するでしょうね」
「――……!」
「でも選ぶことが出来る選択肢は、たった一つよ。いつ如何なるときでもね。
選ぶことが出来るのはたった一つ、でもその他を選んだ場合の未来を見ることは出来ない」
 だからこそ。
「後悔はしないんじゃない?だって、他を選んだ場合の結果はわからないんだもの。
選んだものが最良の場合もあるし、最悪の場合もあるわ。
でも結果が分からないなら、自分の選んだものが最良って信じればいいじゃない?」
 それならば、決して後悔はしない。
「それにね、人生って割とどうにかなるものよ。
自分で決めずとも、流されるままに歩んだ道が、そのまま自分の道になるわ。
…みなもさんは、今いくつ?」
「……13歳、です」
 みなもはぽつり、と呟くように云った。
「なら、13年間歩んできた道があるわけよね。
それがどんな道だったにしろ、それはみなもさんだけの道よ。
他の誰も価値をつけることなんて出来ない。一瞬一瞬、みなもさん自身で選び取ってきた道だもの」
 ね?と首を傾げて微笑む私に、みなもは僅かな微笑を浮かべた。
私はそれが嬉しくて、嬉しくて。
「道は自分の前じゃなくて、自分の後ろに出来る、ですか」
「そう、それよ。誰が言った言葉か知らないけど、名言よね」
 みなもの言葉に、ふふ、と私は笑った。
解決したわけじゃないけど、彼女が笑ってくれたならば、もう大丈夫だ、と思える。
 微笑むことで余裕が生まれる。余裕が生まれたなら、自分の後ろに出来た道を振り返ることも出来る。
振り返ることが出来たなら、更に一歩進むことも出来る。
そうしてまた、自分の後ろに道が出来るのだ。
 みなもには、そうして微笑ながら歩いていって欲しい。
誰とも比べる必要などないのだと。
「…さすがにあんたの説教、今回は長いわねえ」
 ふわぁ、とあくびをして中々失礼なことを云うリース。
私は思わず苦笑を浮かべるが、続くリースの言葉にハッと我に返った。
「さっきなにやら変なモノ作ってたじゃない?さっきちらっと作業室見たけど、あれってこの子に合う気がする。
持ってきてあげれば?」
「…そういえば、ころっと忘れてたわ」
 きっといつか、あなたを必要とする人が現れるように、祈りを込めたばかりじゃない。
 私は自分の記憶力のなさを呪いながら、慌てて立ち上がった。
「ごめんね、みなもさん。ちょっと待っててくれる?」
「はい?」
 きょとんとしているみなもを宥めるようなリースの言葉を背中に聞きながら、
私は急いでカーテンのほうに駆けた。
「ほらね、あのコおっちょこちょいでしょ。だからへっぽこって云われるのよね…」
 ほんとに失礼ね。へっぽこって呼んでるの、リースぐらいじゃない!全くもう。











「ごめんなさい、待たせちゃって!」
 私が息を切らせながら、みなもたちの所に戻ると、何故かリースが朱の毛並みを持つ猫になって、
みなもの膝の上でくつろいでいた。
「…何やってるの?」
 思わず呆気に取られて尋ねる私を、みなもは困ったような笑みを浮かべて見上げた。
「何だか、私の膝は柔らかくて寛ぎやすいそうなんです」
「……………。」
 私がじとっと呆れたような目で見下ろすと、猫になったリースはにゃおん、と鳴いて答える。
「だって、昼寝しやすそーなんだもの。
みなもちゃん、あんた人魚になっちゃうのもったいないわよ。こんないい膝してんのに」
 そう言ってごろごろと喉を鳴らす。
…リース、どうでもいいけど、あんたどこかの親父みたいよ。
「あは、そういう理由でもいいかもしれませんね。誰かに膝枕をしてあげたいから…とか」
「そーそー、そんぐらいの軽い気持ちでいいのよ。悩んでちゃ人生勿体無いわよ。
少なくともあたしにために、この膝空けといてもらいたいもんだわ」
 リースが猫になった経緯は分からないが、どうやら二人的には、円満になっちゃってるらしい。
私は何だか知らないが複雑な胸中を抱えながら、むぅ、と呻いた。
…でもま、いいか。みなもには、こういうのが合っているのかもしれないし。
「それでね、みなもさん。これなんだけど」
 私は手にしていたそれを、こと、とみなもの前に置く。
「…これ、何ですか?」
 みなもは興味深そうに、目の前のそれをまじまじと眺めた。
それは握り拳よりも小さく、上部にかぶせるタイプの蓋をしている小箱のようなものだった。
蓋の上には、火気厳禁、と書いた札のようなものをぺたり、と張ってある。
「みなもさん、開けてみて?」
「?」
 みなもは顔にハテナマークを浮かべながら、箱を手に取り、蓋を上げた。
「開けました…けど。あれ、これって、マッチ…ですか?」
「ええそう。童話でね、マッチ売りの少女、ってあるでしょ。あれを元にしてみたの。
そのマッチを振るとね、自然に発火するから取り扱いに注意しなきゃいけないんだけども。
マッチの煙の中に、みなもさんを支えてくれる思い出が浮かぶわ」
「…あたしの、思い出ですか?」
「ええ。他人が不安を拭うことは出来ないけれど、幸せだったことを思い出せば、前を向くきっかけにもなるでしょう?
今度不安を感じたら、使ってみてね。何かの役に立つかもしれないから」
 私はそう言って、みなもの手を上から握り、そっと一緒に蓋をかぶせた。
「…こんなものしか上げられなくて、ごめんね。
でもみなもさんの為になることを、祈ってる」
    だから、いつも笑っていてね。
 そう祈りを込めて、みなもの細く白い手をぎゅっと握る。
みなもはそれに応えるように、まっすぐ私を見つめ、にっこりと笑ってくれた。











 そしてみなもは去り際に、私にこう問いかけた。
「…役に立たない、必要ない魔法って言われてて…そしてどうしたんですか?」
「ああ」
 私はそういえば、その結末を言っていなかったことを思い出し、ふ、と笑った。
「だから、外に出てみたの。今ここで必要がなくても、どこかに必要としてくれる人がいるかもしれないでしょう?
村でくすぶってるより、断然ましだと思ったのよ」
 だから今、私は此処にいる。
「外―…東京に来て良かったと思ってるわ。だって、みなもさんに会えたもの」
 みなもは私の言葉に、くすぐったそうに笑った。
「そういわれると、何だか照れちゃいますね」
 そしてみなもは、店のドアを押し開けた。
外の光がぱぁっと差し込んで、みなもの顔が一瞬逆光で見えなくなった。
だけど私には、みなもが光の中に進んでいくように見えたから。
「…頑張りましょうね、お互い」
「―…はい!」
 

 人の足で歩く中にも、真っ暗な深海にも、やがて光は指すと思うから。
 あなた自身の道を歩んで下さい、自分で気がついていなくてもそれは確かに、あなたが選んだ道なのだから。






                 End.







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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【1252|海原・みなも|女性|13歳|中学生】

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▼ ライター通信
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 みなもさん、いつもお世話になっております。
今回は当店にご来訪頂き、有り難う御座いました^^
そして表現に悩んだ結果、遅延してしまいまして申し訳ありません;

みなもさんのお悩み、こういった結果になりましたが如何だったでしょうか。
気にいって頂けると嬉しいですが…こちらの主観で書いているため、
意思とそぐわない場面ありましたら申し訳ありません;
非常にメンタルなお悩みなので、気に入って頂けるか大変不安でもあります。

それでは、またお会いできることを祈って。