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お子様と私 〜買い物編〜
大の男三人が揃って子供の姿に戻ってしまうという……周りにとってはささやかな、だが当人にとってはいい迷惑以外の何者でもない事件であった。
「別に家に帰っても良かったんですが」
「そのままだと不便だろ」
「……そうですね」
現在も4、5歳の姿を持続したままなのである。
あの家は子供が一人で過ごすには色々と不便だ。
今の身長ではキッチンだって使えないし、ドアだって背伸びしないと届かない。
その点守崎家なら、和風家屋だから多少は過ごしやすいかもしれない………多数有る仕掛けはともかくとしての話だが。
何はともあれ、帰宅直後。
「もう帰ってるみたいだな」
「そうみたいですね」
「北斗、ちょっと良いか」
サイズの違うスニーカーを見て、直ぐにそう判断した啓斗も靴を脱ぎつつ奥へと声をかける。
「まだ連れて帰るって言ってなかったから。ちょっと待っててもらっていいか」
「どうぞ」
子供扱いされているような気配をうっすらと感じつつ、奥に進むよりも早くもう一人の気配が近づいてくる。
「よー、兄貴。早かったじゃ……って?」
直ぐに夜倉木に気づいたらしく啓斗よりも後下の方に視線が動くが、なぜだか怪訝そうな表情をする。
「兄貴ー」
「……?」
「犬猫じゃあるまいし、他所の子拾って来てどうすんだよ」
そう来るか。
「……」
ジト目の夜倉木に口論になるとでも察したのだろうか、素早く視線を走らせる啓斗。
だが流石にそれほど大人げないわけではない。
「拾われてきた子ですみませんね、残念ですが違いますよ」
「……へ」
子供らしからぬ口調や態度に何かしら気づいたのか、僅かに考え込み始めた北斗が答えを導き出すよりも早く、あっさりと事実を告げた。
「こんな姿をしてますが、俺は夜倉木です」
「………」
一瞬の沈黙。
思いっきり大笑いされたのはその後だった。
一通りの状況を話終えて尚、僅かに笑いを堪えている北斗。
ここまでされれば、子供になる呪いを分散させたくなった理由がはっきりと解る。
「何がそんなにおかしいんですか……」
「だって、あははははは! 腹いってぇっ」
「北斗、笑いすぎだ」
「でっ!?」
ごんっと鈍い音をさせながら頭を殴られるたのにもかかわらず、床に転がりながら笑い続けている。
殴られた痛みよりもまだ笑いの方が凌駕していたようだ。
「まったく……」
深々とため息をついてから、時計を見上げた啓斗が立ち上がる。
「啓斗?」
「あー、おかしい……兄貴?」
ほぼ同時に問いかけてしまい、お互いむっとしながら顔を見合わせるが……。
「……くっ!」
「………」
先に北斗が吹き出した事で睨み合いにすらならずに終了した。
しっかりとこの事は記憶しておく。
「そろそろ夕飯の買い出しに行く時間だ」
成る程、確かにいい時間だ。
「……あー、どおりで腹減ったと」
「夜倉木も一緒に行こう」
この二人で残されてもどうしようもない事
も事実である。
「解りました」
深く考えずに頷いたのだが……。
現在の背丈でここに来るのは、少しばかり危ないのではと気づいたのは商店街に着いてからだった。
「平気か、夜倉木?」
「大丈夫です」
小さな体と低い目線。
普段より少しだけ色々な事に気をつければいいだけの話である。
だがそうすると、なぜか人目を引いているのが気になった。
「……啓斗、ここへはよく来るんですか?」
「そうだけど、どうかしたのか?」
「いえ……」
気にしすぎ、なのだろうか?
この時間帯買い物に来ている主婦達の中、高校生である啓斗は確かに目立つのだろう。
今にも何か話しかけて来そうだと思ったら案の定。
「こんにちは、いつも偉いわね」
「いえ、何時もの事ですから」
次に彼女の視線が向けられたのは下の方。
成る程、初めて見る子供が珍しいと言うことか。
「親戚のお子さん?」
「あ……はい」
肯定した後の啓斗の何とも言えない微妙な視線を感じつつ、夜倉木もうなずいておいた。
この場合、それがもっとも無難な答えだろう。
「小さい子の面倒まで見てるなんて大変じゃない?」
「いえ、いいえ……そんなことは」
こればかりはなんと答えた物かと言った所のようだった。
元を知っている分完全に子供扱いできる訳がないし、かといってどうなっているかを話せる訳もないのだから。
それが普段は予想していないやりとりであればなおさらだ、まったく考えていない事をスラスラと出す事はとても難しい。
仕方ない。
「啓斗兄ちゃん、買い物は?」
「………あ、ああ。うん………え?」
何かとんでもない物でも見たような、そんな表情だった。
きっと……カエルが突然二本足で立って喋り出してもそんな顔はしないだろう。
完全に固まりきる前に啓斗の手を軽く引く、流石にそこで我に返ったようだ。
「ええと、大人しいですから、大丈夫です。買い物の続きがあるからこれで」
軽く会釈をしてから、不自然ではない速度でその場から離れる。
小さな声で訪ねられたのは、その直後のことだった。
「……今の」
「笑顔で手でも振った方がいいですか?」
「いや、いい……」
そこはかとなくダメージを受けているように感じたが、それはお互い様である。
やった本人ですら、なれない事をしたと解っているのだから。
「じゃあ八百屋行ってくるから」
「はい」
品物を選びぶ啓斗の足下で、買い物が終わるのを待っていたのだが……。
「……?」
なにやら白熱してきた啓斗と店員の交渉に何事かと顔を上げる。
「これとこれも一緒に買うから、もう少し負けてくれないか」
「またかい?」
「今日は一人多いから」
「理由になってないよ〜」
「お得意様だろ、頼むよ。次もここに来るから」
「しょうがないねぇ」
十円単位での交渉が、一円単位になり始めたところで決着した。
要した時間は五分程。
勝敗は啓斗の勝ち、なのだろう。
「持ちましょうか?」
「大丈夫。次は魚屋だ」
「そこでも何時も値切ってるんですか?」
「ん? 今から行く店は時間によって安くしてくれて……やばい、もうすぐだ」
時計を見てあわてて走り出す啓斗に一瞬あっけにとられてから、直ぐに夜倉木も後を追いかけた。
主婦に混ざって、真剣な表情で商品を選び素早くレジへと向かう。
何を買うかは大体決めていたのだろう。
それにしてもいい動きではあった。
「楽しそうでしたね……」
「大変なんだぞ」
比べるのもおかしな話だが、依頼の時よりずっと楽しそうだったとは心の中にしまっておく。
「次は、どこに行くんです?」
「薬局で最後。今日ポイントが二倍なんだ」
「はい」
この方が、きっとずっと良い。
帰り道。
袋を三つばかりか抱えて家路へと急ぐ。
一番軽い物を持たされたのはどうにも腑に落ちなかったりするが……この体では、不自然に見えてしまうだろう事も解っていた。
見た目こそ小さくなって、動きづらくはあるが体力までもが落ちた訳ではなく……決して、疲れたのではないのだ。
ただ、ほんの少し。
歩幅が違うだけであって……。
「………」
「夜倉木?」
「何でもありません」
僅かに開きそうになった差を埋めるように歩くペースを早める。
啓斗が一歩進む間に二歩分進めば済む。
心底負けず嫌いである。
「どうかしたのか?」
「どうもしてませんよ」
早く元の姿に戻りたかった。
動きづらくて堪らない体。
子供扱いしかされない事。
こんな小さな手では、出来ない事が多すぎる。
いくつだって上げられる差の、なんてもどかしい。
付きかけた溜息を飲み込みながら、上を見上げる。
「疲れたのか?」
「いえ、そう言う訳じゃ……」
啓斗も……こんな風にもどかしく感じているのだろうか?
「夜倉木」
差し出された手に驚き、目を見開く。
それが子供扱いをしているからではなくて、只純粋に言葉通りの意味なのだと解った。
そうでなければ、絶対にその手をとったりなんてしない。
「………」
差し出された手を握り返し、並んで歩き始めた。
「今なんて?」
「別に何も」
聞こえなかったのならそれでいい。
ありがとうございますなんて台詞をここで言うのは、色々な事を認めてしまいそうだったから。
素直じゃないなんて事、自分でも解ってる。
大人の姿に戻ってから、今日の事を話す機会があれば……その時にでもゆっくり話す事にでもしよう。
そんな機会が来るのはどれほど先の事になるのかは、本人にすら解らない事である。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)】
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
買い物編が先で夕飯編が後の並びです。
なにげに続くようなので楽しみだったりします。
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