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月の巡り
縁とは、古くから存在し得る謎の中でも確実に上位の不可思議となり得る物だ。
遠く離れた土地で、行く年も顔を合わせていなかった相手との再会は、それを実感させるには十分な物だったのである。
「おじゃまします、ナハトはいますか」
「ああ、今奥に。ナハトー」
良く人の出入りする家なのだろう、魅月姫唐突な訪問にも驚いた様子は見られなかった。
「昔の知り合い……だったんだよな。今人型にするから座って待っててくれるか?」
「はい」
奥の部屋へとナハトを呼びにいき、なにやらばたばたと慌ただしかったのは僅かな間。「仕事は良いのか?」
「ちょうどいいから休憩にする」
空いた所に座り、なにやら困ったままの様子のナハトは気にせずに声をかける。
昔そうであったのと、何ら変わらずに。
「お茶をお願いします」
「あ、おれもなんか飲む」
軽く溜息をついた後、ナハトはうなずいて台所へと向かった。
キッチンのすぐ側の棚には色々な紅茶の種類がおいてあった、何を入れてくれるのかも楽しみである。
「おみやげです、どうぞ」
「おおっ、ありがとな、今皿持ってくるから」 途中に買ってきた手みやげのザッハトルテが入った箱を渡すと、りょうは嬉しそうにキッチンへと向かい支度をし始める。
のんびりとしたお茶の時間は、ほんの少しだけ早く始まりそうだった。
「あのころを思い出しますね……」
「……あー」
一息ついてから、りょうが魅月姫の方を見て何かを聞きた気にしていた。
「気になりますか?」
「まあ実は、結構な……」
「………」
現在の飼い主であるからだろうか、聞いていいのかすら判断しかねている様子にほんの少しだけ微笑みかける。
今は、とても気分がいいのだ。
「お茶でも飲みながら、ゆっくりお話ししますよ」
「………いいのか?」
「構わない」
頷くナハトに魅月姫は紅茶で軽く喉をしめらせてから、記憶の糸を手繰り寄せるように話し始めた。
出会ったのは、ずっと……ずっと昔の事。
十六世紀後半、ドイツの今となっては名前も思い出せないような小さな村の外れでの事だった。
当時は魔女狩りという物が起き始め、少しばかり行動に気をつけていた物である。
もしばれたとしても、そこはうまく誤魔化してしまえるが……それも楽しい話ではない。
村から外れた森の中、人目に付かない場所にある洋館。
そこで人と関わることなく暮らしていた時の事だ。
屋敷の側に誰かが来た事を感じ取り、様子を見に向かう。
人の気配ではないし、かといって屋敷の側に住んでいる動物でもない。
弱々しくはあったが、確かに人ならざる気配を有していたのだ。
「……まあ」
点々と続く血の後を追っていく、どこかへ逃げるようにしてきたのだろうか?
無意識であるとはいえ、身を隠せそうな場所を感じ取ったのかもしれない。
血だまりの中で、力尽きたように崩れ落ちている少年の姿を見つけた。
大量に流れ出している血のおかげで、正体は直ぐにわかる。
人と、そうでない物が混ざった血。
これだけの怪我を負った後だ、回復するためには人としての血は薄れていく事だろう。「……」
「うっ、く……」
怪我の具合は一目見ただけでも重体であるが、ワーウルフの血を引いているようでこのままにしておいたとしても治るだろう。
もっとも、無理に動かなければの話だが。 気配を察したらしく、僅かに指先がはねた次の瞬間には千切れそうな手足でもって立とうとしていた。
ここに逃げてくる前に大層酷い目に遭っていたようで、僅かに手を伸ばしただけでも怯えきっているのが良く解る。
「困りましたね」
頬に手を当て呟くも、言葉ほどに困っているように思えない。
考えたような素振りをしたのは、とても短い間だけだった。
何も特別な事はする必要もなかったのである。
元々限界が近かったのだろう、意識を手放しし倒れ込んだワーウルフの少年を屋敷へと運ぶ事にした。
誰かと関わり合いになる事は無かったはずなのに、助けようと思った理由は……同じような物を感じたからかもしれないし、気分が乗っただけの事かもしれない。
誰とも関わっていない間に、色々と試してみたい事が出来……それを試したかったというのもあるのだろう。
治癒の術は得意ではなかったから、人がそうするような手当を見よう見まねで試してみたりもした。
包帯を巻き、薬草を使って手当をする。
傷は高い治癒力で何とでもなるのだろうけれど、血まみれのままで寝かしておくのも不便だろう。
治療中にもう一つ気づいた事がある。
長い髪の毛並みは、なかなかにさわり心地が良さそうだったのだ。
目を覚ました直後はとても驚いていたようだが魅月姫が色々と話して、少年の後を追ってきた相手に帰ってもらった頃には素直になってくれた様である。
苦労はしたけれど、今となっては良い思い出だ。
「本当に懐かしいです」
濃いめに入れたアールグレイは、ザッハトルテの濃厚な甘さが引き立って実に良い。
ティータイムを楽しむ魅月姫のすぐ側で、りょうがそれはもう不思議そうに呟いた。
「なんか、肝心の所がぼかされた気がするのは………」
「りょう……」
肩を叩いたナハトは、ゆっくりと首を左右に振る。
それ以上は深く聞かない方が良いと言いたいようだったが……。
「ナハト、お手」
「!?」
反射的な動きで魅月姫が差しだした手に、ぽんと手を乗せる。
「変わりませんね」
「………こういう事だ」
「………おう」
これ以上分かりやすい説明もないだろう。 意思の疎通はそれで済んだようで、具体的にどうしたのを尋ねたりする事はなかった。
変わりにとばかりにりょうが話題を変える。
「えーと、その後とかも大変だったんじゃないか? 時代が時代だし」
「そうですね、一度目以降も何度も来ましたよ」
それも縁という物の範疇にはいるのだろう。
どのような形であれ、幾年も人と関わらずに暮らしてきたのにナハトと関わった事をきっかけに、僅かだが係わりを持つようになったのだから。
「それって……」
「ええ、ナハトを追ってきた方々ですよ」
残されたおびただしい血は、彼らにとってナハトがここにいると疑うには十分な物だったのだ。
「へえ、助けてもらってたんじゃないか?」 意外だったとばかりの口調に、ナハトは悩みつつ。
「そう……なる、な。生きるために必要なことは教えてもらったが……ああ、そうか」
「どうかしました?」
言葉を探すナハトに、魅月姫が僅かに首をかしげる。
「あれは、飼われていたと言うんだ」
一人勝手に納得して、はっきりと断言した。「………あー」
この手の話題がナハトにとって地雷だらけなのだと、ようやくりょうも気づいたようである。
「なんて言うか、ナハトも色々とアレな感じだよな」
「それはフォローしたいのか、よけいに落ち込ませたいのかどっちだ?」
「……フォロー?」
「聞いた俺が悪かった」
楽しそうだと魅月姫がそっと微笑んだ。
「楽しそうですね、ある日ふらりといなくなってしまった物でしたから」
しばらくの間はどうしていたのかと思っていたのだが、元気そうで何よりだ。
「………ある程度のことを教わったから、もう何でも出来るような気になってたんだ」
「成る程……」
深々と溜息をついたのは、その後を思い出してのようである。
「今考えれば、良い方だったと思っている。その後が……」
後に続く言葉は溜息と共に消えていった。「ああ、有るよなそう言う事って」
「大変な事になっていたようですね」
二人が追って尋ねなかったからでもあるとしても、お茶を飲みながらの会話にどこかナハトは肩すかしを食らったような顔をしていた。
「そこまで軽く流されるとコメントに困るな……」
ソファーの背もたれに体を預けたナハトが深々と溜息をつき、冷めてしまっただろう紅茶をすする。
「どうかしました?」
「あんまへこむなよ、そろそろ慣れろ」
かけられる声は効果があったのかなかったのか。
「……解った、努力しよう」
座り直したナハトに、それならと差し出されるカップが二つ。
「おかわりお願いします」
「俺も」
「………」
無言のまま、ナハトはカップを受け取り湯を入れ直す冷めに台所へと向かった。
「色々ご存じのようですね」
「まあ……」
魅月姫にとっての空白の時間は、色々な事があったのだろうが、それを知らない魅月姫にとっては昔も今も何ら変わりはしないのである。
最初にナハトを見つけたあの時。
一人にとっては楽しくて、一人にとっては受難の日々の始まりであったその時から何も。
「ああ、ですけれど」
「……?」
「毛並みは今のほうがきれいですね」
嘘偽りのない言葉は、紅茶の湯気と共にゆっくりと溶けて消えていった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
作中では書けなかったのですが、ナハトが少年だった頃。
母に隠されて生きてましたが、
その存在がばれてあわや殺されそうになり逃走して今に至ります。
長く生きてるので色々とあったのだろうなと。
色々の所はざっと決めてたりしますが、細かくはご想像にお任せします。
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