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<白銀の姫・PCクエストノベル>


Fairy Tales 〜吠える獣〜


 私を呼んでいる、声が聞こえる
 語りかける、詩が聞こえる
 それはとても優しくて
 まるでお母さんのようで
 凄く安心できるけれど
 なぜか、不安を感じてしまう…
 この詩は『私』を呼んでいる
 『私』を……
 Tir-na-nog Simulatorを……


 何時ものように薬草を売るために市場に来ていたルチルアの足が止まる。そして、何がそんなに疑問なのか首をかしげ、その場で止まってしまった。
「幻聴が聞こえる〜〜」
 う〜〜と頭を押さえて、この幻聴が何時から始まったのかを思い出そうと考える。
 考える。
 考える。
 ZZZZZzzzz……
「はっ!いけない」
 元々そう頭の良くないルチルアは、はっと我に返ると、今日も元気に薬草を売り始める。
 そして、思い出す。この幻聴が始まったのは、勇者たちに、姿無きモンスターの存在が噂されるようになってからだと…。


【フラグ1:いつもの酒場】

 いつもの酒場で現実世界物価レートただのタバコをふかし、草間・武彦は深く椅子の背にもたれかかる。
「手詰まり…か」
 先日この世界に降り立った開発側の人間の話を、黒崎・潤とシュライン・エマから簡潔に教えてもらった事で膨らませていた期待が、水泡と帰した。
 いや、アヴァロンを見つけたいという行動目的の中で、開発側の人間に出会う前に戻ってしまっただけの話。全てが水泡に帰した訳ではない。
 自分達はまだ、妖精という存在に導かれている。
 もしかしたら、『妖精の眼<グラムサイト>』を習得した勇者や冒険者もいるかもしれないが、その中でも開発側との接触を持つ事が出来た自分達が、きっと現在一番アヴァロンに近い存在なのだろう。
「あれ? 戻っちゃたよ」
「なんなんだろうな、あの辺り」
 ぞろぞろと数人の冒険者が酒場へとなだれ込み、怪訝そうな顔つきで首をかしげ、テーブルを囲み食事を取り始める。
「アレだ、きっとほら、最近言われてる姿が見えないモンスター」
 姿が見えないのだから、敵が来たなどの対処もすることが出来ず、気がつけばセーブポイントに逆戻り。
 最初は異界の上しかもバグかと思われていたが、どうやらそれが違うらしい事が分かってきた。
「姿の無い獣…ですか」
 酒場にも拘らず、何気に紅茶を飲んでいるセレスティ・カーニンガムが、草間の隣、冒険者達の言葉を聞き、呟く。
「前には無かった噂よね」
 シュラインはカウンターから受け取ったグラスを2つ持ち、その1つを草間の前へと置くと椅子に腰掛ける。
 そこへまたギィっと音を立て、冒険者が酒場へと降り立たった。ふと視線を向けた先に居たのは、綾和泉・汐耶。知恵の環から借り出してきたかのような本を読みながら酒場の奥へと進んでいく。そして汐耶はふと気がついたように顔を上げた。
「あら、こんにちは」
「今日は平日なのに珍しいわね」
「館長からオーバーワーク気味だからって、強制的に休暇中なの」
 シュラインの問いに苦笑気味に答え、本が好きだから別にいいのにと思いつつ、それでもその行動が自分の身を気遣ってくれているものだと分かっているために、無下に断る事も出来ず嬉恥かしながらも休暇を受け入れた。
「席についてはいかがですか?」
 立ち話もなんですし。と、声をかけたセレスティに顔を向けた汐耶は、至極驚いた顔でセレスティを見ると、「ごめんなさい」と苦笑して同じテーブルに着く。そして何度か瞬きをして、
「まだ、少し慣れなくて」
 人物と共に見える多少の魔力の波動が『妖精の眼<グラムサイト>』を手にした事で見えるようになった。
「シュラインさんとセレスティさんは、平気そうですね」
「私の場合は慣れかしら」
 実質他の人よりもシュラインはこの世界に居る。
「魔力の流れを見る事は、水の流れを見る事と似ていますし」
 微笑して答えた言葉に、汐耶は妙に納得して頷いた。
 セレスティは席に付いた汐耶が机の上に置いた大き目の本に興味を注がれ尋ねる。
「これはこの世界の妖精魔法の本なんです。折角だから、使えるようになってみようかと思って」
 と、手袋の下に刻まれた手の甲のガレスの紋章にふと視線を向ける。
「あ、居た居た!こんにちは〜皆さん」
 バタリと酒場の扉を開けて元気いっぱいに顔を出したのは来栖・琥珀。現実世界とは違い、青い耳がどこか嬉しそうにぴくぴくと動いている。
「こんにちは、琥珀さん」
 人を掻き分け草間のテーブルまで足早に駆け込んできた琥珀は、ふと神妙な顔つきで体を乗り出すと、
「皆さん聞きましたか?姿の見えないモンスターの噂」
 先ほども酒場へと戻ってきた冒険者達の愚痴を耳にしたばかり。別段新しい噂ではない。
「何か面白い話でもあったのかしら?」
 シュラインは身を乗り出した琥珀に問いかけ、そして琥珀は答えるように瞳に力を込める。
「私達には見えると思いませんか?この『瞳』で」
 見えないものが見えるというスキル。その可能性は幾分にもあるだろう。
「確かに、何か人々に被害を及ぼしているようなら、対処が出来るであろう私達でどうにかする…と、言うのは悪くないと思います」
 現在八方塞で新しい情報も何も無いのだから、今現在噂の見えないモンスターを討伐に行ってもいい。
「グラムサイトにも慣れる事もできそうだし、行ってみようかしら」
 それに本に書かれた妖精魔法も本当に使えるかどうか試してみたい。
「武彦さん、どうする?」
 草間はシュラインが持ってきたグラスを空にすると、
「まぁ暇といば、暇だな」
「じゃぁ行ってみましょうか」
 決まったと言わんばかりに琥珀が嬉しそうにガッツポーズを取った背後で、一つのテーブルからガタリと椅子を引く音が響く。
 何事かと視線を向ければ、フードを被り白いマントの人物が1人、此方のテーブルへと歩いてきた。
 誰もがこのマントの人物へと視線を向けると、ばさりとフードを取りその長い髪をマントから外へと出す。
 そこにはこの『白銀の姫』では、よく見知った顔となった飯城・里美が立っていた。
「その見えない獣だけど、スパコンを弄った時期と同じだと思うんだ」
 数日前、『白銀の姫』の不正終了を終わらすために弄った『Tir-na-nog Simulator』の内部上書き。確かに可能性はあるかもしれないが、里美はその時一緒には居なかった。
「どうしてそれを里美さんが?」
 琥珀の問いかけに里美はにっと笑うと、
「専用の情報網があるのさ」
 今ここに居るメンバー以外でこの情報を知っている人物は二人。その二人のどちらかから聞いたという事なのだろう。
「でもそれが本当の事なら、これは私達に関係のあるイベントって事になるわね」
 神妙な顔つきで呟いたシュライン。もし、『妖精の眼<グラムサイト>』を取得した事を、後付イベントを組み込んでいるような人物−この場合は璃亜だろうと予想されるが−が知ったとするならば、次の道標として元々から用意していたイベントかもしれない。
 だが、それはまだ本人に会わなければ知る事ができない――真実。
「だったらやる事は一つね」
 妖精魔法の本を返すついでに、この見えないモンスターの事も記録されているかもしれないと、汐耶は椅子を立つ。
「そうですね、情報収集をしなくてはいけません」
 汐耶の言葉を続けるようにセレスティも頷いて、先ほど噂をしていた冒険者達のテーブルへと視線を向けた。


【フラグ2:吠える獣を探せ!】

 妖精魔法が書かれた文章は確かに読めるし理解もできるが、それをうまく発音できるかどうかという事はまた別の話。
「ヴィ…ヴィクェクウ…ウゥ……うーん」
 自分で使いこなせるようになってみようと思ったものの、こういった発音はシュラインに任せたほうが良かったのかな?とふと頭の隅で考える。
 ドンっと衝撃が走り、汐耶は軽くよろけた。
「ぅわ!ごめんなさい!」
 汐耶の持っていた本の背表紙に、思いっきりおでこをぶつけたらしいルチルアが涙目で顔を上げた。
「ルチルアちゃんこそ大丈夫?」
「大丈夫ですぅ。う〜ルチルアちゃん、最近ダメダメなの」
「どうかしたの?」
 尋ねてみるや、どうも最近ルチルアは変な幻聴に悩まされ、お仕事どころではないと言うのだ。
「ほら、勇者さん達が最近見えないモンスターの噂してるよね?それから、変な声が聞こえるの」
 呼ぶような、語りかけるような……
 ルチルアにしては珍しく、どこか顔を落として何かを考え込んでいる。
「ねぇ―――…」
「あ、薬草いりませんか?」
 汐耶が口を開いた瞬間、ぱっと先ほどまでのどこか落ち込んだ表情はどこ吹く風、ルチルアはいつもの笑顔で顔を上げた。
「少し頂くわ」
 そんなルチルアにくすっと微笑して汐耶は答える。
「お安くなってまーす」
 ルチルアは汐耶に薬草を幾つか売ると、止めるまもなく手を振ってかけていった。
 汐耶はルチルアと分かれると、また妖精発音を小さく練習しつつ、大きな剣が鎖に繋がれた知恵の輪へと足を向ける。そのまま現在持っている妖精魔法の本が置いてあった本棚まで上り、知恵の環に保管されているだけの関連書物を手に先日使用したテーブルへと足を向けた。
「あら、潤くんじゃない」
 本を抱えたまま顔を上げると、潤が読みふけっていた本からふと顔を上げて、汐耶に笑いかける。
「こんにちは」
 彼と出会ってからだろうか?
 なにやら最初に出会ったときよりも、ふさぎこんでいる事が多くなっているような気がする。
 潤が汐耶に向けて顔を上げ声をかけたのはそれっきりで、また手元の本へと視線を戻してしまった。
「彼の事、そんなに気になっているの?」
 彼とは、先日の黛・慎之介。
「そんな事」
 ないと言いたいのだろうが、小さく口を尖らせてぷいっとそっぽを向いてしまった様に、汐耶は苦笑をもらす。
「彼は手伝ってくれるって言っていたわ。少し信じたら?」
 だが、実際アヴァロンへ行くための方法として照らされていた道の1つは閉ざされてしまい、こうして途方にくれている訳だが。
「僕にも、よく分からない。なんだろう、胸の奥から湧き上がるこのもやもやとした感覚……」
 潤は自分の胸の辺りをぎゅっと握り締める。
「そういえば、潤くんも覚えたのよね? グラムサイト」
 一番最初の紅の街のイベントからずっとこのスキルを覚える為の道順を一緒に旅してきた。だから彼も当然『妖精の眼<グラムサイト>』を覚えたのだろうと、それとなく聞いてみる。
「一応…まぁ」
 彼も彼なりにガレスからの試練をクリアしたのだろう。だがどこか腑に落ちないような顔つきをしている。
「潤くんがずっとここに居たのなら、知らないかしら? 見えないモンスターの噂」
 汐耶の問いかけに、潤は首を傾げた。
「その様子だと知らないのね」
 汐耶は椅子の一つに腰掛けると、現在ちまたで噂になっている姿の見えないモンスターの話をし始める。
 だが、現在知っている情報と言えば、気がつけばセーブポイントに戻されていると言う事くらいだったが。
「汐耶さんはどうして、ここに?」
 曖昧だが一通りの説明を終えた汐耶に、潤は問いかける。
「見えないモンスターの事が書かれた本がないかと思って、それと妖精魔法の勉強をね」
 アスガルドで起こった事、決められた事、それらが全て本になって保管されているとされる知恵の環。だったら、もし……本当にもし、あの見えざるモンスターがこの先実装されるべきイベントで、イレギュラー的に発生してしまったものだとしても、ここになんらかの情報があるのではないか――汐耶はそう、考えた。
「それに、私たちはそのモンスターがアヴァロンへの道標の一つなんじゃないかって思ってる」
 おあつらえ向きなほどに、まるで『妖精の眼<グラムサイト>』を覚えた自分達のために用意されたかのようなイベント。
 それに里美が言った事が本当に真実だとしたら、これはクリアすべき試練。
「潤くんが居れば百人力だわ」
 にこっと微笑んだ汐耶に、潤はどこか気恥ずかしそうに微笑み返した。





 知恵の環にて合流した面々は、その場に潤が居た事に瞳を大きくする。
 最近酒場に顔を出さなくなった潤の事を、草間は表には出さず心配していた。
 里美は知恵の環を見回すと、この机の周りに居なくともこの場所に皆がいることを確認し、道具屋で買い込んだ声を登録する事で遠距離会話が可能になるアイテム『ジャスパー・リング』を机に並べた。
「コレに1個ずつ声を登録しとくれ」
 先に知恵の環に来ていた汐耶が、また新しい本を抱えて机に戻ってくると、『ジャスパー・リング』を一つ持ち上げる。
「登録ってどうやって?」
「この碧玉に向かって『登録』って言えば良いみたいよ」
 シュラインは説明するように『ジャスパー・リング』を持ち上げると、リングについた碧玉を指差した。
「では、それは情報を整理しならでも出来ますね」
 椅子に腰掛けて、琥珀と共に机に広げた地図の検分を行っていたセレスティが顔を上げた。
「回復薬を皆の分も買ってきたから、配るわね」
 シュラインは一番近くに居た琥珀から順番に回復薬を配っていく。たとえ回復能力があったり、持っている仲間が居るとしても離れていては意味が無いし、万が一という事もありえる。
「ありがとうございます」
 琥珀はシュラインから回復薬を笑顔で受け取り、腰のベルトに取り付けたバックパックへと仕舞いこむ。
「沢山の犬の鳴き声が聞こえ、気が着けばセーブポイント」
 そんなモンスターがいるのでしょうか?と、首を傾げつつセレスティは地図上の×印の位置に視線を落とす。
「ここが一番多いようですね」
 地図上の書き込みは、『幸せの野マグ・メルド』。この場所を中心として、まるで三日月を描くように×印が少なくなっていく。
「姿が見えなくなるって事は書かれていないけれど」
 汐耶は本に視線を落としたまま言葉を続ける。
「この、クェスティング・ビーストが一番近いんじゃないかって思うの」
 細かい文章の羅列の中で、記述されている一文。

『クェスティング・ビースト
 そは蛇の頭を持ち、豹の体、獅子の尾、鹿の足を持つ。
 腹より唸る無数の鳴き声。天を貫くが如し。
 その名、吠える獣と呼ぶ』


【フラグ3:クェスティング・ビースト】

 三日月形の出現ポイントの端から、じょじょにマグ・メルドへと近づいていく。
 全員でマグ・メルドへと向かっても良かったのだが、毎回確実にどこに出るのかと言う事は推測できなかったため、巧くいけば挟み撃ちにする事が出来るとして両端から順にマグ・メルドへと近づく事にした。
 瞳から見える魔力の流れにまったくの変化は見られない。
「『教えて 風の花』」
「それは?」
 汐耶の口から舌の動きを酷使しそうな発音で発せられた言葉に、セレスティは首を傾げる。
「簡単な妖精魔法なのだけど、発音が難しくて」
 呪文と共に汐耶の手に現れたのは小さな花。危険があれば花の向きで教えるというが、持続時間はお察しください。
 これくらいしか。と、苦笑する汐耶に、それだけ出来るだけでも凄い事だと伝える。
 先頭を歩く潤はまるで捜し求めるようにキョロキョロと忙しなく顔を動かす。

 ―――ヴォオオオオ

「来た?」
 進む足を止め、辺りを見回す汐耶と潤。
 セレスティはゆっくりと辺りを見渡すと、
「大きな魔力の流れは感じられませんし、声だけかもしれません」
 クェスティング・ビーストと仮定した獣がどういった風に現れるのか分からなかったが、この魔力の流れが見えるという『妖精の眼<グラムサイト>』の特性を考えれば、大きな魔力の塊、もしくは魔力の流れを伴う物と考えられるだろう。
 そこからセレスティは、まだ見えざる獣が近くにはいないと予想した。
[ 犬が吠えるみたいな鳴き声がした。一応知らせておく ]
 ジャスパー・リングから響く里美の声に、セレスティはこちらでも聞こえている事を伝えた。
 犬の鳴き声だけが大きくなっていき、マグ・メルド地区へと足を踏み入れる。大きな平原が広がり、そこまできて一箇所へと流れる魔力の流れを見る事が出来た。
 徐々に流れる魔力を追って走り出せば、反対方向から走る仲間の姿が見える。
 魔力の流れはマグ・メルドの端で徐々に形を作っていき、それに伴って大量の犬の鳴き声が耳を劈くように大きくなっていった。
「来ますね」
 緩やかに十字架の錫杖を構え、今や現れんとする獣に向かってセレスティは先制攻撃とばかりに水の礫を飛ばす。
「やるね、セレスティさん」
 立ち止まり結界を張り始めるセレスティの横を潤と汐耶が駆け抜ける。
「何だアレは!」
 徐々に形と取って行く獣の姿に草間は目を見開く。
 キメラとも言える様な動物混合体の姿を持ったモンスター。1つ違うといえば、その両肩にバズーカ砲のような物を付けていると言う事。
 蛇の頭はしきりに周りを威嚇し、吠えていたのは豹のような体の奥、腹あたりから響いてくるらしい犬の鳴き声。鹿のような脚はその細い足にどこにそんな力があるのかと思わされるような大きな体を支え、ゆるく左右へと振れる尾は獅子の物。

 吠える獣――クェスティング・ビースト。

 水の礫を全身に浴びて鹿の足がたじろぐ。
 琥珀はそのプロテクターの封を解き、両腕に白銀狼の魔爪を装備する。
 一定距離を置いてシュラインと草間は立ち止まり、草間はその手に持った銃のセーフティを外した。

 ――――ヴァアアアア!!

 腹から放たれる高音の鳴き声は、まるでソニックムーブ(音速移動)のように空気を音速で切り裂くかのごとく解き放たれる。
 確かにコレでは出現後一発KOも分からなくも無い。
 一瞬にして顕現された里美の契約デーモンが、辺りに結界を張り巡らせて行く。
「…っ」
 シュラインはすぅっと息を吸い込むと鳴き声のソニックムーブをかき消す様に声を発した。
(これで相殺できればいいけど…)
 認識できる音が発せられているわけではないが、耳はその高音をキャッチし震える。
「シャァア……」
 腹から唸る鳴き声の攻撃は防がれた事に、頭の蛇が威嚇の鳴き声を発した。
 今までしきりにその個々の数さえも認識できないほどの鳴き声を発していた腹が、キャンキャンとただの犬の集団のごとくその攻撃性を失う。
「クェスティング…ビースト……」
 完全にその瞳に姿を現した異様な姿に、小さくその名を呟く。
 空へと向けて伸びる魔力の流れが、通常のモンスターと比べてかけ離れて多い。
「来るんじゃない!?」
 空を向いていた肩のバズーカ砲の銃口に、魔力が集まっていくのが見える。
「チャージするのを待っている義理はありません!」
 琥珀は軽く地面をけり、一気にその間合いを詰め、両手に装着した白銀狼の魔爪で、その豹の腹を切りつける。
 琥珀たちの側についていたバズーカ砲の銃口に溜められた魔力が四散した。
 爪を空へと突き上げるように切りつけた反動を利用して、琥珀はまた間合いを広げる。
 だが、その反動でもう片方の銃口に溜められた魔力は目標を大幅にずらし解き放たれた。
 汐耶と潤はよろよろと放たれた魔力弾を飛び上がって避ける。
「鳴き声は私がどうにかするわ!」
 腹から発せられる鳴き声の全体攻撃。あの音があると、あまりの振動に身動きが取れなくなる。だが、シュラインにはそれを相殺する事ができる“声”がある。
 汐耶は傘の形の武器であるカルッサがきちんと閉じている事を確認しすぅっと構えると、潤と共に地面を蹴った。
「はぁああ!」
 メイスを構え走りこむ里美を補助するように放たれる草間の弾丸。肌に食い込むはずのそれは、クェスティング・ビーストに届く前に解けて消える。
「普通の銃弾じゃダメよ!」
 魔力が収束し、弾丸を溶かす様がまじまじと見えるシュラインは草間に叫んだ。
 駆け出していた潤は飛び上がり、愛用の剣『クラウ・ソナス』をその背に振り下ろす。
 微かに食い込む感触がその両手に伝わるが、身震いした獣に簡単に弾き飛ばされる。
 空中で身体を回転させ、地面に下りると、草間に向けて普段使っていない光線銃を投げた。
「草間さん!」
 これならば、獣に攻撃が届くだろう。
 潤の攻撃で手ごたえが無かったかと思われたクェスティング・ビーストだったが、その背にはくっきりと刃の痕が残る。
 ただ、血が出ないだけらしい。
「シャアアアア!!!」
 蛇の頭が吠える。
 チャージが必要な大掛かりな攻撃を止め、バズーカ砲の銃口からは小さな魔力弾が無数に放たれる。
「っく……」
 走りこんでいた里美は一瞬足を止め、デーモンの結界を広げ、シュラインや草間が射程内に入っていることを確認し、その攻撃を防ぐ。セリンズと違って良い所は、この獣の攻撃が(吠えを除けば)完全に魔法攻撃だというところ。これならば里美のデーモンである『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』の力で防ぐ事ができた。
 飛んでくる魔力弾を身体を反らしたり飛び上がったりして避けながら、汐耶は獣に近づいていく。
「あわわ」
 間合いはかり距離を置いていた琥珀も、その身軽さを利用して魔力弾を避けながら、すっと眼を細めると、その隙間を狙う。
 ゆっくりとした動作で振り上げたセレスティの錫杖が、その結界範囲を広げ魔力弾を弾き飛ばし消滅させていく。
 単純に放たれるだけの魔力弾は、その軌道を簡単に読み取る事が出来た。
「てぃ!」
 隙間を点いて振り上げた爪が血の変わりに粒子を飛ばす。
 すぅっと汐耶の瞳が鋭い光を持ち、カルッサを振り上げた。
「はぁ!!」
 先ほど潤がつけた刀傷を狙って、見た目に反して硬いカルッサを叩き付ける。
 腹の犬がキャンと鳴く。
「これが邪魔なんだよ!」
 魔力弾が止んだ隙をついて、里美はバズーカ砲に向けてメイスを振り下ろした。
 バキ…と、微かな音を発してバズーカ砲にひびが入る。
 そしてすっと上腿をずらした横を草間が潤から受け取った光線銃の光がバズーカ砲を粉砕した。
「シャァアアアッ」
 蛇の頭が痛みを訴えるように天を仰ぐ。
 腹の犬たちが、唸る様な鳴き声を発し始める。
 現れたときと同じような音の攻撃が発せられるのだろうと、同時にシュラインも息を吸い込み、覆い被せるように声を発した。
 鳴き声を封じられ、バズーカ砲を壊されたクェスティング・ビーストに、残り考えられる攻撃方法はない。
 切り裂く爪が、突き刺す傘が、振り下ろされる鎚がクェスティング・ビーストの体力を削いでいった。





 瞳に映っていた魔力の流れが一気に消えうせ、腹から聞こえる30頭あまりの犬の鳴き声が、弱くヒューヒューと空気が抜けるような声を発する。
 蛇の頭は深くうなだれ、鹿の足ががくっと地面へと折れる。
「やめなさい。潤君」
 潤が愛刀『クラウ・ソナス』を振り上げる手をピクっと止める。セレスティは、その優美な顔に微笑を湛え、完全に膝を付くクェスティング・ビーストに近寄った。
「セレスティさん?」
 手負いの獣が一番危ないと言うのに、なぜセレスティはああも無防備に獣に近づいていくのか。
 セレスティは大丈夫と言わんばかりに微笑み、潤が振り上げた剣にそっと手を伸ばし、下ろさせる。そして、一歩一歩獣へと歩み寄る。
 クェスティング・ビーストはその蛇の頭で、シャーっと低くうねり、その接近にしきりに威嚇する。
「大丈夫です」
 全ての父のような優しい微笑で、豹である体にそっと触れる。
 クェスティング・ビーストが情報保有物であるならば、セレスティの能力で読み取る事ができる。
 倒してしまう事は、ない。

 ………リ――――――――ン…

 微かに響くベルの音。
 光り輝くクェスティング・ビースト。

 自爆か!?

「セレスティさん!?」
 シュラインは影を作るように腕で顔を覆って、セレスティに呼びかける。
「…!!?」
 辺りは白い閃光で覆われ、あまりの眩しさに瞳を開けている事が出来ずに、きつくまぶたを閉じ、顔を腕で覆う。
「セレスティさん!!」
 その光の中心になってしまったセレスティへと、大きく呼びかける。
 一瞬まぶたの奥で火花が散ったような感覚を受け、まぶた越しに感じていた眩しさが消えていく。一同はゆっくりと瞳を開いた。
「…え?」
 何事も無かったかのようにその場に立つセレスティの背中を見て、うまい事カルッサを使って光を避けた汐耶が言葉を漏らす。
 まるで光が舞い降りるように、小さな発光体がセレスティの両腕へとすっぽりと収まった。
「セレスティさん! 大丈夫ですか!?」
 琥珀は何気にその俊敏性を生かしてセレスティに駆け寄る。
「わぁ…」
 そして、セレスティの腕の中にある『モノ』に向けて、その顔を綻ばせた。
「どうしたの?」
 草間の背に隠れるようにして光を避けたシュラインも顔を上げて問いかける。
「見てください」
 セレスティは、そういいながらゆっくりと振り返った。
「仔犬…か?」
 まだ少し眩しそうに瞬きを繰り返しながら、里美が問いかける。
「えぇ。見た目はそうですね」
 見た目どころか、どこからどう見たって仔犬だ。色は…ちょっとおかしいが。
「彼の地からの来訪者……」
 潤がポツリと小さく呟く。
 その呟きに誰もがはっと思い出したように瞳を大きくした。

 たしか、あの全ての始まりの街で手にした『diary』の、書き加えられたような一文。

「整理してみようか」
 思い出すように、里美は潤の肩にぽんと手を置いて話しかける。
 『diary』は、「妖精の眼<グラムサイト>」を覚え「彼の地からの来訪者」を助けろと書いてあった。
 だとしたら、この吠える獣…クェスティング・ビーストは、『妖精の眼<グラムサイト>』と共に現れ、そしてセレスティの腕の中の仔犬は、
「彼の地からの来訪者…か」
 どうしてクェスティング・ビーストの腹の中に居たのかは分からないが、これが『diary』が示していた事ならば、この仮説は成り立つ。
「武彦さん。ちょっとごめんね」
「んな?シュライン!?」
 シュラインは手を伸ばすと、無理矢理塗るように仕向けたまぶたの上の『妖精の塗り薬』をふき取る。
「どう武彦さん、見える?」
 セレスティの腕の中の小さな仔犬。
 草間は何度か目をこするように腕を動かすが、先ほどまで見えていた仔犬の姿が一向に見当たらない。見えるとすれば、セレスティが何かを抱えているように曲げた腕のみ。
「どういう事だ?」
 色の入った眼鏡をずらし、目を凝らすようにセレスティの腕の中を見るが、仔犬の姿は見つけられない。
「仮説は当たりのようね」
 “彼の地”から来たと仮定できる、不思議な色の仔犬。
 そして、『妖精の眼<グラムサイト>』を持つもの、『妖精の塗り薬』をまぶたの上に塗った者だけが見える、その特異性。
「クェスティング・ビーストに隠して、この子をこの世界に降り立たせたかったとか」
 指を一本立てて、ふと思いついたように琥珀は言葉を発する。
「その可能性もあるかもしれませんね」
 セレスティは、隣に立つ琥珀に微笑みかけ、腕の中の仔犬に視線を落とす。

 ―――仔犬は今だ目覚めない。





 一同は、マグ・メルドでのクェスティング・ビースト戦を終え、ジャンゴの知恵の環へと来ていた。
 ここは酒場と比べ人の出入りも殆ど無く、この仔犬の話をするには適していると思われた。
 セレスティは抱いていた仔犬を机に降ろすと、そっとその背を撫でる。
 赤ん坊というものは、どんな動物でも見ている分には、愛らしい。
 仔犬はそっと瞳を開き、その顔を持ち上げた。
『繋がった…?』
 仔犬が小さく呟く。
 その声は女性のもの。
「…都波・璃亜さん?」
 瞳をぱちくりさせる仔犬に向けて、シュラインは問いかける。
『そうです』
 仔犬はあっさりと肯定の言葉を返し、シュラインに顔を向けた。
『たぶん時間がありません。手短に話します』
 仔犬は、その場に居る一同全員を見渡すと、
『次の不正終了で、この世界はなくなります』
「嘆きの塔に、組み込んでいた言葉ね」
『現状は知っています。だから、この世界の消滅は避けなければいけない』
 でも、現在の『白銀の姫』にはアヴァロンへ行くためのイベントが実装されていなかった。だから、『妖精の眼<グラムサイト>』の一連のイベントを利用して、こちらからのメッセージを無理矢理組み込んだ。
「現実の世界の方で、イベントの組み込みに失敗した事、感じたりしたのかしら?」
 汐耶は考え込むように口元に手を当てて、呟く。その呟きにさえも仔犬は反応して汐耶に顔を向ける。
『ええ、おかげでこの子がここに居る』
 言葉の奥で、どこか確信したようなはっきりとした声音が聞こえる。
『この子はプティクリュ。アヴァロンへはこの子が導きます』
「あんたが導いてくれるんじゃないの?」
 この仔犬を通して。
 里美の何気ない質問に、仔犬の向こうの璃亜が少しだけ、肩を落としたような空気がした。
『そろそろ、限か…い……み………』
「え!?」
「璃亜さん!?」
 仔犬−プティクリュの首がかくっ折れ、机の上に落ちる。
「確実に答えへと近づいていっているようですね」
 軽い寝息を立て始めたプティクリュの背を撫でて、セレスティは微笑む。
「ですが、偶然にも私達はアヴァロンを探していますが、もし何も知らない冒険者や勇者の手にこの子が渡っていたら…どうしていたのでしょうね」
 触り心地はなんら普通の犬と変わらない。
「きっと、探すんじゃないですか?」
 手を貸してくれる者達を。
 そして琥珀は、そっと机で眠るプティクリュの頭をちょんちょんとつついた。


 ジャンゴの城壁の上から、ぎりっ奥歯を鳴らす女性。
 邪竜の巫女、ゼルバーン。
 彼女はその金色の髪をなびかせて城壁から身を傾かせる。
 そしてブースト・ワイアームに飛び乗り、飛び去っていった。

 幸せの野マグ・メルドへと―――……



















【フラグ……?】

 眠るプティクリュを連れ出した潤だったが、途中で起きだしたプティクリュは何を思ったのか潤の頭の上を陣取り、辺りを見回している。
 そしてその肉球でペチペチとおでこを叩き、潤をある場所へと導いていた。
「ここは、クェスティング・ビーストが居たマグ・メルド…」
 大きな平原。幸せの野と言われるマグ・メルド。
「まだここに用があるのか?」
 吠える獣が出ただけで、なんら変哲の無い平原。
「着けてたの?草間さん」
 潤は苦笑して振り返る。
「尾行は探偵の基本だからな」
 何も無い野で、二人はただ立ち尽くす。
 夕暮れのない太陽は、ただ無表情に辺りを照らし出していた。







next 〜墓を知る者〜



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■   獲得アイテムとイベントフラグ情報      ■
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アイテム『ジャスパー・リング』を手に入れました。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い/魔法使い】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/魔法使い】
【0638/飯城・里美(いいしろ・さとみ)/女性/28歳/ゲーム会社の部長のデーモン使い/僧侶】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書/戦士】
【3962/来栖・琥珀(くるす・こはく)/女性/21歳/古書店経営者/格闘家】

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業/今回のゲーム内職付け】
*ゲーム内職付けとは、扱う武器や能力によって付けられる職です。


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■         ライター通信          ■
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 Fairy Tales 〜吠える獣〜にご参加くださりありがとうございました。ライターの紺碧改め紺碧 乃空です。紺碧である事には変わりませんが(笑)だんだんこのシリーズも1話のボリュームが多くなってきました。そうしないと終りそうになく、申し訳ないばかりです。
 妖精魔法とルチルアの事に触れてらっしゃるのが汐耶様だけでしたので、一部1人単独行動とさせていただきました。途中の妖精魔法である『』は、日本語訳するとそうなると取っていただけると嬉しいです。
 それではまた、汐耶様に出会える事を祈って……