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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・暇〜



「え〜っと……次はこれ、それとこれ」
 カゴに本棚から取り出した本を入れていくと、カゴを持っている少年が眉をひそめる。
「おい……買いすぎじゃないのか?」
「そうかしら?」
 綾和泉汐耶は彼を見もせずに、棚に並べられている本のタイトルばかり見ていた。
「ちょうどいいところにキミがいて、助かったわ」
 女手には少し重過ぎるから。
 そう汐耶が言うのも無理もない。本は、見かけ以上に重いものだ。手提げの紙袋二つでも、かなりの重量がある。
 紙袋を二つ持っている遠逆和彦の持つカゴに、さらに二冊入れた。
「これでよし。それじゃ、会計に行きましょう」
「…………」
 無言でカゴを見る和彦だったが、やはり何も言わずに汐耶に従って会計まで歩き出した。

「ありがとう、荷物持ってくれて」
 大きな紙袋を二つと、中サイズの紙袋を一つ。それを和彦は文句一つ言わず持っている。かなりの重さのはずだ。
「べつに。これは汐耶さんも苦労するだろう。俺でよければこのくらいは手伝う」
「キミって、見かけによらず力持ちよね」
 思わず彼の二の腕を掴んで揉んでしまうと、和彦は真っ赤になって汐耶と距離をとった。
「なにをするんだ!」
「なにって……キミの筋肉に興味があったの」
「きっ!? あんた……おかしな趣味でもあるんじゃないのか……?」
 眉間に皺を寄せる和彦は、ぶつぶつと文句を言う始末。
 簡単に汐耶の接近を許してしまったことにも不服があるようだ。
(う〜ん……見かけは細いけど、筋肉モリモリではないわね。つくとこはしっかりついてる感じだけど)
 汐耶は和彦をじろじろ見つめる。
 あの腕でどうやって武器を操るのだろう。気になる。
(無駄な贅肉がないというほうがイメージ的には合ってるわね)
「遠逆和彦くん」
「あ?」
「お礼に、なにか食事でも奢るわ。どう?」
「…………」
 和彦は目を細めた。
「あんた、なにかって言うと全部食い物だな」



「実はね」
 汐耶は少しだけ視線を伏せて告白した。
「あなたの家のこと、少し調べたの」
「そうか」
 冷たい視線になるものの、和彦は箸を止めない。彼の前のカツ丼は湯気をたてており、美味しそうだ。
「どうせたいしたことはわからなかったろう?」
「……ええ。そうね」
「あの家は少し……いや、全部おかしいからな。当然だ」
 ご飯を口に運ぶ和彦は、平然と言ってのけた。
「どうして、ほとんどわからないのかしら?」
「…………あの家は特殊だ。表舞台に出るのを嫌う」
「大きな仕事を獲得するためには、名前だって売れてなきゃいけないと思うけれど」
「そんなことをしなくても、汚い仕事は全部くる」
「…………」
 汐耶は無言になり、自分が注文したAセットの定食に箸をつける。
「あの家に詳しいのは……対を成すある一族だけだ。もっとも……そちらとも交流などしていないし、互いに邪険にしているだけだろうな」
「そうなの」
「あの家は妖魔退治の専門職の一門だ。趣味みたいなものと同じだからな」
「趣味とは違うと思うけど」
「趣味だ」
 きっぱりと和彦は言い切った。
「退廃的で、どうしようもない」
「……でも、キミはそこにいるのね」
 和彦は漬け物を食べつつ苦笑する。
「そうさな。なぜなら、俺はとても劣っているから」
 劣っている?
 不思議そうにする汐耶を見て、彼は目を細める。
「世間一般人が気軽にできることが、ほとんどできない。退魔士としての腕が一級でも、それでは世間では通用しない」
「そうかしら?」
「そうなんだよ。あそこを出ても、俺は自分がどうやって生きていけるかの方法が思いつかない」
「…………」
「まあ……それが目的なんだろうな。だから遠逆はいつまで経っても閉鎖的なんだ」
 この漬け物美味いな、と和彦は感心したように言う。汐耶は考え込んだ。
(そうか……。遠逆くんが退魔士なのは、それ以外の生き方ができないからなんだわ)
 これで稼いでいると言ってもいい。ただし、現在は呪いを解くためにここにいるので、ほとんど賃金は稼いでいないだろう。
「慣れると……どんな仕事でもできるわよ?」
「ふふっ。気休めはよせ。呪いが解けなければ、他人のそばにいるなど、恐ろしくて考えたくもない」
「そっか……」
 考えてみれば「遠逆」という、ちょっと変わった文字の名前を聞いたことがないことは不思議だ。
 それは遠逆の者がほとんど外に出ていない証拠か……もしくは、その名を使っていないことになる。
「……キミは、偽名とか使わないのね」
「あるにはあるが、仕事中じゃないからな」
 やっぱりあるのか、と汐耶は思う。
 お茶を飲みつつ、汐耶は軽く笑った。
「フェアじゃないわね」
「は?」
「だから、一方的にキミのこと調べるの。私のことも、話すわ」
「…………」
 呆れたような和彦の視線に、汐耶は怪訝そうにする。
 彼はぽりぽりと漬け物を食べた。
「公平じゃないとか、そういうことは気にしないぞ、俺は」
「あら。ジャンケンの時は気にしてたでしょ?」
「あれは勝負だ」
「それでもいいの。教えておくわ」
 汐耶は嬉しそうに微笑む。逆に、和彦は面倒そうな表情だ。
「綾和泉の家は、この文字に由来するの」
「変わった苗字だとは思っていた」
「じゃあ、うちの一族は知らないのね?」
「残念だが知らないな」
 はっきりと言う和彦は、もぐもぐとご飯を食べている。
「綾は先見、未来見や結界などの『織り成す』意味をもつの。和は調和や治癒、『間を保つ』意味。泉はセンと読むの。戦うというセンでもあるわ。退魔などの『戦う』意味ね」
「言霊に頼りすぎだ」
 手厳しい和彦の言葉に、汐耶が吹き出して笑う。
「そんなこと言われたの、初めてよ」
「逆手にとられると呪詛に使われやすくなる。まあ……泉の文字はそれを考慮してかな。戦の字を使ったのでは負を作る」
「姓名判断が簡単にできそうね、キミ」
「そういう吉凶占いは得意じゃない」
 むすっとして言う和彦に、汐耶は続けた。
「それで、うちの一族は……一応本家と分家もあるけど、個人を尊重してくれるわね」
 ぴく、と和彦が反応する。表情が複雑そうに歪んだ。
「あ、ごめんなさい」
「……気にするな。最近はそういう家柄のほうが多い」
「……私は分家の者なの」
「そうか……。ならば、それほどしがらみもないだろう」
 お茶をすする和彦は、カツ丼を綺麗に平らげていた。彼は決して早食いでも大食いでもない。細かく箸を使っていたが、その理由も汐耶はわかっている。
 彼はやはり戦士なのだ。急いで食べるのではなく、少量を口に運んで飲み込み易くしている。
 誰かが気づけば「気味が悪い」と言われる習慣だろう。
「それでね、うちの一族はちょっと変わってて、さっき言ったでしょ? 三つの意味。あのどれかの能力を持って生まれるのよ」
「ほお。なにかそういう体系でもできてるのか?」
「そうかもしれないわね。詳しく調べたことがないからわからないけど。
 でも、能力があっても、それの反動があるのよ」
「…………まあ当然だ。何かしらに特出すると、どこかが劣る」
「『和』の能力は、少し有名になった過去があるから、その能力を持つと狙われることがあるわ。『綾』は、能力が能力だから精神負荷が多くて短命の人が多いの。こんな感じかしら」
 和彦は無言だ。
 彼はややあってから、口を開いた。
「……遠逆の者も、短命だ」
「えっ!?」
 驚く汐耶に、彼は視線を合わせない。
「あまり長生きはしていないな。みな、仕事中に死ぬことが多い」
「…………」
「それと、汐耶さんにはさっき言霊に頼り過ぎだと言ったが……」
 和彦は自嘲気味に笑う。湯のみがテーブルに置かれた。
「俺の名前も、それを使っている。本当は『一陽子』という漢字を使う予定だった」
「え?」
「唯一の太陽の子。そういう意味だ。だが、そんな漢字を使えば怒られるだけじゃ済まないからな。父親が、今の漢字にした」
「太陽……」
 不似合いだ、と汐耶は思ってしまうが口にしない。彼はどちらかといえば、月のほうの雰囲気だ。
「ごちそうさま」
 和彦は両手を合わせてそう言った。まるで、今までの会話が嘘のように、礼儀正しく。
 汐耶も自分のものは全部食べている。
 和彦は会話を終了させた。そのための、合図だったのだ。
「……キミは、いつも死と隣り合わせなのね」
 それでも、最後に汐耶はその疑問とも言える言葉をぶつけた。
 和彦は笑みを浮かべる。
「遠い昔――」
 囁くように和彦は言う。
「遠逆の一族はこれほど退魔士としての能力はなかった。我々はある一族の為にのみ存在していたからだ」
「?」
「その一族ははっきり言って、今の俺でさえ太刀打ちできないほど優秀な退魔士を排出していたんだが……それが、滅びた」
「滅びた?」
「妖魔に全滅させられた」
 絶句する汐耶を見もせずに、彼は低く笑う。
「だから、遠逆はずっと鍛えてこなければならなかった。本当は…………戦士の一族ではないのに」



「遠逆……か」
 マンションまで荷物を運んでくれた和彦はいない。彼は部屋に運び終えるとすぐさま帰ってしまった。
 なんだか背中がぞくりと寒くなった。
 彼が最後に話したことは、本当は知ってはいけなかったのではないかと思うほどに。
「できれば、いま話したことは忘れてくれ」
 そう、最後に小声で言った和彦。
 汐耶は頬杖をつき、飲んでいたコーヒーのカップを置く。
「そっか……もうすぐ彼の目的は果たされるのね」
 その時は、彼はもうこの東京にはいないのだ……。
 憑物封じは終わりに近づいている。これは彼にとって良いことなのだ。
 汐耶は苦笑した。
「できれば……もっとたくさん話したりしたかったわね」
 あんな硬い表情ではなく。もっと笑顔で。
 彼は最初に比べてかなり打ち解けている。それが不安だった。遠逆の在り方に、疑問を抱いているフシがある。
(家に戻ったら、また元に戻っちゃうわ……)
 ただ戦うだけの、者に。
 汐耶は不安を胸に、コーヒーを一口飲み込んだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女/23/都立図書館司書】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご依頼ありがとうございます、綾和泉様。ライターのともやいずみです。
 さらに気を許した和彦は、自分のことも話し始めました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!