コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・暇〜



(さてと)
 火宮翔子は小さく息を吐く。
「ここよね、確か月乃さんと別れたコンビニは」
 きょろきょろと見回す翔子。
(偶然会えればって思って来たけど……やっぱり、偶然に頼りすぎってよくないわよね)
 肩を落とす。
 地理を把握していないと言っていたが、やっぱり内心では居所を知られたくなかったのかもしれない。
 彼女は退魔士。自分の居所を簡単に明かすようにはしないはずだ。
(考えてみればそうよね。私だって、退治の時に身を隠す場所は慎重に選ぶし)
 まあ月乃は嘘を言っていないと思う。東京に出てきてまだ不慣れだった頃のはずだし。
 視界をよぎるものに気づいて翔子はハッとする。どうやら考え事をしていてかなりここに居たようだ。
 視界をよぎったのは遠逆月乃だ。顔つきが険しい。
「月乃さん!」
 声をかけると、冷やりとした視線がこちらに向けられた。思わず挙げた手を翔子は止める。
 ああ、と小さく洩らして月乃は表情を緩めた。
「翔子さん。どうかしましたか?」
「え? あ、いいえ……」
 掌を、握ったり開いたりする翔子。
(い、今の顔は……???)
「あの、今日は暇かしら?」
「暇? ……時間は多少空けられますが」
 声がかなり冷たい。どうしたのだろう?
(ど、どうしちゃったのかしら)
 しばらく会っていなかったが、何かあったのか???
「あのね、海へ行かない?」
 バイクのシートを軽く叩く翔子。月乃は視線をバイクに移動させる。
「海……?」
 眉根を寄せる月乃。
「……う、海は嫌い?」
「嫌いではないですけど……。海は死霊が多く、魔も多いですが」
「そういう話は今回ナシナシ! 純粋に海を楽しみましょうよ」
 視線を下げた後、彼女は苦笑した。
「わかりました。いいですよ」



「な、なんだか今日はいつもと様子が違うわね」
 コーヒーの缶を片手に、翔子は海から視線を月乃に向ける。
 二人は翔子のバイクに乗ってここまでやってきた。
 潮風に、月乃と翔子の長い髪が揺れる。
 月乃は翔子の言葉に不思議そうにした。
「いつもと? いえ、いつもと同じですが」
「なんか、緊張してない? ぎこちないというか」
「……ああ、そのことですか。毎日憑物を探して歩き回っていますからね」
 自嘲気味に笑う月乃は、持っていた缶をぐしゃりと握りつぶした。片手で。
 それを見て翔子がぎょっとしてしまう。
「おっと。最近ちょっと力の加減がうまくできないんです」
「ちょっと?」
「東京に長く居るのは、初めてですからね」
 肩をすくめる月乃であった。答えになっていないような気がする。
 翔子としてはストレス発散を兼ねてスピードを出してここまで来たのだが……。もしかして、それが気に入らなかったのだろうか?
「バイクより、バスとかのほうが良かった?」
「別にどちらでもいいですけど。ですが、こういう乗り物はあまり好きじゃないですね」
 この間は乗って帰ったのに。
 そう思いつつ翔子はコーヒーに口をつけた。
「どうして?」
「簡単に破壊できるからです」
「破壊できるって……」
「一撃で、壊せますよ」
 冷えた笑みを浮かべる月乃を不審そうに見て、翔子はうかがう。
「なにか……あったの?」
「何もありませんが」
 ああ、と小さく呟いて月乃は苦笑した。
「疲れているのかもしれませんね」
「そう……?」
「少し……気が緩んでいたんでしょう。すみません、その節は色々とご迷惑をおかけして」
「迷惑なんてことないわよっ」
「いえ……私の弱音や迷いを聞いてもらいましたし。あれは忘れてください」
「え……」
「あれは、あるまじき発言でした」
 悔しそうに言う月乃は、ゆっくりと海を見る。その瞳はかなり暗い。
(憑物退治、順調じゃないのかしら?)
 途中のコンビニに寄って買ってきたものを見遣り、翔子はくいっと親指で海を示した。
「あっちに行って、食べましょ」
「…………」
 無言の月乃は小さく頷く。

「弱音とか、別に吐いていいのよ? 私は……困らないから」
「いいえ。そうはいきませんよ」
 微笑する月乃は、その拳を握りしめた。
「あなたに甘えすぎました。これでは、遠逆の家に戻った時に……もっとひどくなる」
「ひどくなるって、何が?」
「油断ですよ」
 顔をしかめる月乃。
「それこそ、取り返しがつかなくなるほど……」
「月乃さん……」
「…………」
 海を眺める月乃に、翔子はおにぎりを渡す。
「食べましょう」
「はい」
 素直に受け取る月乃だった。中の具は昆布だ。
 二人で並んで砂浜に座り、おにぎりを食べる。
「スピード出すの、嫌いじゃなかった?」
「え? あ、はい。もっと速い速度でビルから落ちたことがありますから」
「え……」
「ふつうは……スピードを出すのを好むんですか?」
 平然とした顔で言う月乃に、翔子は吹き出した。
「そうねえ。気持ちいいからだと思うけど」
「気持ちいい? スピードを出すのがですか?」
「スカっとするじゃない?」
「そういう気持ちは事故のもとですよ、翔子さん」
「う。そ、それはわかってるわよ」
「…………」
 なにか思い出して反芻する月乃はふっ、と冷たく笑う。
(緊張しているっていうのかしら……。ずっと気を張ってるみたい……)
 横の翔子はもぐもぐとおにぎりを食べた。
(もしかして。これが、『いつも』の月乃さんなのかしら? 本来の、ではなくて)
「……風、気持ちいいわね」
「そうですね」
 遠くを見つめるような月乃は、翔子の言葉に頷く。
「そうだ。私の連絡先」
 差し出したメモを、月乃は受け取る。
「何かあったら連絡よこして。電話でもいいし」
「…………電話は、ないので」
「え? あ、あらそうなの? でも公衆電話でもいいわよ」
「…………」
 無言の月乃はメモを眺めていた。そのあまりにも無機質な瞳に翔子は恐ろしくなる。
「月乃さん?」
「はい?」
 再び瞳に光が戻った。ほっと安堵する翔子。
「残念ながら、たぶん連絡することはないと思いますが……ありがたくいただいておきます」
 感謝の言葉を口にする月乃は、微笑した。
「遠慮しなくていいのに」
「いえ。連絡する時間が惜しいですし」
 誰かと協力する気がそもそもないのだろう。こうして居合わせたならば話は違うのだろうが。
「はっきり言うわねえ」
 肩をすくめる翔子に、月乃は不敵に笑ってみせた。
「はっきり言わないとわからない方が、世の中多いですから」
「なによ。私もその一人ってこと?」
「私は……偽るのが苦手なので」
 おにぎりを食べる月乃は、苦笑する。
 打ち解けたはずだ、と翔子は思っていた。東京に来て戸惑っていた彼女に助言もしたし、弱音も聞いた。
「すみません、気分を害しましたか?」
「えっ? そんなことないわよ?」
 笑顔で答えると、月乃は「そうですか」と小さく言う。
「そうだ。今度こそ家まで送るわよ? もう慣れたでしょ、東京も」
 提案する翔子を見遣り、月乃は何か思案していたが困ったように眉をさげた。
「確かに慣れましたね。もうほとんど、自在に行き来できますし」
「?」
「家まで送ってもらうわけにはいきません」
「……明かせないの?」
「はい」
 さらりと言われる。
 翔子は苦笑した。
「用心深いのね」
「……遠逆はそういう家ですから」
「遠逆の家って、いつもそうなの? 前も、世間のことをあなたに教えてなかったふうだけど」
 バレンタインの件である。月乃は一般大衆が知っているこの行事を、まったく知らなかったのだ。
 どういう家なのかとあの時翔子は信じられなかったものである。
「まあ、表には出ない一族ですからね」
「ふぅん」
「翔子さんは、お元気そうですね」
「ええまあね。元気元気」
 笑って言うと、月乃もつられて微笑した。
「いつまでも息災でいてください」
「……なんだか、別れの挨拶みたいだわ」
「憑物は確実に集まっていますからね」
「あとどれくらい?」
「あと少しです」
「そっか……。じゃあ東京ともお別れなのね」
「はい」
 少しだけ寂しそうに呟く月乃の頭を、軽くこつんと叩こうとするがそれが避けられた。月乃がハッとしたような顔をして、ばつが悪そうに顔をしかめる。
「す、すみません……」
「い、いいのよ」
「……精神的に弱っている時は、触られても多少平気なんですけど……」
 攻撃されると体が勝手に反応したように、翔子には見えた。
 羞恥に月乃は表情を曇らせる。見られたくないところを見られた、と言わんばかりだ。
「触られるの、嫌なの?」
「………………苦手です」
 本当に正直な答え方をする娘である。
 翔子の知らない間に憑物はほとんど集まっているようだ。だがその間に、彼女は警戒を強めている。
(……そりゃ、そうかもね。四六時中緊張しているようなものだもの)
 だからこそ、自分が彼女の心の拠り所になってあげたいと思うのは……いけないことだろうか?
「私は、迷惑なんかじゃないから」
 翔子は海をまっすぐ見て言う。月乃がこちらを見ていたのには気づいていたが、海だけを見た。
「あなたのこと。もっと弱音を吐いてくれたっていいもの」
「…………」
「この東京に居る間だけでもね」
「…………」
 月乃は嘆息する。
「大丈夫です。心配されるようなことは、ありませんから」
「そういう顔でそれを言う?」
「緊張が解けるのを、今は良しとしていないだけです」
 もう少しで手に入るのだから、と月乃は言外に言っていた。
 呪いを解くまであと少し。
(無事に解けるといいわね)
 翔子は月乃に微笑みかける。

 翔子は立ち上がった。
「さ〜ってと。そろそろ帰る? 帰りも飛ばすけどいいかしら?」
「…………いいですけど、事故を起こしてもしりませんよ」
「私のテクニックを知らないわね」
「そういう過信は、事故の元です」
「う……。月乃さんて、けっこうハッキリ言うのね」
 苦笑する翔子に、月乃はきょとんとしてからクスクス笑ってみせた。
 二人はもう一度海を眺める。
 光を反射して輝く水面。
「綺麗ね……」
 翔子の言葉に月乃は目を見開き、それから頷いた。
「はい、とても…………」



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【3974/火宮・翔子(ひのみや・しょうこ)/女/23/ハンター】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご依頼ありがとうございます火宮様。ライターのともやいずみです。
 ほんの少ししか親密度があがりませんでした……す、すみません。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!