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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・暇〜



「なんでこんなとこにいるんだ?」
 鷹邑琥珀の言葉に、ソーダ味のアイスをぱくりと口に入れた和彦が動きを止める。
 コンビニの前でだった。

「和彦でもコンビニに行くんだなあ」
 感心したように言う琥珀を、和彦はじとりと見遣る。
「俺だってコンビニくらい行く。便利なんだから、使わないとな」
「へぇ〜……なに買うんだ?」
「なにって……」
 ぱちくりと瞬きをする和彦は、眉をひそめた。
「食べ物がほとんどだな。疲れた時の甘いものとか」
「そういえば、アイス食べてたっけ」
「甘いものをわざわざ作るのは少々面倒くさい」
 ふうんと琥珀は和彦を横目で見る。甘いものを好んで食べるとは思わなかった。
「そうだ。暇なら町をぶらぶらしよう!」
 な?
 琥珀の提案に、彼は不思議そうに眉をあげる。
「憑物探索か?」
「ちがーう!」
 思い切り否定した琥珀は、座っていたベンチから立ち上がった。幸いなのか、公園の中には彼らしかいない。
「そうじゃなくて、息抜き!」
「息抜き?」
「毎日毎日憑物のことばっかり考えてたら疲れるだろ? たまにはさ、何も考えないでブラブラするのもいいと思うぞ」
「…………それは、あんたの望みか?」
「いや、望みとかじゃなくて……」
 どう言ったらいいんだろう。
 うーんと唸る琥珀だが、結局いい言葉は浮かばない。
「肩凝るだろ?」
「凝らない」
「…………なあ、疲れないか?」
「疲れる? そりゃあ、疲れるさ」
「だから、気晴らしに町を歩こうって言ってんだよ、俺は!」
 和彦はきょとんとし、それから頷く。
「気晴らしね。まあ……あまり気乗りはしないが、行ってもいい」
「……はっきり言うなあ、おまえ」
「…………好意は有り難く思ってるぞ」
「だったらそういうカオしてくれよ」
 呆れる琥珀の言い分はもっともだ。多少柔和になったとはいえ、彼の表情は少し読み取り難い。
 肩をすくめる和彦は立ち上がった。
「これが地なんだ」
「そうか……」

「けっこう慣れたか? こっち」
「慣れたといえば、慣れた」
「慣れてないのか?」
「長居をしたいとは思わないが、ある程度は慣れた」
 和彦は琥珀の横を歩きながら言う。
 男二人で町をぶらぶら。言うのは簡単だが、なんだか無性にさみしい気持ちもする。
(そうだ……華だ。華がない)
「大学のほうは?」
「ん? 単位は足りてるから安心しろって」
「そういうことを言っているんじゃない。単位が足りてるからって、学校を休んでいい理由にはならないだろ」
「う……正論だな」
 琥珀は気づいたように時計を見る。
「おっと、そろそろ昼だな。どっか食べに入るか」
「…………」
 無言で横を歩く和彦に、琥珀は呆れた。
「どっかリクエストないか? 行きたい店とか」
「特にない」
「……だからあ、なんで無表情なんだ?」
「…………そういうつもりはない」
 和彦の答えに琥珀はがっくりと肩を落とす。
 すすんで話をしようとしない和彦の態度にどうしようかと悩んだ。
 琥珀の友人の中でも、和彦はかなり変わっている。時代を間違って生まれてきたような気さえした。
(もっと会話が弾むんだけどなあ、ふつうは)
 はあ、と小さく嘆息する。
「前に麺の店はチェックしてるって言ってただろ? そろそろ冷やし中華の季節だし、おまえのオススメの店に行こうぜ」
「……冷やし中華?」
 眉根を寄せる彼の表情は……なんというか、嫌そうだ。
 思わず琥珀は数秒待ってしまう。
「……なんだ? 嫌いなのか?」
「いや? 嫌いじゃない」
「だったらなんで変なカオするんだ?」
「……味が濃いからな、あれは」
 濃い?
 困ったような顔になる琥珀を見て、和彦は小さく笑う。
「まあいい。あんたは麺が食べたいのだな」
「や……そういうのじゃなくて……」
「この近くに、知っている店が一軒ある。そこには冷やし中華もあったはずだ」



 商い中。
 そう、汚い字で書かれた木の看板。ドアに吊るされたそれを見て琥珀はゆっくりと和彦を振り返った。
 ここで合っているのか? 本当にここなのか? ほんとに? マジ?
 目で尋ねるものの、和彦はさっさとのれんをくぐってドアを開けた。
(ホントに店をやってるのか……? ここ)
 恐る恐る入ると、中は普通の店だった。琥珀は確かめるように、入ってきた引き戸を振り返る。……間違いはないようだ。
「隠れた名店ってやつなのかな……」
 一人で呟く琥珀は、さっさとテーブルについている和彦に気づいて微妙な顔をした。
 琥珀は和彦の向かい側に腰かける。
「ざる蕎麦」
「あ、俺は冷やし中華を」
 慣れた様子の和彦に続き、琥珀はネギを切っている店主にそう言った。
 店主はまだ若いお姉さんだ。疲れたような顔つきだが、無言で作業をしている。
「……遠逆くん、来たのね」
 小さくぽつりと言うお姉さんがにやりと笑う。そして包丁をひゅん、と回転させた。琥珀が「あぶない!」と小声を洩らす。
「今度は私がリベンジするわ……兄に代わってね」
「ふっ。望むところだ」
「え……ちょ、なにその会話。俺の知らないとこで変なストーリーできあがってるじゃん」
 おろおろする琥珀の前で、二人が静かに火花を散らしていた。
 ふっふっふっ。と不敵に笑う二人は、しばらくして視線を外す。
「お、おい、ここで何かあったのか?」
 小声で和彦に尋ねると、彼はきょとんとした。
「食事をしただけだが」
「それにしては、なんか妙な会話だったじゃないか」
「うむ。ここは実はオヤジさんが店主なんだが」
「? いや、だって……」
「そのオヤジさんは現在入院中でな。息子さんが代わりにやっていたんだが、評価をしたら落ち込んでしまったのだ」
「…………」
「どうした?」
「おまえ、どんな辛口コメントしたんだよ……」
「本当のことしか言っていないぞ?」
「オブラートに包め。頼むから」
「おぶらーと? 包む?」
 疑問符を浮かべる和彦の前で、ハハハと乾いた笑いを洩らす琥珀であった。

 出された蕎麦を食べる和彦は、おねえさんに言う。
「麺はいいが、ツユの……」
「うおあ! ストップ! やめろって!」
 和彦の口を押さえて、琥珀は困ったようにおねえさんに笑ってみせた。
 おねえさんは幽霊のような顔つきで、眼を細める。笑って誤魔化す琥珀は、和彦を睨みつけた。
「まったく。おまえ、そういうのやめたほうがいいと思うぞ」
「なにがだ?」
「だから、率直に言い過ぎるところ!」
「? どうして?」
「余計なことを言うと波風が立つだろ」
 顔をしかめて言う琥珀の前で、和彦は不愉快そうな顔をする。
「プロなんだから、そういう意見は真摯に聞くだろう?」
「いや、まあそうなんだけど……」
「より向上させるという意志があるなら、怒ったりしないぞ」
「するんだよ! 自分の味に自信がある人は特に!」
 ガンコオヤジを想像する琥珀の前で、和彦は呆れて肩をすくめる。
「なんだそれは。現状で満足してるのか?」
「……も、もういい……」
 ぐったりして琥珀は自分の冷やし中華を食べる。かなり美味い。
(う。これは……イケる!)
 ちらっと和彦の食べている蕎麦を見遣る。これも美味いなら、あっちも美味いはず。それなのに。
(か、和彦のやつ……どんだけ舌が肥えてるんだ……)
 もぐもぐ食べていた琥珀は、しばらくして口を開いた。
「なんか……こういう食べ物の店していくのって大変だろうな……」
「まあ、容易くはないな」
「…………そういや、和彦はどうすんだ?」
「どうするって、なにを?」
 すでに食べ終えた和彦はゆっくりとお茶を飲んでいる。
「なにって、将来だよ、将来。俺は大学出たら実家に戻るかな」
「実家?」
「そ。うち、料亭やってんだよ」
 和彦が目を見開いた。驚いたようである。
「料亭……? 実家はどこに……」
「へ?」
「あ、いや……いい。そうか。実家を継ぐのか」
「ああ。退魔師でやっていくにしても、やっぱり家業を手伝わないとな」
 笑顔で言う琥珀の前で、和彦はさらに無愛想な顔になっていく。もしや地雷を踏んだのだろうか?
 心配になりつつ、琥珀は明るく続けた。
「和彦はさ、憑物退治終わってどうするんだ?」
「俺……は……」
 彼は言いかけて、それから苦笑する。
「俺は、あんたと同じだよ」
「んん?」
「実家を継ぐだろうな、たぶん」
「えっ。そうなのか?」
「まあ、継承者の筆頭にあがってるのは俺だから」
 困ったように言う和彦は、お茶を一口飲む。琥珀は少しだけ目を細めた。
「嫌……なのか? 家を継ぐの」
「そういうわけじゃないさ。どちらにしろ退魔士を辞めるわけじゃないしな」
「じゃあそれで食っていくってことか」
「まあ……そうなるな」
「へえ。大変だなあ、そりゃあ」
 そうだと気づいて琥珀は片手を挙げる。和彦はそれを見て瞬きした。
「じゃ、困ったことがあったら無償で手伝ってやるよ」
「…………」
「最近は人件費削減とかで大変だろうし。友達のよしみだ」
「……随分と」
 和彦が目を細めてにやりと笑う。
「現実的なことを言うな。退魔師のくせに」
「そりゃどーいう意味だよ」
「そのままの意味だが?」
 二人は唐突に黙り込み、そして同時に吹き出して笑い合った。
 食べ終えた琥珀は「ごちそうさま」と言って箸を置く。
「美味いなあ、この店。さすが和彦」
「なにがさすがなのかわからないが、満足してもらえて良かった」
「あ〜、このまま家帰って寝ると気持ちいいだろうな〜」
 満腹感でうっとりする琥珀を和彦は苦笑して見た。
 大学を卒業して帰る琥珀は、いつかまたふいに……仕事先に彼が現れるのではないかとも、思ってしまう。
 それはまだわからない未来だが……可能性がないとも言えないだろう。
 大きく伸びをする琥珀はお茶を飲み干す。このお茶もおいしかった。
 うん。こういう日も、悪くない。
「うっし。じゃあ腹ごしらえもできたし、ブラブラして帰るか」
「まだうろうろするのか」
 呆れたような顔をする和彦だったが、嫌だとは言っていない。だから、琥珀はニッと笑う。
「するとも! こうなったら最後まで付き合え」
「…………」
 嘆息する和彦だったが、否定はしなかった。肯定したのだろう。
 二人は勘定を払い、ドアを開ける。背後ではおねえさんの「ありがとうございましたー」という愛想のない声。
「ごちそうさまでしたー!」
「ごちそうさま」
 そう言って二人は店から出て行ったのだった――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4787/鷹邑・琥珀(たかむら・こはく)/男/21/大学生・退魔師】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鷹邑様。ライターのともやいずみです。
 なんだか平和なほのぼのですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!