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【 愛しいあの子のお祝いに 】
「…か……と…か……」
夢の狭間、懐かしい声がする。
「……透華…」
大事な人、亡くしてしまった愛しい人。
自分を呼ぶ懐かしい声に、目を開く――。
「お、母さん――!?」
目を開けた綾峰・透華は亡くした筈の母を見て、驚きの声を上げた。
透華の母は、驚きを隠せない透華に笑いかける。
「透華、お誕生日おめでとう」
「え…?あ――」
そういえばと、もうすぐ自分の誕生日が来る事を透華は思い出した。
夢の中で、母は自分の誕生日を祝ってくれた。
「お母さん!!」
透華は、嬉しさのあまり母に抱きつこうとする。
あと一歩、あともう数cmで触れられるという所で、透華は目覚めた――。
「――と、いうことがあったんですよ、健二さん!!」
「あぁ…それで?」
その日の昼下がり、透華は山崎・健二(やまざき・けんじ)に今日見た夢の話をしていた。
「だから、健二さんにも誕生日を祝ってもらいたいなぁって――」
「―――ようするに、プレゼントをくれ、という事だな?」
健二の言葉に、透華は『エヘ☆』と笑った。
「分かった分かった、何か買っといてやるよ」
「本当に!?やったー♪」
嬉しそうにはしゃぐ透華を見て、健二は仕方ないな、とでもいうようにため息をつく。
しかし、透華を見つめる瞳には、優しい光が宿っていた――。
『愛しいあの子のお祝いに…』
しんと静まり返る神社の宝物庫の中で、何者かの声が響いた。
その声は妖しく、何処までも穢れている。
『ヒャハハハ・・・』
声は笑う。
もうすぐ『あの子』は来るだろう。
もうすぐ『私』を『此処』から出してくれるだろう。
あぁ、楽しみだ。
早く早く、こちらにおいで。
早く早く、もっと早く――。
「――それで、何で私まで買い物に付き合わなければいけないんですか?」
水上・操(みなかみ・みさお)は、隣でばつの悪そうに頬を掻いている健二を見つめた。
「いや…実は、透華にプレゼントを買ってやるといったは良いものの――」
「何を贈れば喜ぶのかわからない、といった所ですか」
「………はい」
がっくりと肩を落とす健二。
「仕方ないですね――」
「すまん、恩に着る!」
がばっと頭を下げる健二に、やれやれと操は息を吐いた。
「とりあえず、透華ちゃんに何をプレゼントするか決めましょう」
「んー……何がいいんだ?」
「そうですねぇ…可愛い物とか良いかもしれませんね」
可愛い物――というと、縫い包み等だろうか?
とりあえず、近くにあった玩具屋に入り、目ぼしい物を物色してみる。
そのうち縫い包み売り場を見つけ、早速どれがいいか選ぼうとして――健二は頭を捻らせた。
こういう事に余り興味がない――興味があったら其れは其れで問題だが――健二には、どの縫い包みが可愛いかよく分からない。
「うーーーーーん」
縫い包み売り場で、男が真剣に縫い包みを見詰めて考え込んでいるのは、傍から見ると少し奇妙――というか、怪しい。
「健二さん…目立ってますよ」
米神を押さえながら、操は健二に話しかけた。
「え?……あ」
周りの(主に女性)視線が自分に注がれていることに気づき、わたわたと慌てる健二を尻目に、操は縫い包み売り場へと視線を移した。
「―――あ、これにしましょう」
しばらく視線を移動させていた操は、売り場の左隅に置かれていた1体のテディベアを手にとった。
小さめの体に、つぶらな瞳とふわふわの薄茶の毛色がなんとも愛らしいテディベアだった。
「よし、さっさと買って出よう」
まとわりつく視線に冷や汗を流しながら、早く出たい一心で健二は操からテディベアを取り上げると会計へと向かった。
ちなみに、テディベアを買う健二に向けて、会計士その他諸々の視線が冷たかったのは、言うまでもない。
一方、その頃――。
「お邪魔しまーす。 先輩いますか〜?」
先輩――操が住んでいる神社を訪れた透華は、キョロキョロと周りを見渡した。
「あれ、いない?」
只今、操は健二の買い物につき合わされてる真っ最中である。
つまり、行き違いになってしまったらしい。
「そんなぁ……」
しゅんっと肩を落とす透華。
(先輩にも、あの夢のこと聞いてほしかったのになぁ……)
きっと、先輩なら良かったねと言って笑ってくれるだろう。
其れを見たくて報告にきたのに――と、透華はため息をつく。
「……ん?」
ふと、透華の視線が神社にある宝物庫へと向けられた。
いつも鍵で固く閉じられているはずの扉が、何故か今日は鍵がかかっていなかった。
「そういえば――私、あの中って見たことないなぁ…」
うずうずと好奇心が疼きだした。
あのように誘うように扉が開いていたら、入りたくなってしまうのは人の性。
透華は用心深く辺りを見回すと、そーっと宝物庫の中へと入っていった――。
「うわぁ、くらーい」
宝物庫内は扉と窓から微かに漏れる陽光のみで、薄暗く、何処か妖しげな雰囲気を放っていた。
「こんな風になってるんだ……」
ドキドキしながら辺りを見回す透華。
色々な形の置物や、煌びやかな飾り物など、多種多様に置いてあった。
『……透華』
ぴくん、と透華の肩が揺れた。
あの声は――。
「……お母さん…?」
声がした方へと視線を向ける。
そこには―――夢で見た母の姿があった。
『透華、お誕生日おめでとう…』
夢と同じように、透華の母は微笑んだ。
「お母さん!!」
抱きしめようとするが、その体は透き通り触れられない。
『私からの誕生日プレゼントがあるの……こっちよ』
歩き出す母から離れまいと追う透華。
母は、倉庫の奥へと向かって行き――古そうな木箱の前で止まった。
「これがプレゼント?」
『えぇ、開けてみて――』
言われるままに、木箱を開けにかかる透華。
奇妙な字が書かれた紙や不思議な色の紐を解く。
「よっと――!!」
バカッと勢いよく蓋を開ける。
『ヒャハハハハ!!!』
「きゃぁ!?」
いきり箱から黒い何かが飛び出し、その勢いに倒れる透華。
『やっと出られた、やっとやっと!』
嬉しそうに宝物庫内を飛び回る――黒い、鬼。
恐らく、透華が開けた箱に封じられていた妖魔だろう。
「え、えぇ!?何が起きたの!?」
『ヒャハハ!ありがとう、お嬢さん。私を出してくれて』
その言葉に、透華は自分が騙された事を直感した。
「そ、そんな――」
愕然とする透華に、鬼はニンマリと笑った。
『あんな幻影でコロっと騙される割に、お前からはとても美味そうな匂いがする。出してくれたお礼に――その力、私が役立ててやろう』
「いやぁああ!先輩、助け――!!!!!」
透華の叫び声は、覆いかぶさってきた鬼の笑い声にかき消された――。
「ふぅ、これで誕生日プレゼントも準備できたっと――」
「今度からプレゼントくらい自分で選べるようになってくださいね…」
操の言葉に、健二は気まずそうに視線を逸らした。
「おい、あれ――透華じゃないのか?」
「え?」
視線の先に宝物庫の前で突っ立っている透華を捉え、健二が声を上げる。
「……何か、様子が変だな」
「そうですね…」
ぼぉっと立っている透華の目に生気はなく、体から漂う気は何処か黒く穢れている。
二人が透華を凝視していると、透華はゆっくりと首を動かし健二達を見つめた。
「―――!!!」
ゾクっと何かが背筋へと走る。
『アレ』は透華ではない。
何かが透華の中にいるのだ。
「…また何かに取り付かれてるようですね」
両手首につけているブレスレット――前鬼と後鬼を刀へと変化させ、構える操。
『あかんで、操!オレらで攻撃したら、あの子が傷ついてまう!』
「くっ…!」
前鬼の言葉に、操の顔が曇る。
あの少女を傷つける事は、何としてでも避けたかった。
「操、俺に任せろ」
「でも――」
不安げに見る操に健二はナイフを取り出しながら笑う。
「俺に考えがあるんだ。大丈夫、怪我はさせない」
「――分かりました」
操が下がると、健二は改めて透華に向き直る。
透華は、妖しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「いくぞ…」
透華に向けて足を踏み出す健二。
ピリピリと強い殺気を纏わせた姿に操が息を呑む。
『ハァッ!!』
近づいてきた健二に、透華は拳を放つ。
常人より速い――しかし、健二にとっては遅い。
「観念しろ」
腕を取り、思い切り突き倒す。
『グァ!?』
そのまま透華に馬乗りになり、動きを封じると――健二はナイフを透華に向けた。
『ヒィイ!止めろ!この娘が死ぬ事になるぞ!!』
透華に取り付いた鬼が叫ぶ。
しかし、鬼は健二の目を見て直感した。
こいつは、私を、この娘を、殺すのだと――。
「―――!」
そして、健二は――ナイフを振り下ろした。
「透華ちゃん!!!!!」
飛び散る鮮血に、操は悲鳴を上げた。
そんな、傷つけないといったのに――!!
『殺される!殺される!!』
刺される前に逃げたのか、黒い鬼は宝物庫内へと逃げようと走り出す。
「逃がしません!よくも――よくも透華ちゃんに!!!」
『ヒガァ!?』
操の符術に動きを束縛された鬼が叫ぶ。
「消えなさい!」
『嫌だ!止め――ギャァアアアアア!!!』
振るわれた刀――前鬼・後鬼に斬りさかれ、黒い鬼は消滅した。
「健二さん、透華ちゃんは――」
「無事だよ」
前鬼・後鬼をブレスレットの形に戻し、慌てて透華の元に駆け寄る操に健二は自分の手を見せた。
「あれ――?」
健二の手は、刃物に貫かれたようにドクドクと血を流し――透華は全くの無傷だった。
「ナイフを逆に握って、本気で殺すフリをしただけだ」
あの鬼、見事に騙されたな、と健二は微かに笑った。
「それじゃ、透華ちゃんは……」
「怪我一つしてない。言ったろう?怪我はさせないってな」
自分で傷つけた手を痛そうに振りながら、健二は言う。
その言葉に、操は安堵したように力を抜いた。
「……ん…?」
倒れていた透華の目が、薄っすらと開いた。
「起きた?」
「せ、んぱい――?」
しばらくボーっと操の顔を見つめた後、ハッとしたように起き上がる。
「わ、私――って、何これぇ!?」
キョロキョロと辺りを見回し、自分が血まみれになっていることに気づく透華。
「あぁ、これは健二さんが――」
説明しようと、操が透華に話しかける。
―――だが。
「健二さんの――馬鹿ぁああああああ!!!」
バコーン!!!
思いっきり透華に殴り飛ばされる健二。
「この服お気に入りなのにー!思い切り汚れちゃったじゃない!コレじゃもう着れないよぉ!」
「あー…とりあえず、落ち着いて、透華ちゃん」
殴り飛ばされた健二に哀れな視線を送りつつも、透華をなだめにかかる操。
「いってぇ……ちくしょう、透華の奴…」
ドクドクと流れる血と殴り飛ばされたダメージで、あえなく倒れる健二。
「…でも、ま、今回だけは…いっか…」
ある物を見つめて、健二は仕方なさそうに笑った。
その視線の先には――恥ずかしい思いで買ったプレゼント。
愛しい、あの子の、お祝いに――。
【おわり】
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