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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


失った横笛の声

 何度来ても慣れないだろう。
 この店を表現する言葉といえば、『異様な雰囲気』以外に思い浮かばないのは、語彙が少ないからといった理由で完結させる事なんて出来ない。
 とにかく異様なアンティークショップへ来た理由は、何故だかふらっと呼ばれたような気がしたからだ。時たまこんな事があるのだ。
 辺りを見回すと、どれもこれも決して綺麗だとか美しいというような言葉はしっくり来ないものも多々ある。
 しかしそんな中、ふと目に留まったものがあった。
「……フルート」
 銀色のその姿は、少し錆びていて、けれど僅かな店の明かりが映り輝いていた。どこか吸い寄せられるようにフルートを手に取ると、確かに重みもある本物の楽器だった。
 物音に気がついたのか、はたまた気まぐれか、奥のカウンターに座るこの店の女店主が重たそうに顔をあげ、手の中にあるものを見つめて口を開いた。
「そいつはね、面白いフルートだよ」
「面白い?」
 突拍子もない言葉に、首を傾げるしかなかった。
 そんな姿に蓮は喉の奥で笑い続ける。
「持っていってみるかい? そいつはどんなフルートの名手でも音を奏でることはないのさ」
「音が鳴らないフルート?」
「そうさ。ごく普通のそこらで売っているフルートなのに」
「……どうして」
「さぁ、調べて見るかい?」
 蓮は一度だけ笑みを見せると、それ以降、口を噤んでパイプをふかし始めてしまった。


* * *


 この店にフルートがやってきたのは、つい最近の事だったらしい。
 フルート自体は音大生辺りが手にしていそうな価値のものであり、特に骨董品として扱う事はないはずだったのだが、どんなに調整をしてみてもその笛が音を奏でる事がなかったため、とある人がある時この店に持ち込んだらしい。
 蓮自身も大した情報は持っていないのだと首を竦めてしまったため、小さくため息をついた黒髪の女性、シュライン・エマは持ち込んだ人物との接触をするべく、一度店を後にする。


 指定された日まではまだ時間があるため、シュラインは楽器店に赴き修理と調整を頼んだ。
 一週間程かかると言われ、手持ち無沙汰になったシュラインは家に戻りPCを立ち上げた。
 フルートの曲を幾つかDLし、戻ってきたフルートに聞かせようと考えたのだ。
 指定された期日、小さなあまり人の気のない喫茶店にシュラインは訪れた。
 まだ相手は来ていないのかと辺りを窺うと、突然記憶にある声が耳に響いた。
「シュライン・エマ殿」
 振り返ればそこに立っていたのは泰山府君・一という人物。黒髪に緑色の双眸を携えた中華風の衣装と甲冑を見に纏った女性である。
 一見青年に見えるその凛とした姿が印象的だった。
「あら、久しぶりね。どうかしたの? こんな所で」
「蓮殿に聞いてこの場所を教えてもらったのだ。我もそのふるーとに興味があるのでな」
「そうなの? じゃぁ丁度いいわ、もうすぐ相手が来るはずだから」
 天井には大きな四枚羽のシーリングファンがゆっくりと回転し、濃い茶色の落ちついた色合いで作られた木の椅子とテーブルが並ぶボックス席が並ぶ。
 程よい音量で流れるピアノのBGMが耳に心地良い。
「すみません、シュラインさんと泰山府君さんでしょうか」
 突然脇から降りかかった声に顔を上げると、そこに立っていたのはどこにでもいそうな二十代後半から三十代前半のサラリーマン風の男だった。



「それで、そのフルートはどこで手にいれたの?」
「実は……知り合いから貰った物で……」
「知り合い?」
「はい、というか、知り合いのものというか」
「要点を得ないわね。一体何がどうしたのよ」
 口ごもる男に少々冷たく言い放てば、一瞬肩をすくめ怯えたような態度を取ったものの、その後ゆっくりと言葉を紡ぎだした。
 あまり長くはない語りの後、仕事があるからと男は喫茶店を足早に去って行った。
「……何故手放す。我には理解できぬ」
 そっと呟かれた言葉に、心から同意せざるを得なかった。
 怒りがふつふつとこみ上げて、膝の上で握り締めた拳が小さく震えていた。



* * *



 翌日、楽器店から調整が完了したとの連絡が入り、すぐに取りに行った。
 まだ多少錆びや傷は癒えていないものの、確実に音は鳴りそうなものに仕上がり、泰山府君に連絡を入れた後、早速PCでDLした曲を聴かせてみたのだが、一向に反応は示さなかった。
「……駄目かしら」
 諦めかけて最後の曲をクリックした時、もしかしたら気のせいかもしれないが、一瞬だけ、ほんの一瞬フルートが震えたように見えた。
「……この曲? この曲知ってるの? あんた……」
 とその時、チャイムが鳴り響く。
 急いで来た様子の泰山府君を部屋に招き入れ、フルートを見せると、少々驚いたような表情をした。
「これがふるーとというものか」
「フルートの曲をDLしていろいろ聴かせてみたんだけど、ほとんど反応はなかった。だけど一曲だけ、何となく反応してるような気がするものがあるのよ」
「……ほう……そうなると、……ならば我が見よう」
「どうするの?」
「このふるーとには、恐らく持ち主の魂が宿っている」
 ケースから取り出し、頭部管、主管、足部管をはめ込むと、そっと差し出す。
 壊れ物を扱うように受け取った泰山府君は、それを一度硬く握り締める。
 すると突然、まるで空間が変化してしまったかのように肌にまとわり付く空気が変わったった。
 ぼんやりと、そして次第にはっきりと、窓を背に何者かの姿が浮かび上がった。
 小さな小さな泣き声と共に。
 淡い桃色のTシャツとジーンズというラフな格好に、切りそろえられた黒い髪。
 俯き両手で顔を覆ったまま、泣き続ける大学生くらいの女性の姿がはっきりと見えた頃、横にいた泰山府君が彼女の目の前に身体を移したのが見えた。
「そなたがこの笛の持ち主か?」
 声を出す事はせず、ただこくりと頷いた。
「どうしたの? 何で泣いてるのよ」
 同じように移動し、女性の前に立つ。
 暫らく泣きじゃくる声しか響かなかった部屋の中で、僅かに聞こえだした女性の言葉は酷く震えて聞き取りづらい。
「わっ……たし……私まだっ…まだフルート吹きたいのっ…」
 一度顔を見合わせた二人は、再び質問を紡ぐ。
「この笛を吹きたくて、その、なんていうの? 成仏、出来ないって?」
「私っ……明日留学するはずだったのにっ……!!」
「明日?」
「私が交通事故で死んだ、次の日……」
 女性の声が次第に安定していく。
 ゆっくりと顔を上げると、泣き腫れた黒い瞳はただ一点、泰山府君の手の中にあるフルートを見つめていた。
「留学したいの?」
 一瞬静寂が訪れるが、すぐに女性は首を振る。
「諦めてる。わかってるの、私はもう死んでるって」
「ならば、何をすればいい。出来る限りの協力はしよう」
 その言葉に、女性は泣きはらした顔でふわっと笑った。
 悲しそうで、それでも嬉しそうな顔。
「吹きたい。もう一度だけ、吹きたいの、大切な……私の大好きなお母さんのその形見で!!」
「……そうか、このふるーとは……。ならば、我の肉体を使えばいい。そして好きなだけ、奏でるが良い。我も心の中でその音色を聞いていよう」
「観客は二人だけど、是非演奏会お願いするわ」
 もう枯れ果てたはずの涙が、再び彼女の頬を濡らした。



* * *



「持ち込み主が彼女の彼だったなんて……今でも許せない」
「清算したかった、だそうだが、我には理解できぬ。何故共に埋葬してやらなかったのか」
 あの女性は、DLして反応を見せたというとある一曲を心から楽しそうに、嬉しそうに奏でた後、ありがとうとつぶやいて消えて行った。
 音色はどこか流れるように美しかったけれど、やはりどこか悲しげだった。
 そして、店に戻った二人は、事の次第を蓮に報告した。あのフルートと共に。
 シュラインは苦々しげに言葉を吐き出した。
「音が出ないんで気味が悪かったそうよ」
「まぁ、遠距離恋愛なんて最初からする気はなかったんじゃないのかい? そんなやつに持っててもらうよりは、こうして気分を晴らせた方がよかったかもしれないよ?」
「我もそのように思う。だからこそ、男の話はしなかったのではないか?」
「……強いわね、あの子」
 本当に美しく奏でられていた。
 フルートを心から愛して、楽しんでいたのだという事が音色から痛い程伝わってきた。


『シチリアーノ』


 部屋のPCから流れ出る曲が、あの時の女性が奏でた物と重なって聞こえた。






**END**



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3415 / 泰山府君・― / 女性 / 999歳 / 退魔宝刀守護神】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、シュライン・エマ様。
遥海夕希です。
再びご依頼ありがとうございます!

締め切りギリギリになってしまい、
本当に申し訳ありませんでした。
プレイングはとても細かく書いてくださっていたので
書きやすくて、楽しかったです。
ご期待にそえた行動になっているかどうか、少々不安ですが、
精一杯書かせていただきました。
気に入っていただけると嬉しいです。

今後も日々努力しながら、楽しんでいただけるようなものを
書いていけたらいいなと思っておりますので、
また機会がありましたら、是非是非よろしくお願いします。

それでは、読んでくださりありがとうございました。


遥海 夕希