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<東京怪談ノベル(シングル)>


転機

 四年前。
 …『鍵』の能力に目覚めて、鍵請負人と名乗って『仕事』をするようになり始め。
 特に、怪奇探偵と呼ばれる草間興信所所長・草間武彦には、良い仕事をもらう事が多かった。
 俺には、鍵を用いて他者の能力を『封印』をする事が出来る。
 対象は選ばない。
 人でも、化物でも。
 特別な俺の力。
 …もっと、試してみたい。
 思ったところで、自分のところに来た依頼。
 ただ、草間武彦――探偵の話を聞くに、何故俺のところに持ってくるのだろう、と思える依頼でもあって。

 とある人間の保護。
 対象は自分――坂原和真と同い年になる少女。二、三ヶ月前くらいから行方不明との事。
 つまりは行方不明者捜索の依頼だ。

 依頼人については、探偵は言葉を濁した。必要が無いだろう、とも言っていた。あまり詳しい事もわからないしなと。確かに訊いてはみたが実際のところあまり興味も無かった。知らないらしいなら知らないで全然構わない。それで依頼内容に変化がある訳でも無いだろう。

 後になって思えば、依頼主を自分に言わない事――それもまた、探偵の思いやりだったのだろうが。



 名前や年齢、家族構成に交友関係。依頼時に元々渡されていたと言う資料から調べ、捜索対象の少女を追っていると――意外な事実が判明した。資料には戸籍上の情報程度しか記されていなかったので初めはわからなかったのだが――その家系は、数多くの退魔師を輩出している、それなりの由緒がある退魔一門だった。そして、当の少女はその退魔一門の跡取娘に当たり、当人もまた――仕事を請け負っている退魔師であると言う。
 それも、彼女の仕事の仕方は――最も危険だとされるものだとも。
 危険とされるその方法は、魔や妖など不吉なもの、退ける対象のそれらを――自らの胎内に宿し、封滅する。
 敢えてその危険な方法を選ぶだけあって、有能な退魔師ではあるらしい。だが――現時点で彼女の最後の仕事、と確認されているとある仕事の直後から、彼女の姿は何故か消えてしまっている。
 …ただ、一門の方では――まだ最後の仕事が終わっていないだけ、だから帰還していないだけであると言う認識で一致しているようだった。
 となると、探偵に頼った依頼人は一門の連中とはまた別の、彼女を心配した誰かなのだろう。友人か、恋人か。…まぁ、その辺りか。退魔師絡みとなれば、ただ失踪と言うよりも心配するだろう。…知る人ぞ知る草間武彦と言う怪奇探偵を知っていれば、恐らくは金が無くても頼って来る――頼って来られる。

「…家の『仕事』で厄介が起きたって事か。…となると、俺たちがこの『彼女』を捜すのは『彼女』にとって邪魔になる可能性もあるかもな」
「さぁな。そうかもしれんしそうでないかもしれん。…だが依頼は依頼だ――お前はここで手を引くか?」
「引かないよ。…草間さん。そもそも退魔師絡みなら俺の封印能力はあった方が良いだろ?」
「…そうだな」
 探偵は静かに頷く。
 そして自分は――あまり『鍵請負人』とは関係無いと思っていたこの依頼で、封印能力の方も使えそうだと言う事を、少なからず嬉しく思っていた。他人には使えない力が自分に開花した。…その事に、少し、有頂天になっていたのかもしれない。



 ――『人を喰う女の化け物が徘徊している』。

 …調査中、そんな噂を見付けた。
 それだけ聞くなら、都市伝説レベルの話。だが同時に――実際に猟奇殺人事件が数件、噂の出所、その近場で起きていた。そうなれば、ただ都市伝説では済みそうにない。
 何故か探偵はその噂にも逸早く目を付けた。どうしてかと和真は思ったが、探偵曰く目撃証言から捜索対象の少女と似ていると判断した為と言う。…妙に反応が早かったのは、探偵と言う職に就いているが故の勘か。
 が――もし、その『人を喰う女の化け物』が捜索対象の少女だとすると、保護と言うのも難しくなる。血の気が引くような想像が付くから。
 …記録によれば、少女が退魔師として受けた『現時点で最後の仕事』とされるその仕事の『対象』は、人を喰う妖怪の類。それを封滅せよと言う依頼だったようだ。
 ならば――彼女はその『対象の妖怪』に乗っ取られたのではないか。

 …退魔の方法として、胎内に封印するその方法が危険とされる最たる理由は、まさにそれ。
 その方法は多かれ少なかれ、『器』が蝕まれて行く。
 余程の適正者で無い限り、捨て身の方法と言って良い。
 封滅しようとしたその対象が強力であったなら――逆に、呑み込まれてしまう事すら、少なくない。

 もし『人を喰う女の化け物』=『人を喰う妖怪に乗っ取られた捜索対象の少女』、この仮定が正しかったら――その『人を喰う妖怪』と、『捜索対象の少女』とを切り離して、妖怪だけを封印する事は出来ないか?

 …探偵は俺に、そう訊いて来た。



 囮、と言う訳では無いが、和真は探偵と共に件の噂が立っているその周辺へと赴いている。可能性が高いならば、何はともあれ直に会ってみるのが第一だ。
 聞き込みを暫く続け、時折休憩。そしてまた続ける。当て所も無く周辺を歩き回ってみる。時間だけが過ぎて行く。行動は和真が学校から帰ってからが主になるので動き出す時間も比較的遅くなる。動くのは日が落ちてから――そうなる時も多かった。夜中まで動いている事も。
 そんな行動を続けて、数日後の、真夜中と言って良い時間帯。
 民家からやや離れた、人気の少ない方向――確かそちらにあったのは古びた公園――から。
 絶叫が聞こえた。
 それを聞くなり、探偵と和真のふたりは弾かれるよう顔を見合わせる。そして――どちらからともなく、叫びの聞こえたそちらへと、急ぎ、駆け出した。



 木に囲まれた公園。
 遊具のペンキがところどころ剥げているような、雑草も適当に生えているような――中途半端に手入れされ、中途半端に放置されているところ。
 そこに居たのは――異様な空気を纏った人物。その人物の頭部、口許に当たるだろう高さから赤い斑の襤褸切れのようなものが垂れ下がり、地面を引き摺っている――否、襤褸切れではなく、既に絶命していると思しき女性だった。引き摺られているのは足の先。スカートの裾。
 …異様な人物は不運な女性のその首っ玉を獣のように銜えたまま、ただ、立っていた。
 狂気に見開かれた目を茫洋と泳がせると、駆けて来た探偵と和真に気付いたか、そこで視線を止める。公園に入り異様な人物のその姿を見た途端、探偵は悲しげな目をし、聞こえるか聞こえないか程度の小ささで舌打ちをしていた。和真の方は――あまりの光景に絶句している。
「…なっ」
「…当たりだな。…一見、まったく別人のようだが――目鼻立ちと骨格からして、『彼女』だ」
 獲物の如く銜えられ絶命している方ではなく――異様な空気を纏った人物の方、噂の『人を喰う女の化け物』の方が。
「本当に――乗っ取られてたんだな。…ってこれを俺たちでどうこうできるもんか?」
 暫し茫然と『彼女』を見ていたかと思うと、きっ、と探偵を見返し、和真。
「するしか無いだろう。…お前はこのまま、やらせておきたいか? …それを彼女が望むと思うか?」
 探偵は和真の問いに当然のようにそう答え、『彼女』の方へと、歩き出す。



 和真は探偵の後を追いつつ、慌てて持っている携帯を取り出し、五十センチ程の長さの鍵へと手の中で変化させる。対象に直接差して封印・解除に使用する【キーブレイン】…どころでなくその鍵を【キーマテリアル】として物質化させた上で、攻撃に移った。…探偵は敵意無く近付いたのだったが――『彼女』の方が獲物を放り棄て、こちらへと向かってきたからだ。和真は探偵の後ろから出、武器代わりの鍵で『彼女』を正面から力任せにぶっ叩く。が――その攻撃は直撃した事はしたのだが、殆ど効果が見えない。更には直後に『彼女』の腕が無造作に振るわれ、和真と探偵はおもむろに吹っ飛ばされた。…怪力だ。
「つつ…草間さん、素手ってのはさすがに無茶だろ」
 ぼそりと和真。
「そりゃわかってるが――出来れば傷付けたくないんでな」
 吹っ飛ばされたそこ、額を拭いながらそれでも『彼女』を見る探偵。…和真同様、喧嘩になればそこそこ強い筈だが、その腕を揮う気は無さそうだ。
 吹っ飛んだふたりを確認してから『彼女』は追撃。鍵を持っていた――自分への敵意を示した和真の方を選び、『彼女』は今度は自分の糧にしようと言うのか、大きく口を開け襲い掛かろうとしていた。獣染みた動き――竦んでしまい咄嗟に和真は動けない。が、その牙――そんなものまで生えている――が達する前に『彼女』と和真のその間に滑り込んでいたのは、探偵で。
 結果、狙った和真では無く、『彼女』が噛み付いていたのは、探偵の腕。
 庇われた和真は、目を見張る。
「く、草間さ…」
「…大丈夫か」
「俺よりお前の方が…っ」
「…そう簡単に食い千切れるようなもんでも無いだろ…」
「だからそう言う問題じゃない…!」
 悲鳴混じりの和真の声に、何故か――探偵の腕に噛み付いていた『彼女』の牙が、緩んだ。
 そして――鮮血に塗れたその口から、途切れ途切れに声が洩れて来る。
『ァ…あなた…わたし…コロしてくれる…ひと…?』
「――え」
『とーさま…そうする…呑まれたはじさらし…わたしごと殺せば…それでなんとかなるから…この妖怪…』
 言われ、和真は一時停止した。
 数秒経ち、漸く何を言われたか理解する。
「…出来るかそんな事が! …そんな事が言えるなら、お前まだ確り人間じゃないか」
「…その通りだ。そんなになってまで仕事を優先する必要は無いだろう? まず自分の事を考えろ。…その身体を乗っ取っている妖怪を引き離せば何とかなる」
「ほら草間さんだってこう言ってるんだ。この人こう見えてもこの手の事には慣れてるから…」
『だめ…もう…時間経ち過ぎてる…強過ぎてる…離れない…どうしようもないから』
 今のわたしがそのままわたし。
 妖怪も、わたし。
 多分もうすぐ、話も出来なくなる。
 …だから。
『だから…あなたの方法で…たすけてほしいの』
 にこりと。
 …『彼女』は和真へと、静かに微笑みを見せる。…和真が『力』を持つ事を、察している――知っている。
『そうすれば…仕事が終わらせられるから』
 役目が果たせるから。
 わたしも、その方が嬉しいから。
「そう言う問題じゃあないだろう…っ」
『おねがいします』
 静かな微笑みは、変わらない。
 もう覚悟を、決めている。
 どうしたら。
 どうにも、できない。
 救いたくても。
 鍵の能力があったって、今この場で出来る事と言ったら――。

 和真は唇を噛み締める。
 そして――鍵も、握り締めた。
 沈痛な表情で。
 だがそれだけで――『彼女』の方は和真が決めた事を、察している。

『ありがとう』

 その声を、聞いてから。
 ――和真は鍵を、『彼女』に差した。

 眩い光が生まれる。
 和真のその能力発現の証である、鍵の。



 …自分が『彼女』に手を下した。
 その時、目頭が熱かったのは――今にも泣いてしまいそうだったのは、もう、誰にも言うつもりなんか無い。
 すべて終わった後、探偵が…すまない、辛い思いをさせたなと俺に告げていた。
 それと、俯く俺の肩に、大きな手が優しく置かれていた。



 その後の事。
 和真は探偵に詳しい話を聞く事はしなかった。人間である『彼女』ごと封印した妖怪。どうなったかなど知らない。ただ――自分の能力の齎す効果なら知っている。鍵を差し、閉めた対象の能力も、機能も、何もかもを封じる能力。今彼女がまともな状態にある事は考えられない。良くて植物状態。…いや、良くて、ではない。それが良い事かすら、和真にはわかりはしない。死んでいる可能性もある。そしてその方が良い結果、なのかも知れない。彼女が初めに望んだように。
 わからない。

 今に、なっても。

 …四年後、草間興信所。
 坂原和真は、相変わらずそこに居る。
 用が無くても時折は訪れる。依頼されればすぐにでも来る。
 …今日もまた、大して変わらない理由でそこに居る。
 探偵手ずから豆を挽き、淹れてくれた珈琲を、飲みながら。
 そう言えば、珈琲を飲む時に砂糖やミルクを入れなくなったのも――四年前、だったか。
「…何を考え事をしている?」
 ふと訊かれる。
 が――それは、答えを求めるような、言い方では無く。
 こちらが考えている事を、既に察して、気遣っているような言い方で。

 草間武彦は変わらない。

 四年前の依頼。
 あの『彼女』は、誰かが『自分を殺しに来る』のを待っていた――知っていた。
 あの『彼女』がそう言った時、探偵は、僅か痛みを堪えるような顔をしていた。『彼女』の言葉を、元々知っているような顔をしていた。それでいて、無抵抗を貫いた。
 …探偵は、俺に対して依頼人の詳細を濁していた。

 人を保護する依頼?
 違う。
 …恐らく、『逆』だ。

 だが、この探偵はそんな依頼は――幾ら金に困っていても、素直には受けないだろう。
 言い切れる。
 そうなると――探偵が、何かの思惑の上に別の目的を意図した依頼を受け、その依頼目的を敢えて伏せ――曲げて、俺に伝えた。
 封印の鍵を持つ、俺に、やらせた。
 …ただの人間の保護。そう言って。

 自分の一存で、あの『彼女』を、助けたいと思ったのか。
 …そう言う事なのだろう。

 そのくらい、察しが付く。
 言われなくても。
 例え本来無理であっても、出来る限り――『救われる』方法を探したい。…依頼された通りの仕事と言う『形』より、依頼に関る者すべての『心』の為に。草間武彦と言う探偵は、そちらを余程重視する。
 四年以上も付き合っていれば、探偵のそんな方針も見えて来る。

 …この探偵が珈琲に砂糖もミルクも入れなくなったのは――いつからなのだろう。
 不意に、気になった。

【了】