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<東京怪談・PCゲームノベル>


 『私をどこかに連れてって!』


 篠原美沙姫は、朝早くから起き、広大な屋敷の中を素早く、且つ上品に動きながら、他のメイドたちに的確な指示を与え、そして、自身の仕事も手早くこなしていく。
 と、そこに電話のベルが鳴り響いた。
 どのような用件であろうとも、長い間コール音を相手に聞かせるのは、礼儀に反する。彼女は小走りで電話に近寄ると、すぐに受話器を取り上げた。
「はい……」
『ああ。草間興信所の草間という者だが……』
 彼女が言い終わるよりも早く、相手が名を名乗る。相当焦っているのだろうか。だが、知っている名前と声だったので、美沙姫は穏やかに答えた。
「あら、草間様。いつもお世話になっております」
『いや、いつも世話になっているのはこっちなんだが……まあ、ともかく、今回もちょっと頼みたいことがあってな……』
「申し訳ございません。ただいま、家の者が都合により、不在でして……」
『げっ。そうなのか……おまえは手は空いてないか?』
 それを聞き、美沙姫は頭の中で今日のスケジュールを確認する。正直に言えば、やることは沢山あるのだが、自分の主人が懇意にしている草間興信所の依頼を引き受けない訳にはいかない。彼女は、他のメイドたちに任せる仕事の内容を一瞬にして組み立てると、穏やかに答えた。
「わたくしで宜しければお引き受けいたしますが……どのようなご用件でしょうか?」


 梅雨は明け、青空に燦然と輝く太陽が、熱気を辺りに撒き散らしている。アスファルトからは、陽炎が立ち昇っていた。
 道行く人々は、薄着をし、気怠い表情で歩いていたが、美沙姫は黒のメイド服にきっちりと身を包み、手には大きなバスケットを抱えながらも、涼しげな顔で、毅然と歩いていた。これも、一流のメイドになるべく、修行をした成果かもしれない。
 やがて、目的地へとたどり着く。
 草間興信所のブザーは、心臓に悪いほどの大きな音が響くので、ひと呼吸置き、心の準備をしてから、そっとボタンを押す。
「よぉ」
 暫く経って、疲れた顔で出てきたのは、興信所所長、草間武彦その人だった。普段は義妹の零が応対に出てくることが多いので、美沙姫は少し不思議に思いながらも、にこやかな笑みを形作り、丁寧にお辞儀をする。
「遅くなりまして、申し訳ございません」
「いや、いいんだ……とにかく中に入ってくれ」
「はい。お邪魔致します」
 武彦に促され、美沙姫は相変わらず古臭い部屋の中へと足を踏み入れる。
 その途端、電話の音が、耳をついた。だが、武彦は一向に出ようとはしない。
「あの……お電話、出なくて宜しいのですか?」
 美沙姫がおずおずと声を掛けると、彼は、溜め息をつきながら答えた。
「ずっと鳴りっぱなしなんだ……出ても『呪ってやる』だの『殺してやる』だの、『チャーシュー麺お願いします』だの、そんなんばっかで……」
「まあ。悪戯でしょうか?悪質ですね」
「いや、元凶は分かってるんだ」
 再び溜め息をついた武彦の言葉を聞き、美沙姫はすぐにその『元凶』に思い当たった。事情は既に聞いていたからだ。だが、口には出さず、黙って彼の後をついていく。
 すると、そこにはソファーに腰掛け、零とお茶を飲みながら、楽しげに話している少女の姿があった。
 肩までの長さの黒髪をし、前髪は、眉の辺りで綺麗に切り揃えられている。一見大人しそうに見える、目鼻立ちのはっきりした中々の美少女だ。ピンクのカットソーと、白いクロップドパンツという出で立ちだった。彼女が、武彦が電話で話していた、御稜津久乃だろう。
「零様、お久しぶりでございます。それから、御稜津久乃様でいらっしゃいますね?お初にお目にかかります。わたくし、篠原美沙姫と申します」
「あ、美沙姫さん、こんにちは」
「初めまして。ええと、篠原さん?聞いたことあるような……」
「わたくしがお仕えしているお家は、御稜家とご面識があるのです。もしかしたら、どなたかからお聞きになられたのではないでしょうか?」
「あ、もしかして……?前に、うちの使用人さんが、『あそこのメイド長さんは優秀なんですよ』って言ってました」
「そのようなお言葉を頂けて光栄です」
 家の名前は知られていても、中々メイドの名前までが話題に上ることはない。自分のやってきたことが認められたようで、嬉しかった。
「それで……そのメイドさんがどうして?」
 不思議そうに問う津久乃に、武彦は呆れたように肩を竦める。
「おまえは全く人の話を聞いてないな。今日一日、おまえの相手をしてくれる奴だ。わざわざ、メシの好みまで聞いただろ?」
「ああ、そういえば……てっきりさっきの電話の『友子さん、メシはまだかいの?』って言ってたお爺ちゃんの好みかと思ってました」
 それを聞き、武彦はがっくりと肩を落とす。
「まぁ、とにかくだ……さっさとここから出てってくれ!」


 美沙姫は、興信所を出た後、津久乃を郊外にある自然公園へと誘った。街中は不案内であったし、天気も良いので、気分転換にはちょうど良いかと思ったのだ。
 公園は広く、緑で溢れかえっている。初夏の木々は、生気に満ち溢れていて、眩しかった。
 園内に入ってすぐ、広場のようになっているところには、家族連れや、カップル、日光浴のためか、上半身裸で寝そべっている若者、木陰で本を読んでいる老人など、そこそこ人がいる。
「もう少し、奥に参りましょうか」
「はーい」
 津久乃が素直に返事をすると、周囲が突然ざわめき始めた。
「うわっ!草が!草が!」
「本が……!?」
「いや〜!何でツクシが生えてくるの!?」
「みなさん楽しそうですね」
 津久乃がそれを見て、無邪気に言うが、明らかに彼女の『体質』が招いたものとしか考えられない。
(お話には伺っていましたが……中々強力ですね)
 そう思いながら、美沙姫はひとつ呼吸し、手を一振りする。その途端、辺りの騒ぎは収まった。『使い人』としての能力を使い、精霊に働きかけたのだ。
「あれ?どうしてかしら」
 不思議そうに首を傾げる津久乃に、美沙姫は穏やかに微笑みかけると、手をそっと引いた。津久乃はまだ後ろ髪を引かれるようにしていたが、やがて、小さく頷き、歩き始める。

 やがて二人がたどり着いたのは、大きな樹が一本立っている、小さく開けた場所だった。周囲には、草花が生い茂っている。
「あら」
 美沙姫が小さく声を上げ、ひとつの草に近寄る。
「津久乃様、こちらに」
「はい。何でしょう?」
「これは、ローズマリーです。肉の鮮度を長持ちさせる効果があるので、肉料理によく使われるんですよ。肌を引き締める美容効果もありますし、記憶力を高める効果もありまして、津久乃様は学生さんでしょうから、ピッタリかもしれないですね」
「へぇ……」
「ローズマリーは、若い葉と茎の部分を使うので、ちょうど、今頃が収穫時期ですね。良い香りでしょう?」
「ホントですね〜」
 美沙姫がそう言うと、津久乃はローズマリーの葉を、鼻に近づけ、笑顔を見せる。
「あ、こちらにはペパーミントが」
「ホントですね。ミントの香りがします!……それにしても、篠原さん、葉っぱだけで良く分かりますね」
「わたくしは、英国で修行して参りましたので……あちらでは、ガーデニングが盛んですし、ハーブの知識があると、色々と便利なんですよ。ハーブティーにしたり、お料理に使ったり」
 感心したように言った津久乃に対し、美沙姫は微笑んだ。
「凄いですね!イギリスかぁ……イギリスって面白いですよね。私、一度だけ行ったことがあるんですけど、大英博物館のミイラが逃げ出して大騒ぎになったり、ビッグ・ベンの時計がデジタル表示になったり、セブン・シスターズが、エイト・シスターズになったり……」
「はぁ……」
 どうやら、津久乃の引き起こす騒動は、グローバルなようだ。彼女の仕業だと知られないのが唯一の救いかもしれない。
「とりあえず、あの木陰でランチに致しましょうか」
「やった!嬉しい!」
 津久乃ははしゃぎながら、美沙姫の後をついていく。
 美沙姫は、木陰にタータンチェックの入った布製のレジャーシートを広げると、バスケットを置いた。
「さぁ、どうぞお座り下さい」
 津久乃を先に座らせてから、彼女も静かに正座する。
「何でも良いと仰っていたので、英国式にしてみました」
 そう言うと、美沙姫はバスケットからまず食器を取り出すと、料理を並べ始める。ハム、ソーセージなどのコールドミート、サンドイッチ、ビスケット、デザート、そしてアイスティー。
「うわぁ、素敵!これ、みんな篠原さんが作ったんですか?」
「はい。精一杯のおもてなしをさせて頂きたいと思いまして、腕を振るいました。どうぞ、お召し上がり下さい」
「はい。頂きます!」
 美沙姫が笑顔でそう促すと、津久乃は早速サンドイッチを一口食べる。
「美味しい〜!篠原さん、お料理上手ですね」
「ありがとうございます。では、わたくしも失礼して、頂きますね」
 暫く、穏やかな時間が流れた。
 さえずる小鳥の声。
 風にそよぐ木々。
 空を漕いでいく白い雲。
「そういえば」
 アイスティーを飲みながら、津久乃が口を開く。
「郊外にある、どこかの自然公園って、戦国時代に激しい戦いがあって、人が沢山亡くなった場所らしいんですよ」
「そうなのですか……」
 唐突な上、おおよそピクニックに似つかわしくない話題である。
「それで、勝った方の大将さんが、負けたほうの大将さんの首を持って帰ろうとしたら、その首が、急に動き出して、地面に潜っちゃったらしいんです。それで、その後、そこから樹が生えてきて……今でもその自然公園のどこかにある大木からは、その大将さんの恨み言が聞こえるって噂ですよ。樹に近づくと、精気を吸い取られちゃうって話もあります」
「ええと……」
 非常に嫌な予感がする。
 美沙姫は、隣に立っている大木を、じっと見つめた。
 しかし、何も変わったところはない。ただの樹だ。
(まさか、そんなことは……)
 幾らなんでも、それは都合が良すぎるというものだろう。彼女は目線を樹から逸らすと、アイスティーをそっと一口飲む。
 しかし。
『嗚呼……口惜しや……』
 頭に直接響くような、か細く、不気味な声。
「あははははっ!」
 それと同時に聞こえる、津久乃の笑い声。
 慌てて視線を津久乃に、そして、大木へと移す。
 そこには、つぶらな瞳と、鷲鼻、大きな口をもった、どこかのキャラクターのような樹の姿があった。
『ワァーォ♪ワァーォ♪』
 そして、その前には、やはりつぶらな瞳と、半月形の口をいっぱいに広げて歌う、ぬいぐるみのようなピンクの花たちが三本。
「わぁ!何かお子さま番組みたいですね!」
「え、ええ……」
 突然絵本から飛び出してきたようなその世界に、頭がついていかない。美沙姫は、もう一口アイスティーを飲むと、軽く頭を振った。
『口惜しや……口惜しや……』
 声は地の底を這うように気味が悪いのだが、如何せん、見た目は『気の良いおじさんキャラクター』にしか見えない。
 しかし、大木からは禍々しい『気配』を感じるのも確かだ。このギャップは何なのだろう。
「あの……何がそんなに悔しいのでしょうか?」
 疑問に思った途端、それが口をついて出ていた。津久乃の話が真実なら、答えは分かりきっていたが。
『嗚呼……本来なら、お主らの精気を吸い取ってやるところなのに……この屈辱的な姿!其の所為で力が使えぬ……口惜しや……口惜しや……』
 美沙姫はそれを聞き、溜め息をついた。恐らくこれも津久乃の『力』なのだろう。だが、『精気を吸い取る』という言葉は聞き流せなかった。
『ワァーォ♪ワァーォ♪』
 ピンクの花たちは、その間も無責任に歌い続けている。こちらからは何も感じないので、オプションのようなものなのかもしれない。
「津久乃様、お下がりください」
「え?どうしてですか?」
「これから、『浄化』を行います。この樹をこのままにしてはおけません」
「ええ!?せっかく楽しいのに……」
 不満げにしている津久乃に向き直ると、美沙姫は凛とした表情を見せ、諭すように言う。
「このまま霊がとり憑いたままですと、この公園にいらっしゃる方々に被害が及ぶのですよ。目先の楽しさよりも、もっと全体的な利を考えねばなりません」
「そう……ですよね。ごめんなさい」
 そう言って、レジャーシートから立ち上がり、後ろに下がる津久乃に、優しく微笑んでから、美沙姫は手を一振りする。
 一陣の風が吹きぬけ、そしてそれは徐々に強さを増す。
『な……何を!?やめろ!!』
 『浄化の風』は大木をつむじ風のように巻き込み、眩い光を放ち始めた。
「貴方はこの世ならざる者。あるべきところにお行きなさい!」
 やがて、『風』が止んだあとには、大木の姿はなくなっていた。そして、地面には小さな若葉が。
 これから、それは立派な樹へと成長し、ここに鎮座して、歴史を見守ることだろう。
「篠原さん、凄い!」
 津久乃が手を叩いて喜んでいるのを見て、美沙姫はにっこりと微笑む。これで、この公園に来る者も安心できるであろうし、報われぬ想いのあまり、自らの身を樹木と化してまで現世に留まり続けた将軍も、あの世で安らかに眠れることだろう。
『ワァーォ♪ワァーォ♪』
 ――こちらのほうは、どうにもならなかったが。


「篠原さん、今日は本当にありがとうございました!凄く楽しかったです!」
 夕暮れが迫る中、津久乃がぺこりとお辞儀をする。
「こちらこそ、ありがとうございました。もし当家にお越しになることがありましたら、その時は、メイドとして精一杯のお持て成しをさせて頂きます」
「はい。ありがとうございます!……あ、そうだ!」
「どうなさったんですか?」
 津久乃は美沙姫の声が聞こえなかったかのように、手に持ったバッグを熱心に探ると、中から何かを取り出す。
 それは、手のひらほどの大きさの藁人形だった。紅い紐が、人形の首を絞めるかのような形でついている。
「これ、私の携帯ストラップと同じものなんです。良かったら、貰ってくれませんか?今日のお礼です」
「ありがとうございます」
 礼を言って受け取ったものの、どこからどう見ても可愛くはないし、センスの欠片もない。
 だが、突き返すのは失礼だと思ったのと、美沙姫の仕事は、精一杯の持て成しをすること。無愛想な藁人形に、『今日一日、とても楽しかった』、という津久乃の『想い』がたっぷりと込められているようで嬉しかった。
「大切に致しますね。では、帰りましょうか」
「はい!」
 そうして、二人は、公園を出る。
 空は茜色に染まっても、まだまだ暑さが残っている。
 本格的な夏は、もう、すぐそこだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【4607/篠原・美沙姫(ささはら・みさき)/女性/22歳/メイド長/『使い人』

■NPC
【御稜・津久乃(おんりょう・つくの)/女性/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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■篠原・美沙姫さま

初めまして。今回は発注ありがとうございます!鴇家楽士です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

わざわざメールで窓開け要請を頂き、本当にありがとうございました。

それから、申し訳ありません……危ない橋だとは思いつつも、お家のお名前だけなら、もしかして出しても大丈夫かと思ったのですが、やはり『未課金のPCの名前』に当たるようで、オフィシャルからリテイクが掛かり、お届けが遅くなってしまいました。念のため、プロフィール欄のお家のお名前も削除し、『メイド長』という表記だけになっています。どうぞ、ご了承下さい。

そして、津久乃と付き合うと、もれなく藁人形ストラップがつくことに……アイテム欄をご確認下さい。ご趣味でなかったら申し訳ありません……といいますか、好む方はそうそういらっしゃらない気もしますが(汗)。

あとは、少しでも楽しんで頂けていることを祈るばかりです……

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。