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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・暇〜



「お願いします! この通り!」
 頭を下げる田中裕介を前に、その女性は顔を引きつらせる。
「こ、困ります! ていうか、サヨナラ!」
 ささっと駆け足で去っていく女性。
 裕介はゆっくりと顔をあげ、悲しみに暮れた。
「うぅ……困った……」
 しくしくとしてしまう裕介は、街中を歩く人影に瞬時に反応する。
 あ、あの身長と体格、顔立ち、髪の長さは――――!

「月乃さん!」
 くるりと振り向く顔に、裕介は安堵した。
「やっぱり! 遠逆月乃さん!」
「…………なにか悪いものでも食べましたか? 口調が卑屈ですが」
 冷たい目で見てくる月乃の目の前で、裕介はどしゃあ! と音をたてて土下座をする。思わず月乃がのけぞった。
「この通り! お願いがっ!」
「お、お願い……?」
 怪訝そうな月乃の前で、裕介は決して頭をあげない。周囲からはかなり注目されていた。
「実は店でやる衣装会に、モデルが足りなくて」
「それが私になんの関係が?」
「モデルをお願いしたい!」
 ごづ、と額を歩道の路面にぶつける。頭をさげるとこういう結果になるのはわかっていたが、痛い。
「モデル……?」
 あからさまに嫌そうな月乃の声に気づき、裕介は汗を流した。
 月乃の外見から、こんな上玉をここで逃すわけにはいかない。
「この後の予定がなければ……ぜひ」
「予定はありませんが、私はあなたを助ける義理などありません」
「……この衣装会にかかってるんだ」
「は?」
「これを成功させないと、次の話がこない! どうか! 俺の店を助けると思って!」
 深く深く頭をさげる裕介が、ぐいっと引っ張りあげられる。
「恥ずかしい人ですね! こんな往来で頭をさげるなど!」
 怒りで眉の吊りあがった月乃が、裕介の左腕を掴んで引っ張ったらしい。
 裕介は月乃の手を強く握り締める。
「お願いです!」
「…………あなたの店は、衣料品のお店なのですか?」
「ああ!」
 笑顔満面の裕介を前に、彼女は首を傾げた。
「…………残念ながら、その了承は今すぐできかねます」
「そんな……」
「あのですね」
 月乃は人差し指を立てた。
「あなた、肝心のことを何もおっしゃっていませんよ? 衣装会をするからモデルをしてくれ? それは、話し合いをするから参加してくれと、同じことじゃないですか」
 真ん中だけ語ってもダメ。ちゃんと全部説明しなさい。
 彼女はそう言っているのだ。
「衣服はこっちで用意してる」
「そんなことは訊いてません」
「時間がないんだ!」
「着る衣服にもよります」
「…………じゃあ、ものによっては着てもいいと?」
「状況にもよります」
 平然と言う月乃の手をまた握り、ぶんぶんと上下に激しく振った。
「ありがとう! ありがとう月乃さん!」
「…………」
 無言で成すがままだった月乃は、キッと眉をあげる。
 ごっ。
 裕介の脛を、彼女のブーツが見事に蹴った。

「……なんですか、これは」
 店へ到着して衣服を渡す。目の前で広げた月乃は、明らかに呆れたような顔をした。
「メイド服。オーソドックスなのだけど」
「そういうことを訊いているわけではありません。あなたの衣装会では、召使いを披露するんですか?」
「いや、その衣服を披露する」
 あっさりと言った裕介に、月乃は衣服を放る。慌てて受け取る裕介。
「……なるほど。あなたはかなり感性がズレているということですか」
「?」
「私は侍従や召使いの格好はしません」
「そんなこと言わず……。これは別にそういう意味じゃなくて」
「あなたの自己満足に付き合う必要が、私にありますか?」
 フンと鼻で息をする月乃は、腕組みをして冷ややかにこちらを見ている。
 衣服を見て「かわいい」ともなんとも感想がない。どうやら彼女は衣服には興味はないようだ。
「男の浪漫、という人もいる」
「その浪漫は、偏った嗜好では? だいたい、なぜメイド服など披露するんです?」
 やって来るのは侍女を希望なのか?
 そういう月乃を前に、裕介は困った。
「あの……かわいいと思うんだけど、服は」
「私の価値基準では、あまり高い評価は出せません。動き難い。実用性がないです」
「着てくれるだけでいいから!」
 ばっと衣服を持った手を月乃に突き出す。
 月乃は目を細めた。
「あなた、わかってないんですね」
「え?」
「こんな衣服を着て、万が一にでも憑物に襲われたら……責任はとれますか?」
「…………」
 無言になる裕介は、手をおろす。月乃は憑物に狙われている。それは、今この時にも。
 肩を落とす裕介を見て、月乃は少し視線を伏せた。悪いことを言ったかな、と表情に出ていたがすぐに消える。
「つまりは、これを着る女性がいればいいんでしょう?」
「え?」
「私は無理ですが、別の方法でなら……」
「それは?」
 月乃は嘆息した。
「式神を使う、または幻惑で目を欺く。他には傀儡で人の思考を操る」
「ぶ、物騒な方法ばかりだな……遠逆が着てくれれば万事解決だと思うんだが」
 簡単な答えのはずだ。
 裕介の言葉に月乃は冷笑してみせた。
「では問いますが、あなたに、突然動き難く、また奇妙奇天烈な衣服を持っている方が『着てくれ』とせがむとしたら、着ますか?」
「着る」
「ふふっ。なるほど。では、妖魔の皮を着ろと言ったら?」
 皮?
 裕介が無言で冷汗を流した。なんだか気持ち悪い想像をしてしまう。
「内側は生暖かく、外はひんやり。どうです? 冬を快適に過ごせる一品ですよ」
「つ、月乃さんは、じょ、冗談が好きなんですかね」
 笑みを浮かべる裕介。
 月乃は無表情になった。
「実際にありますよ、今のは。ちなみに着ると呪われる。さて、着ますか?」
「…………」
 無理なことを言う。
 否、と答えるしかないと思うが。
「意地悪が過ぎましたね」
 月乃の言葉に裕介は小さく頷いた。
「だいたい、他所様で衣服を脱ぐことなどできません。鎧を脱ぐのと同じです」
「そんな大げさな」
 しゅっ、と裕介の頬の皮一枚手前で、漆黒の刀の先端が止まっている。もちろん持っているのは月乃だ。
「油断をすることは、私にとっての死を意味します。まあ、あなたは単に私にこの衣服を着せたいだけなのかもしれないですがね」
「本当にピンチで……!」
「誰も嘘だとは思ってませんよ。そんなにピンチなら、ご自分で着ては?」
「は?」
「人間の目を欺くなど、容易いものですよ。あなたが、私に見えるような細工をしてさしあげましょうか?」
 思わず青ざめて笑みを引きつらせる裕介だった。ここまで悪意をはっきりと見せてくれるという人も、珍しい。
「私よりも適任者がいます。そちらの姿形のほうが、この衣服も似合うでしょう」



 モデルは全て10代から20代の女性であった。人数は月乃を入れて6人。
「…………」
 目を細める月乃は呆れたように裕介を見た。
「見栄えが大切なのはわかりますが、あなたの趣味が反映されているように見受けますが」
「趣味って?」
「…………変態ですか、あなた」
「なんでそんなこと言うんだ」
「どこかの雑誌で拝読しました。世間一般の男性は、こういう嗜好はしていないと思います」
「そんなことないと思うけど。やっぱり、現実と離れたところを見たいというのも悪くない」
「それは現実逃避と言います。偏った趣味の反映は、あなたの視野を狭くするでしょうね」
 悪意を感じる発言であった。
 月乃は裕介の横にいる。舞台にはいない。
 彼女は結局メイド服を着なかった。だが舞台には人数が揃っている。
 月乃には劣るが、やはり可憐な少女が居た。月乃が着るはずだった衣服を着込み、ぺこりとおじきを裕介にしてみせた。
 裕介はそら恐ろしくなる。
 実際に生きているとしか思えない。
 月乃の足もとには影がない。そう、彼女の影で作り上げたものだ。それを、幻惑の術で全員の目を欺いている。
 最初は大反対した裕介だったが、出来上がった少女にしばし見惚れてしまったのも事実。
 おしとやかで、可憐で、肌も白くて。属性で言うなら『妹』かもしれない。月乃より小柄だ。
 大事に大事に育てられた、一輪の花だ。しかも小さな。
 明らかに刺だらけの植物の月乃とは対極に存在するような少女であった。
「あれ、誰かモデル?」
「もちろん。妖魔退治の時に出会った少女です。控えめで可愛い方でしたよ」
 疲れたように呟く月乃は、腕組みしている。
「……本当なら、着てあげるのが最善の方法だとはわかっていたんですが生憎と、肌をさらすのは避けていましてね」
 単なる『着替え』では済まないという月乃の口調だ。
(なにか……あるのか?)
 普通なら困ったら着てくれるものだ。誰だって。
 だがそこに、月乃は当てはまらなかっただけだろう。
 濃紺の制服は肌をさらすのを否定するように重い。舞台の上のメイド服と見比べて、裕介は「ああ」と納得した。
 あれは裕介のモノだ。月乃のモノではない。そこが決定的な違いだ。
 月乃の衣服は、その布地や糸の細部まで…………重い護りが染み込んでいた。
 二重結界という言葉が裕介に浮かぶ。自身の周囲と、そして衣服。これは攻撃を防ぐためではなく、気配を殺すまじないだ。
(……そうか。自分のモノじゃないから、まじないをかけるわけにはいかないから、か)
 衣装会は無事に終了した。
 参加した少女たちが月乃に声をかける。裕介は衣装のことについて真剣な話し合いを始めた。
 月乃は迷惑そうな顔をするや、裕介に近づいて言い放つ。
「もう終わったのでしょう? なら、私は帰らせてもらいます」
「あ。せっかくだから、意見をもらいたい。今後、どういう衣服がいいかってことの参考に」
「…………」
 冷笑だった。
「そういうのは、一般の方に訊いてください。私では参考にはなりませんよ」
「そんなこと言わずに」
「私は衣服には興味などありません。着られればいいですから。むしろ、そんなに衣服に情熱を傾けるあなたの思考は理解しかねます」
「服に興味がないのか?」
「ないですね。一般人の思考を当てはめないでください」
 ひらりとスカートをひるがえし、月乃は店のドアを開ける。逆光でその表情は見えない。
「あなたは身を飾る衣服。私は消耗品としての衣服。そういう認識の違いでは、いいものはできませんよ」
 ご健闘をお祈りしておきます。
 そう言うやドアが閉められた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1098/田中・裕介(たなか・ゆうすけ)/男/18/孤児院のお手伝い兼何でも屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、田中様。ライターのともやいずみです。
 月乃は人前で衣服を着替えることを好みませんので、こうなってしまいました。申し訳ないです。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。