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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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失った横笛の声
何度来ても慣れないだろう。
この店を表現する言葉といえば、『異様な雰囲気』以外に思い浮かばないのは、語彙が少ないからといった理由で完結させる事なんて出来ない。
とにかく異様なアンティークショップへ来た理由は、何故だかふらっと呼ばれたような気がしたからだ。時たまこんな事があるのだ。
辺りを見回すと、どれもこれも決して綺麗だとか美しいというような言葉はしっくり来ないものも多々ある。
しかしそんな中、ふと目に留まったものがあった。
「……フルート」
銀色のその姿は、少し錆びていて、けれど僅かな店の明かりが映り輝いていた。どこか吸い寄せられるようにフルートを手に取ると、確かに重みもある本物の楽器だった。
物音に気がついたのか、はたまた気まぐれか、奥のカウンターに座るこの店の女店主が重たそうに顔をあげ、手の中にあるものを見つめて口を開いた。
「そいつはね、面白いフルートだよ」
「面白い?」
突拍子もない言葉に、首を傾げるしかなかった。
そんな姿に蓮は喉の奥で笑い続ける。
「持っていってみるかい? そいつはどんなフルートの名手でも音を奏でることはないのさ」
「音が鳴らないフルート?」
「そうさ。ごく普通のそこらで売っているフルートなのに」
「……どうして」
「さぁ、調べて見るかい?」
蓮は一度だけ笑みを見せると、それ以降、口を噤んでパイプをふかし始めてしまった。
それから数分も立たない後、その店に新しい姿が現われた。
聞きなれた乾いた音のベルを鳴らし薄暗い雑然とした骨董品店に足を踏み入れる。
店に現れたのは黒髪に緑の双眸を携えた女性、泰山府君・一である。
凛とした姿に一見青年を重ね合わせてしまうが、れっきとした女性であり、中華風の衣装、そして甲冑を纏っていた。
「蓮殿?」
普段は人気のないシンと静まり返った店内に、誰かがいたような気配を感じ、泰山府君は辺りを見回す。
丁度その時、蓮がカウンターから姿を現した。
「久しいな、蓮殿。誰かいたのか?」
「あぁ、丁度今出て行ったところだよ。ちょっととある品の事でね」
それはどのようなものなのか、蓮によって伝えられたフルートの件に、泰山府君はしばし考え込んだ後口を開いた。
「その”ふるーと”とやらは今どこに?」
「シュラインが持ってるよ」
「……合流したいのだが」
「フルートを持ち込んだ相手と会う予定だ。この日、ここへ行けばいい」
蓮は小さな端切れに日時と場所を書き記して渡してくれた。
指定された期日、小さく、あまり人の気のない喫茶店。
相手はどのような人物なのかわからないため、とりあえずシュラインの姿を探した。
ふと目の前に黒髪の赤いシャツを纏った背の高い女性を見つけ近づき声をかける。
「シュライン・エマ殿」
驚き振り返った女性の青い瞳と自分のものがかち合った。しかしすぐに穏やかなものへと変わって行き、小さく微笑んだ。
「あら、久しぶりね。どうかしたの? こんな所で」
「蓮殿に聞いてこの場所を教えてもらったのだ。我もそのふるーとに興味があるのでな」
「そうなの? じゃぁ丁度いいわ、もうすぐ相手が来るはずだから」
天井には大きな四枚羽のシーリングファンがゆっくりと回転し、濃い茶色の落ちついた色合いで作られた木の椅子とテーブルが並ぶボックス席が並ぶ。
程よい音量で流れるピアノのBGMが耳に心地良い。
「すみません、シュラインさんと泰山府君さんでしょうか」
突然脇から降りかかった声に顔を上げると、そこに立っていたのはどこにでもいそうな二十代後半から三十代前半のサラリーマン風の男だった。
「それで、そのフルートはどこで手にいれたの?」
「実は……知り合いから貰った物で……」
「知り合い?」
「はい、というか、知り合いのものというか」
「要点を得ないわね。一体何がどうしたのよ」
口ごもる男にシュラインが少々冷たく言い放てば、一瞬肩をすくめ怯えたような態度を取ったものの、その後ゆっくりと言葉を紡ぎだした。
あまり長くはない語りの後、仕事があるからと男は喫茶店を足早に去って行った。
「……何故手放す。我には理解できぬ」
そっと呟くと、隣に座ったシュラインも同じように頷いた。
* * *
泰山府君は翌日、シュラインからフルートが調整を終えたとの連絡を受け、彼女の家まで赴く事になった。
出迎えてくれたシュラインの部屋の中、小さなテーブルの上にふるーとはあった。
まだ多少錆びや傷は癒えていないものの、確実に音は鳴りそうなもの。
「これがふるーとというものか」
「フルートの曲をDLしていろいろ聴かせてみたんだけど、ほとんど反応はなかった。だけど一曲だけ、何となく反応してるような気がするものがあるのよ」
「……ほう……そうなると、ならば我が見よう」
「どうするの?」
「このふるーとには、恐らく持ち主の魂が宿っている」
ケースから取り出し、頭部管、主管、足部管をはめ込んだシュラインは、そっと差し出した。
壊れ物を扱うように受け取ると、一度硬く握り締める。
すると突然、まるで空間が変化してしまったかのように肌にまとわり付く空気が変わる。
ぼんやりと、そして次第にはっきりと、窓を背に何者かの姿が浮かび上がった。
小さな小さな泣き声と共に。
淡い桃色のTシャツとジーンズというラフな格好に、切りそろえられた黒い髪。
俯き両手で顔を覆ったまま、泣き続ける大学生くらいの女性の姿がはっきりと見えた頃、泰山府君は彼女の目の前に身体を移した。
「そなたがこの笛の持ち主か?」
声を出す事はせず、ただこくりと頷いた。
「どうしたの? 何で泣いてるのよ」
暫らく泣きじゃくる声しか響かなかった部屋の中で、僅かに聞こえだした女性の言葉は酷く震えて聞き取りづらい。
「わっ……たし……私まだっ…まだフルート吹きたいのっ…」
一度顔を見合わせた二人は、再び質問を紡ぐ。
「この笛を吹きたくて、その、なんていうの? 成仏、出来ないって?」
「私っ……明日留学するはずだったのにっ……!!」
「明日?」
「私が交通事故で死んだ、次の日……」
女性の声が次第に安定していく。
ゆっくりと顔を上げると、泣き腫れた黒い瞳はただ一点、手の中にあるフルートを見つめていた。
「留学したいの?」
シュラインの問いに、一瞬静寂が訪れるが、すぐに女性は首を振る。
「諦めてる。わかってるの、私はもう死んでるって」
「ならば、何をすればいい。出来る限りの協力はしよう」
その言葉に、女性は泣きはらした顔でふわっと笑った。
悲しそうで、それでも嬉しそうな顔。
「吹きたい。もう一度だけ、吹きたいの、大切な……私の大好きなお母さんのその形見で!!」
「……そうか、このふるーとは……。ならば、我の肉体を使えばいい。そして好きなだけ、奏でるが良い。我も心の中でその音色を聞いていよう」
「観客は二人だけど、是非演奏会お願いするわ」
もう枯れ果てたはずの涙が、再び彼女の頬を濡らした。
* * *
「持ち込み主が彼女の彼だったなんて……今でも許せない」
「清算したかった、だそうだが、我には理解できぬ。何故共に埋葬してやらなかったのか」
あの女性は、シュラインがDLして反応を見せたというとある一曲を心から楽しそうに、嬉しそうに奏でた後、ありがとうとつぶやいて消えて行った。
音色はどこか流れるように美しかったけれど、やはりどこか悲しげだった。
そして、店に戻った二人は、事の次第を蓮に報告した。あのフルートと共に。
苦々しげにシュラインは言葉を吐き出した。
「音が出ないんで気味が悪かったそうよ」
「まぁ、遠距離恋愛なんて最初からする気はなかったんじゃないのかい? そんなやつに持っててもらうよりは、こうして気分を晴らせた方がよかったかもしれないよ?」
「我もそのように思う。だからこそ、男の話はしなかったのではないか?」
「……強いわね、あの子」
本当に美しく奏でられていた。
フルートを心から愛して、楽しんでいたのだという事が音色から痛い程伝わってきた。
『シチリアーノ』
我もこの曲を手に入れてみようかと思う。
**END**
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3415 / 泰山府君・― / 女性 / 999歳 / 退魔宝刀守護神】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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初めまして泰山府君・一様。
遥海夕希と申します。
この度はご依頼ありがとうございます!
締め切り間近で、こんなにもギリギリになってしまい、
本当に申し訳ありませんでした!!
とっても細かくプレイングを書いてくださったので、
ものすごくやりやすくて、楽しかったです。
ご期待にそえたものが出来ているかどうか、とっても不安ですが、
自分なりに精一杯頑張らせていただきました。
今後も皆様に楽しんでいただけるよう、日々努力いたしますので、
もしもまた機会があれば、またどうぞよろしくお願いいたします。
それでは、読んでくださりありがとうございました。
遥海 夕希
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