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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


魔ヲ導ク書
●草間興信所ニテ
「いや、誰も信じないだろう? そんなヨタ話」
 草間・武彦は、咥えていた煙草を灰皿に押し付けた。
「オカルト専門の雑誌だって、信憑性がありそうな話を書くもんだ。いくらなんでも……」
「信じる、信じないは関係ありません。事実です」
 ぼやく様に言う草間の言葉を断ち切るように、目の前の椅子に腰掛けた女性は言う。
「そして、貴方のする事は私に文句を言う事などではありません。受けるか、受けないか―いえ、協力者を呼ぶか呼ばないか、です」
「…受けない、って言う選択肢は無いと?」
「ありますが、貴方がそれを選んだ際は機密保持の観点から、貴方の身を拘束させていただきます。」
「……これだからIO2の仕事は……」
「報酬は約束させていただきますが? 預金高は伺っていますよ」
「どこで調べてくるんだお前ら……」
 黒服とサングラスを身に着けた女性は、一片の笑みすら零さずに、うめくように言う草間に問いを投げる。
「それで、受けてくださるのですか?」

●書類
・古書店の主人が死亡
――死因は心臓麻痺 店主には持病は無く、病院への通院暦もここ10年の間は無かった。また、古書店は主人の息子に管理が委託される。息子は在庫を確認した後、改めて操業を開始。
・警察が捜査を開始
――主人の不審な突然死を捜査…身寄り・交友関係などへの聞き込みを行う。
・古書店が廃業を起こす
――主人の不可解な死から、客が寄り付かなくなった事が原因と思われる。主人の息子は行方不明
・警察、IO2に調査を委託
――店主の死亡要因となるものが発見できなかった事から、今回の事件が怪異関連と判断。IO2に全面的に調査権が移行する
・IO2が調査を開始
――息子失踪直前の在庫記録と在庫を比べた結果、一冊の本が紛失していることが分かる。IO2はこの本が何らかの力を持った魔導書の一種であると判断。息子の捜索に捜査官を1チーム派遣する。
・捜査官チームからの連絡が途絶える。
――「古書店元主人の息子を確認。鉄製の黒く、分厚い本を所有」を最後に、連絡が途絶える。IO2は捜査官チームの最後に連絡してきた、山間の村にバスターズを派遣する事を決定。突発的な事態に対応するため、民間組織より別途捜査部隊を編成する。

●草間カラノ電話
「あぁ、すまない。俺だ、草間武彦だ。なにやら厄介な事件を受ける事になってな。ちと頼みたい事がある」
――何か紙をめくる音。
「受けてもらえるなら、後で書類を送るが……どうにも変な連中と戦闘をしなくてはなら無い可能性がある。……IO2のバスターズと同行らしいが、どうにもキナ臭くてな。連中、突発的な事態が起こる事は確実と考えているフシがある。連中にも気をつけた方がいいかもしれん」
――紙をめくる音が止む。
「報酬は前払いで四割らしい。受けるのなら、あっちに連絡を入れてくれ。番号は―」
――11桁の番号 携帯電話のものと思しき電話番号が告げられる。
「とりあえず俺は捜査官と先に、近くの村まで行っている事になった。被害を確認、とか言っていたが……バスターズを待ってからにすればいい者を……」
――咳払いの音
「すまん、愚痴だったな。まぁ、そんなわけだ。書類は……零から送らせる。すこし不安だが、大丈夫なはずだ」
――苦笑の声が混じる
「――厄介を持ち込んで悪いが、頼まれてくれるか?」


 苦笑を殺し、真面目になった声を届かせて電話は切れた。この後、草間武彦からの連絡は届いていない。

●調査
「随分、理性的ですね…」
 依頼を受けたセレスティ・カーニンガムは、草間・零から送られた書類に目を通すと、首を傾げた。
 息子が謎の失踪をしているという事。店主が不可解な死を遂げている事。この二点から店主の死に、息子がなんらかの関係を持っていることは明らか。しかし、主人の死は魔導書と関わりがある、と言う仮定を初めに敷いたとしても、彼の死にはいくつかパターンが考えられる。
 店主が魔導書の扱いを間違えた事により死に至った可能性。そして、店主の息子が魔導書の活力とする為に店主を犠牲とした可能性。
――息子が魔導書を手に入れた時期次第…でしょうか……――
 店主の息子が書を手に入れ、主人を犠牲としてから閉店処理を行う、と言うのは明らかにおかしい。力に魅入られた者が、理性的な行動を取れるわけは無いし、現在失踪している事を考えると、理性的に行動していたわけでも無い。つまり、息子は閉店処理中に魔導書を手に入れた、と言うことになる。
――つまり、店主は魔導書扱いを間違えた事で死亡した、と言うこと――
 もっとも、手に入れた魔導書を『理解』しようとして、発狂をしてしまった可能性もある。一般人にとって、『知識』など猛毒に等しいのだから――
 次に、セレスティは、書物の特徴について思う。鉄製の黒い書物と言うと、脳裏に浮かぶのは有名な部類に入る――オカルトに詳しい一般人ならば聞いた覚えがあると言うぐらい――魔導書が思い出される。
 題名を『妖蛆の秘密』。屍を動かすこともあると言われる魔術書である。
――魔導書の力に魅入られているのなら、その魔術を試してみたいと思うはずです――
 セレスティは古書店を中心として、魔術行使が行われたと思しき現象を探すための調査を開始した。

●古書店ニテ 
 草間・武彦との連絡が取れなくなった日。古書店では内部の調査が行われていた。
 怪異を原因とすると思われる事件が起こった現場。ここではIO2から依頼をされているのか、数人が帳簿と在庫を見比べていた。
 ラクス・コスミオンと榊船・亜真知が調査の為にこの古書店を訪れると、店先では一人の男――三十前後だろう――が、どこかに電話をかけている様子が目に映った。
「――はい、名称はDe Vermiis Mysteriis…妖蛆の秘密となっています。ただ……」
「あの、よろしいでしょうか?」
「少々お待ちを……はい、どうも、ラテン語ではなく…翻訳済みの可能性があります」
 声を掛けた榊舟に、電話をしていた男は奥で作業を行っている20代前半程度に見える若い男に手招きをして呼び寄せた。
「少し頼む……えぇ、訳者については書かれていなかった模様です」
「了解です。さて、お二……お二方は、どちら様で?」
 やってきた男は、ラクスに目を落とした時、一瞬言葉を言いよどませたが、すぐに気にならなくなった様に見える。
「草間さんからの依頼を受けてきたものですわ。こちらの人が亡くなったと言う現場を見せて頂けないでしょうか?」
「あぁ、怪奇探偵の……しかし、こちらも調査中ですので、後日調査結果をお伝えする、という事にはならないでしょうか?」
「どうしても今うかがいたいのですが…」
「そう言われましても…こちらも上から至急調べろ、と言われておりまして……」
「おい、どうした?」
 電話連絡を終えたのか、初めに出てきた男が再び顔を見せた。
「あ、蔵原さん。どうもこの方々が中を見たいらしく……」
「…構わん。どうせ俺達に調べられるのは、後は他の本に異常があるかどうかだ。あっちに人が入っても問題ないだろう」
「はぁ………」
 蔵原と呼ばれた男は、そう言って若い男を黙らせると、顔に愛想笑いを浮かべながらラクスと榊舟に声をかける。
「気が利かないヤツですみませんね。どうぞ、こちらです」
 男が示す古書店の奥。その場所からは、明らかに『何か』がいた事が感じられていた。

●文献・調査 
 依頼を受けたあくる日。綾和泉・汐耶は、近くの町の役場に備えられた図書室に顔を出していた。もし戦闘が起こった時、問題の村における土地勘が無い為に不利に陥らないようにしようと思ったからである。しかし、綾和泉はどこに行けば調べられるか、と聞いた男の司書から、妙な情報を耳にする。

 ―……しかし、最近あの村で何かあったのかね? この間も調べに来た人がいたし……派出所とも連絡が取れないとか。……やだね、なにか祟りでもあるのかね……―

 中年も半ばを過ぎたように見える司書は、首をかしげながら言うと、元の仕事に戻っていっていた。
 何かが起こっている…もしくは、起こっていた。どちらかははっきりしないが、最悪の状況すら考えられる情報である。しかも、関係が考えられているのは
「妖蛆の秘密。本当に関係しているのなら、これ位の事が起こっても不思議じゃないわ」
 眷属の妖蛆を産み出し、死者を下僕とする力を秘めるこの魔導書の示す怪異に巻き込まれた時。一般人は絶望的な災害に遭ってしまったと自らの命を覚悟する事しか出来ない。不意を討たれてしまえば、能力を持つ者も危ない危険性がある――もっとも、使い手の技量次第とも言えるわけであるが。
 また、この場所に来る前に手に入れた情報によると「古書店で取り扱われた本の題名は間違いなく『妖蛆の秘密』であった」とされている。そして、曰く「ラテン語ではなく、翻訳済みの物」。原本でないことは幸いであったが、似た能力を持つ写本であるのならば、心配は増す事はあっても減る事は無い。
――これ以上、心配事が増えないといいけれど――
 綾和泉はため息まじりに、目的の村の本に手をかけると、素早く目を通し始めた。

●車中ノ報告 
「…現地は数日前から電波が通りにくくなっている…ですか?」
 指定された集合地へと車で移動をしているセレスティ・カーニングに、妙な情報が届けられた。
 草間武彦の足取りを追った所、彼の消息を辿れなくなった場所は、集合予定地の一つ先の村。今の世の中でも、山間の村ともなれば、圏外になっている村は多いが、村おこしを進める前準備としてその村には携帯電話の受信局を誘致していたという。つまり、本来は圏外になるはずの無い場所なのである。
――何かの結界のような物が張られているのでしょうか…――
 街の中にいた時からやや暗かった空は、いつからか藍色の顔を車の窓から外を見るセレスティに見せている。
 しかし、疑問はある。電波は本来古代において考えられる事も無かった物のはず。つまり、魔術師が書いた魔導書には、電波を妨害する事が出来るような魔法など存在しているはずが無い。もっとも、魔術師が書いたのではなく、遥かに文明が進んだ世界の住人がしるしたという事ならば、電波も防ぐような結界についても書かれているのかもしれないが。
 また、このような電波が通じなくなっている場所は、問題の村だけではない。セレスティが調べさせていた、怪異の痕跡―行方不明になったIO2捜査官チームの足取りとこれは一致した―のあるところ全てに、この現象が起こっていた事がはっきりしている。村以外の『圏外区域』は、現在はすでに消滅しており、あくまでも怪異の痕跡の一つとして噂されているだけだが。
「…偶然の一致であればいいのですが」
 自分でも信じられないような事を呟くセレスティを乗せ、車は山を目指して走っていく。

●村ニテ 
「…一人で来たのですか?」
 指定された集合地に着いたシュライン・エマに、後ろから声がかかる。
 電話と同じ声に、エマが後ろを振り向くと、黒服にサングラスといったIO2捜査官の制服に身を包んだ女性が立っていた。
「他の人もすぐに来ると思うわ。一緒に話を聞いたわけじゃあ無いから断言は出来ないけれど。それより、あんたが電話の?」
「えぇ、IO2捜査官の…いえ、貴女にはもう見当がついているようですのですし、この役職を言う必要はありませんね」
 女性は黒のサングラスを外し、顔を外に現しながらエマに向け一礼をする。
「初めまして、シュライン・エマ。蒼井・明良と言います。貴女の事は、暮居から聞いて――」
「ちょっと待って」
 エマは蒼井と名乗った女性の口上を遮り、疑念を口に乗せる。
「本当にあんたの独断なの?」
「はい。そして、貴方達を餌とする予定も確かにありました…が、もはやそれは無意味」
「無意味?」
「その考えでほとんど間違いはありません。『餌』などは必要ないのです。貴方達にして頂く事は、少しだけ変わっています…他の人が来たら、お話しすることにしましょう」
 空は、今にも何かの刺激で泣き出しそうにしていた。

●宴ノ予告 
 日が落ち始めた時刻。集合場所には、依頼人・綾和泉・エマ・セレスティの計四人の人影があった。
 蒼井・明良と名乗った依頼人の女性は、自分が今はIO2職員として動いていないと言う事を三人に対して告げた。
「もちろんこれには理由があり――」
「それよりも、目標を教えてもらえる? あなたの、ではなく依頼の。時間が無いのでしょう?」
「そうですね。その話をしていたのでしたね……」
 暗くなり始めた空の下。エマの言葉に呟きを返しながら、蒼井は何かを迷うような表情を浮かべた。辺りには、湿り気の混じった気持ちの悪い風が吹き始めている。
「やって頂く事は単純です。問題の人物が居る村に行き、被害状況及び発生している現象を確かめて頂く事……おそらく、戦闘となりますが」
「怪異を封じる事が目標ではない?」
 綾和泉が首をかしげる。
「状況次第です。相手と遭遇した時、闘争が不可能ならば、怪異を破壊する事が目標となるでしょう……後は移動しながらお話致します…セレスティ・カーニングでしたか?」
「はい? 何でしょう?」
「すこし、移動をします…車で来ていましたね? 貸していただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「車を、ですか?」
 それほど移動をするのか、と言うセレスティの言葉に蒼井は頷きを返す。
「はい。まずは、先に行っている草間・武彦とIO2バスターズ達の元へ」
「武彦さんは無事なの?」
「無事、ですよ。シュライン・エマ。彼が連絡を取れなかった理由は――」
 その場に居る全ての者に『何か』が纏わりつき、通り過ぎていく

>>世界に、違和感が生じた>>

「…手が、早くなっている……。シュライン・エマ、今、携帯電話を見てください。草間・武彦が連絡を取ることができなかった理由が其処にあります」
 携帯電話の液晶に、圏外の二文字が踊っている。
「異界……いえ、結界ね。連絡を取れないわけね……ちょっといい?」
 何が起こったのかを確認しながら、綾和泉は蒼井に声をかけた。
「IO2は、これに心あたりある?」
「そのことに関しては、綾和泉・汐耶。IO2の機密事項に該当するため貴女に教える事はできません――が、別の言葉で答えに換えさせていただきます」
 一息をつきながら、蒼井が綾和泉に体を向ける。
「私の知人が、このような事を行える相手を良く知っています。IO2でも、その人物は危険人物として注意をしています」
 本当は、この様に言ってもいけないのですが。と、薄く自嘲の笑みが浮かぶ。
「セレスティ・カーニング。車はどちらですか? どうやら本当に急がなくてはならないようです」
「了解しました…こちらです」
 話の間、どこかに連絡を取ろうとしていたセレスティは、ため息をひとつ着くと先頭に立って歩き始めた。

 どこからも音の聞こえない、奇妙なほどの静寂の中。4人の進む音だけがしていた。

●魔ノ現レシ場ニテ
 死地に見えた。
 何人かの男達が調査活動を行っている書庫は、榊舟とラクスの眼には、死地以外の何者にも見えなかった。
 魔が自分の存在を打ち消そうなどの配慮を一欠けらもせずに現れ、部屋に充満するほどの気配を撒き散らし、呪を紡いだ事が一目で理解できる。
「良くばれなかったものですわ…」
 榊舟は、思わず感心するように呟いた。
 すでにかなり薄くなっているものの、まだ残っている魔の気配に顔をしかめながら、榊舟がつぶやく。彼女の目には、気配が濃くなっている場所が店主の形になっている様子がはっきりと見えていた。今見える量から判断しても、古書店の外に漏れなかったのが奇跡としか言いようがない。
――誰もこのあたりに詳しい方は居られなかったのでしょうか――
 榊舟はふと疑問に思う。ここまであからさまに気配を振りまいている書物が手に入ったら、一般人でもこれに疑問を持つのではないか? と。自身は、神さまと呼ばれる存在である為に想像はできないが、さすがに妙だ、とは思ったのではないだろうか。
「よほど……の方でしょうか……? ラクス様はどう思われます?」
 疑問を口にしながら、榊舟が横のラクスに視線を移すと、そこでは夢を見ているような彼女の姿があった。
「ラクス様?」
「え? あ、はい。何でしょうか?」
 思わず触れながら声をかけると、ラクスが目に焦点を持つ。
「ここに現れたのは、どのような方か…と思ったもので……」
「黒い人でした」
「黒……?」
 見てきた様に言うラクスに、榊舟は不思議そうな顔を浮かべる。
「こちらの店主様に書を売った方、そして魔が出て来た時に現れた方、こちらの息子さんが書を手に入れ、魔に魅入られた時に現れた方。どれも全て同じ方です。書の『理解』をさせ力を持たせ、息子さんを連れて行った人。黒い服に身をつつみ、顔を隠すフードの下で薄笑いを浮かべ、全身から魔力を匂わせる人間とは思えないような人」
 過去にその場所で起こった事を見通す魔術、過去視。ラクスが行使しているのがそれだ。適正が必要と言われる魔術ではあるが、独自の魔術すら持つラクスにとっては、不可能な術ではないのだろう。
「…そう、ですの…」
 榊舟には、ラクスが何の魔術を行使しているのかは分からないが、彼女が事実を言っていると言う事は理解できる。なにせ、目の前の視界で広がっている事実が、ラクスが言うような人物があらわれた事を裏付けるからだ。
「その人は、きっと―」
「今も息子さんのそばに居るかと思います」
 ラクスの言葉に、榊舟は一つ頷く。
「状況によっては力の制限を抑える必要があるかもしれませんわね」
 周囲に及ぼす影響を抑えるための制限。それを外す事になる決心を静かに固めながら、榊舟はラクスに一声をかけると、集合地点に向けて空間の転移を開始した。

●不死ノ宴
 手にもっていた銃を投げ捨てながら迫る男。バスターズの格好をした不死者達の一体に狙いを定めながら、セレスティは自分の周囲の空気にある水分を集める。後方に一度下がった事が幸いしてはいるが、本来はここまで時間をかける事はできなかっただろう。
「――――!」
 相手がさらに近づこうとした瞬間。セレスティが時間をかける事ができる要因、エマの声が『元バスターズ』達に向かって降り注ぐ。ひるみ、足が止まる相手の体を、草間と蒼井の放つ銃弾が穿つ。本来バスターズ達が持っていた特殊な銃が綾和泉により『封印』され、ただの鉄の塊となっている今、相手に遠距離攻撃を行う手段は、無い。動きを完全に止められたまま、セレスティの放つ水の槍に全身を撃ち抜かれ、一体が動きを止める。
「残り二体、ですね」
 一体がやられたにも関わらず、変わらぬ突進を見せる『元バスターズ』を前にしながら、セレスティは再び周囲から水を呼び集め始めた。


 四人を乗せた車が草間達との合流地点に着いた時。そこでは既に戦闘が始まっていた。
 どこかから羽音の様な音が聞こえてくる中、典型的なIO2バスターズの服装をしている三人の男達の攻撃から、草間が一人身をかわし続ける。近くの住人が居なかった事が幸いであるが、バスターズが時折思い出したように撃つ、彼らの銃の前に草間は徐々に追い詰められる。車から飛び出ながら、エマが手加減抜きに放った音波により動きが止まったところで、綾和泉がバスターズの武器に『封印』をかける。もしも、バスターズではなく草間が狂っていたのならば、恐ろしい事態となる所だったが、成功をしてしまえば問題は無い。セレスティの前に出るようにして、蒼井が懐から抜いた大口径の銃による攻撃で出来た時間の間に草間が四人の間に辿り付くことに成功した。


>>音が聞こえている。
  誰の耳に止まる事も無く。静かに。
  作り変え、書き換え、別の物にしようという音が>>


 残りは二体、問題なく処理できる。一体目が動かなくなる様子を前にして、その場にいる生者たちの頭にそんな言葉が浮かぶ。 
 動きを止めず、迫ってくる相手の動きを止めようと、蒼井がすばやく再装填を終えた銃を向け、引き金を引く。
 弾丸が頭部に命中し、バランスを崩す『元バスターズ』。隙を狙い、相手自身へと封印をかけようとしていた綾和泉の目に、血に混じって飛び散る、小さいが異質な気配を持った『何か』が写る。

 曰く。悪魔の結びし者、死者に眷属たる蛆を蔓延らせその使いたる不死者を作りだす。

「…まさか?」
 綾和泉は倒れている『元バスターズ』に視線を移す。
 変わらぬ身体。一見そう見えた。しかし、何故か、先ほどよりもセレスティの水であけられた穴が小さくなっている様にも見える。
 念の為。もしかすると、と言う思いを頭で否定しながら、綾和泉は倒れている相手に向け準備をしていた封印の力を向ける。相手が倒れているので、先ほどのように武器を動かせなくするだけではなく、相手自身を封印する様に。
 相手を捕らえた封印の力は、次の瞬間、起き上がろうとする相手と激しいせめぎあいを始める。
「―やっぱり、再生!」
 綾和泉は、封印の力を強める為、たった今起き上がった相手へと全身を向けた。


 綾和泉の叫びを聞いた瞬間、エマは急いで車へと駆け寄り、自分が持ってきた荷物へと手をかけた。
「ちょっと頼むわね!」
「ちょっと…って、おい!」
 後ろから聞こえる草間の声に、内心で謝りながらエマはバックの中を探る。一瞬でも早く、と焦る気持ちが、荷物を探る自分の手を遅く感じさせる。
「!!!!」
 相手が漏らす奇怪な音が近くなる。綾和泉が一体にかかりきりになり、エマ戦線を離れた状態では、残るは二体だけとは言え、痛覚を持たない相手を足止めし続けるのは難しいのだろうか。
「あったっ! 武彦さん、火!」
 荷物から取り出した可燃促進剤――簡単に言えば、対象を燃えやすくする物だ――を、振り返りざまに『元バスターズ』に投げつけながら、エマは草間に向けて叫んだ。ヘビースモーカーである彼なら、いつでも取り出せる位置にライターを持っている筈。相手の事を良く知っているからこそ取れる行動である。
 飛んできた可燃促進剤をなんだと思ったのか、不死者がよくも見ずにか払いのけようとした所に、エマは音波を叩き込み、相手の動きを止める。
「うけとりなさい!」
 ふらつく『元バスターズ』に、可燃促進剤が降りかかり、草間の投げつけたライターの火が着火させる。火にはあまり強くないのか、『元バスターズ』は身体を丸めるようにしながら蠢く。
「さすがに、中の蟲ごと焼いてしまえば復活は出来ないでしょう……!」


 書の溢れていた景観が変わる。
 とある村の一角。今にも雨が降り出しそうにも関わらず、何故か乾燥している空気。人間大の火の塊。倒れているバスターズの格好をした男。よく見知った顔の人間達に襲いかかろうとしている、虚ろな表情をした男。
 転移した先の場所の様子を見て、臨戦態勢に入っていた榊舟はためらわずに随行神たる紅鳳と蒼龍を呼び出した。
 共に空間転移で来ていたラクスが綾和泉の目の前に居た相手に向かう様子が視界の隅にうつる。
「去りなさい」
 セレスティと見知らぬ女性の前に迫っていく相手に随行神達を向けると、榊舟は手に満ちる神気の一振りで浄化の風を舞わせ、周囲に満ちる気配を一掃する。
 清廉な空気が辺りに満ち――目の前の不死者を操ろうとする魔の気配が流れてくる方向が見える。
「本は、あちらですわね…」
 視線の先には、木影から覗き込む一人の男。店主の息子の姿があった。


 ラクスは変化した視界を目の前にするとすぐに、背の羽根を羽ばたかせながら飛ぶ。書は術者が手元に持っている筈。ならば、操られている者から力を遡り、術者を見つければいい。ラクスは、綾和泉と睨みあう様にして動きを止めている不死者の前に降りると、探索の為の術を行使する。
「あちら、ですね」
「…ラクスさん?」
 突然現れたラクスに驚きの声を上げる綾和泉に一つ礼をすると、ラクスは離れた木陰に向け、身を躍らせた。
 横合いから浄化の風が吹きすぎ、魔の居場所がはっきりとラクスに感じ取れるようになる。
 行く手は、全身から魔の気配を漂わせる一人の男が立つ場所。虚ろな目をした者が立つ、一本の木の下。

●回収
 突然現れた二体―榊舟の呼び出した随行神により、動きを止められていく『元バスターズ』。セレスティは、機を逃さぬように周囲から一気に水を集め、塵も残すまいとばかりに相手へと撃ち放つ。相手の身体内に潜む妖蛆が再生をしてしまうのなら、滅ぼすには妖蛆ごと相手を倒してしまえば良い。
 相手が吹き飛ぶ様子を見るセレスティの視界に、離れた木陰へと走っていくラクスと榊舟の姿が写る。
「あちらに居るのですね」
 セレスティは、とどめをさす為の水を蓄えながらポツリ、と呟きを漏らした。


 ラクスが飛び去る様子に一瞬あっけに取られた綾和泉は、大きな銃声で我に帰る。
「来ていますよ、綾和泉・汐那!」
 蒼井が集弾をさせて動きを止めている相手に、綾和泉は息を吸いなおして封印を行う。
 連続して封印をかけようとした為に集中力が落ちていたのか、封印をかける力が弱まっていた事が実感できる。
 前を向き、改めて行使する封印は一瞬で成る。
「お疲れ様です。綾和泉・汐那。後は本の回収ですね」
 息をつく綾和泉の耳に、銃に弾丸を装填している蒼井の声が届く。
「急ぎましょう、また増やされたら面倒です」
 頷きを返す蒼井を前にしながら、綾和泉はラクスの飛んだ方向に向けて勢い良く足を踏み出した。


 火につつまれた『元バスターズ』は、悶える様に身体を動かすものの、それ以上の反応を見せる事は無い。エマはその事を確認すると、草間へと声をかけた。
「先に入ったのよね? 村の人達はどうなったの?」
 銃声が響き、火が燃え上がる。こんな様子を目の当たりにすれば普通の人間は外の様子を確かめようと騒ぎを起こす。しかし、この場所にはそれが無い。もしかすると―
「全滅だよ。バスターズ達はそれと相打ちをしたようなもんだ」
 絶句するエマを前に、草間は煙草を取り出しながら続ける。
「バスターズ達と村に入った時にはもう手遅れだった。少し前から近くの町に連絡が行っていなかったから、予想は出来ていたが……」
 酷いものだった、草間はそう言って言葉を切った。
「生き残りは居ないの?」
 分からない、と首を振る草間に、エマは即座に言葉を返した。
「なら、探しましょう。もしもの時の為に出来るのはそれぐらいでしょうしね」


 木陰に居た男が、自分に迫る相手に気がついたのか、書に手をかける。
「させませんわ」
 開く本から、魔の気配が一気に噴出する中、榊舟は手に神気を蓄えながら随行神を引き寄せ、倒滅の令を下す。
「くるぅぇる……!!!」
 詞を口にする男が随行神の打撃に吹き飛ばされ、宙を舞う。二体による続けざまの連撃に、抱えるように持たれていた書が男の手の中からこぼれおちる。
 男が引き寄せようと手を伸ばし、書がそれに答えるように力を見せ――横に滑り込むように飛んできたラクスの手の内に納まる。
 書を抱えるように持ちながら自らの目の前から飛び去るラクス。手が届くかと思った瞬間、本が持ち去られた事に男が絶望の表情を浮かべ
「―――――」
 次の瞬間、随行神の攻撃を受け、受身も取らずに崩れ落ちていく。
 諦めたのだろうかと、随行神を下がらせながら榊舟が近づくと、そこには木にもたれかかるように倒れる若い男の身体、では無く。
「老化…ですわね、これは…」
 干からび、今にも身体が崩壊しそうな男の死体が木の根元に転がっていた。

 書を確保したラクスは、離れた所まで飛ぶと、改めて鉄製の装丁を持つその書に目を落とした。
 人を殺し、人を操り、一つの村を終わりへ導いた書。この確保を第一目的に動いていたラクスだが、手に持つと眉をひそめた。
――書に、魔力が無い?――
 自分が持つ一瞬前までは、確かに書は魔力を放っていた。その事はラクス自身が良く分かっている。ならば、何故――
「その本を渡していただけませんか?」
 考え込むラクスの後ろから、榊舟の声が響いた。
 言葉に応じてラクスが渡すと、榊舟が再び神気を集め――驚きの表情を浮かべる。
「私が手にとったときには、もうその状態でした」
「そうですか…」
 言葉に、榊舟は複雑な表情を浮かべた。
「本物で、間違いありませんよ、ラクス・コスミオン。これを起こした人が私の知る人なら、書はきっかけであるでしょうから」
 綾和泉をつれた依頼人が顔を出す。
「まさか、とは思っていたのですけれどね…」
 依頼人は、ラクスに背を向けると、遅れて歩いてきたセレスティへとねぎらいの声をかける。
「封印しようと思っていたのですが…」
「いえ、そこまでする必要は無いでしょう。要は、誰も持たなければもはやこの書が力を持つことは無いのですから」
 中に書かれている事も、魔力を持たない者にとっては無縁の物です。考え込むように言う榊舟に、蒼井はそう言葉を返す。
「でしたら、私の方で管理しましょうか? 閲覧に申請が必要な場所に収めれば人の手に渡る事はないでしょうし」
「そうですね……お願いします。後ほど、図書館の方にお送りしておきますので、宜しくお願い致します」
 綾和泉に笑みを向ける蒼井に、ラクスはふと思い出した事を彼女へと言う。
「今回の私の報酬は草間様に。ということでお願いできますか?」
「草間・武彦に、ですか? 分かりました。では、そのように計らっておきます」
 蒼井は、全員に向き直る。
「今回は皆さん本当に有り難うございました。書も回収できましたので、報酬は通常の物よりも多い物をご期待ください」

 なお、エマと草間が廃村となった村を捜索して見つけたのは
・犬二匹
・村で飼われていた家畜三頭
・女の子(14歳)一人
 であった。彼女らは、IO2へと引き取られ――書の回収と同時に携帯電話は使用可能となっていた――、一定の処置を終えた後、施設へと連れて行かれることとなる。

 降り出した雨の中、やってきたIO2職員の手により連れて行かれる女の子の虚ろな眼が、妙にエマの心に残った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1449/綾和泉・汐那/女性/23歳/都立図書館司書
1593/榊舟・亜真知/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?
1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
1963/ラクス・コスミオン/女性/240歳/スフィンクス

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■         ライター通信          ■
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発注、ありがとうございます。藍乃字です。
以上のようになりましたが、いかがでしたでしょうか
今回、心理描写を少し使った為、皆さんのキャラクターのイメージとやや違ってしまったかもしれません。
勝手な描写を多用した事を、ここにお詫び致します。

次回は、七月中旬から下旬にかけてのオープニング公開を予定しています。
よろしければ、ご参加ください。
それでは